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ザ・ゲームワールド  作者: 祐。
二章
83/368

裏切りに満ちた現実に――

「ニ、ニュアージュ……ッ!! 今がチャンスなんだ……ッ!! 魔法を……魔法を撃つんだ……ッ!!」


「ア、アレウスさん……ッ!! ごめんなさい……!! ごめんなさい――!!」


 直面した恐怖が感情を支配して。制御を失った感情は意識を、神経を蝕んでいく。

 全身を震わせ、俺の窮地をただただ眺めることしかできずにいたニュアージュ。彼女の後ろには、床に突っ伏して気を失っているミントが倒れており。もはや頼れる存在であったニュアージュも、恐怖によって自発的な行動不可に陥ってしまっていたこの状況。


 それは、とても一発逆転を狙える戦況の変化は見込めず。逆に、ニュアージュを精神的に更なる追い込みを掛けてしまう逆効果を促してしまうという、想定し得る限りの最悪な展開であった。


「ごめんなさい……!! ごめんなさい……ッ!! ごめんなさい……ッ――」


 その場でぼろぼろと涙を零し始めて。

 "無念"で歯を食いしばりながら、ニュアージュは手にしていた水縹のロッドをぽとりと手放し。次には無気力にへたり込んで、そのまま大声で泣き始めてしまったのだ。


「いやだ……!! 嫌だよ……!! どうして現実はわたしを追い込んでくるの……!? こんな自分なんか嫌だよ……!! こんな現実なんか嫌だよ……!! もう……何もかもが嫌だよ――」


 それは、自分自身を責めているようで。

 それは、自身を取り巻く運命に嫌気が差しているようで。

 目の当たりにしてしまった認めたくない現実に対する拒否反応。そんな自身が直面する数々の場面に、ニュアージュの精神は崩壊寸前とまでになってしまっていた。


 同時に訪れた彼女の変化。それは、ニュアージュのステータスに状態異常:恐怖という新たなシステムが蓄積されるというもの。

 初見の状態異常ではあるが、その効果は見たままの意味をしているにきっと違いない……。


「ニュアージュ!! しっかりし――うぐぁっ」


 へたり込むニュアージュを慰めようにも、今の俺はマイティバトゥスの攻撃を防御していることが精一杯で。

 ヤツの顔面による押し付けによって、段々と背後の壁に挟まれていくこの身体。このままでは、ヤツに押し潰されてしまう。


 その間にも、ニュアージュは直面している無慈悲な現実に嘆き悲しんでいて。目から零していく涙は、瞬く間に彼女の深碧のドレスをシミで染めていく。


「もう生きるなんて嫌……ッ!! 全てはわたしがいけないのッ!! 全部、全部わたしが不甲斐無いものだから……ッ!! そもそもの話、わたしがいなければ……わたしがいなくなればいいだけの話なのに……ッ!! こうして生きていくことが怖いのに……!! だからって死んでしまうことも怖くて……ッ!! 現実に怯え続けながら生きていくこの毎日が……ただ苦しくて……苦しくて……ッ」


 声を張り上げて、自身に募ってきたこれまでの不安の感情をただひたすらと曝け出していくニュアージュ。

 それは、現実に追い詰められた切羽詰った彼女の心境であり。無慈悲な現実による疲労によって蓄積された、誰にも曝け出すことの無かった彼女の、心からの本音であったことは確かであった。


 同時に、俺の脳内の中で何かがフラッシュバックされる――



 フラッシュバックによる白い閃光が開けたその先には、火に包まれた建物や植物の光景が。

 その地面には大量のモンスターが横たわっており。へたり込む幼い少女の視線の先には、こちらに儚げな表情を向けてくる魚形のモンスターが……。


「全てはわたしがいけなかったの……!! わたしは"彼"を救っただけだったのに……ッ!! わたしが"そんな環境"に置かれていただなんて知らなかったから……ッ!! わたしは"彼"の人生を台無しにしてしまった……!! わたしは理不尽にも、愛する人々に見限られてしまった……ッ!!」


