拠点エリア:風国 ⑧【トーポへの質問:NPC編】 5940字
トーポから、風国に関する情報を得ることができた。壊滅にまで追い込まれたものの、築いてきた人脈を活用した彼の尽力の末に、なんと復興の目処をつけることができたらしい。風国を愛する住民達に限らず、主人公アレウスにとっても喜ばしくもあり嬉しく思えるニュースだった。
『魔族』に関する情報の次に、風国に関する情報を聞き出した。二つの選択肢を選んだことによって、画面に映された残り一つの質問がぽつりと浮かび上がる。その質問の内容は、NPCに関すること、というざっくりとしたものだった。主人公アレウスはそれを選択し、最後となったトーポとのイベントに臨んでいく。
NPCと聞いて、真っ先と思い浮かんだその存在。"彼女"とは、物語の序盤に出会ったそれ以降、ずっと共にしてこれまでの旅路を辿ってきたものだ。その経緯としては、未だ知り得ぬ不可思議なオーラを身に纏った青年と出会い、そんな彼に潜む、主人公という特殊な登場人物の本質及び未知なる存在感に興味が惹かれた彼女が、それをこの世界に連れ回したらなんだか面白そうだという動機で旅に誘ってきたというものだった。
黒と赤という色合いに身を包んだ白髪ポニーテールのクールビューティ。外見こそは知的且つ冷淡とした一匹狼の雰囲気を醸し出す彼女は、その実は、未知という未だ知り得ぬ事象を追い求める極度な探求心をエネルギーに、世界を忙しなく渡り歩く好奇心旺盛な素顔の持ち主だった。そのクールな容貌からは計り知れない、天真爛漫に振る舞うザ・マイペース彼女こと、NPC:ユノ・エクレール。そんな彼女の姿を思い浮かべ、それじゃあ最後の質問はユノのことについて尋ねてみようと思えたものだった。
というのも、ここ最近となって彼女の素性を意識し始めたからだった。というよりは、初期からの仲間である彼女の正体を今までに全く探ろうとしなかったのが可笑しな話だったのだ。風国の戦争の最中、第二ウェーブで出くわした強敵ゾーキンなんとか。破格の戦闘力を持つ『魔族』の彼とユノのやり取りを目にして、主人公アレウスは、ユノというNPCは一体どんなキャラクターであるのか、自身からは全く正体を明かさない彼女の素性を知るために。言ってしまえば、彼女は敵なのか、味方なのか。それらの判断もイマイチとつかないくらいにユノというNPCを何も知らなかったため、そんな不可解な存在のことを疑うこともなく間近に置いてきた自身の管理の甘さに落ち度さえも感じてしまえたものだった。
幸いにも、これまでの旅路を顧みるにユノという人物は善人であることをうかがえた。しかし、物語が動き出したことで『魔族』や二連王国の様々な思惑が交錯を始め出した。そろそろ、ユノの正体やら素性やらをしっかりと把握しておかなければならない頃合いだろう。それらを踏まえると、その一歩を踏み出すタイミングとしてこのような形で情報を聞き出せるのはとても都合が良かったのだ。
「オーナー・トーポ。最後に一つ質問をさせてください。これからの俺にとって、とても重要となるだろう質問です。……ユノ・エクレールという人物についてです。俺は、彼女のことを全く知りません。結構と長い時間を共にしてきた大切な仲間の一人ではあるのですが、俺は彼女にその素性を尋ねたことがありませんし、そもそもとしてユノはユノで自身の素性を全くと口にしません。俺自身は、彼女から旅に誘われて、なんだかよくわからないまま彼女の後をついていくだけで。……仲間を見定めることもせず、俺は今になって彼女がどういう人物であるのかを探り始めたものです。お恥ずかしい話ではありますが、命懸けの旅をこれから共にしていく仲間を見定めなかった過去と、尚皆無である情報のままそれを継続し、ただ脳を空っぽにしたまま流されるがまま能天気に旅路を辿ってきたこれまでの道のりは、さぞ第三者の目から見るに俺は愚かしき木偶の坊として映ることでしょう。……俺は小さき相棒に諭され、改心したんです。今できることを、できるかぎりにこなしていく、と。そして、今の俺にできることは、仲間をよりよく知り、良き相棒となれるための努力をすることであると思いました。――俺、いつもユノに助けられてばかりなんです。なので、今度は俺がユノを助けられるようになりたくて……! なので、オーナー・トーポがその目で捉えし、ユノの人物像。それと、ユノ・エクレールという人物について、知る限りの情報を俺に提供してくれませんか?」
