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ザ・ゲームワールド  作者: 祐。
二章
45/368

NPC:ユノとの会話【黄昏の渓谷で夢見る、未知への期待】

 現在の拠点であり、ゲーム内でいうセーブポイントと呼べるであろうキャンプ地。

 そのセーブポイントにはユノの姿は無く、その周辺を捜し歩き回ってみたところで、俺はようやく彼女の姿を見つけることができた。


 フィールド:ピンゼ・アッルッジニートの渓谷。画面の端には、そう地名の文字が顔を出してくるだろうか。

 そんなキャンプ地から離れた別フィールドの入り口で、その渓谷の急傾斜と暗闇を眺めて立ち尽くしているユノの後ろ姿がぽつりと存在しており。夕日の黄昏が彼女のクールな姿を影にして。渓谷から吹き抜けてくる風が、彼女の特徴である大きな白髪のポニーテールを揺らしている。


 そして、背後からの気配に気付いたのか。俺が近付くとユノは踵を返すように振り向いてきた。


「あら、アレウス。どう? 元気にしてる?」


 声を掛けられた……というよりは、ゲーム内的には俺が話し掛けたことになるのだろうか。

 活力溢れる凛々しい笑みで声を掛けてくるユノ。そのクールな見た目とは相対して、可愛げな乙女の動作で手を振りながら。黄昏を背にして、俺の顔を真っ直ぐと見つめて声を掛けてくる。


 こちらの身長が百七十五に対して、彼女は百六十九。少女にしては背が高く、見た目も中々に大人な女性の演出を意識したもの。

 だが、こうして見上げられながら面と面で向き合うと。なるほど、大人を演出していながらも、彼女もいたいけな少女なのだなと俺は再確認させられた気がした。


「ユノ。今は何をしていたんだ?」


 画面に出てきたのであろう選択肢のセリフ。

 よくある質問だな、と。そんなことを思いながらも口にしてユノへと尋ねてみることに。


「何って? 何、う~ん……そうね~、色々なことを考えてたっ」


 言い切った後に満天な笑顔。

 ジャケットのポケットに突っ込んでいた両手を腰の後ろに移して。身体を左右へ小刻みに動かしながら、何かを思考する様子を見せて。

 背にした渓谷に振り向いてから。ユノは何か閃いたかのように、突然勢いよくこちらへと向き直ってきた。


「ねぇアレウス! この渓谷ってさ。なんか、こう~……やけに、こう、谷間が一直線に広がっているように見えるかもって、そう思わない? こう、まるで、いかにも、何かすごい生き物が通りますよ~みたいな。そんな、如何にも意味有り気な広い空間ですよ~って感じにさ!」


 未知への冒険心を思い出したのか。

 活発な動きで渓谷を見つめ始めたユノの隣へと移動する俺。そしてこのピンゼ・アッルッジニートの渓谷の景観を眺めてみると……まぁ、確かに。俺から見て、横に一直線と広がった渓谷の眺めは、彼女の言う通りに中々な意味深を思わせる地形をしているなという感想を抱く程のものだった。


「そこで、私思ったの! もしかしたら、この渓谷には幻と呼ばれるドラゴンが、こう、全身から炎を纏いながら優雅に泳ぎ通る専用の道なのかなって!! だってだって、あの広さなら、ドラゴンの一匹や二匹くらい、悠々と収まりそうなのだもの!!」


 湧き上がってきた冒険心はみるみるとピークへ達して。

 こちらに向けてくる、未知に対する期待の眼差し。はしゃぐ無邪気な子供のような笑みを浮かべながら。ユノは昂った興奮の感情に任せて俺へと言い寄ってくる。


 ……にしても、近い近い。もう、身体の前面全てが俺に触れている。


「た、確かにそう……かも……? 俺はその、幻のドラゴンという存在も知らなかったからなんとも言えないけれどさ。でも、この渓谷の広さなら、確かに大きな生物が横断していても何もおかしくはないかもしれないな」


「よね!! よねっ!? やっぱり、この渓谷には幻のドラゴンがきっと訪れるにそう違いないわッ!! ……まぁ、その幻のドラゴンという存在が本当にいるのかどうかも、私はよく知らないのだけれどもッ」


 想像で語っていたのかよ。

 ふんすっと息をつきながら堂々と言い切って、俺から一歩離れるユノ。


 なんか、この一瞬で俺に芽生えていた色々な期待が一気に冷めたような。まぁ、完全にユノのペースに乗せられていたな、と。熱に水を掛けられたかのような、急に穏やかとなったこの心。


 そんな落ち着きを取り戻した俺に向かって。隣で黄昏の黄金に照らされていたユノは、少しもの一息を挟むなり再びこちらへ喋り掛けてきた。


「……でも、こういうことを考えているとさ。なんだか、こう、すっごくワクワクしてこない? だって、幻のドラゴンよ? この、人としての一生を冒険に費やしても、尚この目で見れるかどうかもわからない……なんていう伝説の生き物が、この渓谷の谷間を泳いで横断しているかも~、なんていったら……もう、すっごくドキドキとしてきて。それでもってワクワクとしてきて。この期待が抑えられないほどまでに堪らなくなっちゃって……もう、心臓が飛び出ちゃいそうになるくらい興奮してこないッ!?」