 場面が移り、道端で行き交う人々に手を差し出しては懇願を続けていく幼い少女の姿が。

 時にはその手に貨幣を置いてもらい。時には乱暴を振るわれ、それは一線を越えた暴力へと発展し……。


「裏切られてばかりのわたしにできることなんて何もなかった……。小さかったからとか、女だからだなんて甘ったれた理由なんかが通じない実力行使の世界……それが、この現実……」


 場面が移り、破れた衣服で泣きじゃくる幼い少女。その脇には儚い表情を浮かべた魚形のモンスターがその尾で少女の頭を撫でており、その口元が動く。本当にすまなかったと。

 同時に、その魚形のモンスターは"自責"を繰り返して……。


「わたしは一人では何もできない役立たず……。それでも、そんなわたしにできた、たった一つのある物事……。それこそが、周りにいる人々に裏切られるということだけ……」


 場面が移って、浮遊する魚形のモンスターと共にその道を歩む幼い少女。そんな魚形のモンスターと共にその道に立ち止まっては踵を返してを繰り返して……。

 日差しの真下。夜の暗闇の中。あらゆる場面が転々と映し出されていくその中で。時には親しみをもった笑顔を互いに見せ合っている場面が映るものの。しかし、その巡ってくる場面の多くは、どれも儚く、虚しい表情ばかりであった――



 ふと、俺は現実に戻される。

 未だにマイティバトゥスのやつとの攻防を続けていて。しかし、先程この頭に巡ってきた場面は今も尚しっかりとこの記憶に焼き付いている。

 ゲームでもよくあるやつだ。それは、画面の周囲に白い靄がかかったり。回想として流されるレトロな光景によく似たやつ。

 

 つまり、俺は今、この場面に関わる"ある人物"の過去を覗いたというわけだ……。


「わたしのせいで……わたしのせいでアレウスさんが死んでしまう……!! それは絶対に嫌だ……!! それは絶対に嫌な現実なのに……ッ!! 怖くて何もできない……!! わたしは何もできない上に、今回だって旅人の皆さんに裏切られるようなダメ人間だから……!! だからわたしには、"あの人"やアレウスさんのように、人を助けることだなんて絶対にできない……ッ!!」


 "無念"の中に紛れた確たる肯定。

 それは既に、ただの悲運による思い込みという精神の領域に収まるものではなかった――



「ごめんなさいアレウスさん……ッ!! わたしには……わたしには、貴方を助けることができない……!! だって、今も身体が動かないから……助けたいのに。動きたいのに。逃げ出したいのに……それさえも叶わない……ッ!! だから……ごめんなさい――」


 涙で歪んだ声音で。しかしその呂律はしっかりとしていたために、ニュアージュの言葉を俺はこの耳で聞き、その意味をこの脳で理解することができた。


 それは、この戦闘における敗北を許すものであり。実質、この場で俺とニュアージュの死亡が確定となるであろう最悪のバッドエンドを迎えるものである。

 こんな結末が確定してしまったというのなら、せめて、ミントだけでもこの場から逃げ出してもらいたいのだが。


 ……と、この状況下に置かれてしまった人間であれば、普通はこの思考に行き着くだろう。

 それこそ、目の前の展開に諦めを悟った人間ならば、その内容が曖昧でもきっとこの思考に行き着くハズだ。


 ……だが、そんなニュアージュの降参宣言を聞き入れながらも、依然として俺の考えは一向に変わらなかった――



「ごめんなさいアレウスさん……ッ!! こうして貴方を死なせてしまうだなんて……本当にごめんなさい……!!」


 ニュアージュの、降参を意味する言葉を聞き入れて。

 そんな、現実と俺の反応にただただ恐怖し怯え続けるニュアージュの嘆く姿にこの視点をしっかりと向けたまま。俺は余裕の無い状況での、精一杯の余力を振り絞りながらの声を出した――


「……そっか。そうか……わかった。わかったよ!! ニュアージュ!!」


「――え?」


 共倒れを意味する言葉を聞いてから。無責任にも聞き取れるであろう懺悔の言葉を、現実のものとして快く聞き入れた明るい返答。

 それを耳にしたニュアージュは、そのあまりにも予想外な返答に堪らず呆然とした表情を浮かべた――――

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