ゲーム世界における生命活動
のどかな村を出発してから、数日は経過しただろうか。
フィールド:ピンゼ・アッルッジニートの渓谷で起きた出来事も数日前として、俺はアイ・コッヘンの目的地であるその場所を目指す旅路を歩み進めていく。
キャンプ地を取っ払ってから砂地を歩き。再びキャンプ地を設置して緑溢れる丘で休息を取ってから。目覚めの山登りを行い、かと思えば下っていって。そしてまた登ってを繰り返して。
この数日だけでも、このゲーム世界に広がるオープンワールドの景色の数々を目撃してきたものだ。中でも特に驚いたものと言えば、丘の頂上からの眺めで偶然目撃してしまった、飛行する浮遊島の存在だろうか。
右から左へぐんぐんと飛んでいくその巨大なフィールドに、俺は度肝を抜かれる。
そんな俺の隣では、その光景を目にしたユノが興奮で無我夢中のままミントを抱きしめ上げて。それに迷惑するミントが必死にもがき続けるといった光景が繰り広げられたりしていたが。
……まぁ俺はそれよりもといった感じで、ただただ浮遊島を眺め続けていた。
アイ・コッヘン曰く、これを目撃できた君達は実に運が良いとのことだった。その飛行場所自体は浮遊島の通り道であるらしいのだが、こうしてお目にかかれることは滅多に無いのだとか。
この世界に存在しているステージは、この世界を旅する限りにはその地へ踏み入ることができるハズだ。
……とすれば、いつかはあの浮遊島にも訪れる日が来るのだろうか。そんな未知への好奇心が胸の中で溢れ出し、俺はこの旅路の先々で更に目撃するであろう光景を想像することで、つい更なる期待を抱いてしまう。
そう、もう既にいろいろな出来事と直面してきたものだが。俺が主人公のこの冒険自体は、まだ始まったばかりというもの。
これはあくまでも、ゲーム序盤の一環にしか過ぎないのだから。これらはあくまでも、淡い期待をかき集めるイベントの一部にしか過ぎないのだから。
だからそう、いちいちと感動していてもキリが無い――
「……いい眺めだった」
と、思っても、やっぱりロマンを目撃した際の好奇心の昂りというものには誰も抗うことはできないだろう。
そんな俺は、過ぎ去った浮遊島を見送って、ぽつりと呟く。
そして、それでは行こうというアイ・コッヘンの合図に、皆は再び旅路を辿り始める。
長身の道標を辿っていくこの冒険を、俺はミントとユノの少女達と共に巡っていき。たった数日に渡った、長く短い道のりにも、とうとう終着点が見え始めてくる。
丘を下った先で、ふと足を止めるアイ・コッヘン。
何事かと、そのアイ・コッヘンが向ける視線の先へと続けて俺達が振り向く。
……すると、目と鼻の先に。丘の側にぽっかりと開かれた、ある大きな洞窟がそこに存在していたのだ。
辺りは草木に囲まれていて。その側にはツタやら苔やらが生えている。
一見するとその洞窟は大きく、この道を通る者であればその存在感にすぐさま気付いてもなんらおかしくはないハズだ。
……だが、そんな巨大な暗闇の正体に気付いたのはアイ・コッヘン以外に誰もおらず。彼という長身の道標による沈黙の合図のおかげで、俺もユノもミントも、ようやくといった様子で見つけたというこの不思議な状況。
……あとから聞いた話では。その洞窟は知る人ぞ知る、所謂、隠し通路と呼ばれるものだった。
その、存在感を放っていながらも、この暗闇の誘いを発見できる者はごく限られた者達のみ。
隠し通路の名に相応しく、この洞窟は人目に触れられぬよう、ひっそりと隠されていた。それも、自然に溶け込む形で。ツタや苔の演出によってあまりにも周辺と同化していたために、その洞窟はよくよく目をこらさないと案外見つけられないというギミックの施された通り道だったのだ。
「君達であれば、この洞窟の存在を知っても何の問題も無いだろう」
穏やか且つ慎重な調子で呟くアイ・コッヘン。
そして。付いて来なさい、と言ってから。アイ・コッヘンは暗闇を打ち消す光を灯すこともないままどんどんと洞窟の暗闇へと歩を進めていった。
