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ザ・ゲームワールド  作者: 祐。
二章
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メインクエスト:キャシャラトの覚悟

「ミント。次はどこに行けばメインクエストを進めることができるんだ?」


「メインクエストの進行具合の確認、ですね。スキャン――完了。はい、それで、メインクエストの目的地でありましたね。それでありましたら、こちらの宿屋:やるせな・インの裏に設置されておりますワープポイントの井戸に、メインクエストの進行を促す新たなフラグが存在している模様です。どうやらそちらの井戸による移動を終えた際に、メインクエストが自動的に進行していくシステムとなっておりますね」


「なるほどな。それじゃあ、そろそろ向かうとするかな」


「了解しました」


 借りている個室のベッドから降りて、部屋のドアに手を掛けていた俺にちょこちょこと律儀に走ってくるミント。

 窓からは黄昏の日差しが射し込んできているが、それでも現在の時刻は正式な夜。この時間になってようやく先の戦闘による疲労を癒すことができたため、俺はミントを連れてメインクエストの進行へと臨んだ。


 その内容はおそらく、キャシャラトからの話を聞くことなのだろう。そんな帰還後のイベントの際に次なるフラグを立ててきたキャシャラトと合流するためにも、俺は軽快な足取りで外界へと繋がる井戸の前へと訪れる。


 ミントの姿へと視線を向けて。俺の目線に頷きで応えた少女を確認してから。

 それじゃあ行くぞと、その井戸に手を掛けたその時……。


「あら、奇遇ね。アレウスとミントちゃん」


 ふと、後ろから声を掛けられた。

 振り向くとユノの姿がそこにあって。意外そうな表情をお互いに見せ合いながら、俺は一旦動作を止めて言葉を返してみる。


「あ、あぁ。確かに奇遇だな。ユノも外界に?」


「そう、夜の空気が吸いたくなっちゃって。それで、ちょうど月の明かりを求めてここに来てみたら二人にばったり。っていったところかしら? せっかくだから、一緒に夜の空気を吸いに行きましょ? ね?」


「そ、そうだね。それじゃあ一緒に行こうか」


 キャシャラトの話に。メインクエストの進行に、ユノも連れて行ってしまっても大丈夫なのだろうか。その内容に実害は無さそうではあるけれども。しかし、ユノというNPCとの合流によって、これでまた立ち上がるフラグが変わってくるのだろうか……。

 いろいろな疑念があったものの、結局はまぁいいかという適当な結論にありついて。突如として合流したユノというNPCを交えた三人パーティーで、俺はメインクエストの進行へと踏み出した――



 井戸から這い上がってくると、そこは夜の暗闇が辺りを覆い尽くす視界不良な光景が。しかし、年中夕日という黄昏の環境にこの身を置いていると、この暗闇さえもとても新鮮に感じることができてしまって。あぁ、これが時間というものかと停止していた感覚が再度動き出すような、そんな心地を感じることさえもできてしまう。


 目の前では夜の空気に包まれて深呼吸をするユノが。後ろでは井戸から出てくるミントが外界に降り立って。

 フラグの条件を満たした俺は、さぁ来いと自身を取り巻く主人公としての運命に構えていると。ミントが出てきてからちょっとしてその井戸からキャシャラトが姿を現した。


「おぉ、そろそろかなと思って来てみたがどうやらちょうどいいタイミングだったようだね」


 その超が付くほどの早口が復活していたあたりに、現在のキャシャラトの精神はとても安定していたようだ。


「ちょうどいいタイミング?」


「あぁ、"ユノ"のお嬢ちゃんも一緒のようだね。ふむそうだな……」


 こんなイベントがあるなんてユノはまるで知らず。話の展開についていけていない様子で頭にハテナを浮かばせながら、俺とキャシャラトが向き合うその光景を不思議そうに眺め続ける。


「ユノのお嬢ちゃんは今日の一連の出来事を把握しているのかな?」


「一連の出来事って……アーちゃんとアレウスとミントちゃんが大変な目に遭ったっていうことのことかしら? それだったら、お昼にアレウスからいろいろと聞いたわ。アーちゃんの奮闘もバッチリとね!」


