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ザ・ゲームワールド  作者: 祐。
二章
88/368

決意と決着

「負けるわけにはいかない……!!」


 仲間が残したブロンズソードを握り締め、少女は呟く。


 メインクエストの戦闘も最終局面を迎えて。主人公から託された希望に沿うためと少女は自身を鼓舞するが、しかし眼前からの激しい抵抗は未だに収まることがなく。

 エリアボス:グロテスク・マイティバトゥスも必死だった。執着的に自身を追い詰めてくる追跡者を振り払うために、命辛々と背の邪魔者を追い払うためにその身体を暴れさせて。だが、どちらにも宿る勝利への執念は互角そのものであったため――


『ギチギチギチッギチチチチチチッ!!!』


 マイティバトゥスは暴れても離れない追跡者に。ニュアージュは未だに暴れまわる大ボスに。それぞれが手を焼いて。焦り、緊迫し、ただただ執念を原動力として眼前の現実と格闘し続ける。


 そんな双方一歩も引かぬ戦闘にも、とうとうその運命の分かれ目が訪れた――



「い、いやっ――!!」


 マイティバトゥスの背から滑る足。滑らせたその先に下半身の体重がかかったことで、必死に堪えていたその姿勢を崩す少女。

 焦燥のままに立て直そうとするも、未だに収まらない眼前からの抵抗はそれを許さず……。


 ……ブロンズソードを握り締めていた手の力が緩み。その瞬間に、事が動き出す。


『ギチチチチチッギリギリギィーッ!!!』


 意地を見せたマイティバトゥス。右隣にあった岩壁を見遣るなり、暴れていた自身の体を意図的にそのそびえ立つ存在にぶつけてきたのだ。

 それは戦闘システム:ライドをこなすキャラクターによるものではなくて、あくまでモンスターからの妨害というシステムが含まれたもの。そして、その妨害が少女への有効打として働き……。


「ッ……!! い、いやァ――ッ!!!」


 岩壁への衝突から行われた抵抗によって、無理矢理その背から剥がされた少女。

 ブロンズソードから手が離れ、抵抗で吹き飛ばされた身体は何処へとあても無く宙に投げ出される。


 次には悲鳴を響かせた。

 その声音は、悲痛ではなく無念を思わせる儚げな響きを奏でていて。目の前で手放してしまった現実を前にして、少女はそのブロンズソードに手を差し伸ばしたまま、ほっぽり出されたその身体で虚しく落下を始めた――――



「そんな……!! そんな――ッ!!」


 ごめんなさいアレウスさん。やっぱり、わたしにはできませんでした。

 せっかく託されたこの期待に応えることもできず。その目的を投げ出し、わたしはまたしても誰かを裏切る現実を迎えてしまうだなんて……。


「やっぱりわたしはダメなんだ――」


 炎上し燃え盛るその光景を。見知らぬ人々から見下され滑稽にされてきたその記憶を。

 "彼"の人生を台無しにして。いつも裏切られてのわたしには味方は存在しておらず。それでも死を選ぶことができずにいたわたしは、今もこうして誰かを裏切ることしかできない現実を歩み続けることしかできないだなんて……。


「……どうして。どうして? ……どうして、わたしはいつもこうなの――?」


 涙が止まらない。悔しいよ。苦しいよ。わたしって一体何なの? わたしって結局何なの?

 やっぱり。どうせ、わたしには何もできないんだ。わたしがいるから周りの人々に迷惑を掛けて。わたしがいたからそんな現実を迎えてしまって。


 わたしなんて消えてしまえばいいのに。わたしなんかのようなダメ人間は、やっぱり何をやっても無駄なんだ――


『――つまりニュアージュは、沸き上がってくる自身の恐れの感情を抑えながらも、それでもしっかりと目の前の現実と向き合っているってことになるよな――』


 突然巡ってきた記憶。その中から現れた一人の少年がわたしに微笑みかけてきては、何かの思いをめぐらせながらのその調子で。様子を伺いながら喋り掛けてきたその声を聞いて。

 わたしは無意識とそれに耳を傾けていて。今も思い浮かべていたその思考を停止させていた。


『……ニュアージュ、多分それ、自分が思っているほど、実は現実から逃げていないと俺はそう思えるんだ。それは多分、ニュアージュが決め付けてしまった、ただの思い込みだと俺は思うの』


