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ザ・ゲームワールド  作者: 祐。
二章
84/368

わたしが求めていた、本当の現実

「……アレウスさん。今、何て――」


「まぁ、そりゃそうだよな!! そりゃそうだわっ!! こんなグロテスクで奇怪な化け物と対面していりゃあ、誰だって消極的な思考になるに決まっているさっ!!」


 見限り。恐怖を理由として、仲間の見殺しを選択した少女は目を丸くする。

 感情によって動かなくなったこの身体は依然として微動だにせず。しかし、その表情は想像を超えた素直な返答により呆然としていて。


 今も尚、眼前のモンスターによる攻撃を防御で防ぎ続ける少年には、余裕というものが無かった。

 しかし、そんな危機的状況下にも関わらず、少女の存在を優先として。少年はその勇敢なる視線を少女のもとへと送るなり、思い切りな笑みを見せた。


「消極的な性格だから。自分は臆病者だから人助けなんてできないって? だから、わたしは何もできないダメ人間だって? ……あぁ、いいよ! それでも良いと。そうした考えをもっていても良いと、俺はそう思うよ! それだけ。それだけニュアージュは、自身に降り掛かってくる危機に対してはとても敏感で! そのおかげで、殺伐としたこの世界の中を、今もこうして生き長らえているわけだしっ!! 自分はダメだって、それだけ早く目の前の物事の見切りをつけられるってことは。それだけ決断が早い、高い決断力を持つ人間だってことじゃねぇかっ!!」


 その言葉は、あくまで少女への慰めではなく。

 これまでのシーンを介し、少女と言葉を交わして。少女の姿を見て。少女との親交を深めたことによって、その心に抱いた少年の本心によるもの。


「ただ、これだけは聞いてほしい! ……ニュアージュ!! ネガティブな性格をしているからって。ただそれだけで、自分はダメ人間だと決め付けてそう思い込む必要なんか、どこにも無いんだっ!! 物事には必ずメリットとデメリットがあるもんだから、決してネガティブだから、消極的だから自分はダメ人間だと思う必要なんか無いことだけは、どうか理解してほしい!! さっきも俺が言ったように。ニュアージュは他の人よりも危機に対する察知能力が長けていて。それでいて、すぐに結論を出せる高い決断力がある!! だから、消極的な性格というのも別に悪くもなんともないんだっ!! ……ほらっ、物は考えようという言葉だってあるだろ……! それは、今まで短所だと思っていた自身の一面が、実は、この世界で生きていて上ではとんでもない万能な長所だったとも考えられると、俺はそう思――ぐッ!!」


 眼前からの圧がより強くなり。エリアボス:グロテスク・マイティバトゥスに押されては、壁に押し付けられる少年。

 刻々と死に近付いていく彼を視界の中央に捉えながら。これまでに誰からも掛けられもしなかった言葉を投げ掛けられて。それでいて、今までに考えもしなかった思考の回路を示されたことによって。

 

 そして、それを如何にも余裕有り気だと見せ付けた少年の空元気に、少女の瞳から流れていたその大粒の涙が止まる。


「だからさっ……俺、むしろニュアージュに礼を言いたくて仕方が無かったんだ! ありがとう!! ニュアージュ!! あれほど恐れていたモンスターとの戦いに、ここまで付き合ってくれてさっ!! マジでありがとうっ!! あとは俺がなんとかするから……ニュアージュはミントを連れて、先にこの遺跡から脱出してくれ……っ!! そしてできれば、里に帰ったらこちらに増援を送ってくれるとマジで助かる――ぐぁッ」


 わたしは、貴方を見殺しにしようとしていたのに。

 わたしは、貴方と共にこの地で果てようと思っていたのに。


 仲間が、自身の死を選択していたというのに。そんな意気地無しで足手まといな仲間に、むしろ礼を述べていくだなんて。


 その目を丸くして、呆然と。

 少女に巡る思考は、今までに感じたことのない困惑に包まれていて。

 だからこそ、少女の内からは新たなる疑念が生まれてくる――



「……どうしてですか……?」


 口だけは達者に動かせるだなんて、わたしはなんて都合の良い女――


「……どうして。どうして……。 どうして、そんな命懸けの危機に瀕してしまっているその中で……!! 何故、自分を見捨てたこんな人間に……どうしてそんな優しい言葉を送ることができるのですか……ッ!? アレウスさんはどうして、こんなわたしにそこまで優しくすることができるのですか……ッ!?」


 少女の瞳からは、再び大粒の涙が零れ始め。

 しかし、その涙の意味は大きく変化しており。落ちていく大粒の雫の中には、自身が今までに見出すことができずにいた"希望"の感情が詰まっていた。


 だからこそ、そんな少女の疑念に答えるために――

 

「どうして自分の命を懸けてまで!! 貴方の命を見限った"裏切り者"であるわたしを助けようとするのですかッ!!?」


「んなの、俺にもわからんッ!!!」


「ッ――!!?」


 溢れる想いによって、弾けるように響き渡った少年の力強い声音。

 それは少女の予想を大いに上回る未知の回答であり。だからこそ、未だかつて出会ったことの無い意味と存在感をもつ少年の存在に、少女は唖然と彼を見つめ続けることしかできなかった。


 そこから、少年は更なる本心を打ち明けていく。


「だいたいな……人を助けることに理由なんかいらねェんだよ……っ!! 誰かを守りたい!! そう想う気持ちさえ持っていれば、その時には既に、身体が勝手にそう動いているもんなんだからな……っ!! そして、考えるよりも先に身体を動かしたその後で! その自分自身の目的の意味や、その行いに含まれた価値にようやく気付くってもんだ……っ!!」


