黄昏と影から孤立した遺跡の存在
「陰り犬の集団が、ウチの畑を荒らしてしまって困っているんだよ……」
ニュアージュとの共闘から始まり。フィールド:哀愁平原・ハードボイルドでの初戦を交えたあの日から、数日が経過した。
「パワースラッシュ!! エネルギーソードッ!!」
状態異常による苦戦を強いられて。俺はこのフィールドで必須となるであろう対策の必要性を見出してからというもの。このフィールドでの戦闘をより良い快適なものにするべく、まずはそのための資金集めとしてサブクエストを消化していたのだが。
「いやぁ助かったよ! 君のおかげで、当分は陰り犬の群れに困らなくてもよさそうだ! あぁそうそう、これはお礼だよ。これに見合った働きをしてくれたからね! ぜひ、受け取ってくれ!」
サブクエストの関係で、数日前に苦戦を強いられた陰り犬や黄昏コウモリが生息するそのフィールドへしょっちゅう足を運んでいたことから。俺はこのフィールド:哀愁平原・ハードボイルドにおいての戦闘の立ち回りを自然と学び、思考し、実践……のサイクルを繰り返し――
……結果、それらのような雑魚敵であれば、やや安定した勝利を勝ち取れるようになってしまっていた。
「お疲れ様です、ご主人様。今日も拠点エリア:黄昏の里に住まう皆さんのお悩み解決に、親身となって励んでまいりましたね」
その目的がお金稼ぎという、そんな汚い目的を掲げている俺の思考を把握していながらも。それでも控えめながらの優しい調子で、俺の今日の苦労に慰安の言葉を掛けてくれるミント。
状態異常である盲目と行動不可の対策資金を目的としていながらも。ワケを知らない里の皆から見れば、俺はただの何でも屋だ。そう考えると、まぁ、ミントの言葉も割かし間違いとは言えなくもなく。彼女からの言葉に後ろめたさを感じたものの、俺は自身をそう納得させることで、今日もよく働いたなと報酬を眺めながら宿屋、やるせな・インへと戻った。
「あらー。アレウスさん、あの遺跡を発見なされたのですね~」
おっとりとしていながらも、ハキハキとした調子で。語尾は伸びているものの、キレのある聞き取りやすい言葉で。
天然っぽくもしっかり者を演出させる、なんとも独特なそのペースで話すニュアージュ。そんな彼女を交えて、俺は今、宿屋の酒場にてユノとミントの四人で夕食をいただいていた。
「遺跡!! アレウス、ちょっとそんなの見つけたなんて、私聞いてないわよ!!」
「言うも何も、今日見つけたばかりだから……」
新たなる未知に反応したユノ。そのあまりの興奮によって、逆ギレっぽく反応する。
好奇心が湧いてきてしまうその気持ちはわかるが、さすがに命知らずなユノの前で報告してしまったのはマズかったかなと反省。
……そもそもの話、その遺跡というものとは。
それは、俺は今日、サブクエストの依頼をこなしていたその最中にも。フィールド:哀愁平原・ハードボイルドの西南にて、この黄昏の里から割りと遠く離れた場所のある一帯にポツリと存在する遺跡を発見していた。
黄昏の金色と影の黒、大空の緋色という三色が織り成す夕日の世界の中に存在していたその遺跡。なんだかありきたりだなとも思えてしまうかもしれないが。その遺跡の存在感は、とてもただならぬ雰囲気を漂わせていたのだ……。
「それがさ。その遺跡、なんか、中途半端なピラミッドというか。三角形っぽくも、不規則にゴツゴツとした見た目をしていてさ。更に不思議なことに。そのピラミッド、あの黄昏と影の世界の中で、ひとりでに紫色の光を放っていたもんだったから。なんか不思議で、なんか不気味な遺跡だなぁと思いながら見てたんだ。結局、残りHPや回復アイテムの関係で、探索せずに戻ってきてしまったのだけども」
その遺跡。なんと、あの金色と黒に侵食されることなく。その世界から孤立するかのように、ブドウのような艶かしい紫色のオーラを纏っていたのだ。
あらゆるものがあの二色で染まってしまう、あの哀愁平原・ハードボイルドの世界ので。そんな異常に近しい光景を目撃してしまったら、それはもう命知らずなユノが隣に居ようとも、現地の人間に尋ねてみたくなってしまうに決まっているじゃないか。
