集いしNPC達 5008字
その場には、ナビゲーターのミント・ティーを始めとした面々が集っていた。
NPC:アイアム・ア・ダークスネイク。NPC:ユノ・エクレール。NPC:トーポ・ディ・ビブリオテーカ。誰もがこの電脳世界を生き抜く正真の実力者であり、それらは"主人公"との関わりを介することでより一層もの輝きを放つ、個性溢れる電脳世界の住民達。本来であれば"キッカケ"を伴うことでアクションを起こしていく彼らではあるが、今その時にも彼らは勝手に集い出し、直にも、"主人公"という世界の行方を定めるトリガーをなくして、この場で思い思いの会話や対談を繰り広げたのだ。
ユノとトーポのもとに、ミントとダークスネイクが合流した。瓦礫を含めて地図や資料が散らばる宿屋:ア・サリテリー・インの残骸と、その付近には伏せてくつろいでいたユノの召喚獣、ジャンドゥーヤの姿。場の流れの変化を察知して、その紅く煌く黒い巨体をもんぞりと起こしていく。
同時にして、屈む姿勢から立ち上がったユノ。こちらへと歩み寄るミントを迎えて、少女があどけなく差し出してきた両手をユノが優しく掴みながら、その小さな身に纏った召喚獣の蛇を見て、ふと意外そうにそうセリフを掛けていく。
「ミントちゃんとダークスネイ君? ッフフフ、これは一体どうしたものなのか。なんて珍しい組み合わせなのかしら。ミントちゃん、アレウスは? アレウス以外の男の子と一緒にいるだなんて、すごく珍しいじゃないの。……これは未知だわ!! まさしく、紛れも無い未だ見ぬ新たなる未知との遭遇だわッ!!! ――フフッ、新しいお友達もできたの? ダークスネイ君の召喚獣よね? とても懐いているじゃない。私が手を出した時にはすごく威嚇されちゃったのに、ミントちゃんにはもうべったり。やっぱり、動物が大好きなミントちゃんのことを、彼らはちゃんと分かるものなのかしらね。これもまた、未だ見ぬ未知の鱗片を感じるわ……ッ!!」
一方として、ダークスネイクは集う皆から一歩引いたその場所で一人佇んでいた。おどろおどろしい雰囲気を醸し出し、右手を目元に付けた禍々しい独特なポージングを披露しながら、彼はその先で地図と睨み合っていた元雇い主へとセリフを投げ掛けていく。
「トーポ・ディ・ビブリオテーカ。貴様と交わした契約は、とうに期限が無効となった。そのために、我は既に貴様とは主従の関係にあらず、対等な立場の下にある。であるために、貴様がどれほどと気負いを背負ったところで、渦巻く内側の根源でもある契約金云々を掘り下げることは無駄の極みに等しきものよ。故に、貴様は我に対し罪の意識を抱く義理が皆無であり、それでいて、過ぎ去りし契約に今更と我は追及することもない。我と貴様は所詮、赤の他人という程度の間柄となったのだ。――まぁ、それとは別に、我は貴様に用があった。そして、これはちょうど良いタイミングだ。邂逅を介するこの運命に我が身を委ね、心の赴くその疑念のままに我は貴様へとある問いを投げ掛けるとでもしよう」
トーポは、微動だにしなかった。聞いているのか、聞いていないのか、イマイチとハッキリしない彼の態度と向き合い、ダークスネイクは続けていく。
「我もまた、寄り掛かった出先にて邪悪の猛威を受けた、所謂、通りすがりの被災者という身分に過ぎない。そんな、不運の女神に導かれし憐れな孤高の蛇として、我は貴様に問い掛けよう。トーポ、我々は今も、詳しい事情を知らされぬまま不安に怯える日々を強要されている。そして、耐え難き日々にそろそろと痺れを切らしてきたのだ。貴様らも、この惨状を直に体験する被災者の一人であり、我々が抱きし苦痛を、貴様もまた十二分と理解していることを心底から信じている。――トーポ。あれから数日もの時が経過した。であるからこそ、それらの詳細に関する声明を発表するに、要は、我らへの弁明を図るに、今が正に頃合いなのではないか? 二連王国の騎士と通ずるのであろう貴様であれば、かの邪悪の化身、〈魔族〉の動向を把握していることだろう。