 再び期待の眼差しをこちらに向けながら。

 いや、もう喋りながらドンドンと迫ってくるユノ。押し詰めるように身を寄せて来て、ただひたすらと興奮のままに俺への接近を図ってくる。


 その顔を近くで。それも見上げられながらの、その期待で輝く可愛らしい顔を近くで見れるのはまぁ嬉しいとして。その、そんなに押されると俺――


「……っととと。っとぁッ――」


「……へっ? っキャッ――!!」


 少女一人分の体重が圧し掛かる形で後方へと倒れる俺。そのまま前のめりに続けて倒れてくるユノ。

 どちゃっと倒れる俺達。巻き上がる砂埃の中から現れた俺達の姿は、ユノが俺を押し倒したかのようなシチュエーションを思わせる、なんとも、その界隈では理想的とされるその構図。

 

 ……にしても、互いの唇が触れそうなくらいに、ユノの顔が近い。


「ご、ごめんなさい!! 大丈夫アレウス!? 平気ッ!?」


 俺はこのままでも、平気。

 とまでは付け足さず、平気のみを伝えておく俺。

 

 すぐさま起き上がったユノから差し出される手。それに捕まって起き上がらせてもらい、二人で自分の服に付着した砂埃を払いながら。

 気付けば、視線は再び渓谷の方へと向いていた。


「……まぁ口で言うほど、そう簡単に会えるものではないわよね。そもそもの話……そんな幻の生物なんて、実在しているのかどうかも疑わしいというのに……」


 自身では判っていながらも。それでも、自身の理想である天文学的な可能性を拭い切れず。

 黄昏の影で照らされた、ユノの物悲しげな表情が浮かび上がっていて。

 期待を見失い。路頭に迷ったかのような……。


 ……自身の目指すべき何かを見失ったかのような。喪失に悲愴な心境を伺わせる。とても可哀相なその表情を浮かべて……。


「……私。夢を見過ぎているのかしら……。だって、皆から否定されるのだもの。そんな生き物、いるわけないだろうって。でも、それでも……私は――」


 その好奇心は。その冒険心は、一体何を原動力として。

 ユノという少女の心から沸き上がって来る、未知に対する大いなる期待の数々。

 有無も確認されていない、その事象と。未だに味わったことの無い経験を、絶命のリスクを考慮することもなく。まるで無我夢中と言わんばかりに、ただひたすらと追い求め続けるその姿。

 

 ……ユノという少女は、気が赴くがままの行き当たりばったりな旅という、勇敢且つ無謀な命懸けの行いをここまで介して。

 ……そこまでして、彼女は一体何を見出そうとしているのだろうか――


「――いるよ」


「……えっ?」


 寂しげな表情に宿る、わずかばかりの希望を伺わせる表情。

 半信半疑に。それでも、その期待にゆっくりと眉を上げて――


「……きっといるよ、幻のドラゴン。まぁ、多分な。……いや、絶対に」


「――――ッ」


 下手に未知への希望を抱かせてしまうのは、彼女にとって何よりも残酷なことにきっと違いないだろう。

 ……だが、俺は自分の発言の影響力を知っているからこそ、こうしてユノに希望を抱かせる言葉を、こう口にするのだ。


 正にこういった時のために、このシステムが活躍するのだろう。

 俺はこのゲーム世界の主人公だ。そして、あの謎の人物やミントは、こう言っていた。


 ……俺の行動や言動によって、それに応じたフラグが立っていくのだと――


「……そう。そう、よね……そうよね……っ! きっといるよね。きっといるわよね……幻のドラゴンッ……!! いえ、幻の生き物……!! まだ見ぬ、まだ誰もその存在を知らない、未知なる生物という存在が……ッ!!」


 段々と彼女の活気が戻っていって。

 太陽のような笑顔が、その健康的な色白の顔に再び浮かび上がり――


「……ありがとっアレウス! 皆、こういう話は全然信じてくれなかったのだけど……やっぱり、アレウスって今までの皆とはちょっと違う感じがする! ウフフッ、私、アレウスと出会えて、本当に良かったって思ってるの!! だって、ミントちゃんという守護女神を連れていて。すっごく不思議な存在感で。なんだか……アレウスという一人の人間が、この世界の全てを決めちゃいそうな、とても強い何かを貴方から感じることができるから……こう、不思議なものが大好きな私としては、アレウスとミントちゃんの二人と一緒にいて、とっても楽しいの!!」


 黄昏を背にして。自然の優美なその光景に負けず劣らずな満天の笑顔を浮かべながら。

 いつも冷静で頼れる姉御肌な女性のように。あらゆる物事に対する疑いを知らない、純粋な乙女のように。


 天真爛漫。正にその言葉が似合う少女、ユノ・エクレール。

 そして、俺という主人公の存在に未知なる期待を見出したユノは、俺に笑い掛けると共にいつもの調子を取り戻した。

 

 そんな彼女と共に過ごしたこの一時は、俺としても、とても有意義なものであったことそう違いない――



「……それにね。アレウスと一緒にいると、今日みたいなドキドキハラハラなアドベンチャーをいっぱい経験できそうで、すっごく楽しみなのッ!!」


「……あ、あぁ……」


 ……ただ、それだけは勘弁してほしい。

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