 まだまだ伝えたいことがある。

 少年は手に持つ剣で必死にモンスターを押し退けて。前方の圧と背後の壁による圧に耐え抜きながら。その歯を食いしばっては再び口を開ける。


「俺は、ニュアージュのことが心配だったから……っ!!」


 少女の性格を理解してしまったが故に、気を掛けずにはいられなくなって。


「それでいて、ニュアージュには大切な人が傍にいるから……っ!!」


 回想で見た"彼"の姿に心当たりがあり。その人物の儚げな表情が印象に残っていたから。


「そして、ニュアージュがいなくなってしまうことで悲しんでしまう、大事な仲間達がそこに存在しているから……っ!!」


 乙女な調子の姐御肌気質な少女が得意げに笑い。お前を守るとその命を懸けてまで全力を尽くす少年が訴え掛けてきて。

 そして少年の言葉によって、儚げな表情の中に紛れた、とても優しい微笑みを浮かべる"彼"の姿が、少女の脳裏によぎる――


「それを想った瞬間には、こうして身体が勝手に動いていたんだっ!! この命を懸けてでもニュアージュという人を守りたかったから……っ! そのメインクエストにおける、最悪のバッドエンドなんかを迎えたくなんかなかったから……っ! だからっ!! 当の本人からはどう思われようとも関係ねェ!! これはあくまで、俺が勝手に決めて、俺が勝手に行っている行動に過ぎない! つまりこれは、自身の命を懸けるまでの意味や価値が存在する、人助けを目的とした無意識且つ潜在意識による行動なんだよっ!!」


 少女は声を震わせながら少年の名を呟いて。同時に、少女の思考には少年の言葉が反響を繰り返し始める。


 人を助けることに理由なんかいらない。

 誰かを守りたいと想う気持ちがめぐったその時には、既に自身の身体は目的のために勝手に動いているのだと。

 それは、考えるよりも先に行われる、無意識且つ潜在意識による自身の本心の表れであるのだ。と――


「だからよ!! ニュアージュ!! 俺のことは気にすんなっ!! 目の前の現実から逃げるなら逃げるで、それで良い!!」


 それは、自身を劣等扱いすることによる安心感を得るための現実逃避にしか過ぎず。

 自身の気持ちを押し込めて。自分には無理だと言い聞かせることによって培われてきた思い込みなだけであって。


 それこそ、そんな自分は嫌だと。少女は内に秘めた自身の本音にようやく耳を傾けて。しかし、やはりその物事は難しいと判断して迅速な却下を下してしまい。

 ……だが、それが嫌なのだと。こんな現実こそが嫌なのだと心にめぐる葛藤に苛まれ。秘めた本音も次第に、心の中で生まれてくる勇気を阻害する、現実逃避という壁に再び少女の姿ごと塞がれていく。


「だがよ……もしも、だ。もし、自身を臆病者だと。自身はダメ人間だと思っているニュアージュのその心の中に。もし、ほんの僅かな勇気が。ほんの僅かでも、その本心による勇気を振り絞れる余力が残っているのだとしたら……っ!!」


 やっぱり、わたしにはできない。と、諦めの境地に達して。

 ごめんなさい。と、懺悔の言葉を思い浮かべたその思考。


 ……しかし、次にはその言葉に並ぶかのように、勇敢に立ち振る舞う眼前の少年の姿と。あの時の炎の中に浮かんでいた、魚形である"彼"の姿が現れて。

 その瞬間にも。勇敢な表情である目の前の少年から、その手が差し伸べられた――


「俺がニュアージュを助けたように……!! 今度はニュアージュが、俺を助ける勇敢なる"救世主"になってみたくはないかっ――!?」


 瞬間、救世主という言葉が少女を覆うように塞がっていた思いの壁に突き刺さり。同時に、今まで成し得なかった願望が少女の思考を埋め尽くした。



「わたしがダメだと思っていたこと全てを、アレウスさんは長所だと認めてくださった――」


 消極的だと思っていたこの思考には、危機を察する能力と判断力に秀でているとの指摘。

 それは自身という存在の価値を認めてもらえた瞬間であって。

 

「わたしは、仲間を裏切るという大罪を犯してしまった――」


 次に、自身はそんな仲間を見殺しにしようと。そんな仲間を、自身が裏切ったことに後悔した。

 そう、これでは先の冒険者のように。過去に出くわしてきた"あの人々と同じ"になってしまうじゃないかと。

  数々の思いがこの思考によぎり。次には、外部からの指摘によって浮き彫りとなった自身の長所が巡る。


 わたしは、目の前の危機をより正確に判断することができる。わたしは、判断力というものに優れているのだと。

 そんな自信を得た少女は、この心に巡る様々な思いを胸に。眼前の危機に対して抱いた想いに、この優れた判断力による直感が少女の思考に訴えかけてきて。


 少年からの言葉を受け取った少女は、無意識によって訪れたその直感を信じたことによって。ついに、目の前に対する現実への決断を下した――


「……そう。わたしが同じになるべき姿は、目の前の現実によって消極的な思考に惑わされ続けた挙句に、"あの人々"と同じになってしまった姿なんかじゃなくて……!! わたしが同じになるべき本当の姿は、アレウスさんや"彼"のように、大切な人を守ることに全力を注ぐことができる、誰かを救える救世主としての姿――ッ!!」



 瞬間。現実逃避という少女を成していた壁が、少年の言葉によって打ち砕かれて。

 これまでの自身を成していた一つの現実が砕け散ったことにより、その解放感と共に"少女は本来の力に目覚めた"――――

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