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ザ・ゲームワールド  作者: 祐。
四章
344/368

拠点エリア:風国 ⑪【一筋の紅】 6029字

 美味な香りが漂う食堂の中、主人公アレウスとミントはイスに座らせたラ・テュリプの傍に付き添っていた。

 先にも、突如と泣き出した彼女を心配して二人は付きっ切りとなっていた。しばらくとして落ち着きを取り戻し、現状を正常な判断力で把握したラ・テュリプは、自身の様子や晒した姿に思わずと赤面しながら恥ずかしそうに俯いてしまう。


 ……次にも、取り乱してしまってごめんなさい、とセリフを口にした。動揺と恥ずかしさが合わさり、小さな声でそれを震わせながらぽつりと呟いたものだ。

 それに対して、頷く仕草で応えたアレウス。彼女の顔を覗き込み、その落ち着いた様子を見て安堵の表情を浮かべる。ミントもまた、一旦と落ち着いた場の空気にそこから離れ、足早に厨房へと赴いて手早くと一つのコップを持ってきた。


 それをラ・テュリプに差し出した。水の入ったそれを受け取り、彼女は礼を伝えながら水を一気に飲み干す。

 ふぅっと一息をついたラ・テュリプ。コップをテーブルに置き、ふぅっとまた一息を挟んでは、何か思いに耽るような様子を見せて憂いの表情を見せていく。


 ……手前のコップの、その先を見つめる目。何か遠くを眺めるような呆然とした様子で、腫らした目元と力の無い調子でその話を始め出したのだ。


「茨の道。まさしく、そう言い表すに相応しい道のりを辿ってきたかな。今こうして思い返してみて初めて、あたしはずっとその道を辿ってきていたことに気付くことができた。それくらいにまで、今まで無我のままずっと目の前の茨の道を突き進み続けていた。……身体中が痛い。茨の道に生い茂る棘が、あたしの身体を傷付けてきた。視界を埋め尽くすほどの、びっしりと、生い茂る茨の森。でも、その道の先にはずっと"彼"の背中が見えていたの。そう、この目にハッキリと映っていた。目の前に、"彼"がいるの。それこそ、手を伸ばせば届きそうなくらいにまで、とても近い距離に。だから、あたしは"彼"の背を追い続けて、この道のりをずっと真っ直ぐと走り続けてきた。茨の棘なんて意に介さず、手を伸ばしながらずっと走り続けてきた。……でも、この手は"彼"に届かなかったの。それは目と鼻の先にあるのに、それでも、どうしても手が届かない。…………もどかしかったなぁ。苦しかったなぁ。全身に刺さる棘があたしの身体を、心を痛めつけてきた。外も中も血だらけになりながらも、それでもあたしはあの背を追い続けた。だって、どれほどと辛かろうとも、あたしは"彼"のことを考えるだけでそれらの痛みを忘れることができたから……」


 息を殺し、神妙な顔付きで淡々とそう語り出す。

 ――口ごもったそのセリフは、次の言葉を中々言い出せずにいた。だが、傍にいるアレウスとミントの気配を感じ、自身を囲ってくれている存在達を感じながら、それに勇気付けられたかのように顔を上げ、遠くを見つめながらラ・テュリプはそのセリフを続けた。


「キュッヒェンシェフ・フォン・アイ・コッヘン・シュペツィアリテート。通り名は、騎士道を踏み外した者。彼の、職業:フェンサーとしての戦闘能力は随一で、彼にレイピアを持たせればあらゆる障壁を会心の一撃で葬り去る。その会心攻撃を軸に、回避に徹底した保守的な立ち回りは、周りからは騎士道の脇道を往く者として、参考にされたり、蔑称として浴びせられたりしているの。……彼は強くて面白い。頼れる存在で、一緒にいることで安心感を覚える。でも……その見た目で皆からは敬遠されてしまったりするかな。その……癖が強い、から……。それでも、彼と関わりを持つ人達は、それらを含めた彼の在り方を受け入れて、親密な交流で親睦を深めようとしてくれている。それくらい、アイ・コッヘンという人はとても人望の厚い人物なの」


 遠くを見つめるラ・テュリプ。その語り方は、まるで何かを懐かしむような響きが含まれていた。


「彼からは、たくさんのことを教えてもらった。それは、戦闘のことは勿論、人としての在り方、周囲へ救いの手を差し伸べる慈悲の心、日常で役立てる魔法の活用の仕方、哲学的な言葉も教えてもらったし、普段の生活に取り入れられるちょっとした豆知識も教えてもらった。あとは、弓の使い方、ツインダガーの使い方、商売のコツ、体内時計の調整の仕方、早起きのやり方、気候を読む方法、昼夜で変化する世界の様子。……料理のやり方――」


