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ザ・ゲームワールド  作者: 祐。
四章
345/368

救済 8336字

 その地には、穏やかな風が吹いていた。

 広がる光景は、一帯が平原である若葉色の地。その地形は比較的緩やかであり、見通しが良いそれは周囲の景色を万遍なく映し出している。

 肌に撫で掛けてくる風が若葉色をなびかせて、晴天の青空が平穏な大地を覆い込む。それら天と地の光景に連動するよう、背景には連なる山々が凹凸と繰り広げられていた。その連なりの合間には谷が、森が、そして天にそびえる山が途方もなく展開されており、この電脳世界にて生成された雄大な自然を一目で余すことなく堪能することができる。


 また、空気に溶け込んだ魔力が、煌びやかに漂っていた。透明感のあるその空間は、今にも幻想として朧に溶けてしまいそうだった。



 見渡す限りの一帯に広がる、とある平原のフィールド。幻想的な光景を展開するそのフィールドには他にも、雄大な自然の一部として、そのエリアの区切りなのだろう絶壁の崖が立ちはだかるように存在していた。

 如何にも意味深にそびえる崖のとある部分には、その奥へと続くのだろう空洞がぽっかりと空いている。それは一切もの明かりも無く、闇に染まり、遠目からでは内部を確認することができない未知の領域を思わせた。

 

 同時にして、その空洞からは物音が響き渡っていた。それは、度々と反響する何かの呻き声。内部に潜むモンスターの存在を予感して、その好奇心のままに空洞へと一歩足を踏み入れる冒険者も存在することだろう。

 ……しかし、その内部へと侵入するには、死を覚悟する必要があった。なぜならば、そこに足を踏み入れたが最後、その先にて待ち受けるものが、人類が想い描く概念に収まりし領域を遥かに凌駕する、極限に迫られし邪悪の漆黒なる翼であることを、誰一人として知る由もなかったからだ。

 



 空洞の暗闇へと吸い込まれるようにして、その内部へと場面が切り替わった。

 ここは、明かりの無い暗闇。それを奥へ進むことしばらくして、この道のりは壁に突き当たる。

 次の時にも、行き止まりの壁に呻き声が反響した。その付近、その壁に寄り掛かる一つの存在から発せられる苦し紛れの悶絶はしばらくと続き、それは近くに存在していたもう一つの漆黒に支えられたことによって、漆黒に身を任せるように寄り掛かった一つの存在は一旦と悶絶を静止させた。


 そこには、二つの影が闇に紛れていた。一つは、筋骨隆々の上半身に漆黒のマントを羽織った大柄な男。もう一つの存在は、病的な色白の肌と、反り上がった漆黒の髪が目立つ長身の男。何かに悶えているのは長身の男の方であり、その色白に浮かべた漆黒の鋭き眼光が、暗闇に染まる空洞のその先を見つめ続けながら呻いていた。


 ……長身の男の全身にはシルエットが被せられていた。暗闇と同化するそれに完全と隠された"彼"の全身は、途切れた右腕、欠けた左足と、所々と欠損しているようにうかがえる。

 落ち着きを取り戻した"彼"であったが、波が押し寄せ、巡り巡る激痛に再び悶え始めた。暗闇の中、叫び続けた代償である喉の傷が開く音と、それらを含めた全身の激痛に目玉を浮かばせ張り裂けんばかりに口を開く。同時にして、"彼"の尋常ならぬ様子に、それが致命傷であることを確信していた漆黒は、その迫り来る"彼"の命運に募らせた決死な思いのままに、"彼"を抱えてただ呼び掛け続けることしかできずにいた……。


「おい!! おいッ!!! (アマノ)!! (アマノ)!!! 大丈夫だ!!! きっと、いや、このゾーキン・シーボリがこうして傍についている限りは、絶対に(アマノ)を死なせたりなどはしないッ!!! っほら、(アマノ)! この筋肉を見よ!! どうだ!? 素晴らしく美しい肉体美を象っているものだろう!!? これは紛れもない本物だ! 現実だ!! そうだ、(アマノ)はまだ、このオレの鍛えに鍛えられし優艶な肉体美を目にすることができている!!! つまり、この堀の深い素晴らしき筋肉を刮目する限りは、(アマノ)はまだまだこの世に生き長らえることができるというものなのだッ!!! そう!! だから、(アマノ)、その目で、この鍛えに鍛え上げられた生命力の迸る魂の如き美しき輝きを放つ恵まれし肉体美を、その目で余すことなく、眺め続けるんだッッ!!! ほらっ(アマノ)。だから……だから、どうか……生き長らえるためにも、この肉体美をどうか、眺め続けてくれ…………っ」