 それは、初対面を果たしたその翌日の朝に交わした会話の一場面。

 その言葉の数々はどれも、消極的な性格のわたしであってもこの心に響いたものばかりだった。


 ……でも結局、わたしの思考がそれらの納得を阻害してきてしまったのもまた現実。


『でも。それでも、追手を振り払うためにニュアージュは立ち向かったよな。手に持った杖で魔法陣を生成してから攻撃をしていた。その姿はとても臆病者には見えなかったよ。むしろ、ニュアージュはとても勇敢だった』


 でも、今であれば彼のその言葉を受け入れられる。

 まるで走馬灯のように巡ってくる少年からの言葉に耳を貸して。目の前の現実とそれに対して抱くこの意識さえも投げ出して。

 

『俺からすると、まず物事の継続という事柄だけでも、それ相応の決心の強さ、つまり、相当な勇気がいることだと思えるからさ。だから、それを続けられるだなんて、ニュアージュはしっかりとした心を持つ、それも、臆病とはとても掛け離れた強い心を持つ人間だと俺は思うんだ。自身のことを臆病者だと称している割には、目の前の現実としっかり向き合っている。だから、俺はニュアージュのことを臆病者だなんてこれっぽっちも思わないし、これからもそう思えないかもしれないな』


 それはいつもの現実逃避。けれど、それはいつもと異なる現実逃避でもあって。

 これこそが、わたしに最も必要な現実逃避だったのだと。この自身の思考から逃れ、その少年から受けた言葉を信じ込む余地を設けるために必要な現実逃避だったのかなって、そう思えて――



『これまでのニュアージュの話を聞いていた限りでは、ニュアージュが掛けたという迷惑に関してはキャシャラト自身、実はそれほど迷惑だとは思っていない可能性もあるかもしれないと、俺はそう思えただけなんだ』


 しかし、"キャシーさん"には多大な迷惑をお掛けしました。今までの言葉は全て肯定という意味合いで頷くことはできたのですが、さすがにそちらの思い遣りには頷くことができません。


 ……でも、だからこそ、二度とあんな悲劇を起こしたくなんかないと自身に誓いを立てることができた瞬間でもありました――――



「アレウスさんが褒めてくださったあの日、わたしの中ではある決心が湧いてきました。それは、臆病者という言葉で現実から逃げていることに気付き。それを止めようと思える過去との決別という誓いを意味する内容のものでした……!」


 必死の抵抗で振り落とした追跡者を安堵の様子で眺め遣るモンスター。少女は、それの背に突き刺さったままのブロンズソードに差し伸ばしていた手を胸元に引き戻し。


「キャシーさんは、命と人生をかけてわたしの面倒を見てくださいました。アレウスさんも、その尊い命を懸けてまで、わたしというちっぽけな存在を守ろうとあらゆる場面で助けてくださいました……。わたしはいつも、周りの皆さんに迷惑を掛けてばかりです。でも――」


 その手を力強く握り締め。向けていた儚い視線を手元に下げてから、意を決した勇敢なる表情を浮かべるなり再びその視線をモンスターへと向けていく。


「それは、わたしが臆病者という言葉に。偶然なる悲劇を境に、自分はダメだと思う心理に逃げていたからこそ起こってしまった現実……!! だから、わたしはあらゆる現実から。あらゆる物事から逃げてきた……! でも、このままじゃあダメなんだ。このままの自分こそがダメだったんだ! だからこその"無念"だった! そんな自分を変えたい。わたしは、そんな自分を変えたい……ッ!!」


 瞳に浮かばせていた涙は落下で消えていき。諦観で無気力となっていた身体を宙で整えて。


「だから! だから、自分で変えていく努力をするんだ!! そして、わたしにとってのそれは、臆病者ではない自分になること!!」


 戦闘の体勢を立て直し。ニュアージュ・エン・フォルム・ドゥ・メデューズは決意を胸に、再び目の前の現実と向き合った――



「――わたしにできること――魔法使いスキル:ジェラート(ジュ・プー・)ランス(フェール)ッ!!」


 手元に水縹のロッドを取り出して。勇敢に振り被っては自身の落下していくその先へと投げ付ける。

 その先で滞空し回転を帯び始める水縹のロッド。魔力を持つそれが回転を始めると、その周囲には六つの魔法陣が生成されて。同時にそこからは氷山のような巨大な氷柱がマイティバトゥスへ襲い掛かった。