 目にしたコップへと手を伸ばしたラ・テュリプ。だが、持ち上げたそれが空であることに気付き、その軽さにハッと何かに覚めたかのような顔を見せた。

 すかさず、ミントがそれを受け取ろうと合図をした。手を伸ばして彼女に差し出すのだが、ラ・テュリプはそれに対して首を横に振る動作を見せてコップをテーブルに置いた。

 礼の代わりに、微小した。それを見てミントは律儀に佇み、そしてラ・テュリプはセリフの続きを始めたのだ。


「彼は、あたしのお師匠。それでいて、アイ・コッヘンという人は、あたしの、人生の巨匠なの。あたしがこうして今もやっていけているのも、全ては彼のおかげ。彼が、この世界で渡り歩くことに必要なことを全て教えてくれたわ。彼の教えはどれも、生きている上で活かされている。必要なことだけを、しっかりと教えてくれるの。だから、その見た目や独特な喋り方で人から敬遠されたりすることも多かったけれども、それ以上に、彼にはあたしのような弟子がたくさんといたわ。まぁ……あたしもその中の一人に過ぎないのだけれどもね。……だからだったのかな――」


 懐かしむ、穏やかな声音がふと止まった。自身の言葉で気が付いたそれにラ・テュリプはとても悲しげな表情を浮かべ、俯きながらセリフを続けた。


「…………ある日、彼は最後の教えと称して、あたしに屋台を持つよう言い渡してきた。立派なそれをちゃんと用意してくれていて、あたしは特に料理に力を注いできていたから、お師匠からのプレゼントだーって最初はすごく嬉しかったわ。……でも、それは違っていた。――言ってしまえば、あたしは見限られたの。その屋台を引いて、世界中を旅しろって、その彼からの教えを疑うこともなく信じてあたしは意気揚々と飛び出していったわ。……ほんと、あたしって安直。今思えば、旅立つ際に掛けられたその言葉……あたしが全世界に名を轟かせるほどの有名な超一流シェフになるまで、一切ワタクシの前にその顔を見せないように、って……それは、もうあたしの顔を見たくなんかないっていうことだったんだよね……。でも、その言葉も激励だと信じて、あたしは屋台を持って世界中を旅してきた。…………その結果、この数年で売り上げはゼロ。そもそも、旅立ってから一度だってあたしの料理が売れることがなかった。まぁそれも、最初のお客さんになってくれたアレウス・ブレイヴァリー君達のおかげでゼロではなくなったのだけどさ。でも、これじゃあダメなの……。だって、彼はそう言った、全世界に名を轟かせるほどの有名になれ、と。そして……今はこんな有様よ。数年続けて、やっと初めて売り上げを残すことができたのよ。……この調子じゃあ……あたしはいつ、有名になって超一流シェフになれて、また彼の前に顔を出すことができるのよ……!!」


 涙ぐんだ声音で、それを切実に言い終える。同時にして、彼女の目からは大粒の涙が零れ出した。わなわなと震え始めた唇。噛み締めるように口を噤んで、その感情を必死に抑え込もうと試みる。

 ……しかし、溢れ出す想いを堪え切ることができなかった。ラ・テュリプは脱力すると静かに号泣し、しばらくと喋ることもままならなかった。


 アレウスはじっと傍で付き添い、ミントは彼女の背を撫でて慰める。それに応じるように首を何度も縦に動かしながら仕草を見せて、少ししてラ・テュリプは溢れんばかりの感情を込めたセリフを吐露してきたのだ。


「っ…………彼もきっと、これを見越してあたしを世界へ送ったんだ……っ。こうなることを分かっていてっ、もう……あたしの面倒を見れないって、こうして突き放したのよ……っ!! っだって、分かっているの。貴方達が知るように……あたし、戦い以外のことでは失敗ばっかりで……!! 何回も教えてもらったことも、全然できなくて……呆れられたんだ……!! っ自分でも分かっているの……自分でも分かっているの……。だからっ、だからこそ……彼に助けてもらいたかった……ッ!! 彼のことを信じていたから……あたしは、ずっと……彼の下にいたかったの……っ。…………見限られたことは、もう仕方が無いよ……悪いのは全部あたしだから……。でも、でもっ……これまで、彼を信じて生きてきたから……そんな彼がいない毎日が……すごく、寂しくて……もう、耐えられないよ……ッ!! ――あたし、彼のことが好きなの。こうして年下の子に打ち明けるような内容じゃないのだけど……。あたしね……自分のお師匠でもある彼のことが、ずっと、好きだった。今でも大好きなの。……いつの日か、彼のことが大好きなことに気が付いて。それ以来、ずっと、彼に恋をし続けてきた。だから……早く大好きな人のもとに帰りたかったのに……!!! っ人生は上手くいかなくて、あたしはずっと、すぐそこにいる大好きな人と会えない日々を過ごし続けてきた……!!! もう、無理だよッ!!! もうヤだよこんなの!!! どうしてっどうしてあたしは彼と会えないのッ!!? こんなにも……あたしは彼のことがこんなにも好きなのに……ッ!!! それなのに、運命はあたしと彼を巡り合わせようとしない!!!! どうしてなの!!? どうしてっなんで……どうしてあたしは大好きな人と会えないの……ッ!!?」


 心の底から叫び上げたセリフ。顔をくしゃくしゃにして歯を食いしばりながら、ラ・テュリプは号泣していく。

 両手で涙を拭っても、その雫はより溢れ出してくる。ボロボロと零す涙でテーブルや服を濡らし、直面した現実に悲嘆することしかできない。ただもどかしいだけの日々に、それまでの我慢が限界を迎えて一人その現実に嘆き続けていた……。