 ――震える全身。眼前にした仲間の苦しみもがく様、無惨にも変わり果てた姿で堪え続ける"彼"の最後の抵抗に、漆黒は俯き、ただ無念のままに歯を噛み締めることしかできずにいた。



 ……その運命は、既に目前となっていた。暗闇に朧と漂う不穏の空気。それでも漆黒は、僅かながらの希望にすがり付き、ただ決死の思いを注ぎ続けた。

 しかし、それは無駄な足掻きに過ぎなかった。既にできる限りの手は施していた。これまでも、"彼"の容態は不完全でありながらも安定はしていた。だが、急変した容態にも対応できる術を、漆黒は持ち合わせてなどいなかったのだ。


 ……漆黒は、歪めた表情で顔を上げた。今にもその雫が瞳から零れ落ちそうである漆黒は、最後の頼みの綱である"希望"の訪れに、力んだ喉で絞り出すようにそのセリフを投げ掛けた。


「…………互いを知る、気の知れた同胞として……お前さんにこの望みを託したい……。ちょうどいいところに来てくれた……!! 見ての通り、あの戦争から唯一と生き残ったオレの仲間が、今にも天に召されてしまいそうなのだ……ッ! っタダでこの望みを託そうとなどは思っていない。<魔族>であるこのオレにできることであれば、なんでも言うことを聞く! だから、どうか……オレの仲間を救ってくれやしないか……?! ルパン……ッ!!!」


 漆黒が背にする、空洞の入り口。僅かながらと射す後光に照らされし影は、それを耳にするなり悠々とした足取りで歩み寄ってきた。

 コツッコツッ、と響く音を刻むよう、その運命を迎える"彼"の刻を刻むかのよう、ゆっくり、ゆっくりと音を奏でながら、漆黒と"彼"に現れた一つの人影。漆黒の歪んだ表情と、救いを求める哀れな瞳を確認して、それを置いておくように、漆黒が抱える"彼"の姿を捉え、二人の様を見下すようにその人影はセリフを口にした。


「同胞? あー、同胞か。確かに、その予定ではあるよね。……それで、助けてほしい、か。へぇ」


 ゆっくりと歩む足取りによって、徐々に全容を照らし始める後光。顔から陰りが取り払われる中、その、漆黒を試すかのような怪しい笑みを見せた人物の全身が、僅かに照らされた。

 被る若葉色の中折れハットを左手で押さえている。それを被り直し、より深々と被りながら。ハットから覗く鋭利な紅葉色の瞳で弱った二人を捉え、そう続けていく。


「よりにもよって、このボクに救いの手を求めるのかい? ボクという存在は、"キミ達"にとって油断ならない大敵であるとは思うのだけども。それでも、キミはこのボクの正体を承知の上で、このボクに、自分の大切な仲間を救ってほしいと懇願をするんだね? ……ボクは、キミの大切な仲間を無事に届けないかもしれない。仲間を無事に送り届ける保障が無いものだから、ボクはこれを快諾し、キミの仲間を行方の知れない遥か彼方へと飛ばしてしまう可能性だって十分に在り得るというのに」


 後光から現れた妖しい笑み、それを見せる美青年の瞳にじっと見据えられ、漆黒は口を噤んだ。

 ……しかし、直にも漆黒は意を決した。見据えられたその視線と向き合い、威勢のまま叫ぶように喋り出す。


「……あぁ、そうだッ!!! もとより承知の上で、オレはルパンという唯一の希望に全てを託したんだっ!!! その選択に迫られるほど、もう、(アマノ)に猶予は残されていない……!! ……(アマノ)には、大至急もの応急手当が必要だ。この命を繋ぎ留めるべく、オレも現地で調達した薬草で回復薬を作り、(アマノ)に投与してきた。……精一杯もの手を尽くしてきた。だが……(アマノ)の余命は、直にも尽きる。薬草では治癒が間に合わないほどの、致命的な傷を負ってしまったのだ。この傷を治すには、"我々"の帰るべき場所でもある"理想郷"へと舞い戻り、適切な治療を受けなければならない。しかし……(アマノ)を帰るべき場所である"理想郷"へ送り届けようにも、この深手だ。もう、この場から少し動かしただけでも、(アマノ)は掬い上げた砂のように身体が崩れ始め、命が果ててしまうだろう。――ルパン、お前さんの力が必要なのだ。その、"瞬きの間に行われるタネの無いトリック"が必要なんだ! (アマノ)を帰るべき場所へと帰すためには、ルパン、お前さんの助力が必要不可欠なのだ!!! だから、どうか、この通りだ。だから……どうか……どうか、(アマノ)を――」