そこでだ、不運に見舞われし一般市民と同等の立場に置かれし運無き傭兵という被災者の一人として、我はこれを提案する。この地にて、肩身の狭い思いをしながらも辛うじて生き長らえる皆の者に、今この世界で起こる惨劇を偽ることなく説明するべきだ。……ここだけの話、人々の不安は日々募りつつある。それは、一切もの口を割らない二連王国の騎士達に留まらず、この風国を統括するのだろうトーポにも矛先が向き始めている。それが何を意味するのか。それは……次第にも、ストレスからなる苦痛に苛まれし民は、貴様ら上級の層へとその不信感を募らせ始めることだろう。そして、貴様らがこの現状を維持するという自身らの思惑の強行に及べば、その思考がトリガーとなり、この地にて不毛な争いが引き起こることも十分に成り得る。貴様らもまた、自身のことで精いっぱいなのだろうが、統括をする、責任を持つ者として、その辺りもよくよくと考慮してもらいたい。……これは断じて、貴様を責めているワケではないのだ。これは、皆は何よりも、貴様、トーポという由緒正しき実績を持つ者を何よりも頼りにしている証であるための不満であることを承知願いたい」
……独特なポージングをそのままに、ダークスネイクは淡々とした調子で、住民が抱きしその疑念を代弁した。
彼が言い終え、沈黙がこの場を貫く。吹く強風が場の皆を包み込むその中で、しばらくとしてその重い腰を上げたトーポが、眼鏡の位置を直す仕草を交えながらセリフを返した。
「君は、傭兵稼業を営んでいる割には、きちんと人の道を往く王道なる精神の持ち主だ。つまり、その血濡れた顔は、己を保つための仮面であるということなんだね、ダークスネイク。それを強いられる運命に立たされし君の立場に、境遇を知らずとも同情ができるよ。……さて、では君からの問い掛けに対する返答を行うとしよう。まず、言ってしまえば、僕もそれらをきちんと弁えていた。だが……こうして指摘をされたとなると、民衆もそろそろと我慢の限界なのだろうね。これは、機会をうかがい続けてきた僕の、認識の甘さが招いた皆の不満だ。それに対する謝罪も含めて、明日にも風国の皆に弁明を行うとでもするよ。〈魔族〉のことは、明日にも説明する。必ずね。それと……報酬金云々は、君の信念を尊重する形によって、この義理をなんとか納得させることができた。だからこそ、この義理を異なる形で君に返していきたい。望むことがあれば、何でも言ってくれ。それを、僕はこれまでに積み上げてきた地位や実績が許す限りに叶えたいと思っている。勿論、人道に沿った要望でお願いね。昔とは違って、僕はもう、君のように血濡れた仮面をつけるわけにはいかないからね。――それで、自分勝手で本当に申し訳ないのだけども、この僕からも、君に対してどうしても投げ掛けたい質問があるんだ。ちょうどいい機会だ」
穏やかにそれを言い切ったトーポは、その横線のような目を真っ直ぐと目の前の彼へと向けていく。今このタイミングであるからこそ、その絶好なるチャンスを逃すわけにはいかない。この地を統括する地位の者として、それを絶対に問い出さなければ。
ダークスネイクは、挑戦的な目つきで向かい合った。この空気を察したのだろう。そして、孤高の蛇は見定めているのだ。その内容を悟ったからこそ、孤高の蛇は、自身が抱えるこの真実を、眼前の非道なる鼠へと晒してよいものか、を……。
「アイアム・ア・ダークスネイク。君と交わした契約は、とっくに期限が無効となった。だから、僕はもう、君とは主従の関係ではない。対等な立場の下にある。よって、僕の問い掛けにも、君にはぜひとも答えてもらいたいものだね」
「今更、了承を得る内容でもなかろう。我は我の信念にのみ付き従う。よって、巡りし信念に促されるがままに唐突もの沈黙を呼び起こし、この心底に秘める真を勿体ぶるかのように伏せるその場合も、決して無きにしも非ずと事前にも了承願いたいとだけ付け加えておくとしよう」
