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ザ・ゲームワールド  作者: 祐。
四章
342/368

拠点エリア:風国 ⑨【荒れ果てた地を包み込む美味の匂い】 4870字

 NPC:トーポ・ディ・ビブリオテーカとのイベントを終えた主人公アレウスは、拠点エリア:風国を散策していた。

 彼とのイベントを介して、アレウスは様々な情報を手に入れた。それらを簡潔にまとめると、〈魔族〉に関する情報、風国の今後、そしてユノ・エクレールというNPCについてのことの計三つ。トーポという知識が豊富なキャラクターからこのゲーム世界の情報を得ることができ、アレウスは主人公としてまた一歩この物語を進めることができていた。


 そして、現在は場所を変えていた。散策の続きとしてあても無く歩いている主人公アレウスとそのナビゲーター、ミント・ティー。変わらぬ景色を眺めながら、二人はその荒れ果てた地を歩くその最中にも、鼻に巡ってきた唐突な美味しい匂いに二人はハッと驚きを見せながら意識を向けていく。


 ……食欲をそそる、とても良い匂い。足を止めて、周囲を見渡しながら二人はその根源を確認した。

 現在位置は、特に変哲の無い簡易的なテントが立ち並ぶ平坦なエリア。それでいて、このエリアで唯一と際立っていたのが、シェフである"彼女"が配置されている簡易的な小さな食堂だった。

 このエリアは、冒険前の食事を行うために立ち寄るための場所。ステータスの上昇を見込めるその食堂はシステムとして有意義に機能していた他に、このゲーム世界の住人としてはこの上なく嬉しい、極上の美味の堪能となる追加要素が付いていたものだ。



 ――いつの間にか食堂の前に来ていた。そして、匂いを嗅いで腹の虫を鳴らす。……腹が、減ったな。潜在的な欲求が覚醒すると共に、アレウスはミントと目が合った。少女もまたアレウスと同じ思いを抱いたことにきっと違いない。


 その少女の瞳は、まるで宝石の原石の如く輝いていた。

 律儀でとても忠実なミントは、ご主人様を差し置いて自身が行動することに強い抵抗感を持っている。そのために、自身が何かしらの行動を起こしたい場合でも、必ずアレウスからの了承を得なければならないと思い込んでしまっている。今も例に漏れず、ミント・ティーは主人公からの命令を待っていた。その瞳で、そう命令をしてくださいと訴えかけていたのだ。


 ……もっと、自分の意思を優先させてもいいのに。いつも聞かせているその言葉は、少女が抱く忠義には到底届かないようだ。

 それほどまでの、超が付くほど真面目である少女の懇願を受けて、アレウスは苦笑いを浮かべながら次の目的地として食堂の名を宣言していく。


「ここまで来たついでだ。それじゃあ、食堂にも寄ろうか」


「了解いたしました、ご主人様。このミント・ティー、主人公アレウス専属のナビゲーターとして、常にご主人様の意向に付き従うまででございます。故に、これまでの義務にも、そしてこれからの命令にも一切もの私欲を介することなく、このワタシはご主人様の命令に忠実な姿勢で真摯に取り組んでいく所存です。さぁ、提示されしご主人様の意向に沿うべく、迅速な行動のもと早速と使命を遂行いたしましょう。ささっ、それでは食堂へ参りましょうご主人様」


 それらの言葉を口にしながら、ミントが密着してきた。この背にぴったりとくっ付き、一向に離れる気配を醸し出さない。

 アレウスが一歩踏み出すと、ミントもまた一歩踏み出す。そのまま歩き出すと、ミントも全く同じペースで歩き出す。……真面目な少女は、ご主人の前を歩くことに抵抗感を持っている。そのため、通常は少し距離を離したその後ろ斜めのポジションで、この主人公についていくのがデフォルトだった。

 が、今は完全な密着状態。その使命に忠実となり、ご主人を差し置いてその前を歩かないようにしていたのだろう。……が、今はその律儀な行動と同時にして、目前にした食事にワクワクが抑え切れないといった具合に、少女は一刻も早くご主人を食堂へ連れていきたそうにしていたものだ。