心からの訴えは、しっかりと伝えられたと思う。その手応えに口を噤み、主人公アレウスは返答を待った。
それらを一通りと耳にしたトーポ。質問からしばらくと間を置き、こちらの様相をうかがってくる。その横線のような目からは、まるで何かを試すかのような、挑戦的な力を感じ取れた気がした。
……場の空気が肩に圧し掛かる。じっと見つめ続けるこの視線を受け続け、トーポは首を傾げて、どこか申し訳無さそうにそのセリフを口にしたのだ。
「率直に言おう。アレウス・ブレイヴァリー、その質問はあまり関心しないね。それはユノちゃんのためにも、それと君のためにも、それでいて僕のためにも、その個人に関することを赤の他人がべらべらと語ることは断じてよろしくない。それは、この僕はユノ・エクレールという人物を語るに相応しくないということでね。つまり、赤の他人である個人の情報を容易に開示することはできないということだ。……陰を伝って広まる言葉は、その発生源や信憑性とは裏腹に多大な影響を及ぼすというものだ。いいかい、よく聞いておきなさい。それが信用ならない内容であればあるほど、その内容に興味が惹かれるというものだ。それは果たして、本当なのか、嘘なのか。真実か虚実かの判断ができないからこそ、人々はそれを突き止めるべく、信じ、疑い、思い込む。ユノちゃんのように、人々は未知という事象に弱くて、魅了されてしまう。その正体が分からなければ分からないほど、自己で補完し、勝手に納得してしまうんだ。――ユノちゃんもまた、アレウス・ブレイヴァリーにとって未知を伴う人物だ。で、あるために、僕から言えることはただこれだけ。それは……ユノちゃんは、とても元気で面白くて、優しさと麗しさを兼ね揃え、様々な人々を受け入れる寛容な心の持ち主である、ということ。そのありとあらゆるを兼ね揃えた彼女は、誰しもが安らぎを求めし心を照らす太陽である。ということのみ。まぁ言ってしまえば、警戒心を微塵にも持たぬ尻軽女、とでも言えるかな。悪意に満ちている表現ではあるが、それもまた事実。あとは、その実力も語らないには惜しいものだ。一人で随分と長らく旅をしてきただけはあり、彼女のキャリアは並の熟練冒険者を大いに上回るほどにまで積まれているものだろう。独自に習得したそれら技術や戦術は、召喚士としてかなりレベルが高い部類のものであると思うよ。彼女自身も、私は未知を求める冒険をしていたいのに、戦闘を職業とする騎士や傭兵の諸君からは何度断ろうともしつこくスカウトされる機会も少なくはないと愚痴っぽく口にしていた。まぁ、それだけユノ・エクレールという人物は素晴らしい人材さ。信用に足る女の子だから、アレウス・ブレイヴァリーはこれからも何の気兼ねも無く彼女が巻き起こす旋風と荒波にもまれながら着実と手早く経験を積んでいけばいい。ってところかな。僕から言える、ユノ・エクレールという人物の情報提供は、たったこれだけさ」
悪戯っぽく言い切ったトーポは、そう言って膝の上の分厚い本へと目を移してしまった。質問の終わりを合図する行動だった。
……これで終わりなのか。想像とは反するトーポからの返答に、主人公アレウスはガッカリ半分、反省半分といった具合に口ごもってしまう。まぁ、そうだよなと。ユノには悪いことをしてしまったなと。道徳的な意味合いで鑑みて、これ以上と言葉を口にすることにも抵抗感が湧き上がってしまった。
――と、その時だった。不意を突くよう、ふと顔を上げてきたトーポ。眼鏡を直す仕草を交え、同時にしてレンズを光らせるエフェクトを発しながら、彼はこうセリフを続けてきたのだ。
「という返答も、なんだか味気無いものだろう? さっきも言ったろう、もっとわがままを貫き通してもいいんだ、って。これで素直に引っ込まれてしまっては、張り合いがなくて何ともつまらないな。僕としては、せっかくと君らに義理を尽くせるこの上ない機会なのさ。それを、こんな薄味で仕上げるだなんて我ながらあまりにも素っ気無さすぎる。僕も、君も、少々と物足りないと思っていたところなんだ。互いに同じ感想を抱いている。だったら、ここで一つ仕切り直そうじゃないか。――僕は、魔導士だ。同時にして、周りはまぁそこから上手くもじって、僕のことをこう呼んでいた。非道士のトーポ、ってね。若い頃の、ヤンチャをしていた頃の僕のあだ名さ。非道と呼ばれるだけあって、僕は皆の嫌がることに全力を尽くしていた。それが楽しかったんだ。それに快感を得ていた。嬉しかったんだ。どこか物足りなかったんだ。