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ザ・ゲームワールド  作者: 祐。
二章
44/368

リザルト:試合には勝ったが、勝負に負けた

「アイおじさまー!!」


 イベントにおける戦闘を終えて。

 生存した現実に呆然とする俺の脇では、ユノがアイ・コッヘンのもとへと駆け出していく。

 そこではアイ・コッヘンとなにやら色々と会話を交わしたらしく。ユノが和気藹々と話して互いに笑い出し、少ししてアイ・コッヘンの手を引っ張りながら俺のもとへと戻ってきた。


 俺の隣ではミントが心配そうに寄り添ってくれている。

 まぁそれもそうだろう。自身が仕えるご主人様が涙を流して呆然としていれば、心配なり失望なりと何かしらの感情を抱くだろうに。

 全く。本当に自分は情けないなと。それでも涙を流し続ける俺へと近付いてくるユノとアイ・コッヘン。


「アレウス君とミントちゃんも無事で良かった。いいかいアレウス君、自分は男だからと。女性の目の前で涙を流すとは、なんて情けないことなんだ……なんていう自虐は、そんな大して抱く必要は無いのだよ。むしろワタクシは、あの危機的状況の中でよく涙を堪えていたねと褒めてあげたいくらいなのだ。あんな恐ろしい状況を前にして、よくここまで頑張ったね。本当に。偉いよ、アレウス君」


 人差し指を振りながら、ふとフライパンの金属音を打ち鳴らして。


「恐怖は人間の本能によって湧き上がる感情の一部だからね。その恐怖も、これから経験するであろう冒険の数々に欠かせない、立派な財産なのだ。今回の件も、あくまでその一部に過ぎないが。だからといってここで脅してしまい、この先の冒険が憂鬱となってしまってもアレだからね。では、そんな苦行を乗り越えた君に送ろう、この言葉を。おめでとう。君はまた一歩、成長したのだ」


「おめでとう、アレウス! これで私達と一緒に成長したわね!」


 そう言い、アイ・コッヘンの脇からユノが俺へと近付く。

 ポケットから取り出したピンク色のハンカチで俺の涙を優しく拭い、一つ微笑みを零して。俺に見せたユノの温もりを帯びた感情を目にしたことによって、俺は自身が抱いていた自虐の念を自然と振り払うことができた気がした。


「……最も。この理論のままで話を進めていくとなると……今回のハプニングで一番成長したのは、どうやらミントちゃんなのかもしれないね。ハッハッハ」


 愉快げに笑い飛ばすアイ・コッヘンの言葉を聞いて。

 どういうことなのか。それを確認するために隣へ視線を移すと――


「ひっく……ひぅっ…………はぅっ、えぅ――」


 顔を真っ赤に染めながら、ボロボロと次々と涙を流し零しているミントがそこにいた。

 余程の緊張と恐怖を抱いていたのだろう。それでもって、イベントの終わりを告げるフラグを感知し次第に、その感情が爆発したといったところか。


「あぁあらあら! もう大丈夫だよミントちゃんっ! ほら! 傍には私がいるし、こうしてアレウスもアイおじさまもいるから!! ねっ!!」


 慌ててユノがミントの世話をする。

 ハンカチでミントの涙を拭って。しかしハンカチがずぶ濡れとなって。予備が無かったのか、ユノは自身の上着の袖でミントの涙やらを拭いながら、尚一向に止まらない感情を流し続けるミント。


 ……すまなかった、ミント。まさか、ここまでお前を追い詰めてしまっていたなんて。

 全ては、俺があのフラグを知らずに立ててしまったが故に始まってしまった災難だったから。

 俺はその光景になんだか罪悪感を抱いてしまい。それでも、こうして共に生存して、一緒に成長することができた喜びを感じて。


 とても複雑な感情が混ざり合う俺の心境が今、この心の中で巡っていた。


「それにしても……本当によくやったよ、アレウス君。まさかね、ここまでの能力を披露してくれるとは思ってもいなかったから。いやはや、あのオオカミ親分を相手に、よくぞここまで持ち堪えてくれた! うむ。これは元から渡すつもりではいたが。……これは、君の努力によってもたらされた結果だ。手応えと比べて、とても結果と見合わない代物と思ってしまうかもしれないが。それでもどうか、受け取ってほしい。そうだな。これは、君の敗北であり勝利でもあるこの結果を祝うための戦利品だと思ってくれるとありがたい!」