「うむ、ならまぁいいだろう。ユノのお嬢ちゃんもニュアージュとは仲良くやっているものだし。アレウス・ブレイヴァリー君との行動を共にしている仲間だ、信用するには十分事足りる」


 そのただならぬ気配を感じ取ったのか。ユノは先程までの明るい表情から一転として、真剣な眼差しをキャシャラトに向けては口を噤んで聞きの態勢に入る。

 俺やミントの事前から構えていた物腰と、ユノの冷静な様子を確認してから。一息を挟んで、キャシャラトはその雰囲気のままに俯きながら話を始めた。


「ワタシからの話と言えば大体の予想はつくだろうと思うが。これからする話というのは言うまでもなくあの小娘、ニュアージュという少女に関することだ。というのもアレウス・ブレイヴァリー君もユノのお嬢ちゃんも、あの小娘の消極的な性格にさぞ手を焼いたことにきっと違いないだろう」


「……手を焼くといいますか……。何と言うか、余程なまでに自分を過小評価するんだなぁとは思っていましたね」


「だろうね。そんなあの小娘も、幼い頃はと言うと日向のような柔らかい温もりを帯びた、優しく明るい性格の前向きな少女だった……」


 何かを思い返しながら。その俯いた顔を上げる。

 その表情はとても寂しく、儚いという言葉を連想させる悲しげなもの。その声の調子も早口ではなくなり、何かの思考をめぐらせながら、慎重に言葉を選びながらの探るような調子でいて。


「……だが、そんな少女を、ワタシが全て変えてしまった。ワタシが全ての元凶となり、結果としてあの小娘は消極的な性格へと変化してしまい。そして、あの小娘の人生を大きく狂わせてしまったのだ――」



「全てはワタシのコンプレックスから。全てはワタシの生まれ付きである、ある思想が引き金となってしまった」


 その視線は、ユノやミントに目もくれず。俺という一人の人間を見据え続ける。


「ワタシは正真正銘のモンスター。だが、それと同時にして、ワタシのこの心は"人間"そのものなのだよ」


「……モンスターだけど、心は人間……?」


「心は人間であるのに、身体がモンスターというこの現状はとても深刻なものであってね。双方の釣り合いがまるで取れない不安定な存在であることから、このような状況に陥ってしまっている存在のことを、皆は口を揃えて"化け物"とこう呼ぶ。そして、そのワタシの状態にはれっきとした病名までもが存在しているのだ。アレウス・ブレイヴァリー君。君はこの症状に聞き覚えはあるだろうか? ……尤も、これは決して病気の類として扱われるようなものではないのだがね。しかし、これに馴染みの無い人間は、自らとは異なるその存在のことを病気として扱いたがるものだから。こうして病気扱いされてしまうのはもう、仕方の無いことなのかもしれないね」


 それは病気という類に分類されながらも。しかし、それは決して病気というものではない深刻な問題。

 それでいて、身体はモンスターでありながらもその心は人間という、双方の釣り合いが取れない不安定な状況に置かれてしまっているキャシャラトの現状。


 その存在はとても特異的で。その存在は周りから異常だとして扱われて。

 同時に、俺は気付いた。これは生まれ持ってして芽生えた、身体と心の擦れ違い。つまり、身体と心が一致していないのだ、と……。


 それは所謂、人間で言う性同一性障害のようなものと似ているかもしれない。身体はモンスターであれども、その心は人間として生きているものだから。そこからくる擦れ違いや取り巻く状況に、キャシャラトはとても肩身の狭い思いをしてきたこときっとそうに違いない。


 そう、こうしてモンスターの姿をしていながらも、人間として会話し、人間として関わり合うキャシャラトという存在は異常でも何でも無いのだ。

 しかし、周囲は自身と異なる存在には特に敏感となる。そして、それらを受け入れることができなかった結果として……特異的な存在に対する拒否反応が生まれてくる。


 ……だからと言って、それが悪いというわけではない。むしろ誰だって、自身と異なる存在というものには否定や恐怖が生まれてくるものだから。これもある意味では、本能からなる至って正常な反応でもあるから。

