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ザ・ゲームワールド  作者: 祐。
四章
352/368

使命の遂行 4538字

 突如と立ち込めた暗雲を見上げ、主人公はそれを眺めてからというものの言い知れぬ胸騒ぎを覚えた。

 何かが来る。背に走る悪寒に身震いを感じ、足元から蔓延り始めた陰りを受けてそれは風国の全土を覆い込む。つい先程までその晴天から晴れ晴れと射していた陽の線も瞬く間に遮られ、見据えていた目の前の輝きを塞ぐ暗雲の群を前に、まるでその先を見通すことも許されぬ過酷な現実を、それでいて、それを突破しなければならぬ自身の運命を模しているかのような、そうして休む間も無く次々と立ちはだかる、主人公へと塞がりし次なる障壁が光景として表れているように見えなくもなかったものだった。


 ……運命が動き出した。それは、事ある毎にそれと直面し、その度に自身はそれと真っ向から向かい合い続けてきた。今回も、その身に覚えた。張り巡らされた目に見えぬ線が、切れ切れとこの空間に迸る感覚を。確かにこの肌身でそれを感じ取った。それは、この全世界を巡った、僅かな読み込みの硬直。主人公たるもの、その立場からして僅かながらの硬直も決して見逃すことはない。

 そして、自身から動かずとも運命から訪れる。言い知れぬ予感のままに背に迸った冷たき感覚。何かが来る、と察知をしていた過敏な神経が、背後から訪れた一つの運命に反応を示して無意識と振り向いていく――




 向けた視線のその先、抱いた不穏のままに向かい風と向き合った主人公は、ふとこちらへと駆け付けてくる二人の人物を目撃する。その一人は、主人公という特異に仕えしナビゲーターの少女、ミント・ティー。そしてもう一人は、初期からのパーティーメンバーであるザ・マイペース彼女、NPC:ユノ・エクレールといういつもの面子。吹く風に導かれるよう現れた二人は、その全力疾走を以ってして主人公へと向かって真っ直ぐ走り抜けていく。


 こうして会うのは、なんだか久しぶりな気がする。つい先まで一緒にいた仲間達にそんなことを思い浮かべながら、主人公アレウスはその感情のままにおもむろに手を振って二人を迎え始めた。……のであったのだが、そうして二人が駆け寄ってくるその内にも、ふとアレウスは疑念を抱き始めたのだ。それは、"彼女"がただならぬモノを抱いてしまっている、普段とは異なる雰囲気を放つその様子を察知してのことだった。あからさまに尋常ならぬ面持ちである彼女を見て、主人公は見せていた笑顔を直にも濁していく……。


 彼女のその様相が、容易に物語っていた。切羽詰まった、何かへの焦りを隠せないその様子。ユノは何かに追い込まれていた。それは、目前にした現実へと抱いた焦燥。彼女は自身の使命に付き従い、その行動を行っているに過ぎなかったのだ。


 二人が合流し、ミントは律儀にこちらへと一礼をするなりすぐさまに視線をユノへと向けて、目的地に到着いたしました、の一言を告げた。それに対して短く礼を口にしたユノは、直ぐにもアレウスへと向き直ってはじっと見つめ始め、何かを言いたげにする素振り、それでもセリフを口にすることができないもどかしさを見せていく。……一体どうしたのだろう。そうして抱いた疑念のままに首を傾げたこちらの様子を見るなり、ユノはこちらの顔色をうかがいながら、そう喋り始めたのだ。


「ッ…………アレウス。その……これまでも、とても楽しい旅……だったわよね……。自分でもなんだかよく分からなくなってくるほど、アレウスという一人の人物のことを、これまでも今までもそして今も、未だにとても面白く思えるものだわ。……私、貴方と出会えて本当に良かったって思っているの。だって、いえ、それこそ最初の時からなんだかちょっと危なっかしい人で、今も危なっかしいところが多いし、正直な話、アレウスを一人にしてしまったら、一人で勝手に死んでいってしまうかもしれないって、そんな、どこかアレウスを放っておけないような気持ちを前からも今もずっと持ち続けていた。でも、そんな心配の中で……私は、貴方の中に宿る未知なる可能性を何となくでも見出すことができていたの。――今でも、あの時のあの瞬間を鮮明に思い出すことができるわ。貴方を初めて目にしたその時の、この気持ちに強く訴え掛けてきた形容し難き救済の感覚。貴方の手に掛かれば、どんな困難や災難を前にしても必ずとそれらを乗り越えられる。そんな、理屈も根拠も無い安心感を勝手に抱くことができて、実質、私はそれに、何度も救われてきたの……」


 それは、今までに耳にしたこともなかった彼女の本音。これまでにも一度として彼女から言われることのなかった、彼女なりの感謝の言葉。……突然どうしたのだろう。唐突な彼女の言動にただ立ち尽くすだけのアレウスへと、彼女はどこか辛気臭い様子を見せながらセリフを続けていく。


「アレウス、貴方はすごく不可思議な存在。そうして人の形を成しているただそれだけでも、すごく、すごく不思議に思えてくる。そう……貴方はまるで、奇跡の具現化。この世界に降り立った、一筋の水縹(みはなだ)の軌跡とでも言えるかもしれない。それくらい……貴方という存在は、一切もの濁り無き唯一の輝きを解き放っている。――だからこそ、私はそんな、未知に溢れたとても不可思議なアレウスという唯一の存在を、この傍にずっと置いておきたかった。貴方という唯一の輝きの正体をこの手でこの目で直に見出したかったから、私はずっと貴方の傍で貴方に付きっ切りとなってきた……」