「嫌だね」


 見下すその視線。言い捨てた美青年の一言に、漆黒は絶句した。

 ……続けて、その甘いマスクの裏側に秘めしドス黒い意思を醸し出しながら、美青年はセリフを口にする。


「ボクは、"彼"を決して許しなどはしない。この能力を"彼"のために使用するだなんて、とても考えられないよ。――ゾーキン、キミはその役を果たし、呆気なくその戦場から退場したものだったから、詳しいことなんて全く把握していないことだろう。けれどね、ボクは、この目で、しっかりと見送っていた。今、キミが抱える虫の息の"彼"が実行した、このボクを怒らせるに十分な許されざる所業をね。というのも、"彼"はね、ボクが今も追い求めし麗しき"彼女"をいとも軽々しく侮辱した。このボクが一目惚れし、この目で直々に見定めて、その結果、あらゆる条件を満たし、何もかもが完璧であるとして"彼女"にぞっこんとなったボクの愛しき人に向かって、"彼"は何て言ったと思う? ……その全容を脳裏に過ぎらせるだけで、滾る憤怒に吐き気も込み上げてくる。ただ、ボクの麗しき"彼女"を惨たらしい目に遭わせる旨の事柄を口にしていたものでね、まぁ、ボクにとっては、一目惚れした愛してやまない人を侮辱されたことでこの腸が煮えくり返っているというものだ。…………ただでは殺さないだと? 処刑方法だと? ……っ、それが、威勢によって発せられた虚構からなるセリフであろうともな、このボクは、その下卑た言葉で"彼女"を愚弄し、その怯える姿にしてやったりな表情を見せた"彼"を絶対に許しなどはしない。このボクに、ここまでの怒りを覚えさせたその所業は、万死に値する。ッフフ、その愚かな姿、たかがその程度に見合った何とも哀れなザマで、実によく似合っているよ。全くもって、いい気味だな」


 美青年が最後に付け加えたセリフを口にする間、漆黒はその表情に極度の怒りを露わにしていた。

 ……今も抱える大切な存在を想うその心が、見下すこの視線を決して許さぬと、たくましき筋骨が脈打ち痙攣する。

 右の拳を握り締め、それからなる邪悪の粉砕が今にも美青年へと飛び掛かりそうだった。……しかし、漆黒は理性を留めて怒りを必死に抑えた。仲間を侮辱された屈辱を噛み締め、荒くなった鼻息を激しくと噴射しながら、抑える感情に神経を注いだ意識で、ゆっくりと、抱える"彼"を地面に下ろす。


 …………両膝をついたその姿勢で、漆黒は美青年へと向き直った。見下すその視線を真っ直ぐに受けて、未だに抑える感情を胸に抱いたまま、漆黒はその震える全身で全ての力を振り絞り、この場で深々と頭を下げ、意を示すために土下座までをしてみせたのだ。


「ッ……ッ、この、ゾーキン・シーボリ。かの戦争から生還を果たした、かけがえのないただ唯一の仲間の命に誓い、己の愚行を理解した上で、この、誇り高きシーボリの血統という<魔族>の伝統を背負いし名誉を捨ててまでして、お前さんに頭を下げる……ッ。――ルパン。いや、ア・ランヴェール・ル・パンデュ。今は、お前さんの能力のみが、頼みの綱……! だから、どうか……その能力で、オレの仲間を……天叢(アマノムラ)雲剣(クモノツルギ)という勇敢なる<魔族>の戦士に、救いの手を差し伸べてやってほしい……ッッ!!!! どうか、この通りだ……ッ!!!」



