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ザ・ゲームワールド  作者: 祐。
二章
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NPC:アイ・コッヘンとの会話【師匠と弟子】

 セーブポイントであるキャンプ地にてミント・ティーとの会話を終えた俺。

 喜びという感情を感知してくれた。そんなミントの、人間としての進歩に俺は安堵を浮かべて。

 それじゃあ最後にと、付近で夕食に向けての料理を行っていたアイ・コッヘンのもとへと立ち寄った俺。


 アイ・コッヘンが持参した、白い長方形の長テーブルに。調理用の道具や食材がたんまりと並べられていて。

 その傍には既に完成している、鮮やかな色合いの豪華な料理の数々。それを前にして、俺は今にも涎が出てしまいそうになってしまう――


「おや? どうしたのかな?」


 俺の視線の先に気付いたアイ・コッヘン。

 ハッハッハッと誇りを思わせる調子の笑い声を上げて。手に持つボールを枯れた倒木に置いてから、その付近に用意してあった数個もの薪を一点に投げて焚き火の準備を施していく。


 全てにおいて、あまりにも手際が良い。

 その様子や光景を見ていて、俺はアイ・コッヘンの言う経験というものを、改めて実感させられたような気がした。


「何をしていたのですか?」


 取り敢えずまずはと、俺は画面に出てきたであろう選択肢のセリフを口に出して尋ねる。


「うむ。まぁ、見ての通りさ」


 その変わらぬ胡散臭い調子で答えるアイ・コッヘン。

 一通りに投げられた薪は綺麗に積み重ねられ、左手に手を加えておいた食材を入れたボールを。右手にはレイピア:グルグル・マーキを握り締めてから薪の方へと歩き出す。


 ……レイピアを握り締めて……?


「いやはや、それにしても、君達は実に運が良い。冒険という野蛮染みた旅路の途中であっても、こうして一流シェフの料理をその舌でじっくりと堪能することができるのだからね。それも、同じ旅を巡る仲間ということで、代金などは一切頂戴しないのだから、それはもう君達は、幸運に導かれし腹を空かせる立派な冒険者さ。それに、こうして共に冒険をする仲間にまかなえる料理こそが、ワタクシが何よりもこの腕を振るう理由となる生き甲斐であるからね」


 グルグル・マーキを握り締めたまま、アイ・コッヘンはいつものような調子で喋り始め。

 自身が調理を手掛けて。そのままテーブルの上に置かれた渾身の料理を眺め遣りながら、先程積み上げた薪の前へと移動を終えた。


「ふむ、良い事を教えてあげよう。これはね、アレウス君。これは、ワタクシだけが料理をしているわけではないのだよ。冒険における料理というものは、その場の全員で調理を仕上げて、そして食す。冒険の中で行われる食事というものはね、互いに生けるための生を分かち合う、云わば、互いの心中に宿る絆の確かめ合いのようなものなのさ。では、何故、その場の皆がその料理を作り上げると言うのかと、そう疑問に思うだろう? それはね、冒険の旅路を歩んだことによって発生する、空腹という最高な味付けが施された調味料を仕上げと言わんばかりに、皆は食す前に無意識とその目の前の料理に振り掛けるからだよ。ハッハッハ!」


 フライパンの金属音を鳴らしながら高らかに笑い始めるアイ・コッヘン。

 そして。それと同時に。

 アイ・コッヘンは突然、グルグル・マーキによる高速の突きを薪の周辺へ繰り出したのだ。


 目に見えない速度で。その周囲から発生し出した、大量の火花の跳ねる姿があちらこちらに。

 そして、グルグル・マーキによって発生させられた大量の火花が薪を包み込み、終いにはぼうっと燃え上がることで。なんと、魔法や火を起こす道具を使用することもなく、アイ・コッヘンはレイピア一本で焚き火を起こしてしまったのだ。


 次に、グルグル・マーキをしまって頭部のフライパンのハンドルを握り締める。

 そして、ガポッと。何の躊躇いも無く頭部代わりであるフライパンを取り外すと、そこに材料を入れるなり焚き火でフライパンの材料を炒め始めたのだ。


 ……え。いや、ちょっと待て。待て待て待てっ!! それ、取り外せるのかよッ!?


