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ザ・ゲームワールド  作者: 祐。
一章
8/368

宿屋【リポウズ・イン】

「おまたせー!」


 拠点エリアのシステム説明を終えた俺とナビ子のもとへと駆け寄ってくるユノの姿。

 このタイミングの良さも、ゲーム世界ならではの展開といったところか。


「ハァ、ハァ、あァごめんねアレウス~。オーナーさんとちょっと話しこんじゃってた」


「あぁ、別に大丈夫だよ」


「アレウスのお部屋が用意できたから、彼をいつでも呼んでくれて構わないよってオーナーさんが言ってくれたの。だから、ちょっとこれから寄ってみない?」


 全力疾走で走ってきたのか。頬を赤らめ息を切らしながら、ユノは上目遣いで俺へ訊ねてくる。

 そんなユノの全力な上目遣いの提案に、謎の使命感で断れなかった俺。このあとはユノと酒場にでも行ってみようかと思っていたものの、それじゃあ宿屋に寄ってみるかの即答を返して宿屋の場所を訊ねることにした。


「宿屋はこっち! ほら、早く行きましょ!」


 あんなに息を切らしていたのに。酸欠気味の呼吸でありながらも再び走り出すユノ。

 そのあまりにも元気が有り余ったパワフルな姿は、もはやクールビューティな外見には似つかわしくないものとなっていた。ユノ、一体どういった意図であんな大人びた服装をしているのだろうか。


 そんなRPG世界らしくない疑念を浮かべる俺。目の前で元気よく走るユノを眺めながら、ゆっくりとした足取りでユノに案内された宿屋の前に到着する。


 黄色の混じる茶色で統一された、三階建ての木造建築。ブロックのような四角い形をベースとして、所々を均等にくり貫いた全体的にカクカクとした外装。扉も四角。その上に掛けられた看板には【宿屋 リポウズ・イン】の文字が彫られている。

 こののどかな村の建物を一通り見て来た中で、おそらくこの建物が一番この村に馴染んでいるなぁ、と。雰囲気との絶妙な調和が施された憩いの場を前に俺が立ち止まっていると、その脇からナビ子が顔を覗かせてきた。


「ご主人様、こちらは宿屋と呼ばれるお店です」


 この流れは、先程までのシステム説明と同じだ。これもチュートリアルの延長線ということか。しっかりと説明を聞いておこう。


「こちらの宿屋という施設は、旅の者が旅路で蓄積した疲労やダメージを取り除く際に利用される公共施設の一つです。回復という生命活動に専念することができる、休息をサービスとした癒しポイントですね。中には、そのエリア内におけるイベントを発生させる条件に、そのエリアに存在する宿屋への宿泊というものもあるため、新たな未開拓地へ到達した際には、まず宿屋へのチェックインを意識しておくと良いでしょう」


 回復やイベントのためにも、この宿屋という店のシステムを第一に優先した方が良いということか。つまり、この宿屋というシステムは今までの説明の中で、一番重要なものなのかもしれない。


「また、各地に点在する拠点エリアの宿屋には"オーナー"と呼ばれる人物が設置されております。こちらのオーナーと呼ばれる人物に関してですが、この人物にはメインシナリオを進める際に必須となる条件がいくつも用意されている特別なキャラクターです。よって、このオーナーという人物には、この物語を進めるにおいて極めて重要な要素を有している重要人物、と言っても過言ではないでしょう。そのため、この世界で歩んで行く冒険にはオーナーとのコミュニケーションが必須になるかと思われます。まぁ、必須と言いましても、これは飽くまで王道なルートを歩む場合での条件というだけのことですので、オーナーという人物を無視した場合でもそれによるフラグが立ち上がり、それに応じたストーリーが展開されることになりますが」


 えっと、まぁ。つまり、俺はこれからこの世界を攻略していくについて、限りなく重要となる人物との出会いを控えている。ということになるのか。

 このオーナーと呼ばれる人物との関わりが、この世界の今後を創り出していく……それほどまでに、このオーナーという人物は影響力のデカい特殊なキャラクターなのだろう。


 ……って、そんな重要な要素を持つ人物が何故、揃いも揃って宿屋を経営しているんだ。この世界の宿屋怖すぎだろ。


「アレウス~! おいでよー!」


 そんなシステムのチュートリアルを挟んでいた俺のもとへ声を投げ掛けてくるユノ。宿屋、リポウズ・インの扉から顔を覗かせて俺へ手招きをしてくる。

 というかユノ、まるで実家に友達を呼んでいるかのような軽い調子だな。そんなことを考えながら誘われるがままに宿屋へと入る俺。


 宿屋へと来店。

 内装の描写としては、広くなく、狭くなくといった横に伸びる長方形な木製のラウンジ。目の前には受付カウンター。左右の空間には木製の丸テーブルや木製のイスが。床には黄色の混じる全体の雰囲気に、落ち着いた彩色を飾る緑の絨毯。そして、受付カウンターの双方には奥へと続く廊下が伸びている。