「それにしてもですねー、まさかこの数日であの遺跡を発見なされてしまうだなんて驚きました~。あの広大な平原の中に存在するだけあって、現地の者であっても、あの遺跡の発見に至ることができないとされているのですが。さすがは、未知が大好きなユーちゃんと一緒に旅をしているお方ですね~。隅々までしっかりと探索なされておられるその姿勢に、ユーちゃんとはとてもお似合いです~」
現地に住まうニュアージュ曰く、その遺跡は大変珍しいものであったらしい。
そんな彼女が言うには。どうやら並の冒険者があの遺跡を発見するには、この地での探索を少なくとも数週間は継続しなければ見つからないほどのもの、とのこと。
あの平原はとても広大で。その黄昏と影の領域という変わらぬ景色も相まってか。地元の人間でさえも、その広さの中からその遺跡を見つけ出すのに大変な労力を有するのだとか。
更にニュアージュは。その遺跡を発見しても、尚俺がこうして黄昏の里に姿を見せていることに驚きを表していた。
というのも、その遺跡はここから随分と掛け離れた場所に存在しているため、冒険者や地元の人間とかも関係無く。その黄昏と影の領域による変化しない光景による影響で、大半の者はその広大な平原の中で道に迷うのだという。
そうして帰路を見失い。挙句にあのモンスター達が襲撃してくるものだから。あの遺跡に近付いた人間の多くは、その道中で命を落とすらしい。
そんな危険な場所に知らず知らずの内に踏み込んだ上に、特に何事も無く帰還して、且つなんか変な物があったという楽観的な報告で済ませる冒険者というものは極めて稀なのだというのだ。
「フフフッ、さすがねアレウス! やっぱり私が見込んだだけはあるわ! なんだかアレウスには負けていられないわね! よーし、私も今度、あの哀愁平原・ハードボイルドの探索に出てみようかしら!! アレウスの知らない未知を絶対に探し当ててやるんだからッ!!」
あちゃーっと自身の失態に頭を抱えた。
そりゃ、ユノがこんな話を聞いてしまったら熱が入ってしまうことくらい、容易に想像できただろうに。あの哀愁平原・ハードボイルドの環境のことを考えると、いくらユノであってもその身が心配で俺は仕方が無かった。
特に、あの黄昏コウモリ。行動不能から盲目を重ね掛けして、更に吸血とまできた。
あんな連携を食らってしまったら、いくらユノでも――待て。でもそれって、考え様では……動けない少女に目隠しをして、その上に血を吸うってことだよな――
「冒険のためにせっかくこうして訪れてくれたというのに。毎度のようにわたしのお使いに付き合わせてしまって、本当にごめんなさい。ユーちゃんの希望も叶えたいから、お使いの合間を縫ってわたし達で平原に出歩いてみないかしらー?」
「アーちゃんも一緒に来てくれるの? やった! それはとても良いアイデアね! っていうことだから、アレウス。私は強力な助っ人を連れて、アレウスよりももっともっといろんな未知を経験してくるから! 覚悟なさい!」
くだらない思考をめぐらせていた間にも、ユノとニュアージュは二人で何か話を進めていたようだ。
……って、その内容を聞くに、俺は仲間外れなんだな。なんか、ショックだわ。
「あ、あぁ。それじゃあ、俺は引き続いてミントと更なる未知を探し求めてやるからな!」
と、ショックによって俺は張り合うかのようにユノ達へ言い放ち。
なっ! と、俺は気合交じりの声を隣に座っていたミントに掛けたのだが――
「もきゅもきゅ――んっ、このミント・ティー、ご主人様の行く冒険の先々でありましたら……もきゅもきゅ――んっ、例え苦痛を伴い、過酷な環境であろうとも……もきゅもきゅ――んっ、この身を犠牲にしようとも、ご主人様のもとへとついて行きます……もきゅもきゅ――」
テーブルの上に乗っかっていた夕食を貪り食らうことに専念していた。
……いや、その、もきゅもきゅって。その可愛らしい効果音と同時に行っている物事が、いろいろとミスマッチというか。吸引力を思わせるその爽快な食べっぷりと、まるで合っていない……。
そんなミントの様子に謎の汗と。その幼くも、大人も顔負けな食べっぷりにある意味で頼り甲斐を見出して。
隣で夕食を貪り尽くすミントと。テーブルを挟んだ目の前で張り切るユノとニュアージュの姿を見て。そんな彼女達との会話を楽しみながら、俺は今日も平和にこの世界を満喫することができたのであった――――