「ハッハッハ。今日のディナーが実に楽しみだねぇ。まず、真っ先に思い浮かぶのが、ユノちゃんが喜ぶ姿だ。彼女の喜ぶその姿が見れるだけでも、料理の作り甲斐があるというものだね。次に、ミントちゃん。彼女も表では冷静を保ち続けるだろうけれど、内心はとても穏やかじゃなくなるだろう。なにせ、あの子、ああ見えて、実はこの皆の中で一番よく食べるんだ。ミントちゃんの元気の源となってくれる食材達に、感謝感謝だね。そして、最後にアレウス君。……ふむ、まぁ、無難な反応だろうな――」


 いや、なに普通に独り言呟けているんですか……。あなた、今、首から上が無い状態なんですけど……。


 何か、見てはならないものを見てしまったようで、どうしても目のやり場に困ってしまう俺。



 ――こんな空気ではあったものの、俺という存在が近くにあったからなのか。

 ……ふと、俺を脇にしてアイ・コッヘンはこんなことを言い始めたのだ。


「……アレウス君の活動を見ていると、ふと、ある人物を思い出させられてしまうよ」


 どこから声が出ているのかどうかもわからなかったが。その声の調子で、俺は自然と目の前のシュールさに意識が向かなくなった。

 ……それは真剣な話の際に見せる、アイ・コッヘンの裏の姿を表すもの。

 "記憶"という言葉に敏感な反応を見せて。未だに知らぬ、アイ・コッヘンという人物の本来の姿をどこか臭わせる、何かただならない雰囲気を醸し出すその声の調子を聞いてしまったから――


「その、ある人物というのも、当時は今のアレウス君のような新米冒険者の一人だったのだがね。それはそれはもう、アレウス君のように新たな直面の連続に、しょっちゅう苦戦をしていたものだ。それでもってだね、その子もまた、アレウス君のようにダントツな戦闘のセンスを持つ、とんだ期待の新人……いや、その人物のことはもはや、まるで空から流れ落ちてきたかのような、我々の期待の新星だったよ」


 この空間では、食材を火で炒める音も静かに感じる。


「その子に秘めていた戦闘のセンスというものがまた、とんだ凄まじいものだったかな。そうだね、もしも、今のアレウス君と全くの同じ立場であったとしたら……もしかしたら。もしかしたら、あの場面において、その子は自身の感覚と勘のみであのオオカミ親分を倒し切ってしまっていたかもしれないね。それほどまでに、あの子に宿っていた戦闘のセンスはズバ抜けてピカイチなものだったかな」


 俺と同じくらいで、あのオオカミ親分を倒し切ってしまうほどの実力……。

 再発する恐怖が、アイ・コッヘンが語るその人物の凄まじき戦闘能力を予感させる。


「その才能は正に、アレウス君と通ずるものがあったものだが……その人柄というものがまた、バカみたいに無邪気で、それでいてイヌみたいに人懐っこくて。そう、まるでユノちゃんのようだ。うむ、その子は、アレウス君とユノちゃんを足して割ったような人物であったね。それはそれはもう、とても活発的な子でね。いやぁもう冒険に出たくて仕方が無い。何かと戦いたくて仕方が無い。そもそもの話、動いていないと死んでしまうんじゃないかと。あらゆる面で心配させられる。とても良い意味で、とんだ人騒がせな子だった」


 俺とユノを足して割ったような人物。

 主人公とヒロインを足して割った姿か。想像をしてみると……まぁ、そりゃ、そんなキャラクターなんかがいたら、色々な物事と直面するだろうなと、俺は哀れみの感情を持って、その人物に同情することができてしまう。


「全く。しかしどこから見ても、完璧の一言に尽きる新米冒険者だったよ。それは、冒険や戦闘の知識に関しては、ワタクシが教えられることなんて何一つも無かった。そう、全部、一人で学んで解決してしまうのだ。ハハハッ、その子の前では、さすがのワタクシもその立場なんてまるで無くてね。その子の扱いには、相当困ってしまったものだよ。これでは、新米の指導を生き甲斐としているワタクシの面が丸潰れだなって」