 彼女の様子が落ち着いた。くしゃくしゃにした顔でテーブルを見つめながら、未だボロボロと落ちる涙を流して鼻をすすり、そのセリフを口にする。


「……実はね、あたし、一回彼のもとに引き返したの。その……寂しくなっちゃって、それで、こっそりと彼のいる町に引き返した時があったの。でも……そうしてあたしが戻ってきたその時には、彼は既にその町から姿を消してしまっていた。行方も知れず、皆にもそれを伝えずに、彼は忽然とその姿を消してしまったというの。それからは、もう、彼の消息は一切不明で……彼の安否も、分からなくなっていた……。――それが、今、アレウス・ブレイヴァリー君の口から彼の名前が出てきた。それも、一緒に旅をしたとも言っているのが聞こえてきて……あぁ、彼は生きていたんだ……って、大好きな彼がまだ、この世にいることを知ることができて、それでつい感極まっちゃった…………」


 力無く笑ったラ・テュリプ。喉から抜けていくような乾いた笑いをしてこちらへと振り向き、その涙に塗れた顔で、熱情的な彼女らしくニッと微笑みかけてきたのだ。


 ……一呼吸を置いて、天を仰いだ彼女。その涙を流したまま、この天井の先に存在する晴天を眺めるようにその先をしっかりと見据えて、微笑みながら呟いたそれらのセリフを最後に、NPC:ラ・テュリプ・ルージェスト・トンベ・アムルーとのイベントが終了した――


「ジュテーム・ドゥ・プリュプロ・フォン・ドゥ・モン・クール。心の底から、愛している。……今まで、一筋の真っ直ぐな紅に想いを乗せてきたわ。きっと今もどこかで静かに暮らしているのだろう彼のことを信じて、その想いがいつか届くように、遥か彼方へとその紅の矢を撃ち込んできた。…………あ、アレウス・ブレイヴァリー君。彼……アイ・コッヘンの居場所は教えてくれなくていいよ。それは見限るための言葉だったのかもしれないけれども、それもあたしにとっては彼と交わした大事な約束事。もう、彼との約束を蔑ろにするつもりは無いわ。彼が生きていることが分かった以上、あとはがむしゃらにでも頑張って全世界に名が轟くほどの有名人になって、このあたしから直々に会いに行くんだから!! もしかしたら二連王国で屋台を開くかもしれないし、あたしの人生はまだまだ捨てたものじゃないって感じ? ――話に付き合ってくれてありがとっアレウス・ブレイヴァリー君とミントちゃん!! さてっ、それじゃあいつの日か迎えるその日に向けて、あたしは今日も超一流シェフとして活動をしていこうかなっ!!」






 主人公アレウスは食堂を後にした。

 画面の暗転と共にして、光が射した目の前の光景。吹き掛ける強風と荒れ果てた殺風景の風国が視界いっぱいに広がり、その、遥か彼方へと続く晴天の計り知れない行方に解放感が巡ってきた。

 ……複数ものイベントを一気にこなし、そして一気に軽くなった両肩。自由がこうして戻ってきた今、オープンワールドのゲーム世界で繰り広げられる主人公アレウスの冒険が、再開された。


 まずは一息をついた。そして、目的の無い現在に取り敢えず動き出そうと、この足を一歩踏み込んだその時だった。

 ……グッ、と。背後から引き寄せられた。防具の裾が引っ張られる感覚に、アレウスはふと振り向いてみる。

 その先には、ミントが律儀に佇んでいた。裾から手を離し、何かを訴え掛けたそうな瞳でじっとこちらを見つめながら、ちょっと急くような調子でそう喋り出す。


「ご主人様。このミント・ティーに、少々ばかりものお時間をいただけないでしょうか? っ……下品ではありますが、その……お手洗いへと赴く猶予を、どうかこのワタシにくださいませ……!」


 真面目な面持ちではあったが、相当焦っている様子だった。

 ……というか、食事の直後に……? 思うところはあったものの、取り敢えず急用だったためにアレウスは即断で頷いていく。


 了承の合図に、その直後にも少女は慌てて走り出した。


「ありがとうございます。っこのミント・ティー、即刻、行って参ります」


 律儀に慌てるミント。その両腕を広げながら、少女は全速力で何処かへと走り去っていった。



 風国のどこかへと走り去る少女の背を見送り、主人公は一人、その場で立ち尽くす。

 吹き掛ける強風に髪をなびかせ、晴天の広がる天井の下。主人公が呆然と佇むその間にも、"プレイヤー"が中心となって巡るこの世界の至る箇所では、"それ"の知らぬ間にそれぞれの動きが展開された。


 次の時にも織り成す二つの動きも、同時刻とそれに近い時刻による場面だった。主人公が目の前のイベントをこなすその間にも、とある場所では、陰で蠢く邪悪共は刻々とその活動を行い。又、ここから至極近いとある場所では、主人公の小さき相棒が孤高の蛇と遭遇してイベントを繰り広げていく――――



【~次回に続く~】

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