 声を震わせ、それを言い切った。その土下座に、己の行いに対する断腸の思いが込められる。

 屈辱と決死の想いが交錯する。それは、己が背負いしプライドを捨ててまで、かけがえのない"仲間"のために示した最大限もの誠意。

 漆黒はその頭を地につけて、暫しと懇願を続けた。この光景には、美青年も思わずと僅かと目を開いて意外そうな様相を見せていたものだ。


 〈魔族〉の伝統を知る双方であるからこそ、漆黒はただ大切な仲間の命がために懇願を、そして美青年は"それ"が背負いし名誉が挫けるその様子を目撃し、何か勿体ぶるようにため息をついていく。

 ……漆黒の後ろでは、今も呻き声を上げてその運命を待つ"彼"が悶え苦しむ。空洞に響くそれに漆黒が一刻もの早い返答を待ち続ける中で、ようやくと口を開いた美青年は、やれやれといった具合に頭を振りながら、そのセリフを口にした。


「そうくるとはね。いや、キミであれば想像するに容易い滑稽な有様ではあったものだが、まぁいざその場面と直面すると、こう、くるものがあるね。――キミが、頭を下げるだと? あの、誇り高きシーボリの血統を継ぐキミが、自身よりも身分が低いと見積もり利用しようと自由に泳がせているのだろうこのボクに対して、家系に伝いし命よりも重く尊い名誉を捨ててまでその頭を地に擦りつけてきた。今も、キミは仲間を想ってこの有様を晒し続けているのだろうけれども、正直、プライドもへったくれもないこんな滑稽を姿を晒しておいて、ただで済まされるわけがないだろう?」


 脳裏に浮かべたドス黒い意思に唆され、美青年は怪しい微笑を見せると共に、右足を持ち上げては土下座する漆黒の頭へと近寄せる。

 踏んづけて、屈服させてやろう。その甘いマスクとはかけ離れた行いに思いを馳せ、高揚した気分に心地の良い表情を見せていた。……しかし、美青年はすぐさまと右足を引っ込めて、漆黒の意思表明を罵る行為には及ばなかった。


 むしろ、美青年はとても申し訳無さそうにしていた。被る中折れハットを被り直し、そこから覗かせた妖しい目つきでそれを見下しながら、恍惚するように喋り始める。


「ボクは今、犯してはならない過ちをしでかすところだった。歩んできた道のりが如何に邪道であったかを、改めて思い知らされたよ。巡ってきた自身の思考を、ただただ恥ずべきだ。そう、それほどまでに、ゾーキン、今のキミの姿は、実に美しいものだ。邪悪の化身であるキミは今、仲間を想う純白なオーラを醸し出し、純粋からなる無垢の想いのままに仲間の灯をその手で覆っている。掬い上げた掌で灯る僅かな灯りを、キミは絶対に失いたくはないのだろう? …………ボクは、心底から驚愕をしている。その感情が、ボクの邪道を改めさせた。まさか、"彼女"から感じた気配を、キミからも感じ取るとはね。全く、"彼女"といい、キミといい、どうしてキミらはそうも、純粋でいられるのか。ホントに、とても不思議で不思議で仕方が無い。それが何を意味しているのか。それは、ゾーキン、キミもまた、背負いし使命や名誉へと馳せる保守的な自己を遮ってまで、己の想いを先行し仲間のために尽くせる、そう、揺るぎ無き芯、の持ち主であることを暗示しているんだ。――プライドも血統の誇りもあったものじゃないね。キミは、自身がしでかした生涯における最大もの過ちを理解しているのか? ……だからこそ、ボクの気持ちはキミの信念によって揺るがされた。実に美しいよ、ゾーキン・シーボリ。ボクはね、女性が好きだ。それは、生命という淡く尊き魂が織り成す、麗しき美、の象徴だ。でもね、ボクには、それ以上に好きなものがある。それは……美しいものだよ。美しい、と思えたそれを、ボクは愛でたくて愛でたくて仕方が無くなってしまう。ッフフ、直接キミを愛でたいというワケではない、ただボクは、己の背負いし名誉をいとも容易くと投げ捨てたキミの愚かしい壮大な恥に美しさを見出し、それに感化されてしまったということなんだ。要は、同情した、とも言えるかな」


