NPC:ニュアージュ・エン・フォルム・ドゥ・メデューズ
「まぁ、そうそう。紹介が遅れてしまいましたね。わたしは『ニュアージュ・エン・フォルム・ドゥ・メデューズ』という名の『魔法使い』です。どうぞ、よろしくお願いいたします~」
とてもお上品で清楚な声でいて。コロコロと鈴が転がるような。その透き通るような軽くおしゃれな雰囲気を持っていながらも、どこかやんわりとしたその調子で。
先程の描写と同じく、百七十二の身長。ふくらはぎにまで伸びたロングヘアー。アッシュ色の髪の色。深碧の暗く落ち着いた緑色と白のレースからなるドレス。アッシュ色の上品な手袋と膝までのミドルブーツという上品な身なりの少女は、ドレスの裾を摘まんで引き上げながら、こちらへ優雅にお辞儀を一つ。
そして、若葉色の瞳と、アッシュ色と深碧色の優美なカチューシャを輝かせ。清楚なお嬢様を思わせる顔立ちに優しい目つきで、可憐に微笑んでみせた。
「ニュアージュちゃん! なんだかとても貴女らしい、可愛くて優雅な良い名前ね! 私の名前はユノ・エクレール! よろしくね!」
「まぁ、ユノさん! ユノ・エクレール……とても貴女らしい、凛々しくて可憐な響きの良い名前ね~」
「あら~ありがとーニュアージュちゃん! 私達、もしかしたら気が合うのかも!」
波長が合ったらしい。
目の前でキャッキャと微笑ましく会話を交わしていくユノと、ニュアージュと名乗る魔法使いの少女。
「えっと。そして、そちらの方々はユノさんのお仲間さん方ー?」
「あ、あぁ。俺はアレウス・ブレイヴァリー。よろしく、ニュアージュ」
「ご主人様でありますアレウス・ブレイヴァリーに仕えております、ミント・ティーです。よろしくお願いいたします」
「アレウスさんにミントさんね。皆さんとても優しそうな顔をしておりますね。ユノさんに、アレウスさんに、ミントさん。以後、お見知りおきを~」
ユノに続いて自己紹介をする俺とミント。
そんなぎこちのない俺と、至って落ち着いていたミントの紹介を聞いては、また優雅にお辞儀をして互いの紹介を済ませていく。
「その~、わたし、ちょっとした癖がありまして~。アレウスさんのような、男性のお方との会話となってしまうと、つい敬語になってしまうのですー。なので、アレウスさんとの会話はもしかしたら堅苦しいものとなってしまうかもしれません~」
「ん、あぁ。大丈夫だよ。俺、そういうの全然気にしないから」
「ありがとうございます~」
まぁ、異性との会話は緊張するものがあるもんな。増してや、まだ初対面の異性だ。敬語となってしまうのも無理はないだろう。
……にしても、ニュアージュの喋り方。あのキャシャラトとはまた違う個性が溢れ出ている。
というのも、その喋り方は、その見た目通りとも言うべきおっとりとお上品なものであるのだが。それと同時に、一語一語が聞き取りやすいハキハキとしたものでもあるのだ。
その対極する二つの要素が交じりに交じり合うことによって、その語尾がおっとりと伸びたりはピタッとキレの良い一語を繰り返していくという。常に緩さと堅苦しさの正面衝突が起こっているというちょっと変わった調子の持ち主。
なんとも不思議な人だ。そのニュアージュのことを一言で言い表せと聞かれた際には、俺は『深海で泳ぐ軟体生物』とでも説明することだろう。
……いや、なんだこのよくわからん感想は――
「ねぇニュアージュちゃん。ここのオーナーさんと親しい仲のように見えたのだけれども。貴女もこの宿屋に宿泊しているお客様なの?」
「ううん~。わたしはこの黄昏の里と外界の街を行き来しているだけの者なの。でも、そうねー。強いて言うなら……キャシーさんのちょっとしたお遣い係り。と言えるかしら?」
ユノの質問に対して、言葉を探すように喋るニュアージュ。
おしとやかなお嬢さんを思わせるその仕草もとても自然で、長年の間ずっとこうして過ごしてきたのだろうなという印象を受ける。
「へぇ~。それじゃあ、この里の住民ということなのね~。ふむふむ。キャシーさんのお遣い係りっていうことは、ニュアージュちゃんは冒険者ではなかったりするの?」
「冒険者……とまでは言えないかも? わたしの場合は、冒険者というよりは放浪者といった表現が似合っているのかな~。忙しくて外界に出られないキャシーさんの代わりとして、この黄昏の里と、昼夜を迎える外界の世界を行き来するだけの者だから~」
「はへぇ」
なんだその気力が抜けるような返答は。
感嘆と同情なのか。ユノの返答に話の全てを持っていかれながらも、俺は気を取り直してニュアージュの話へと意識を向ける。
「それじゃあ、キャシーさんの代わりにニュアージュちゃんが頑張っているわけなんだ! ということは、ニュアージュちゃんはこの宿屋を陰ながら支える、云わば、縁の下の力持ち……的な存在なのね!」
「わたしはそんな大層なことなんてしてないよ~。縁の下の力持ちであったとしても、魔法使いなのにモンスターからは『煙玉』を使って逃げてばっかりで。戦闘や冒険の知識も皆無のまま、何年もこうしてお遣いをしているだけだから~」
「ニュアージュちゃん。それが立派なの! 私がニュアージュちゃんの立場だったとしたら、戦闘や冒険の知識が無いと不安で外も歩けないかもしれないのだもの。でも、それでもニュアージュちゃんはキャシーさんのお遣い係りという任務を背負って、頑張ってモンスターのいる場所を駆け回っている。これって結構すごいことじゃないの! それを、ニュアージュちゃんは無意識にやってしまっているのだから、すっごくとっても大層なことよ!」
「あららー、ユノさんって優しいのね~」
なんか、ミントとはまた違う控えめさを持っている人だな。いや、控えめというよりは遠慮深いと言うべきか?