 日が落ち始め、次第に暗くなる周辺。

 空には星が浮かび始め。それがあちらこちらから個々の輝きを放ってくる。


「……完璧だった。あの子は完璧過ぎた。その子には、まるで欠点というものが存在していなかった。……と、ワタクシはそう勝手に思っていた。だが、実はね、そんな人物と一緒に過ごしている内に、とうとう見つけてしまったのだよ。誰からも完璧だと謳われていたその子に存在していた、たった一つの欠点というものを。その子は、その物事にだけは、ある一種の壊滅的な才能を発揮していたのだ。……君に判るかい? 冒険。戦闘。知識。何においても天才だったあの子が、通常以下としてどうしてもこなせなかった、その物事というものが――」


 ふと、炒めていたフライパンの動作を止めるアイ・コッヘン。

 そして、数々の星が浮かび始めた大空を、彼はおもむろに仰いだ。


「……料理。"彼女"からは、料理のセンスが欠けていたのだ。それはもう、実に酷いものであってね。ハッハッハ。その頃からワタクシはシェフとしても活動をしていた。そんなところに、天才であった彼女が厨房に、ふとその姿を現してね。それじゃあワタクシの手伝いをすると、やけに意気込んでくれていたのだよ。それはもう、最初はすごく期待をしたさ。でも、実際にやらせてみたら、さぁどうだ。ハハハッ、いやはや、あの時に食べたワイルドバードのソテーの味付けは、未だに忘れられないよ。だって、あれを食してから丸々三日間、ワタクシはその味を思い出す度に嘔吐が止まらなくて止まらなくて……」


 フライパンを火から離し。

 炒めた料理に、調味料を振るって味を調えていく。


「そんな彼女がワタクシに語った将来の夢というものが、こりゃまた傑作でね。ハッハッハッ。その壊滅的な才能を、この現役のシェフであるこのワタクシの目の前で発揮しておきながら。なんと彼女は、幼い頃からの夢として、一流のシェフになって皆を喜ばせたいのだと語り出したのだよ。それには思わず、ワタクシは神を呪ってしまったことだ。何故、どうして。ほぼ天才の域に達している彼女を、そんな壊滅的な方面へと導こうとしているのだ! ……ってね」


 味付けを終えて、その場からテーブルへと移動するアイ・コッヘン。

 思考をめぐらせながらのゆっくりな足取りには、記憶による重みを感じさせられる。


「それでも、彼女の熱意は実に本物だった。だから、そんな彼女に対して。今まで何も教えることができなかったこのワタクシは、その日を境にして、初めて彼女を指導する立場へと至ったのだ」


 テーブルに乗せられた皿に、調理した食べ物を移していくアイ・コッヘン。

 それが終わり次第に、再び星が浮かぶ大空を仰ぎ出す。


「……ワタクシはその日から、彼女の"師匠"となった。未だに覚えているよ。ワタクシが直々に指導してあげようと、夢の達成へと導く師匠の役を名乗り出た際に見せた、彼女のはしゃぎながら喜ぶその姿を。その日を境として、彼女はワタクシのことを師匠と謳い、ワタクシは彼女のことを弟子として扱うようになった――」


 大空には、個々の輝きを放つ星の数々が存在していて。

 その中で、ある一つの星だけ。周りよりも強く、大きな輝きを放っている星があった。


「……もし、これから巡り行く旅路の途中で、そのワタクシの弟子にあたる人物と出会ったとしたら……こう、伝えてくれるとすごく助かる。……『そろそろ、ワタクシの元へと顔を出しに来なさい。果たして、その腕が一流に達したかどうかの成果を……このワタクシが直々に見極めてあげてもいい』ってね」



 強く、大きな輝きを放っていた星が、次第にその力を弱めていく。

 段々と弱々しく失せていくその星は、最後に跡形も無く、その姿を消してしまった――


 それを見送り。ふぅっと一息を挟むアイ・コッヘン。

 フライパンに水を流し込み。スポンジで汚れを拭き取って。

 綺麗にしたフライパンを再び首に取っ付けた後、アイ・コッヘンは何かを振り切るように思い切り頭を上げながら、その胡散臭い調子を取り戻したのであった。


「さて! のどかな村を代表する一流シェフ、キュッヒェンシェフ・フォン・アイ・コッヘン・シュペツィアリテートが直々に振舞う、豪華ディナーの時間だッ!! その見た目はさぞ、至って粗末なものではあるが。だがしかし、その味が、君達の期待を見事に裏切ってみせるよ!!! では、今日の経験の数々を祝う祝杯へと、洒落込もうではないかッ!!」

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