「隠し通路……あぁ、なんて良い響きなのかしら……! 人目を避けるかのように、自然界にその姿を隠す不思議な洞窟……それでもって、この先から感じる、未だ私の知らない冒険の匂い……うん。うん……! 段々と気分が盛り上がってきたわ……! なんだか、新しい未知の発見を予感してしまって、私ジッとなんかしていられなくなってきちゃった!! 待って! アイおじさまぁ!!」
興奮で全身を震えさせながら。同時に、純情な乙女の瞳に期待を宿らせて。
ユノは好奇心のままに昂らせた声を上げながら、洞窟の中へと入っていったアイ・コッヘンを駆け足で追いかけていく。
「ご主人様。ワタシ達も参りましょう」
次に、俺の脇で律儀に佇立していたミントがこちらの裾を控えめに引っ張りながら。
その落ち着きを払った真面目な表情を浮かべながらも、おいていかれてしまわないかという不安からくる若干の焦燥で走り出すミント。
そして、それに引っ張られる形で、俺はミントと共に洞窟の中へと入っていった。
ゴツゴツとした岩がそこら中にくっ付いている、暗闇色で染まった洞窟の内部。
灯りが無いために暗闇と同化した足元はまるで見えないが。それでも、目の前のミントや、その先を歩くユノとアイ・コッヘンの姿はなんとか捉えられるくらいの明るさは存在していた。
その中を俺達は駆け足で通り。少しして、先の二人に追い付く。
ミントは一安心といった様子で、ふぅっと安堵のため息を一つついて。ユノはアイ・コッヘンにくっ付きながら、この先にある未知なる光景の姿を待ちきれないとばかりに必死に問いただそうとしている。
そんな様子に、アイ・コッヘンは焦らしを含めた笑いでユノの好奇心をより煽り立てて。それを聞いたユノは、溢れ出てくる冒険心に身を委ねるがままにアイ・コッヘンの服を引っ張りながらその長身を揺さぶり始めた。
自由だ。
この一言に尽きる。
目の前の光景に、俺はNPCというシステムをつい忘れてしまう場面が多い。
……だが、現実というものは実に非情だった。
実際のところは、このゲーム世界に設定されている意思というシステムのことを、キャラクター達は自身の意思と勘違いしているだけというもの。
それのことを皆は、自身の意思による独断の行動として錯覚しているに過ぎないのだ。
……つまり、今、俺の目の前に存在しているキャラクター達は、皆、このゲーム世界で生命活動を行い続けるシステムの一環にしか過ぎない。
目に見えないシステムの数々に縛られたこのゲーム世界。
それでいて、俺という主人公の力で立てられていくフラグというシステムによって、この世界の行方が全て、俺の勝手で決まっていってしまうというこの真実。
……そう思うと、俺の勝手で自身の運命が振り回されてしまうこの世界の皆のことが、なんだか可哀相だと思えてきてしまって仕方が無かった――
「ほぅら、ユノちゃん。よく目の前を見て見なさい。どうだい? 明かりが見えてきただろう?」
「ホントだ! ふむ……あの明かりの先に、私が未だに見たことも無い見知らぬ新天地が広がっているということなのね……!! あぁ……そう思うと、もう、私、いてもたってもいられなくなってくるわ……っ!! えっへへへ、アイおじさま! 私がいっちばーんっ!!」
「あぁこらこら、待ちなさい待ちなさい。そんな前のめりに走り出したら転んでしまうよ」
先程までアイ・コッヘンの服を引っ張っていたユノであったが、目の前から差し込む光を目にした瞬間にもパッとその場から全力疾走で駆け出すという、まぁなんとも自由気ままな行動を起こしていく彼女。
そして駆け出していったユノは、出口を意味する外の明かりに包まれるなりその姿を消していく。
そんな彼女の背を見送りながらゆっくりと歩き進めていた俺達も、直にその出口へと踏み入ることとなり……。
この瞬間にも俺は、新たなステージへの第一歩を踏み出すこととなった――――




