システム:親密度
「アーちゃん!! もうホントにごめん!! あれだけ一緒についていてあげるって私から言っておきながら、アーちゃんを一人にして危険な目にまで遭わせちゃって……ッ!! もう! どうしてもう、私ったら、もう!! ユノのバカ!! バカバカバカッ!!」
「ユ、ユーちゃん落ち着いて……! 近辺への用事だったから、わたしが一人で行ってきちゃっただけなの……! だからユーちゃんは悪くなんかないの……!」
拠点エリア:黄昏の里にて。宿屋、やるせな・インの酒場で涙ながらに必死な謝罪を続けるユノと。そんな彼女にもはや困惑にまで達した面持ちで、必死にユノをなだめるニュアージュの姿がそこにあった。
先程の戦闘を終えての帰還として、再び顔を出したこの宿屋にて。俺はニュアージュをこの宿屋に送り届け、これで一つのイベントを無事に終えることができたなという安心感と共に、眠りについているミントの様子を見るべく一旦部屋に戻ろうとする。
……が、どうやらその必要は無かったようで――
「おはようございます。ご主人様」
「うぉ!?」
突如、脇から声を掛けられて驚く俺。そんな俺の声に驚いてビクッと身体を縮こまらせるミント。
お互いに互いに驚く朝の挨拶を交わしたところで。ミントから見知らぬフラグを検知したという報告と共に、俺は先程にアクションを起こしていたイベントのことを説明する。
それを聞き次第に、ミントは人差し指を口元にくっ付けながらその場で思考をめぐらせて。何かを発見したのか。ふと、ピクリと身体を微動させたままこちらへと視線を向けてきたミント。
「……NPC:ニュアージュ様における、親密度のフラグが立ち上がりましたね。こちらによって、ニュアージュ様との仲により絆が深まりました。おめでとうございます」
「絆……? 親密度のフラグ……?」
ここにきて、初耳となる新たなフラグを知る俺。
親密度のフラグ。ニュアージュにおけるそれが立ち上がったとはいうものの、その内容はと言うと、割りとその想像通りのことであるらしく……。
「はい。こちらの親密度フラグ及びシステム:親密度に関しましては……その名の通りに、対象となったNPCとの新密度を左右するフラグとなっております。もう少し、詳細の説明を添えさせていただきますと……こちらの新密度フラグというものは、対象であるNPCとの仲の良さに直結するおまけ要素的なシステムでありまして。その対象者であるNPCの個々の内部には、それぞれに親密度となるシステムが設定されております。こちらの新密度となるシステムは、主に親密度フラグに影響され、親密度フラグをより多く立てれば立てるほど、その対象者とは仲良しこよしな親密に溢れる関係となることができます。こちらのフラグに関しましては、ご主人様に直接被害をもたらす要素をほとんど確認することができません。そのため、ただひたすらと立て続けることを意識してもらっても構いませんね。むしろ、その対象者とより良い友好関係を築くことができるでしょう」
要は、仲良しの具合を示すものなのだ。
その親密度フラグという種類のフラグを立てれば立てるほど、そのNPCとはどんどん仲良くなっていくというもの。その理屈は至って単純で、そのフラグを立てていくことによって、俺は相手からどんどん好かれていくのだ。
それはNPCの個々の内部それぞれに定められているため、このフラグを立てたからといって一気に全員から好かれるというわけではない。あくまで好かれるのは、そのフラグを立てた対象者からのみとなる。
まぁ、つまり、この親密度フラグが構築された際には、目の前にいるNPCからより一層と好かれた。ということになる。これによって、今回はニュアージュを助けるイベントを介したことによって、俺はニュアージュからより一層と好かれたのだ。
「ニュアージュ様の新密度が上がりました。数値といたしましては、序盤というだけあってまだまだ低い位におられるわけではありますが、このままの勢いでニュアージュ様の新密度フラグを構築し続けていけば、中盤に突入する際にはシステム:結婚も可能となることでしょう」
「け、結婚っ!!?」
驚愕による大声によって、俺の結婚という言葉が酒場に響き渡る。
それはもう、周りからは不思議な視線を送られたものだ。特にユノ。内容も把握していないというのに、なんだ、その期待の眼差しは。
……っと、誤魔化しの咳払いで場の空気を流し、辺りに振り撒いた注目の種を吹き払う。
恥ずかしい。俺の顔は、さぞ火照っていたことに違いないだろう。盛大な恥をかいて、なんだか気まずい表情を浮かべてしまいながらも、俺は再びミントへと視線を向けるなり会話を続けることにした。
「……その、結婚というものもあるんだな」
「はい。親密度フラグの構築によって増加した新密度を最大値にまで溜めることにより、その対象となるNPCとの円満な夫婦生活を可能とする特殊なイベントを発生させることができるようになりますね。尚、現在の親密度に関しましては……今現在にも渡るご主人様の冒険によって、個々のNPCにそれぞれある程度の数値が蓄積されております。親密度の統計を確認なされますか?」