 喋りながら、透明のバッグから何かを取り出すアイ・コッヘン。

 それに合わせて俺が手を出すと、俺はアイ・コッヘンからあるアイテムを受け取った。


 俺の手元に現れたアイテムの姿。

 それは、磨き上げられたように白く輝き。ながらも唾液と思われる粘着質な液体と。そのアイテムさえも若干溶かす胃液と。喉ではち切れた血管から飛び出てきた血液が。

 あらゆる物体を切れそうな。ひどく鋭利なそれは一度見たら忘れることなどないであろう、あのオオカミ親分のなんとも獰猛な牙であった。


 これは、このイベントの報酬なのか。それとも、オオカミ親分の頭部を破壊したことによる部位破壊の報酬なのか。

 その真相こそは計り知れないものの、これはある意味で思い出となるであろう貴重なアイテムであることは間違いないことは確かだ……。


「よく、試合には勝ったが勝負に負けたと言うがね。だが、これは決してマイナスな意味として捉える必要なんてないことをよく覚えておきなさい。この教えを新米冒険者へ説くにはまだ早過ぎるのだが……なんだかアレウス君を見ていると、とてもそうは思えなくなってきてね。ワタクシは新米冒険者の皆に対する平等な指導を意識しているから、これではアレウス君ばかりを推してしまってワタクシの信念は丸潰れだ。だが、それでも、そこまでしてでも、ワタクシは君達を応援していきたいと思ってしまうんだ。あのドン・ワイルドバードに打ち勝ち、あのオオカミ親分との戦闘でも無事に生き残った……こんな優秀な結果を見せられてしまっては、そりゃワタクシはもう、君のファンになるしかないからね!」


 ハッハッハと笑い、頭部のフライパンを高らかに打ち鳴らすアイ・コッヘン。

 まぁ、その気持ちは嬉しいんだが。こうして俺ばかりが賞賛されていくこの様子を見てしまうと余計にプレッシャーが掛かってしまって仕方が無い。

 ……でも、悪い気がしないのがまたなんとも。これも、この世界を主人公として生きる俺ならではの待遇、ということなのだろうか……?


「では、キャンプ地に戻るとしようか。そして、今日の内に得た新たな経験の数々に祝杯を挙げようじゃないか」


 空気の流れを変えるために、手を強く打ち鳴らしながら。

 無事に生存したこの現実を噛み締めるために。俺はまた、こうして合流した仲間達と過ごす日々に戻るために。

 安堵を胸に、ようやく気分が落ち着いたミントを連れながらパーティーメンバーとキャンプ地へ戻ったのであった――



 時が経過して。夕方。

 朝方に起きた出来事が未だに鮮明と思い出せる現在、俺はキャンプ地でパーティーメンバーの皆と集っていた。

 それで何をしているのかと言うと……特に何もしていない。


 現在の説明としては、このゲーム世界のフラグに縛られることの無い、云わば自由時間なのだ。

 これはゲームにもよくある、物語の拠点で自由に行動を起こしているNPCと過ごす、何もない時間というもの。

 その用途を見出すのであれば、次の行動や展開のために存在する、準備期間のようなものか。また、拠点に集ったNPC達に喋りかけ、皆がめぐらせている思考についての話を聞いたりすることもできるという、何にも縛られない次なるアクションのために設けられた物語の余白。


 一連のイベントを終えて、俺は次の展開に備えての待機状態となっていた。

 そのために、今は自由な行動が許されている。


 アイテムの整理をしてもいいし。武器や防具の生成、強化に必要な素材を収集しに行ってもいいし。ここでのんびりと過ごしてもいい。

 どれも有益となる時間を過ごせるのだが。まぁ今までが今までであったために、俺は今強く癒しを求めていた。


 ……そうだな、皆に話し掛け回ってみるとしようか。

 そこで待機しているNPCとの会話を聞いていきたい。そう思い立った俺は、この砂地のキャンプ地を中心として、ちょっとした休憩時間のアクションへと移行することとした――――

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