束の間の猶予とイベントの大詰め
「アレウスって、まるでアクション映画の主人公みたいよねっ! 自身は瀕死。状況は窮地。もう絶体絶命というその場面を迎えながらも、ここにきて助っ人の参上!! ……正に、九死に一生。自分を取り巻く運命にその命が守られているかのような奇跡を生み出す、冒険者の中の冒険者ッ!!」
こちらは、そんなエンターテイメント的なノリでやっているわけではないんだが……。
正に死ぬというその寸前で、このダンジョンに姿を現したユノに救出された俺。
魔物なのかペットなのか。その存在はまるで謎ではあったが。ユノとの従士関係ができているのであろう巨大な漆黒と鮮紅の獣に乗せられながら。それでいて、俺は場違いとばかりに目を輝かせているユノに呆気を取られながら、彼女から受け取った回復アイテムのポーションを飲んでいた。
現在、俺は瀕死というステータスとオオカミ人間の群れという数の暴力から脱したことによって、命辛々の生存を果たしたところだ。
数値量の関係で現在のHPを全て回復してくれるポーションをユノから頂いて。更に薬草をいくつか分けてもらうことで。
俺は九死に一生を得て、見事なまでの完全復活を遂げた。
「ほんとに助かった。ユノ、本当にありがとな」
「いいのいいの! パーティーメンバーたるもの、困った時はお互いに支えていかなきゃ! 私もホント、アレウスとミントちゃんと、こうして二人と無事に合流できて本当に良かったと思ってる!」
冒険好きなユノでも、さすがにパーティーメンバーが危険な目に遭ったその際には興奮どころの騒ぎではないか。
安堵の言葉に緊張を帯びた調子のユノと、彼女にお姫様の要領で抱えられているミント。目の前の少女達を一瞥してその姿を確認した後、俺は周辺の峡谷を眺めながら、次第に浮かべた一つの疑問を尋ねるためにユノへと言葉を投げ掛ける。
「なぁユノ。どうしてはぐれてしまった俺達の居場所がわかったんだ? それに、どうやってこの場所に……?」
「あの後に急いで合流したアイおじさまと二人で、あの渓谷から落下してしまったアレウスとミントちゃんを探し回ったの。私一人ではまずここまで来れなかった。……ホント、アイおじさまがいてくれて、ホントにホントに良かった! ……でないと、私がアレウスを見殺しにしてしまう結末になっていたかもしれないから……ッ」
不安と焦燥に駆られた調子で答え始めるユノ。
その時の場面を思い出していたのか。当時の様子が鮮明に思い描けるほどの動揺が伺える、彼女の震える言葉と声音の調子。
巡った身震いを全身で流すように眉をひそめて。ユノは思い描いた最悪の結末を振り切るように、全身で首を横に振ってから言葉を続けた。
「アイおじさまは、あの谷の底で流れている激流に落下したのであれば、おそらくこの峡谷に流れ着いている可能性があるだろうと仮説を立てたの。それでアイおじさまの案内で、真っ先にピンゼ・アッルッジニートの渓谷とこの峡谷を繋ぐあのフェンスに向かったものの……あの門番は用心深くにもその鍵が掛けられていた。最初はあの瞬間にも絶望してしまったものだわ。だけど、まだ希望はある。と。そうアイおじさまが言って、次に私達はあの渓谷の探索を行った」
前方を見据えながら過去を振り返るユノ。
語っていたのは彼女の口だけではない。様々な冒険とその経験による最悪な場面の数々を見てきたのであろう彼女の背。
それは、緊張感が抜けたことによってもたらされた、安心と安堵を語っていた。
「夜通しでの探索の末に、私はアイおじさまと共に見つけたの。あの渓谷とこの峡谷を繋ぐ、もう一つの道を! それは、アレウスが落下してしまったあの谷の急傾斜にできた、とても危険な道だったけれど……でも、それでも、全ての希望を願い託して。アイおじさまと二人で危険を冒して進んでみた甲斐があったものだわ。あの谷の急傾斜にできた道を辿ったことによって、私達はこの施錠された区域に侵入することができたの……!」
