使命の遂行 ③ 4131字
それは、私情も含まれた少女の訴え。自身が存在する世界の停止を食い止めるべく働き掛ける、この世の停止を何よりも恐れる悲痛な訴え掛けだった。
どしゃ降りの大雨の中、少女の訴えに僅かと反応を示した主人公。微動するアレウスに、それを待っていたと言わんばかりに少女は両手を持ち上げ、その小さな掌からぽっと浮かべた二つのホログラムを主人公へと見せていく。
……次にもぼうっと浮き出たそれら二つの選択肢へと目を配った主人公アレウス。両手から浮き上がる、使命のままに選ぶべきそれらへと意識を向けた主人公へと、ナビゲーターの少女は引き続いてこのセリフを喋り始めた。
「ご主人様に委ねられし選択肢は二つです。一つは、冒険の継続。こちらの電脳世界へと降り立つ真の目的でもございました打倒・魔王の遂行。様々な困難へと真っ向から挑み、その手でご主人様が目指す道のりの可能性を見出す、以前とまるで変わることのない主人公の軌跡を描くルートでございます。そして、もう一つの選択肢。それは……ユノの追跡。先にも別れを遂げたNPC:ユノ・エクレールを追い掛けるルートでございます。巡りし使命を遂行するべく主人公のもとから進んで脱退を表明したユノ様を道標として、彼女が抱きし使命へと共に臨んでいくルートとなっております」
どしゃどしゃと降り続ける大雨に打たれるその中で、吹く強風に何度も何度も体勢を崩していくナビゲーターのミント。しかし、少女は決して膝をつくことはなかった。眼前にてその瞳で捉えし主人公へと、己が使命を遂行するため。その強い意思は力強い眼差しを生み、少女もまたその小さな身体で膨大な現実へと臨んでいく勇敢なる姿を現していた。
少女の声が大雨にかき消される。それに負けじと更に声を張り上げながら、ミントは心の弱った主人公アレウスへと、その心へと訴え掛けるように使命を遂行し続けた。
「前者を選んだ際には、引き続いてこれまで通りとなる世界の情勢を描きます。それはまさしく、ご主人様の活躍にそれの全てが懸かっている、これまで通りの道のりを辿る主人公が描きし物語。運命の歯車をその手自ら回し、自力でこの世界の行方を定めていく王道なルートでございます……! そして、後者を選んだ際には……運命の選択のその手引きとして、こちらのゲーム世界の難易度が大幅に引き上げられます。それもそのはず、主人公はNPC:ユノ・エクレールが回す運命の歯車へと手を掛け、それを彼女と共に押し回し始める、その運命を共にするルート。それはつまり、ご主人様という主人公が今いる自身の土台から、ユノ様が佇む舞台へと躍り出ることを意味しているのです……!!」
横から殴りつけられる大雨の粒に渋い顔を見せながら、それに耐え忍んで少女は続けていく。
「これは、選びしルートによってご主人様の命運も極端に左右される、ご主人様というこの世界の主人公の在り方を定めると言っても過言ではない至極重要な選択肢でございます……!! そのどちらを選択なされても、ご主人様はご主人様としてその遥か彼方へと伸びる道のりをただ突き進み続けることに何ら変化も無く。しかし、その道のりの意味に多大な変化を、影響を及ぼします……! ご主人様は、どちらを選択なされても良いのです! これまで通りの道のりを辿る選択をなされても、誰もご主人様の選択を責め立てたりなどはしません……! ユノ様を救うべく、自ら修羅の道を選択しその先で躓いてしまおうとも、それはご主人様が自ら選び抜いた道のりであるが故にこのミント・ティーは心からご主人様を御支えし続ける所存です……! ――ただし、これだけはどうかご考慮を。それは……ご主人様が選び抜きしその選択肢によって、この世界情勢はそれぞれの変化を迎えます。それは、片側の可能性をその手で掴み、もう片側の可能性をご主人様その手で自ら切り捨てなければならないというもの。それは、どちらの電脳世界のありとあらゆる要素。ご主人様そのものへの影響も然り、この世界の情勢も然り、そして……この世にて蔓延るよう点々と存在する、生命活動を行いしNPCその一人一人への影響も然り……。ご主人様のその選択によって、この電脳世界には甚大な影響が及ぶということを、どうか考慮なされた上での悔い無き選択をお選びくださいませ……!!!」
少女の全霊を懸けた訴えを耳にして、その瞬間にもアレウスは勇敢なる魂の宿るこの心臓を鷲掴みにされたかのような、ギッと締められ神経が縮小するかのような感覚を覚えた。
次にも、アレウスは身も凍る悪寒を背筋に走らせた。その選択肢によって、この世界情勢が、この世界の行方が、この世界の運命が定まる。主人公アレウスというたった一人が選び抜いたその選択肢で、そのたった一つの生命に終焉を与えてしまうのかもしれないのだ。
さようなら。――彼女が残したセリフが脳裏を過ぎる。そのセリフに込められた意味を深読みし、その時にも過ぎった更なる悪寒に彼女の行く末を予感してしまえた。
