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ザ・ゲームワールド  作者: 祐。
四章
343/368

拠点エリア:風国 ⑩【支えられてきた道のり】 4205字

 設置された簡易的なテントの中に設けられた、小さな食堂。そのイスに腰を掛け、ナビゲーターのミントとテーブルを挟んで向き合いながら、空かせた胃袋で"彼女"の料理を今か今かと楽しみにしていた。


 席につくなり、NPC:ラ・テュリプ・ルージェスト・トンベ・アムルーは無駄の無い手馴れた手際でナイフとフォーク、紙ナプキンを用意した。着実と用意されていく食事までの過程に、凄腕シェフである彼女がつくり出す料理の味を想起して味覚が刺激される。

 早く、彼女の料理を味わいたい。その思いは自然と表に醸し出されて、アレウスとミントは期待の眼差しを彼女へと向けていた。ミントに関しては、既にナイフとフォークをしっかりと握り締めて待機している。それらを見たラ・テュリプは微笑を零して、それじゃあちょっと待っていてね、とセリフを口にして足早に厨房へと向かっていった。


 厨房から、様々な音が響いてきた。水が注がれる音、包丁で切り刻む音、食器類が擦れる音、ボールの中を掻き混ぜる音、火を点ける音。ただ地面に設置されただけの厨房で、彼女の調理が着実と進んでいく。

 直にも、テーブルの上には料理が出された。目の前にデンッと現れたそれは、特製のソースが艶々に光る肉と野菜の炒め物。甘辛い茶色の色合いで濃厚な匂いを放つラ・テュリプの料理を前にして、その瞬間にも理性という名の糸がぷつりと途切れた。


 辛抱堪らんと、アレウスはミントと二人でいただいた。やはり、彼女の料理は絶品と呼ぶに相応しい、美味を極めし一品だ。それは、欲求に身を任せた本能が織り成す食いっぷり。口へ頬張れば頬張るほど幸福感に満たされて、それがまた病み付きとなってしまう。

 脳天から神経が抜けていく感覚と共に、彼女の料理を十分と堪能したアレウスとミント。あっという間に平らげてしまい、空になった皿に虚無感を抱きながらラ・テュリプにお礼を伝えた。


 それに対して、彼女はそうセリフを返す。


「っふふ、お粗末さまでした。あたしもお礼をしなきゃだよね。ありがとっ、いつもあたしの料理を食べてくれて。ん? あたしがお礼することが変だった? あぁいやいや、こっちはこっちで、いつも楽しませてもらっていたからっ。もうほんっと、二人の食事は見ていてとても楽しいの。その食べっぷりっていうのかな、もうがっついてがっついて、まるで毎食が最後の晩餐のようにすごく味わいながら食べまくるものだったからねー。だから、これからもあたしの料理を食べに来てね。あたしも貴方達を待っているからっ」


 満足気にそれらセリフを口にして、ラ・テュリプは満面の笑みを見せながら二人の食器を回収した。

 その間にも、アレウスとミントは幸福の余韻に浸り続けていた。周囲にピンク色のオーラを醸し出し、二人でとろけた意識のままぼーっと遠くを見つめていたものだ。

 そんなこちらの様子にくすっと笑ったラ・テュリプ。そして、手応え十分といった気持ちで頷いた彼女は、空になった皿を眺めながら厨房へと引き返していった。


 ……というように、ここまでがワンセットであるこのイベント。ラ・テュリプの料理でステータスを向上した際の、普段とは異なるちょっとしたシーンだった。そして、一連の流れが終わると同時にして意識を覚ます主人公アレウスは、条件反射で立ち上がって冒険を再開していく。

 こちらの動きと連動して、ミントもまた我に返るかのようにハッと意識を覚ましてすぐさまと立ち上がる。その際にも足をテーブルにぶつけてゴッと鈍い音が響き、それを誤魔化すように少女は律儀に佇んでこちらの様子をうかがい出した。


 ラ・テュリプを見遣り、アレウスは再度お礼の言葉を伝えていく。


「ご馳走さまでした。いつも美味しい料理を提供してくださり、ありがとうございます。また、ミントと共にこちらへ顔を出しますね」


「はーい。また来てくれたら、この腕に縒りをかけてじゃんじゃん料理を振る舞っちゃうからっ! だから、またいつでも来てね!」


 ニッと笑みを見せたラ・テュリプ。爽やかさの中に込められた彼女の熱き存在感がハッキリと伝わる、とても素敵な笑顔だった。

 彼女と会話を交わし、一礼をしてアレウスはミントを引き連れて出口へと歩き出す。その間にも、この満腹感を占める充実感でとても心地の良い気分でいたものだ。


 ……そこで、アレウスはふと脳裏にとある光景を思い浮かべた。それは、この充実感を既に知っているがための、最初にこれを経験したであろう出来事と"彼"の存在。

 ――この世界に降り立ってから、最初に立ち寄った拠点エリア:のどかな村。そこで豪勢な料理を振る舞ってくれたもう一人のシェフ、NPC:キュッヒェンシェフ・フォン・アイ・コッヘン・シュペツィアリテート。巨人のように大きな人で、その頭部はなぜか縦に刺さったフライパンというあまりにも奇天烈な見た目の人物を思い出して、そこから連想される様々な思いを口にした。