 食事と動物が大好きなミント・ティー。大好きな食事に一刻でも早く行き着けたい。その思いが行動となり、少女はこの背に僅かながらの力を加えてくる。

 ……余程なまでにお腹が減っていたんだな、と。少女からの微力を受けながら、アレウスは足早に食堂へと向かった。その間にも、ミントはずっと背に密着して食堂へと前へ前へ押し続けてきたものだった。……何と言うか、これは少女なりの自己表現の形なのだろう。膨大なデータを脳内で管理するとても賢い少女だったが、こちらの方面にはちょっと不器用な少女の催促。それに促されるまま、アレウスは次なる場面へと移った。




 食堂の入り口に足を踏み入れて、画面の切り替わりで一瞬と真っ暗になる。それが明けると、いつも目にする食堂の内装が展開された。

 ここもまた簡易的なテントではあるのだが、その内装はおそらく想像よりも随分と広め。悠々と駆け回れるし、背伸びもできる。周囲には折りたたみ式のテーブルやイスが立ち並んでいた。その中に紛れるよう、中央のその奥にドカッと設置されていた厨房は電力の面で気になる点が多かったものだが、まぁ魔法有りのゲームの世界でそんな細かいところまでを気にしてしまったらそれまでである。


 食堂に入室した瞬間にも、この鼻腔には美味なる香りが神経を貫いた。一息を吸えば、一流シェフである"彼女"が織り成す約束されし幸福に包まれる。この殺風景な内装も、この先に待ち受けている絶品料理を前にして全く気にならない。そして、"彼女"がつくる料理の味を知っているからこそ、それを早く味わいたいと食欲が煽り立ててくるのだ。


 食堂にお邪魔した、その時だった。一瞬と映し出されたテントの内部が暗転し、また映し出されるとアレウスはつい周囲を見渡して場の様子をうかがった。

 ……今日の食堂は、いつもと雰囲気が異なっていた。それは、あまりにも客が少なかったというものと、食堂の中央に存在していた二つの人影が、ただならぬ特殊な空気を醸し出していたというもの。


 まず、この食堂で客足が絶つなんてことは有り得なかった。入室をすれば必ず騎士達や主要NPC達が食事を行っており、そこで会話をしたりすることができていた。しかし、今回は立ち寄る客の姿がまるで見当たらない。そして、そんな食堂の中央に存在していた二つの人影にアレウスは注目した。



 そこでは、一人の人物が席について食事を行っていた。それは、料理を豪快に頬張っていく青年の背。その背を、アレウスは先にも目にしていた。その身長は百七十五くらいで、白のパーカーのようなつなぎと赤のワークシャツという服装。茶色のシンプルなショートカット。

 もう一人は、その青年に付き添うように佇んでいた、NPC:ラ・テュリプ・ルージェスト・トンベ・アムルー。


 彼女が腕に縒りを掛けた料理は絶品だった。それを一口含めば、身体中の神経が昇天して一つの境地に辿り着く。それを今も味わっているのだろう青年は、口の中を支配する美味に歓喜の唸り声を上げて足をジタバタとさせる。持ち上げた皿で料理を頬張り、空となった皿に反響するスプーンの音が食事の終わりを告げた。


 青年は、ふぅっと一息をついて皿を下ろす。テーブルに乗せようとしたそれへとラ・テュリプの手が伸びて、彼女は彼へと微笑みかけた。それに応じて青年は丁寧な礼を言いながら皿を受け渡し、勢いよく立ち上がり、背伸びをしてリラックスしたところで、青年は主人公のような爽やかな声音でそのセリフを口にした。