ユノとアイ・コッヘンが辿ったのであろうその道は、条件を満たすまでも無くその侵入を可能とするための、所謂、隠し通路といったところか。
そして、その隠し通路の利用方法が、ユノ達のような急傾斜にできた道を辿ることと、俺のように激流を利用したショートカットの二種類が存在していた。と……。
あれはイベントの成り行きであったとはいえ、俺は不運にもそのショートカットを利用してしまった。というのが、今回のサブシナリオに大苦戦してしまった要因。といったところだろうか。
サブシナリオの舞台となった峡谷を、まるで昔のことのように思い返しながら。俺は既に終わったイベントの内容に考えをめぐらせていた。
だが、まぁ。こうして生存というサブシナリオのクリアを達成できた以上、俺は自身にめでたしめでたしと言って生存まで生き長らえた根性を褒めてやるのが一番か。
……と、俺は生存による喜びのあまりに、とても勝手な思考を浮かべていた。
改めて考えてみると。この時点ではまだ、ミントの口から達成の報告を聞いていなかったのに。
それは、サブシナリオの継続を意味する、未だ現在進行形にも渡る慈悲無きイベントの続行。
めでたしめでたしと言うには早すぎで。この時点でも、俺はその意識に全気力を注いでおくべきであったのだ。
だが、あの窮地からの脱出によって生じた生存の喜びを噛み締め過ぎていたのか。今の俺は完全に安堵で浮ついた状態となっていたことによって――
「……えっ? ――ッちょっと、キャアッ!!!」
突然、左側から飛来してきた岩石の存在に気付くことができなかったのだ。
「ユ、ユノッ――!!」
悠に二メートルは超える巨大な岩石がユノに命中。
それでも、咄嗟の危機を察したのであろうユノ。自身に訪れた危険の巻き込みを阻止するために、その場からミントを手放すという抱えていた少女の脱出を、その時には既に施していた。
岩石が砕け散る真横からの衝撃に悲鳴を上げながら。ユノは後方へ吹っ飛ぶと共に峡谷の岸壁に直撃して、埋め込まれたあとに自然とその場から落下。
幸いにも十分な足場があったために谷底への落下は免れたのだが。
……この急展開に、広大な足場という障害物を見受けられない平坦なフィールド。この意味あり気な雰囲気に、俺は嫌な予感を感じざるを得なかった。
ユノの獣はすぐさま翻って彼女の元へと向かい。俺は獣から降りると共に、途端に広がった目の前の光景にブロンズソードを引き抜きながら立ち向かう。
手放されたミントは咄嗟に球形の妖精姿となって俺の元へと接近し、ユノの獣が何かと隔てるように怪我を負った主の前方に立ち塞がる。
……この場面を介して、俺を中心としたイベントの展開は次なる局面を迎えることとなったのだ――
『グオォォォーンッ!!』
大気を喰らわんとばかりに轟く、猛獣の遠吠え。
その遠吠えの主を囲むかのように、ぞろぞろと集団でその姿を現したオオカミ人間の群れ。
このモンスター達の中央に君臨していたのは、俺をこの峡谷へ追い込んだ張本人である、藍色の毛並みと三メートル超えの図体を持った巨大なオオカミ人間のモンスター。
自身が率いているのであろう周辺のオオカミ人間と見比べても、その格差はまるで別物。
獲物を捉えた凄まじい鋭さの眼光を対象に向けながら。餓えているのであろう、胃液と思わしき液体を悪魔の如く広げた巨大な口から垂らしながら。あらゆる生物の骨を粉砕するべく盛り上がった筋肉とその豪腕を引っ提げて。
最初にこのフラグを立ててしまった、目の前の俺の姿を真っ直ぐと見据えて。
オオカミ人間のボスと思わしきそのモンスターは、大気を喰らうかのような威圧感を放つ威嚇の遠吠えをこちらへ発してきたのであった――――