「なんだか私、ニュアージュちゃんのお助け人になりたくなってきちゃった! この宿屋に泊まっている間は、私ニュアージュちゃんのお手伝いをするわ! もしも困ったことや不安なことがあったら時には、いつでも、なんでも私に言って! そうすれば私、ニュアージュちゃんのことを全力で支えるから!!」
「ユ、ユノさん……!」
命知らずな場面ばかりを見てきていたためか、こうしてその外見に相応しき姉御肌な一面を見せるユノの姿が、なんだか新鮮に感じられた。
「……ありがとう、ユノさん。わたしのためにそこまで言ってくれるなんて」
「いいのいいの! 戦闘のやり方から冒険の知識まで、私の経験で得たものをどんどんニュアージュちゃんに教えるわ! それに、同じ魔法使い系統のよしみだから、大変そうにしているその姿が放っておけなかったというのもあるわね。こう見えても私、長い間ずっと危険とされる場所にばかり足を運んできた経験があるの! だから、これまでの旅路で得た経験を知識としてニュアージュちゃんも吸収すれば、もうモンスターから逃げることもなく、勇敢に立ち向かうことができるようになるハズよ!」
その、危険な場所ばかりに足を運んできたというのも、ユノの性格からみるにあながち間違いではないことだし。そんな経験を介してきたからこその、オオカミ親分との戦いにおけるユノの勇敢さが輝いていたのかもしれない。
先程もユノが言っていたが。あのオオカミ親分の実力を事前に知っていたにも関わらず、それでもその恐怖に負けずと、ユノはあの時に俺の代わりとして戦闘に加勢してくれた。
結局はアイ・コッヘンの助太刀で事は収まったものだが。でも、あれは、頭では判っていても半端な覚悟では実行できないであろう、とても勇敢な行動にきっと違いない。
そんな勇敢なる精神力を、彼女は間違いなく有している。だからこそ、今のセリフも誰かを助けたいという勇敢なる想いから来る言動なのだろうか。
そんなユノから様々ないろはを教えてもらえるというのだから、さぞニュアージュは今以上の成長を遂げることだろう。ニュアージュの実力を知らない俺がここまで豪語するのもあれだけど。
……というか、そんなユノの傍にいる俺は、彼女からチュートリアル以外のいろはを教えてもらっていないのだが……果たして、この差は一体……。
「こんなわたしに付き添ってくれるだなんて、ユノさんは寛容な心の持ち主なのね~。……ずっと一人でなんとかしてきていたから、なんだか久しぶりに、誰かに甘えたくなってきちゃったかも」
……ふと、この言葉に違和感を覚えた。
いや、決して悪い意味のものではないハズなのだが。だが、その、ずっと一人でというセリフの部分を聞いてから、それがやけに引っかかってしまって仕方が無かったのだ。
そして、その時に浮かべたニュアージュの表情も――俯き。もの寂しそうに。声のトーンが下がって。といった具合を見せて……。
……どうやら、この言葉が引っかかってしまっていたのは、俺だけではなかったみたいだ――
「もう、どんどん私に甘えちゃってくれていいわよ! どんな困難が待ち受けていようとも、このユノ・エクレールがその突破方法を見出してみせるし。なんだか誰かに寄り添いたい気分になったら、私に直接寄り添ってもらっても構わないわ。こうして旅路の中で出会えた未知なる奇跡には、必ず意味が存在しているものだからね。私がニュアージュちゃんの成長を引き起こす未知なる奇跡となるために、この全身全霊をもってニュアージュちゃんを支えるわ!」
……にしても、初対面の人にここまでのことができるのか。
ユノの勇敢さは性格となって表れることによって、その外見に似つかわしくない活発な少女を演出し。かと思えば急に、姉御肌な気質を思わせる自信満々な頼れる姐御を演出する。
このユノの様子を眺めていると、俺はある場面のあるセリフを思い出すこととなった。同時に、リポウズ・インでの銭湯で交わしたアイ・コッヘンとの会話の中で出てきた、あるセリフの部分をふと思い浮かべる。
……それは、ユノという少女には、"まるで二つの人間性が存在しているかのように"彼女はその顔を変えていく。というもの。
……これが一体、何を意味しているのかは未だにわからないものの、どうやらユノにも何かの事情があることはまず間違いないのだろう。
……と、ふとした際に浮上してきた様々な疑問点に、俺は一人静かに頭を悩ませていた間にも――
「ユノさんは面倒見の良い人なのね~。じゃあ、そのご厚意に甘えて~……こんなわたしだけど、ぜひ色々と教えてください~。あ、そうそうー。ユノさんはもちろん、アレウスさんやミントさんも。ここはずっと夕暮れという特徴だけが取り柄のほとんど何も無い場所だけれども、それでもゆっくりとしていってくれると嬉しいわ~」
このニュアージュのセリフを最後にして。俺の目の前では、ミントも交えた女子会が開かれた。
俺はその会話を前にして置いてけぼりを食らっていたものであったが。だが、自身の内でめぐる様々な思考の整理や予想であったり、その合間にも目の前の光景を眺めてくつろいだりと、俺は俺で一人忙しなくアクションを起こしていた。
そして、この夜を介したことによって、俺達はニュアージュという少女と親交を深めることができたのであった――――