「っふー!!! あぁー、ご馳走様でしたルージュさん!!! いやぁ、ねぇ。口の中がまだこんなにも美味い!!! そして、この美味い味が口の中を通して全身に駆け巡ってくる感覚……っはぁー、やっぱりね、この現地で流れる噂程度には聞いていたもんだったけど、実際に口にしてみればぁとにかくたまげたものです!!! なんですかねこれ、一体どうして何故こんな美味しく仕上げられるんでしょうかね? なんというか、常軌を逸していますよ、良い意味で!!! ほら、こうー、一口目から、ぶっ飛ぶんですよ。分かります? こう、パクッとして、ふあぁ、ぁあーッッ!!! って!! いや、良い意味でですよ? そう……この、言葉にできない感動? が口の中でじぃんわぁって溢れ出してきて……ぁー、噛み締める度に脳天がバチバチと電撃が迸るというか。いや、良い意味でですよ? まぁとにかく!!! 言葉にならないくらいとんでもなくめちゃくちゃ美味しかったということです!!! 言葉に形容することができない衝撃的なグルメとの出会い。あぁこりゃ遠征先でまさしく美味い話を知ってしまったなー。……俺、ルージュさんの料理にとても感動をしました!!!  だから、二連王国に戻ってきた際には俺の仲間達にこの話を披露してやろうと思います!!! ぶっちゃけて、ただの自慢です!!! いやー、それにしても俺はとても不思議に思います。と言いますのも、こんなに美味しいものがどうして世間に広まっていないのか。それがもう不思議で不思議で仕方が無いもんですねー。あ、じゃあ提案なんですけど、ルージュさんの屋台を二連王国で出してみません? 俺が料理を食べたいからという個人的な理由もありますが、それにしてもルージュさんのこれはもっと世間に認められた方が絶対にいいですって!!! というか、この感動を二連王国のみんなにもぜひとも味わってほしいという俺の願望が黙っちゃいないっつぅか!!! だから~、俺、ちょっと二連王に掛け合ってみます!!! 俺の二連王は外部からの来訪者といったそこら辺にすごく厳しいもんですから立ち入ることも許可されるかどうかが怪しいもんですが、最終手段として向こうの二連王から許可を取ってしまえばこっちのもんですからね!!! ……さて、じゃあそろそろ行きますかね。あぁー、意外な発見をしちゃったもんだなー。じゃ、この件のことを二連王に掛け合ってみますんで、関係者を通してまた連絡させていただきますねー!!! ご馳走様でした!!!」


 爽やかにハツラツとセリフを口にして、青年は食堂の出口へと歩き出す。

 振り返ってきた彼の表情はとても清々しかった。ニッカリと笑んだそれで終始笑顔を絶やさず、そんな主人公のような彼は、出口付近で佇んでいた主人公そのものであるアレウスへと近付いた。

 腕を伸ばせば手が届くその距離で、青年はようやくとこちらの存在に気が付いた。こちらの顔を確認するなり、よっ、と手で挨拶を交え、アレウスもそれに応じて手で挨拶をする。


 ……そして、彼はアレウスの脇を通り抜けていった。これといったアクションが起こることもなく、自然とすれ違うのみの邂逅。その直後にも、背後にくっ付いてこの陰に隠れていたミントがひょっこりと顔を出して、食堂から出ていった青年の背を、じっと、見つめていた。



 アレウスは視線を正面へ戻した。食堂の中央には、皿を片付けるラ・テュリプが存在。こちらに気付いていらっしゃーいと声を掛け、手を招いて迎えてくれたものだった。

 彼女が手で促してきた席へと向かい、そして腰を下ろす。ミントも待ちきれないと言わんばかりに席へと駆け出して腰を下ろし、主人公とナビゲーターは向かい合う形で一息をついた。


 アレウスはオーダーを行い、ラ・テュリプがそれを承諾。彼女が調理へと取り掛かり、それの完成をミントと共に待ち続ける。

 ……その間にも、主人公アレウスはふと違和感を抱いていた。そういえば、食事後にも特別なスキルが付与される料理を選ぶその画面。いつも表れる選択肢を選んだかどうか……意識のしていなかった所であやふやとなった感覚に、何気無くと流れていくこの場面になんだか不思議と思いながら料理を待つものであった。


 だが、そのあやふやは直にもハッキリと形になる。それは、次なるイベントが訪れる合図だったのだ。

 次の時にも主人公アレウスはまたしてもイベントと出くわすこととなった。それは、アレウスがふと零したその言葉に、尋常ならざる仰々しい反応を見せたNPC:ラ・テュリプ・ルージェスト・トンベ・アムルーが織り成す、なんともアツアツなイベントだったのだ…………。



【~次回に続く~】

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