託されしニュアージュの身元
「おぉ期待の青年君ちょっと待ってくれ」
ふと脇から声を掛けられたために、俺はそちらへ視線を向けて声の主を確認する。
俺の視界の向こう側。宿屋、やるせな・インの入り口に位置するラウンジのカウンターには、一見するとウナギの姿というなんとも不可思議な身体を持つキャラクター、キャシャラトの姿がそこにあった。
先程に知った親密度の統計結果にえらく落ち込み、気分転換に外の空気を吸いに宿屋から出ようとした俺を超早口で呼び止めたキャシャラト。彼は俺を期待の青年君という名前で呼び止めては、カウンターから乗り上げるように浮遊しながらこちらへ寄って来たのだ。
……というか、期待の青年君って。アイ・コッヘンからの情報を元にしたのであろうそのあだ名は一体何なんだ……。
「ニュアージュから話を聞いたよさっきはどうもありがとうなぁ」
「あ、あぁ、いえ。俺はただ、自分にできることをやっただけのことですので」
超が付くほどの早口でありながらも、陽気な言葉使いで礼をしてきたキャシャラト。俺からの返事を聞くなり、その犬のような頭部で。ナマズのような髭を揺らしながらコクコクと頷く。
その表情はとても朗らかであり、なんだか人懐っこくも見えてきてしまえる。そして、こうしてよくよくと見ていると、何故か可愛らしくさえも思えてくるなんとも不思議な顔つきをしているものだ。
「ニュアージュはとてもしっかりとした小娘ではあるのだが如何せんその消極的な性格が仇となって所々危なっかしい場面が多い少女なんだ。特にモンスターとの対峙においては真っ先に逃げの一手を優先してしまってね彼女には十分な戦闘能力があるというもののそれを上手く活かせないでいる。もちろん生き残る術としては非常に優秀な選択ではあるのだがニュアージュ本人としてはもはや無くてはならない必須となる選択肢となってしまっているものだからね。逃走の使い方を少し誤ってしまっていることもあってかモンスターの蔓延るお使いの道中がとても不安だったのだよ」
モンスターに恐怖を感じることによって、ニュアージュは煙玉というアイテムを必需品として度々戦闘から逃走を図っているというこの現状。
ニュアージュ自身には十分な戦闘能力があるというのだが、どうも彼女には戦闘を交わすという選択肢が存在しないらしく、その能力を十分に発揮できていないとのこと。
確かに俺も、ニュアージュには戦闘の能力があることを、あのイベントで伺うことができた。
オークエルフの群れに追われながらも、ニュアージュは勇敢にそれへ立ち向かう場面があったものだが。あの時のニュアージュの、覚悟に満ちた決死の表情を俺は未だに鮮明と覚えている。
あの表情は、並大抵の人間ができるものではない。それほどまでにニュアージュからは、戦闘との対峙における十分な戦闘能力を宿していることを伺うことができたのだ。
「能力さえ振るえればニュアージュはとても頼もしい存在となるのだがどうしても逃げの一手からは離れられなくてね。だからこうして誰かが彼女を守ってくれる人が居てくれると、それはそれはとても助かるのだよ。現に期待の青年君以外にも君のパートナーである元気なお嬢ちゃんがニュアージュの傍についていてくれているみたいでワタシ自身実は君達にとても安心感を抱いている。いや、ニュアージュの身を委ねてしまっているとも言ってしまえるかな」
超が付くほどの早口でありながらも。ニュアージュを想う気持ちは誰よりも強いのだなと思わせる、感情のこもった力強い言葉で俺の様子を伺うように喋るキャシャラト。
しかし、その調子からはどこか、まるで何かを測っているように思わされ。キャシャラトの真意は全くもって判らないが、どうやら俺達の何かを見極めようとしているのかもしれない。と、そんなぎこちのない雰囲気をキャシャラトはその言葉に漂わせていた。
「ニュアージュの見守りを任せてしまって本当にすまないねだけど今は君達の厚意に甘えてしまってもいいかな? 何せワタシ自身はワケあって自由に外界へ出ることを許されていないものだからね」
「外に出れないのですか……?」
俺の疑問に、俯いては何か思いをめぐらせているのであろう難しい顔つきになるキャシャラト。
少し悩み。そしてどうやら返答が決まったらしく、その顔を上げては再び喋り始めた。
「まぁいろいろとあった身なんでね。ワタシ自身としては悪いことをしたわけではないと思っているのだが、やはり許されるべき事と許されるべきではない事が存在しているものだからその境界線が、またなんとも測り知ることが難しいものであったりもするよねハハハッ……。だからといって別にやましいことがあって外に出れないワケではないのだよ。ただワタシが外に出るとニュアージュに迷惑を掛けてしまうから。そう、これはもう仕方の無いことなのだ……」
決心というよりは、真意はぼかしながらも何かがあったことを伝えておこうという、これまた意味深な曖昧さを意識した返答をするキャシャラト。
その調子からは、やりきれない想いが。その表情からは、やるせないもの悲しい雰囲気が。どうすることもできない現実に直面した、絶望する人間の表情をそこから思わせた。
「……いろいろとあったのですね。ニュアージュのことでありましたら、俺とミント、そしてなによりもユノが一緒についておりますので、心配なさらないでください。特にあのユノが一緒についているのであれば、ニュアージュは安心して外界を歩くことができると思いますので」
「客人に小娘の世話を押し付けてしまって本当に申し訳ないと思っている。だが、君達がついていてくれると実に頼もしくありがたいなぁ」
朗らかな笑みを浮かべながら。力無く笑い掛けてくるキャシャラト。
それでも後ろめたさが残っているようで、何か思いをめぐらせてから、この会話の最後に添えるかのように、キャシャラトはその言葉を口にした。
「……こうなってしまったのも全てワタシの責任なのだ。こうしてワタシは外界に顔を出すことができなくなり。ニュアージュといういたいけな少女をも巻き添えとして、肩身が狭い苦しく辛い生活を強要させることになってしまった。そもそもの話として、ニュアージュを逃げてばかりの性格に仕上げてしまったのもワタシが原因であるから――おおっとすまないね。ワタシはまた余計なことを口にしてしまっていたようだ」
そう言って、キャシャラトは申し訳なさで後ろめたいと表情を浮かべながら、俺から離れるようにカウンターの陰へと戻っていってしまった。
「……キャシャラトさんもニュアージュも、いろいろと大変なんだな……」
ふと、呟く。
それを聞いたミントも、静かに頷いては同情の面持ちで俺の方へと見遣ってきた。
「……まぁ、この、キャシャラトとニュアージュに何があったのかという真相はいずれわかるようになるのかもしれない。俺達は今、俺達のできることだけをやっていこう」
ミントを手で招いてから、宿屋の玄関扉に手を掛けて開ける。
そうして外に出た俺とミントは、この里の真相に迫るべくの。この世界に影響を及ぼすメインクエストのクリアを目指すべく、この里を拠点とした新たなフィールドの探索へと移っていくのであった――――