 ……彼女は、今にも泣き出してしまいそうだった。それは、何処にも遣りようのない感情に、どうすることもできない現実に対する嘆きを思わせる。絡まり合う様々な複雑な感情にいっぱいいっぱいとなり、彼女はただ、向き合った眼前の現実に心の余裕を失ってしまっていた。

 今までの、自分の直感を何よりも信じて、無邪気なままに揺るぎ無き探求心に付き従ってきた彼女の面影を見出すことができなかった。今、目の前にいるユノ・エクレールは、アレウスが知るユノではなかった。溢れ出す好奇心も、巡り出す探求心も、それまでのユノらしい温もりや明るさその全てが空っぽとなって失われてしまっていた今の彼女はまさしく、"ユノ・エクレールと言うには程遠い存在"であったのだ――


「アレウス。これは、とても大切なお話なの。そして、私は貴方とミントちゃんに謝らなければならないわ。……自分勝手で、本当にごめんなさい。色々と付き合わせてしまってばかりだったこの旅路に、私は終わりを告げたいの。――パーティーを解散したい。私とアレウスという二人で組んで、そこにミントちゃんが、アイおじさま、アーちゃん、ペロ君、ミズシブキちゃんという仲間達との出会いや別れを介してきたこのパーティーに、リーダーである私の脱退を表明したいと思っているの。……長年と旅を続けてきたこの私からしても、このパーティーはとても居心地の良い、存在していてすごく楽しいパーティーだった。でも……こればかりはもう、どうすることもできないの……。これは、私がなんとかしなくてはならない、私が成すべき役割なの。急用ができたわ。それはね、アレウスやミントちゃんを巻き込んではならない、この私ただ一人に課されたとても大事な急用。明日の早朝にも、私はこの風国を発つわ。トーポおじさまの計らいで手立てしてくれた二連王国の乗り物に乗せてもらって、私はその使命のままに向かうべき役割を遂行しなければならない。これは、一刻を争う深刻な状況。尤も、今更もうどうすることもできやしないかもしれないけれども……でも、私はその深刻な窮地の中にて僅かに存在する、ほんの一握りの可能性にこの身この命そんな私のありとあらゆるその全てを懸けなきゃならないほどの、酷く深刻な問題。偽ることなくそれと向き合い、全霊を尽くして何としてでもそれを食い止めるべくその場所へと赴く。それこそが……私が今までこうして生き長らえてきた本当の意味だったのかもしれないから……!!」


 彼女の瞳には、一点の曇り無き覚悟が揺らめいていた。彼女は決意したのだ。今も向き合う現実と真っ向から立ち向かっていく、と。目の前の困難へと臨み、その身を以ってして僅かながらの可能性を掴み取ってみせる、と。絶望に打ちひしがれる自分自身に鞭を入れ、天真爛漫を振る舞うその活発的な姿を忘却し、決意に漲り、その現実と向き合う敢闘精神を滾らせたユノ・エクレールはその闘志を瞳に宿らせアレウスを見据えていた。

 ――勇猛に溢れ、一気に大人びた彼女の表情。むしろ、これが本来の表情なのかもしれないとも思わせる、力強くもとても麗しい偽りの無い自然体な彼女。……だが、その闘志を宿らせた瞳からは、同時として彼女のとある感情がその意を剥き出していた。


 天真爛漫という、純情なる顔を捨てたユノ・エクレール。現実と向き合う本来なる勇猛と共にして、その瞳からは言葉にし得ぬ心からのSOSを読み取れてしまえた。……口にせずとも、その覚悟の内にて密かに巡る感情が、今もこちらへと力強く訴え掛けてくる。その決意とは裏腹に、ユノは……心からの助けを主人公へと求めていたのだ……。


 彼女は、返答を待つことなく踵を返した。それはまるで、眼前の救済を振り切るかのような、一人で"それ"と向き合うその決意を固めるかのように、ユノは断固とする意思のままにこちらへと背を向け、佇んだ。

 その一歩を踏み出そうにも、中々に踏み切れないその感情。両手を強く握り締め、力む全身に肩を震わせる。俯いて何かに思いを馳せるが、しかしそれさえも振り切るように静かに顔を上げ、自身の意思を固めるようその声を震わせながら放ったそのセリフ。それは、まるで自身に言い聞かせるよう静かに残して。そのセリフのその勢いに身を任せるがまま、NPC:ユノ・エクレールは意を決したかのようにこの一歩を踏み出し、それは躊躇いによって立ち止まることなく、ただ前方のみを見据えて主人公アレウスのもとから立ち去ったのであった――――


「アレウス、ミントちゃん。貴方達との旅路も、もうここまで。……アレウス、貴方は短期間で随分と成長したわね。誰もがその目を見張るほどのとんでもないスピードで、貴方は確実に強くなってきている。その胸の内に宿る水縹の輝きも、とても不可思議で且つ面白くて、尚且つ未だ見ぬ様々な大いなる可能性を秘めていて……そんな、未知に溢れた貴方の境遇が、なんだかとても羨ましくも思えるわ。……ミントちゃん、いっぱい喋ってくれるようになってくれて、ありがとう。段々とフランクに会話をするようになってきたミントちゃんの、その独特な舌の調べに乗せて奏でられるミントちゃん節を振る舞うそんな活き活きとした姿が、私、まるで自分のことのように嬉しく思えたりしていたの。これからも色々な景色を見て、色々な体験をして、色々な出会いをして、もっと、もっと成長していってね。……アレウス、これからもミントちゃんをお願いね。ミントちゃん、これからもアレウスを支えてあげてね。……二人とも。……ありがとう。本当に、ありがとう。すごく……すごく楽しかったわ……!! ……アレウス。ミントちゃん。――――さようなら」



【~使命の遂行② に続く~】

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