 もはや瀕死寸前のマイティバトゥス。唐突の反撃に不意を突かれ、対応もできずに敢え無く直撃。

 その氷柱は少女の思いの如く力強く伸びていき。それの勢いはモンスターを貫くなり背後の岩壁で止まる。


 同時に、少女の足元に伸びた氷柱。それに少女は着地をして。滑る足元を全身でのバランスと手の支えで完璧に成すことで落下を阻止。

 自身の状態を確認し。背後で回転する水縹のロッドを回収してから、少女はその不安定な足場を頼りに駆け出した。


「わたしが臆病者でなくなるためには、それ相応の成果や結果が必要。そして、今に相応しいその成果や結果というものこそが、この戦闘でアレウスさんのお役に立つという勝利への貢献……!!」


 滑る不安定な足場を全速力で駆けて行く少女。

 その勢いには迷いが無い。それは落下への恐怖、それは物事への失敗を恐れない勇敢なる姿勢そのものを示しており――


「わたしの思いを乗せたこの手……届いて――ッ!!!」


 マイティバトゥスの寸前にまで接近を果たした少女。しかし、魔法の効果時間の限界が訪れたその瞬間には、少女はそのモンスターに辿り着くことができない地点にいた。


 だが、諦めない。効果時間を終えた氷柱が破裂し四散するその直前に跳躍をしていた少女。その手は目前のブロンズソードへと差し伸ばされていて。そして、その思いを乗せた手は、全速力を纏って跳躍した勢いと共に届くことになる――!


『ギチチチチチッギャアアァァアッ!!!』


 飛び付いては背に刺さるブロンズソードを掴んだ少女。その跳躍の勢いは未だ収まらず、そのブロンズソードを掴んだまま、少女の身体はマイティバトゥスの胴体を飛び越えてしまう。

 その勢いに流されマイティバトゥスの体が揺らぎ。そんな少女に引っ張られる形で発生した意図せぬ勢いは、モンスターを岩壁に直撃させるという戦闘システム:ライドの成功という功績を成す。


 同じく岩壁にぶつかり、その衝撃でバウンドしては再び宙に投げ出された少女。その手元には、マイティバトゥスの背から抜けたブロンズソードが握り締められていて。

 少女の真下では、戦闘システム:ライドの成功に伴い多大な隙を晒したマイティバトゥスが地上への落下を始めていて。


 そして、少女を動かす原動力となったその姿が合流を果たした――――



「ニュアージュ!!!」


 手を伸ばした俺の呼び掛けに応じ、ニュアージュは手に持っていた俺のブロンズソードをこちらへ力いっぱいに投げ付ける。

 宙に舞っていた彼女から投げられたブロンズソードは縦に回転しながら飛来して。それを綺麗にキャッチしてから、俺は地上でダウンしたマイティバトゥスへと飛び込む。


 それと同時として、水縹のロッドを取り出したニュアージュはそれを振るって魔法陣を生成。


「魔法使いスキル:ジェラート(ジュ・プー・)ランス(フェール)ッ!!!」


 魔法陣から突出するように現れた氷山のような氷柱。それはこの場からの逃走を図ろうと地上でもがいていたマイティバトゥスの体をことごとく貫いていき、その場での固定という絶大な効果の追撃を成す。

 

「ロッドスキル:(トゥージュール・)(アヴェック・クール)(・パ・プール)ッ!!!」


 続いて放たれたニュアージュの魔法は、跳躍した俺の真下から突き出されるように現れて。

 黄昏と影の地から伸びてきた氷の壁に突き上げられて。それを予期して既に構えていたために、俺はその壁に着地をしてから、その上空への突き上げによる更なる高度の跳躍を行い。


「うおおォォオォ――ッ!!!」


 ヤツに突き出したブロンズソードを両手で構えて。

 地上でもがくマイティバトゥスの顔面に、高度からのトドメという正真正銘の最期の一撃を盛大に突き刺してやったのだ――


『ギチチチチチチッギャアアアァァアアアァァァッ!!!!』


 悪魔の如き悲鳴が轟き。その断末魔が音圧となって俺をその場から吹き飛ばす。


 同時に、宙から落下してきたニュアージュも落下ダメージで致命傷を負い。同じく落下ダメージによる致命傷を受けていた俺も、その吹き飛ばされた勢いで影に染まる草むらを転げまわる。

 ……しかしそれは、その空気に交じっていた緊迫感が失せていたからこその。確たる自信があったからこその悠長な動作だったのかもしれない――



 全身を氷柱で貫かれて。トドメに、顔面にブロンズソードを突き刺されたことによってその息を止めたマイティバトゥス。


 悲鳴と共に上げていたその頭部や首を無気力に項垂らせては地面に落ちて。そして、その瞬間にも、この戦闘画面には静寂が訪れる。


 ……そう、この瞬間をもって、俺達はエリアボス:グロテスク・マイティバトゥスとの戦闘に勝利したのだ――――

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