 のどかな村ののどかな宿屋に和む俺であったが、そんな俺を尻目にユノは落ち着き無くキビキビと歩き回っていた。


「オーナーさん、連れてきたよ~!」


 ユノの言葉が、木製の宿屋の中で端的に響く。

 そんな活発な少女の声が届いたのか、なにやら調理器具を打ち鳴らしたような耳に残る音色が響くと共に、受付カウンターの脇に伸びる廊下から一人の大男が歩いてきたのだ。


「はいよユノちゃん。んーで、君がアレウス・ブレイヴァリー君だね?」


 俺は目を疑った。


 身長はざっと見て、二百五十七。XLサイズも目を見張る、巨大な黒のジャケット。その下に着用されている、首元が見えないほどにまで襟を綺麗に立てた巨大なYシャツ。とにかく裾の長い色あせた青のジーパン。お洒落に履きこなす黒の運動靴。

 リンゴを三つ同時に握り潰せそうな、その身長に見合った巨大な手。ゴリラも身を引くであろう、現役のプロレスラーに劣らぬ筋肉質な体。


 俺が対面した目の前の人物の描写。たったこれだけでも相当に異質な人物であることが伝わるかと思う。

 だが、こんなのを異質と呼ぶには少々生温すぎたのだ。そう、目の前の大男の頭部と見比べてしまったら――


「やぁ初めまして、アレウス君。ワタクシはこののどかな村宿屋、リポウズ・インのオーナーを務める"キュッヒェンシェフ・フォン・アイ・コッヘン・シュペツィアリテート"と言うものです。以後、お見知りおきを」


 紳士たる丁寧な動作でお辞儀をする、こののどかな村宿屋のオーナー。

 オーナーが下げていた頭を上げる。その光景をもう一度確認し、そのあまりにも予想外な光景に俺は堪らずもう一度驚いた。


 何度見ても、身体は人間そのものの形をしている。

 それなのに、この目の前のオーナーという人物の頭部はなんと――フライパンだったのだ。


「ワタクシの名、あまりにもおそろしく長いために覚えづらいでしょう? なので、皆さんからはアイ・コッヘン・シュペツィアリテートの部分でよくお呼ばれされているのです。ユノちゃんはアイの部分でワタクシを呼んでいますし、コッヘンでもシュペでもツィアでもリテートでも。アレウス君の気に入った部分でワタクシのことをお呼びしていただいてもらって構いません」


 口という部位が無いそのフライパンで、自然と会話を行う目の前の大男。

 その彼の、どこか胡散臭い調子の明るい声。その声に、あの耳に残る金属の反響音が加わることで自然なエコーが宿屋に響き渡っている。いや、なんだこの異様な光景。


 そして、そんなアイ・コッヘン・シュペツィアリテートと名乗るオーナーに全く動じることのないユノ。もしかして、こういうとんでもない見た目の人物も常識の範囲内なのか……?


「それではアレウス君。しばらく君が宿泊するであろう部屋に案内するから、ワタクシについてきてもらってもいいかな? おっと、天井に頭をぶつけないように気を付けて。宿屋で怪我なんてしたくないだろう? ハッハッハ」


「あ、私もついていく! アレウスの部屋の場所を知っておきたいから!」


 フライパンのこもるような金属音を上げながら笑うオーナー、アイ・コッヘン。そのまま廊下へと歩き進めていくその巨体についていくユノの姿。

 未だにこの異質な状況を飲み込めず、そんな二人の後ろ姿を唖然としたまま眺める俺。


 そんな俺の様子に気付いたナビ子が、こちらの袖を控えめに引っ張って俺を現実へと引き戻す。


「どうかなされましたか? ご主人様」


「あ、あぁ。いや、なんでもないよ。うん」


 ナビ子も動じていない様子だった。やっぱりそういうものなのか。


 まぁ、よくよく考えてみたらそうだよな。だって、ここはゲームの世界なのだもの。ここには人間やモンスターが存在しているように、頭がフライパンの人間が混じっていたって別に何も問題なんて無いよな。


 そう自分に言い聞かせながら、俺は二人の後を追った。



「ねぇアイおじさま、今日の温泉のテーマはなぁに?」


 黄色を含む明るい木製の廊下の道のり。アイおじさまことオーナー、アイ・コッヘンを先頭に、彼の後に続いてユノと俺とナビ子の四人が歩いている。


「私、お風呂が大好きなの! だからアイおじさまが沸かすここの温泉は、その日を最高の気分で締めくくる際に必要な私の毎日の楽しみなんだ~」


「ほうほう。ワタクシの温泉に目をつけるとは、中々に見所のあるお嬢さんだ。そんなユノちゃんには朗報として、特別に教えてあげよう! あぁ今日の温泉を存分に期待するがいい。なんてったってな、今日の温泉は――なんと、ワタクシお手製のスクランブルエッグ風呂だからだッ!!」


「キャー! さすがアイおじさま!! 素敵!! そのフライパンが一段と輝いて見えるわッ!!」


 まるで会話についていけない。いや、むしろ内容を理解できなくて正解なのか……?


 理解が追い付かない謎の会話を聞きながら到着した俺の個室前。そこでアイ・コッヘンとユノの二人と別れた俺は、ナビ子と共に設置されていた若葉色のベッドに寝転がった。


 新たなる冒険で蓄積した疲れ。俺と同様に相当な疲労を負っていたのであろうナビ子。そんなお疲れムード全開の俺達は、二人揃ってそのまま深い眠りへとつく。

 新たなる旅を共に歩み出した俺達の、最初のセーブポイント。これからはどう攻略していこうか。ゲームを始めたばかりの新米な俺達は、そんなメタな知識を互いに交わしていきながら今後の生活の過ごし方を考えていくのであった。


俺達の冒険は、始まったばかりだ。

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