選択肢には露骨に表示された、ユノを追跡する。その名を目にして、次にも〈魔族〉という打倒するべき強大な敵勢力の侵略を含めて思考する。……二つに一つだった。それは、冒険の継続という名の、打倒〈魔族〉への旅路を続ける道のりか。ユノの追跡という名の、ユノが迎えし運命を揺るがす救済への道のりか…………。
沸々と湧き上がる一つの感情。言葉にし得ない複雑な思いを抱き、だが、それこそが何よりも重大なものであるように感じられたこの直感と直面し、その時にもアレウスは思わず困惑した。
……本当に、それでいいのか? 自らにそれを尋ねた。これは、一度と選択をすれば二度とやり直しの利かないゲーム。リセットという概念さえも存在せぬ融通の利かない現実との直面に最初こそは躊躇いを見せてしまったものであったが、そうして迷いを生じた心境でこの目に捉えた眼前の少女の勇敢なる姿。そして、恐らくは自身の行方を悟っていたのであろうが、それでも尚自身の使命を遂行するべくして覚悟を行動へと移した"彼女"の背がふと脳裏を過ぎったのだ。
危うく、それを受け流してしまうところだった。その時にも向けられていた彼女の瞳を思い出す。覚悟を固めし彼女の勇敢なる魂とは相反して、その瞳の奥底から発信されていた主人公へのSOS。見出した未知の青年へと僅かながらに抱いた儚き期待の念を、自覚することのない本人と向き合いし主人公はこの胸にしっかりと受け取っていた。
様々な感情が巡り巡った後にも、主人公アレウスは決断を下した。それは、目先の感情を何よりも優先とする一つの決心。もう揺るぐことのない固めた決心と共に、脳裏にて離れ往く進むべき道標を心の目で見据えながら、それを口にした――
「……ユノには、助けが必要だ。たとえ彼女がどれほどと強かろうとも、このご時世に一人こんな広大な世界へと飛び出してしまっては、あらゆる危険に晒されそれに遭ってしまっても何ら可笑しな話ではない。……この先で出くわす様々な試練のその難易度が跳ね上がろうとも、今こうして抱いた彼女への想いと比べてしまえば、どれほどの苦痛が待ち受けていようが何の問題でもない……!! 目の前の困難に怖気付く危機の察知もまた必要だが、俺はこの怖気付く恐怖の感情を勇気へと変えてでも、今この時に信じた目の前の道のりを辿っていきたい。――ユノを追い掛けよう。これもまた、迎えるべくして迎えた一つの運命の終着点。これまで彼女がこの俺にそうしてくれたように、次はこの俺自身がユノの力となる番だ」
ミントはすんっと澄んだ表情を見せて、その返答を耳にするなり至って冷静な調子のまま自身の使命を遂行した。
「承知いたしました。ご主人様に委ねられし運命の選択肢に、確定となる最後の一押しをこのワタシが担当いたします。……本当に、こちらの選択肢でよろしいのですね? ――というのは愚問でしょうか。このミント・ティー、必ずやご主人様はユノ様の追跡を優先するであろうと想定さえしておりました。何とも身の程知らずな運命を手繰り寄せるのですね。であるからこそ、このミント・ティーもまた、常に修羅の道を辿るご主人様のようにこうして成長をすることができるのでしょう。…………では、選択肢、ユノを追跡する、を選択いたします。ご主人様、このワタシと共に……ユノ様を、全霊を以ってしてお守りいたしましょう」
少女の掌にて浮かび上がる二つの選択肢が光を帯びた。その片側がプッシュされるとより明るいエフェクトが周囲へと飛散して、そしてもう片側の選択肢はふっ、と失せるなり跡形も無くこの空間から消え失せる。
その時にも、この全身には迸る感覚が襲い掛かった。これは、下した選択肢がこの電脳世界のありとあらゆるを書き換える、張り巡らされたフラグの抗うことも許されない絶対的な力によるもの。
もう、戻れない。既に定められし新たなる運命への道のりを見据えた主人公アレウスは、今も目前にて張り巡る数多のフラグと向かい合う。この時にも胸の内にて伝う心臓の鼓動が、周囲の神経を張り裂かんとばかりにそれを速めていく。そうして、この胸には抑え切れない膨大な緊張が膨らみ続けた。
それに対し、ゆっくりと呼吸を行うことで昂った感情を徐々に鎮めていきながら、こうして向き合いし次なる道のりを真っ直ぐと捉え、アレウスはこの足を一歩踏み出したのだ。
歩み始めたご主人に続くよう、少女もまたその歩を進め始めた。既に覚悟が定まりし少女の一歩一歩にはまるで迷いが無く、そのいたいけな容貌の真ん丸な瞳のその奥から揺らめく淡い覚悟を滾らせながら、少女もこの歩を進めていく。
どしゃ降りは依然として降り止まない。しかし、暗鬱と降り注ぐそれとは別として水縹の輝きを纏った二つの人影は、その特異的な存在感を醸し出しながら自身らが信じる使命の遂行へと臨んでいったのであった――――
【~次回に続く~】