「先にも言ったように、僕は君の信念を尊重しているんだ。それでいて、契約の効力が喪失したことによって、僕は君の雇い主ではなくなったものだからね。何も、〈魔族〉の片割れであり、その口を割らせるために行う人道から逸れし過激なる拷問みたいに、君に無理矢理と吐かせるわけではない。だから、人質として"ヤツら"に牽制を仕掛けながら、その裏でそのまま殺処分、ということも決してしない。そんな、対等な立場である君に強要だなんて、そんな野暮な真似なんかできやしないものさ」
「と言いながらも、そのセリフの裏に込められし焦燥にその感情が苛まれしその際にも、我にこの口を割らせるべく、貴様の得意分野である非道へと容易に走ることが目に見えて浮かぶ。次なる思考に至るには、我からの入れ知恵が唯一もの手段であることをお見通しだ。それが最も手っ取り早く、且つ、今現在に残されし最善なる策であることを承知の上だからな。――幸いだったな、トーポよ。我もまた、かの邪悪に頭を悩ます孤高の蛇。我と蛇竜もまた、"ヤツら"の脅威に怯えざるを得ない無力な存在に過ぎない。非道と王道という決して相容れぬ我らではあるが、ここは一つ、同等の立場の下、かの邪悪なる翼を滅する共闘戦線を張るのも悪くはない話なのだ」
一安心と息をついたトーポ。骨が折れたと言わんばかりに息を吐き出し、息を吸って気力を蓄える。そして、覚醒した意識の閃き迸るその勢いに任せ、トーポはダークスネイクへとその問い掛けを行った。
「以前に展開した大規模な作戦、対〈魔族〉迎撃作戦。これを成功させられたのも……いや、そもそもとして、この作戦を実行に移すことができたのも、全てはダークスネイク、君が事前にも"ヤツら"から盗み聞きをした、〈魔族〉という種族のその内部の情報があったからこそだった。君は、全世界に通用するきんきらの金をも凌ぐ、今の我々にとっては重要不可欠なほどにまで価値ある輝かしきモノを今も所有しているんだ。そして、我々はこれがただただ欲しくて欲しくて今にも喉から手が出そうなんだ。言いたいことは分かるね? ……ダークスネイク、君が盗み聞きしたという〈魔族〉の情報、実はまだ、その信念の内部に滞っているんじゃないのかい? 戦争前夜の我々をパニックに陥りさせないために、君は敢えて戦争に役立てるだろう一部の情報のみをピックアップして我々に伝えたのだろう? 難関を乗り切った今、その情報その全てを我々は渇望している」
「――快く頷いてやるとでもしよう。その渇望、このダークスネイクがしかと叶えてやる。これは、貴様らの気の毒な境遇に対する共感でも何でもない。ただ、この信念に紛れし邪悪に満ちた真なる実が、この我には到底取り扱えぬほどにまで重く、圧し掛かっている。それを一人で抱えるには、並ならぬ精神では堪え難き苦痛を伴う、云わば、記憶に巣食い脳裏を蝕む邪悪なる言霊。それを耳にした我の脳裏を、今もその邪悪はかの漆黒を蔓延しこのダークスネイクの精神を侵略するのだ。このままでは、我の身を脳裏から、神経から、その我のありとあらゆる機能その全てを支配し、身の破滅を招き入れかねない。この、破滅を招きし邪悪極まれり憎悪の渦を発散するべく、この邪悪と憎悪のスパイラルを、それの共有を自ら望みし無謀この上なき貴様らに全てを託す他に、我に残されし手段はあるまい」
「都合の良い傭兵というものは、皆から大いに好まれる。それこそが、我々が傭兵へと抱きし勝手なる理想像そのものなのだからね。傭兵には、ノリの良さも求められている。その話の意味を如何に上手く捉え、心地の良い言葉で主を納得させられるか。君はその模範解答と言ってもいい。実によく洗練されし傭兵の信念だ。そんな君であったからこそ、この重大な役を背負わされたのかもしれないね。役者としては十分な活躍だ。さて、では〈魔族〉についての情報を、余すことなくこの僕らに教えてほしい」
ミントとユノもダークスネイクへと注目を向ける中、トーポから催促された孤高の蛇は自身を蝕む脳裏の邪悪を発散するべく、この呪いからの一刻もの解放を望むかのように、早速とその情報を皆へと提供した―――――
【~次回、集いしNPC達の情報共有~】