 だからこそ、これはとても難しい問題だった。


 ……そして同時に、キャシャラトという存在は、思考の違いによって辛い思いをしてきた"人間"の一人なのかもしれない……。


「ワタシは人間なのだ。……いや、人間として生まれたかったのだ。だが、現実はそれを許すはずもなく。ワタシがそうした思想を抱くようになったその前からは、既にモンスターという存在として、こうして生まれてきてしまっていた。……ワタシはその意思を持ち、腕を持ち、手を持ち、足を持つ人間として生まれてきたかった。こうして生まれてきてしまった以上は仕方無いとは言え、やはり性というものには抗うことはできない。それが叶わぬ願いであったとしても、しかしその思想は今をもってしてもワタシの意思を蝕んでくるのだ……」


 その声は枯れていて。悔しさを堪えながらも、その反面ではどうすることもできない現実に絶望をしているようにも聞こえてくる。


「この姿には随分と不自由をしているよ。何せ、最初にアレウス・ブレイヴァリー君にもそう認識されたように。ワタシは人間の心を持つのに、一目でモンスターとして認識されてしまうという至極厄介な不自由を背負っているものだからね」


「……すみませんでした」


「あぁいや、ワタシこそすまない。君に当たってしまうだなんて大人気無かった」


 この瞬間にも、俺は味わった。

 キャシャラトは、永遠に解決することの無い深刻な問題を抱えてしまっている。


 俺は何とかしてでもキャシャラトの切なる願いを叶えたかった。しかし、これはもはや、主人公であったとしてもどうすることもできない困難な課題でもあった。

 今の俺にできることと言えば、キャシャラトを人間という存在として認識して。人間という存在として関わり合って。人間という存在でいられるその状況を、俺は否定することなく全てを受け入れ尊重するということのみ。


 ……そうして思い返してみると、拠点エリア:黄昏の里の宿屋:やるせな・インに初めて入ったその際に。完全な初対面であったにも関わらず、ユノはキャシャラトのことを『面白い人だった』と言っていた。

 こうして考えてみると、なるほど。少なくともユノはそういった面を尊重しており。その上で違和感無く、当然のように認識して接していたということになる。


 ……つまり、これは決して極稀な件というわけではないということにもなる……?

 その物事に関してはまるでわからないことだらけではあるが。しかし、モンスターとの戦闘が基本となっているこのゲーム世界においては。……これはきっと、どの社会問題においても一番を争うほどの難しい問題なのかもしれないなと俺は理解できた――



「……ニュアージュの話というのに、何故ワタシの生まれ付きの話をしたかと言うとね。そんな"人間の成り損ない"として呼ばれ続けてきたワタシという存在が招いてしまった、ある悲劇を控えた事前の成り行きを把握してもらいたかったからだ。そして、その悲劇の元となってしまったのであろう、ワタシとニュアージュの出会いをどうしても君達に知ってもらいたいと思ったから、こうして呼び出した次第だ。……これは安易に他人へと話せる内容ではない。だからこそ、ワタシは君達のことを信用し。その正体はわからぬが、その先で尊く輝いている何かへの希望を託したいとそう思ったからこその、ワタシなりの覚悟でもあるのだ」


 儚げに。しかし、意を決したその力の込められた調子で。

 それはキャシャラトの覚悟であり。同時に、主人公である俺に新たな可能性を託すための賭けでもあった。


 それはニュアージュを想っての勇敢なる行動。安易に曝け出せない話を未知なる人物に語ることで、キャシャラトはこの状況における未知なる好転を望んだのだ。


 ……そんなキャシャラトの想いを、俺は無駄になんかしたくなかった。

 だからこそ、俺は目の前の現実に、真正面から向き合った。


「……どうか。あの小娘のためにも、この話を聞いてもらいたい――――」

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