 語る調子で悠々と喋る美青年。その言動に焦らされて、漆黒は様子をうかがうように恐る恐ると顔を上げた。

 目が合う。ハットから覗く紅葉色の瞳が淡く煌いていた。それは、見出した目前の器が醸し出すオーラに魅了され、魂の底から恍惚する偽りの無い言葉であることを確信させる。


 見上げる漆黒の視線を受けて、真っ直ぐと向き合い視線を交わす美青年は鼻で軽く笑い飛ばした。見出した漆黒の器に、言い知れない表情を見せながら美青年は続けていく。


「常軌を逸した想定し得ない行為を悠然と引き起こす。それもまた、築かれた生命の歴史だからこそ織り成せる、奇跡の一部、だとボクはそう思うんだ。奇跡という事象は、実に美しい。奇跡は、その生命を魂から輝かせる。ボクは、キミにそんな奇跡を見出した。――ボクは、キミを決して侮辱したりなどしない。むしろ、これからはゾーキンという一人の〈魔族〉をボクは心から尊敬するよ。そして、ボクもまたキミに対する尊敬という意思表明をするべく、ある一つの決心がついた。その血統を受け継ぎし、命よりも重い己のプライド。それをいとも容易くと投げやり、それこそが真理として信じ込んできた一族の価値を貶める冒涜をも意に介さないその心意気に免じて、キミのお望み通りに、今回だけは特別に仕方なく"彼"を救ってあげるとでもしよう。これは飽くまでも、キミへの尊敬を表明するべくして行われる、意思表示。これは、手段に過ぎない。よって、"彼"を助けるのは今回限りだ。だから……これだけは弁えておいてくれ、ゾーキン。今度、"彼"がもう一度でもボクの愛しき"彼女"を侮辱したその際は……ゾーキン、キミもろとも、ボクは決して容赦などはしない」




 中折れハットに添えていた左手がふっとそれを持ち上げて、美青年は自身の視界を遮るようにそれを軽く下ろす。――その、瞬きよりも短いこの瞬間にも、漆黒の後方で響き渡っていた呻き声がピタリと止んだのだ。

 漆黒は、咄嗟に振り向いてその目で確認した。そこには、空洞の壁のみが視界を覆い尽くす光景。この地面に転がり、悶え苦しんでいた"彼"が、その姿を忽然と消していた。


 漆黒は再び振り返った。向き合った美青年の、怪しい目つきで行われた軽い頷きを目にして、漆黒はホッとした表情を見せて深いため息を一つ、安堵のままに無気力と呆然とする。

 そんな漆黒の一安心といった様に、まるでしかけるようにそれを問い掛けた美青年。


「キミは、先人から託されし思いを裏切った。それに対して何か、思うところはないのかい?」


 試すように尋ね掛けたその問い。暗闇に紛れる微笑が僅かに後光で浮かび上がるその中で、眼前からの問い掛けに対して漆黒は怯むことなく、ゆっくりと立ち上がり、身長百八十八からなるガタイでじっと彼を見下ろし、その想いを代弁する真っ直ぐな瞳を向けて、深く息を吸いながらそのセリフを返した。


「オレは、託されし一族の誇りを、己に課されし偉大なる使命として今もこの胸に抱き続けている。だがしかし、オレが抱きしその誇りは何も、シーボリの一族それのみが成した信念では非ず。この誇りには、シーボリ一族という血統を含めた、〈魔族〉という、日々苦境を強いられる種族に僅かながらの希望を築き上げた先人から受け継ぎし、〈魔族〉という種族そのものの悲願が込められている。……シーボリ一族に伝わりし教えの一つとして、オレはこの言葉を常に心掛けている。それは、"我々"は皆を支えており、"我々"もまた皆に支えられている。唯一と信頼における"我々"にその想いを託した先人の無念を背負い、未だ続く〈魔族〉の苦境を、"我々"は互いに支え合いながら共にするのだ。――これこそが、先人達が我らシーボリ一族に遺した、後の世にも継ぐべきシーボリ一族の誇りであるとオレは思っている。……オレは、今選べる限りの手段の中で、最も良いとされる最善の選択をしたと信じている。これでもし、ルパンへと晒した醜態によって、それが一族の血統を侮辱する行為として万死に値する重罪を科されたとしても、オレはそれを謹んで受け入れよう」


「だからこそ、キミはそうして美しく輝けるんだ。ボクはこんな人材と巡り合えた運命に、とても感謝をしているよ」


 その美形に口角を吊り上げて真っ赤な三日月を浮かべた美青年。終始怪しい表情のまま、眼前にて見据える一つの輝きに至極ご満悦な様子であった――――



【~次回に続く~】

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