〈月下の不夜城〉双璧の番人 2406字
映った光景は、頑丈な瓦礫によって形成された巨大な城。
月下の不夜城という地名をもじりながら魔法をも取り込んだ、圧巻の存在感を解き放つ異彩の具現。〈星夜の霹靂・月ノ光アカデミー〉。魔法独自のピリピリを含んだ煉瓦の匂いに出迎えられ、巨大な門の手前に着くなり、主人公アレウス達は二人の巨漢に往く手を遮られた……。
往く手を阻む二人の巨漢。両断の斧を携えて立ち塞がり、続いて尖塔の如き槍を構えていく。
ユノを通すまいとする意志が圧となって迫ってきた。何気無くと踏み出した彼女の歩を遮り、強固なアーマーが醸し出す兵のオーラで主人公アレウス達を圧倒。
戦力ではあからさまに劣勢だった。ユノも破格の戦闘力を有するNPCではあるが如何せん、眼前にて立ち塞がった高難易度の化身を相手に肝心の主人公が敗北濃厚である。
彼らに敵わない。戦闘を畏怖して潔く引くべき頃合いを見計らう主人公アレウス。すぐさまユノを説得しようと声を掛けるが、むしろユノは彼らに向かってそのセリフを掛け始めてしまう。
「お願い。私達を通して」
瞬間、斧と槍がユノの首元その擦れ擦れを切り裂いた。
揺らぐ画面に広がる武器のエフェクト。威圧を纏う風圧がユノのポニーテールをなびかせ、その勢いを保ちながらと再び構えられた斧と槍。対して真っ向から向かい合うユノの不動に関心を寄せる声を零した番人達は、内の斧を手にする巨漢が忠告を突き付けた。
「お前達の情報はリストアップされていない。〈星夜の霹靂〉への進入も許されぬ若者達よ。悪いことは言わない。即刻と、この領域から退散するべきだ。さもなくば、規則に反する不埒な集団として、それ相応の制裁を下さざるを得ない」
叩き付けられる斧の柄。足元の煉瓦に甲高い衝撃が伝う。
伝う足裏に揺らぐ心。尋常ならざる威圧感に怯んだ主人公アレウスだが、ユノは微動だにしないで仁王立ちのまま。
「お願い。私達を通して」
「それの一点張りか。お前はオウムなどではあるまい。れっきとした人間である以上は、言葉による説得の下、直談判によって我々を納得させてみろ。どうした? 喋ってみろ。単なる若気の生意気が、この大人社会に通用するとでも思うな。まだまだ有望なる若者よ」
「他の言葉での説得? えぇ。それじゃあ……まずは、自己紹介から、かしら? ね、マイケルおじさま」
一瞬と、その名にピクリと反応を示す斧の番人。そのアーマー越しの視線に突き刺されながら、ユノは眼前の彼を試すかのようにセリフを続ける。
「よく聞いて、マイケルおじさま。私の名前は――スュクレ、よ」
「大人をからかうんじゃないぞ、若者よ。生意気も、度を過ぎればれっきとした犯罪にも成り得る。その名を迂闊に口にした己自身の行いを、今すぐにでも猛省するべきだ。さもなくば――」
「私こそがその名に値する人物であるからこそ、私は馴染み深きこの玄関の前で私がかのスュクレであることを主張し続けてみせるわッ!! 私の名前は、スュクレ・エクレール!! ――かのモンスターからの強襲の際にも、本来であれば実践に投じられる予定だったエクレール家の由緒正しき有望なる次女!! ッ将来も確約されていたその立場を錯乱するあまりに自ら放棄して、っ、寄せられていた期待を裏切ったことでブランドの価値を暴落させた、っ……エクレール家の面汚し、そのご本人様よ……ッ!!!」
震わせた唇で歯をカチカチと鳴らすユノ。力む目元に込み上げた涙で瞳が潤い出す。純情なる力強い眼が真実を訴え掛け、彼女の主張に斧の番人はたじろいで口ごもった。
巨漢の威圧に挫けるどころか、真っ向からぶつかり合った彼女の姿勢。黄昏の夕暮れで伸びる影がユノのそれを引き伸ばし、次第にも脳裏の過去を顧みるように喋り出す。
「マイケルおじさま。貴方がもたらしてくれた人生の教訓、ありふれた許しの機会に寛容となる心、の教えは今日の冒険にもずっとずっと活かされ続けてきた。そのおかげで、より良い人間関係を築いていくことができたの。本当にありがとう。おじさま」
「…………」
「私が初めて学校に入学した頃、勉強道具その一式を学校から持ち帰るのを忘れちゃったあの時。その不甲斐なさに、一時間ばかしと叱られ続けてぎゃんぎゃんと泣き喚いていた私を付きっ切りで必死に慰めてくれたマイケルおじさまの優しさを、私は今でも鮮明に思い出すことができるの」
「…………ッ」
番人に染まる黄昏の明かり。影が次第と伸び往くこの過程に、手に持つ斧が震え出す。
「いつもは優しいのに、訓練の時にはまるでお構いなしなんだから。手加減もしてくれない苦行極まるあの経験も今になっては、訪れたピンチに対しても恐ろしいほどの冷静さでいられる心頭滅却の教えであったことを痛感させられたわ」
「…………っ」
「っそう! あとは、娘さんのこと! 私が、マイケルおじさまの悩み事を聞くよーっていう時に食い気味にも話してくれたあの相談事! 二人だけの秘密、ってことでおじさまが、娘がお年頃な事情を抱え始めて、わたしをまるで毛嫌いして近付いてさえくれない、って! 臭い!! とか言われて一緒にご飯も食べてくれないんだ……って言って、これまでに無いほどすっごく落ち込んでいた時もあったじゃん!!」
「っお、そ、れは。ま、待て、待てっ」
隣の槍の番人が『えっ』っと意外そうな視線を向けた。突然と動揺を見せ始めた斧の番人は、隣からの痛い視線におろおろとたじろぐ。
「マイケルさん。確か、わたしの娘にはしっかりとした教育が行き届いていたものだから、娘は一切もの反抗的な態度を見せることなく立派に育ってくれた、って、そう言ってボクに堂々と教えを説いていましたよね……?」
「っあ、ぁぁ、そうだな。っまぁ、まて。これにはワケが――」
なんだか、見てはならないものとの遭遇に、申し訳無くさえ思えてきた。
焦りに気が動転する斧の番人。共にしてユノへと向けた疑念に僅かながらと訝しげな動作を見せながらも、斧の番人はじっと彼女を見据えるなり槍の番人にここへ残るよう指示を下し、急ぎ足で建物の中へと消えていった…………。
目前にした運命の時に、懐疑を交えて佇むユノ。
四章にも発覚した知りたくなどなかった真実に不安を隠せずにいた彼女へと、とうとうと巡った次なる展開が懐疑を傍らにユノを追い詰める――――
【~次回に続く~】