「お、それはちょっと気になるかも。……まぁ、知るのもちょっと怖いような気もするけれど。でも、どうせだし確認してみようかな」
「了解しました――」
承諾をするなり、ミントは思考を整理させることによって親密度の統計を始めた。
……にしても、そうか。そんなシステムまで用意されていたのだなと驚いてしまったものだ。
親密度。この手のゲームであれば、誰もがこの文字に目を通したことがあるであろう、この手のゲームにおける醍醐味の一つだ。
それはミントも先程言ったように、仲の良さという人としてのお付き合いを数値にして表したものであり。それはミントも先程言ったように、結婚という行事さえも可能としてしまう一大イベントでもあり。それは、この手のゲームのロマンであったりもする。
もちろん、この世界における主人公は男ということなので、その結婚対象は女性であることは確実だろう。とすると、それはニュアージュだけに留まらず、このゲーム世界の住民であるユノや、もしかしたらナビゲーターであるミントでさえもその対象であり――
「統計――完了。はい、それで、新密度の確認。でありましたね。こちらの統計が終了いたしましたので、さっそく結果を口頭で発表してまいります」
「よっ、待ってました!」
我ながら、ご機嫌が良い。
ゲーム世界で生成されたプログラム状のキャラクターであっても、俺から見たら人間そのものとまるで変わりない。それが意味することは、俺はこの世界で人間としての生き方を十分に謳歌することができるということ。
それは生命維持における行為が許されているということであり。それは性別という概念における恋愛も許されているということなのだ。
そして、主人公である俺には今、親密度フラグという強力なシステムが存在している。
それはつまり、フラグさえ立てればNPCとの熱烈な恋を経験することができるということになる……!!
今、俺に青春が訪れた……!!
ユノを恋人にするもよし! ミントを恋人にするもよし! ニュアージュを恋人にするもよし!
さぁ、その親密度という数値を参考にして。恋愛という、人間として生きる意味に値する人生の醍醐味をこの世界で存分に味わっていこうではないか――ッ!!!!
「新密度フラグの対象となるNPCは、そのご主人様の冒険における主要となるキャラクターにのみ存在いたします。そして、今現在、その主要となるキャラクターに位置するNPCは計五名となっておりますね。その方々を、それぞれ親密度の低い順から発表をいたしますと……! 第五位:キャシャラト・キャシャロット。第四位:ユノ・エクレール。第三位:ニュアージュ・エン・フォルム・ドゥ・メドューズ。第二位:ミント・ティー。そして、栄えある第一位は――キュッヒェンシェフ・フォン・アイ・コッヘン・シュペツィアリテート。で、ございますっ!!」
よりにもよって、なんでこの流れであんたが一位なんだよっ!!!
「……ご主人様? 顔色が優れないようでございますが、お体の具合が悪いのでしょうか……?」
完全に燃え尽きた俺。
栄えある第一位への、裏切られた期待による喪失感。それによって無気力となり、俺はいつの間にかその場で座り込んでいた。膝を抱えながら。顔を俯かせて。
だいたい、まずこの結果にかなり凹んだ。なんで第一位がアイ・コッヘンなんだ。
確かに、まぁ、尋常ではないほどにまで期待はされていたけれども。でも、だからって、ついさっきまで結婚というワードが出ていた矢先でこの結果はさすがに散々なんじゃないか? それこそ、一緒にいる時間が長かったミントやユノ辺りだろうなと淡い期待を抱いていたというのに。
あと、ユノ。ユノが思っていたよりもだいぶ低くて落ち込んだ。俺としては、割りとよく仲良くやっていたつもりだったのに。何故、どうしてユノの順位がこんなに低いんだ?
あれか。ユノとのイベントをそれほど多く交わしていなかったからということなのか? いや、にしても、第四位という順位にはさすがにかなり傷付いたかも――
「……あの、ご主人様」
「…………なんだい」
ショックが大きすぎて、声が出ない。
でも、それでも声を掛けてくれるミントには、心からの感謝をしなければならなかった。だって、酒場の入り口で座り込んでいる俺に、こうして声を掛けてくれるというこの恥を忍んだ優しさを掛けてくれているのだから。今の俺、傍から見たらだいぶ変人だと言うのに。
……まぁ、こうしてミントが声を掛けてくれたんだ。きっと、こんな気持ちも一気に吹っ飛ぶくらいの可愛らしい仕草か何かでの慰めによって、この俺の虚無となった心に再び温もりを宿してくれることきっと違いない。
うん。そうだな。よし、ミントから癒しを受けて、これからまた頑張っていこうと気合を入れることにしよう――――
「追加の説明といたしましては、同性でも結婚が可能であったりもします」
「まさかの追い討ちかよっ!! それはもういいよっ!!! もぉ!!!」