「料理、か。……そう考えると、ミント。なんか、こう……思い出さないか? ルージュシェフの料理もすごく絶品で毎回必ず美味しいものだし。それでいて、そんな贅沢な一時を……俺達は既に経験をしている。そう、それこそ……ルージュシェフのような絶品料理であって、でもその美味しさのベクトルが全く異なる最高の料理。あれも正に、極上の美味だったよな。――思い出すよ、シェフであった"彼"が付き添ってくれたあの旅路のことを。俺は今でも忘れない。オオカミ親分を相手に、あの時に一度、実質的な敗北を経験した。あれから、それなりと旅をしてきたな。そして今はもう、懐かしい過去の人物として"彼"のことを語るようになっている。……時間の流れはとても早いな。その当時はまだ、〈魔王〉のことも全く考えていなかった。普通に、この世界を純粋に満喫していたものだったからな。……そうしてこのゲーム世界で過ごす日常を知ってしまったからこそ、今は〈魔族〉という打倒すべき存在達の侵略がとても恐ろしく思えてしまう。この日常を破壊する、強大な力を持つ滅亡の化身。そして既に、〈魔王〉と呼ばれる最大の敵がすぐそこにまで迫ってきている。もう、そのゴールに備えなければならないところにまで、俺は来ているのだろう。だから……その、エンディングというゴールに備えて、俺は今よりも強くならなきゃいけないな。……あ、とは言え、物事は成るようにしか成らない、だよな? ミントが諭してくれたその言葉は、俺を冷静にさせてくれる。ありがとな、ミント。いつも俺を支えてくれて。すごく頼もしいよ。お世辞じゃなくて、本当に頼もしい。それこそ、ユノやニュアージュ、ペロやミズキといった面々のように信頼をしている。あぁそれこそ、さっきも話した過去の時にも、旅路を共にする仲間として"オーナー、アイ・コッヘン"が傍にいてくれた時の頼もしさを、ミントからも感じられるほどにだ」


「……アイ、コッヘン…………?」




 その返答は、背後から聞こえてきたものだった。


 思わぬ場所から返ってきたセリフに振り向くアレウスとミント。そこでは、厨房へと向かっていたラ・テュリプが立ち尽くしながらこちらの顔をじろりと見遣る光景が広がっていた。

 ……熱情で溢れる温かな笑みが特徴な彼女。だが、今見せているその表情は真顔で驚愕するかのような仰々しいもの。開きに開いた目は、その目玉が今にも飛び出てしまいそうで、そんな顔を見せてくる彼女の様子に、思わずと不穏な空気を悟ってしまえた。


 食堂が一気に冷え込んだ。テントの陰りで佇むラ・テュリプ、流れ出す空気と共にその身体がぴくりと動き、次の瞬間、手に持っていた皿を投げ出してこちらへと駆け出してきたのだ。

 彼女は歴戦の戦士。その本領を発揮して、一瞬もの瞬きの隙に零距離にまで距離を詰めてきた。その時にも彼女の姿を見失い、ふと気配を感じて視界を下へ向けると、そこにはアレウスの胸に潜り込むよう既に接近を果たしていたラ・テュリプの姿――



 視界に飛び込んできた両手。遮られた視界、その瞬間にも胸倉を掴まれた。

 勢いで仰け反った主人公アレウスへと飛び付いてきたラ・テュリプ。その身をこちらに委ね、思い切りと寄り掛かってきては言葉にならない声を上げてこちらへと浴びせてきたのだ。

 瞼がひん剥かれたような目でアレウスへと詰め寄り、力に任せてお構いなしと揺さぶりながら彼女はそのセリフを叫んでくる。


「"アイ、コッヘン"…………アイ・コッヘン!!!! っ貴方、知っているの!!? アイ・コッヘンを貴方は知っているのッ!!? 教えなさいッ!!! その、アイ・コッヘンという名前を何処で聞いたのかを!!! いいから、早く!! 早くッ!!!! っお願い、早く……早く、あたしに教えてっ!!! ねぇアイ・コッヘンと会ったの!? 何処で!? どんな話を!? 彼は今、何をしているの!!? 今、彼はどうしているの!!? あの人の料理は食べたの!? どうだったの!? お願いアレウス・ブレイヴァリー君、お願いだから本当のことを言って!!! アイ・コッヘンという人が、本当にそこにいたの?! 彼は本当に、そこで存在していたの?! 嘘じゃないのよね??! ……あ、ぁ…………ぁ。なんてこと……どうして今まで居場所が分からなかったのに、"貴方"はこうして突然現れるというの……!!? これまで、ずっと、ずっとずっと、ずっと探してきたというのに……どうしてあたしと"貴方"はこうも巡り合えないというの……!?? もう、置いていかれて、長い時間が、ずっと、ずっと経って…………会いたいよ。逢いたいよ……。っぁあ……あたしはずっとずっと逢いたかったのに……!!! どうして、こう、こんなタイミングでいつも"貴方"は現れるというの……!! …………っどうして、こう……いつも…………"お師匠"…………ッ」


 この胸をするすると抜けていく彼女の両手。脱力してその場に座り込んだラ・テュリプは、涙ぐんだ声音で嘆くようにそれを口にして、涙をボロボロと流し始めた。

 項垂れて両手で顔を覆い、息を殺しながらお師匠というセリフを繰り返す。ボロボロ流れ出てくる涙と泣きじゃくる彼女の姿に、アレウスはぽかんとその場で見下ろしてしまうばかりだった。


 ハッとして、屈んで彼女の傍についた。ミントもまたラ・テュリプに寄り添い、二人からの慰めに申し訳無さそうに首を振りながら、彼女は声を上げて泣き続けた…………。



【~次回に続く~】

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