そしてもっと求めたんだ。抑え切れない僕のワクワクは、皆の不快感へと繋がる。これほどまでに面白可笑しいことなんて果たして他にあるだろうか?? ……ふふっ。そんな僕が今更、そんな律儀に人道を守るとでも? プライバシー云々を忠実に守るとでも? それは無いね。断じて。僕が護るのは、風国という心から愛する地と、それに携わる関係者のみ。あぁいいね。やっぱりこれこそが生きている実感がするよ。いいだろう。それじゃあ僕は、この義理を果たすつもりでユノ・エクレールという人物のプライバシーを開示しようじゃないか。……じゃあ、先の『魔族』の件と同様に、こっそりと、ね?」
トーポは最高に楽しそうだった。この上ない快感に小躍りしながらこちらへと顔を近付けてくる。……色々と引っ掛かる思いはあったが、主人公アレウスは彼の言う事を聞いてこっそりと耳を近付けた。
こそこそと話しをする前に、共にして周囲を確認した。そこに人影が見えないことから、少しばかりといかがわしき気持ちを抱きながらトーポの返答へと耳を傾けていく……。
「と、意気込んだはいいものの。その実は、僕自身としてもユノ・エクレールという人物のことをよく知らないんだ。彼女の強さは一体、どこから来ているのか。彼女の素性、彼女の多彩な才能、彼女の経歴といったありとあらゆるユノちゃんを、この僕は全くと言っていいほど知らない。というのもね、僕としては、彼女という人物のことをこれ以上と知ろうとは思えなかったからなんだ。では、なぜ僕はユノ・エクレールという人物を知ろうとは思えなかったのか。それはね……一種の、自己防衛とでも言えるか。"彼女という存在をあまり詳しく知らないでいた方が、きっと僕の身のためになる"、と、そう直感が訴え掛けてきたんだ。僕は彼女について調べ始めてすぐ、その追求をぐっと留めた。そう、僕はユノ・エクレールという世間知らずの死に急ぎ箱入り娘との関わりを最小限に抑えようと思えたんだ。……何故だと思う? いいかい、アレウス・ブレイヴァリー。彼女と関係を持ってしまった以上は、飽くまでも仲間という関係性を維持するべきだ。くれぐれも、それ以上と、それ以下の関係になってしまってはならないよ。というのもね、それ以上となることは君がいくら望もうとも決して叶わないし。それ以下となってしまったら最悪、君は破滅を招き入れる。それは、彼女の機嫌一つ次第で、君は社会的に始末されかねないからだ。――これからは、君はユノ・エクレールの顔色をうかがいながら旅をすることになるだろう。これは幸か不幸か、君には誰もが目を見張る不可思議な何かが放たれている。その、形容し難き不可思議な何かこそが、すなわち我々が知る由も無い、未知、なんだ。彼女は、それに興味を示している。その未知を手放すまいと、彼女は君をキープしているに過ぎないんだ。彼女は、君の私物化を望んでいるとも解釈できるね。そこから導き出される最適解。……アレウス・ブレイヴァリー。もしも、その未知をしっかりと認識して理解して把握しているのであれば、君はその正体を彼女に一切明かさないことだ。その未知を何としてでも死守し、彼女に君を飽きさせないようにすることが、今後の君の、この世界での在り方を定めることだろう」
言い知れぬ不穏が、強風に乗せられて二人の間を通り抜けた。周囲に広がる無音が、主人公アレウスの鼓動をより響かせる。
悪戯っぽい表情を見せたトーポ。眼鏡をくいっと上げて、顔を離しながらセリフを続けてきた。
「…………いまいちとハッキリしない内容ですまないね。これが、僕が今持ち合わせている情報の全てだ。そして、これ以上もの開示は期待しないでくれ。正直な話、僕はあまり彼女と関わりたくない。というのも、ユノちゃんは君のように自分のことをまるで自覚していない。彼女は自身が背負いし運命の重みを全く認識していないために、そのマイペースな行動力が引き起こす無知からなる想定外の事態がとにかく恐ろしいんだ。彼女に迫られるなんて以ての外、面白い話の一つをするだけでも言い知れぬ緊張に追われる。僕は、この徐々と年老いてきた身体に短命を促進するような事態を引き起こすあの存在感を、極まりなく不快に思っている。おっと、不快は言い過ぎたかな。不愉快……いや、厄介…………心臓に悪い、と思っている。ということで、この話は一度切り上げようか。正直、ちょっと疲れてしまったよ。気持ち的に」
そう言って、トーポは膝の上の分厚い本を閉じて立ち上がった。
そのセリフにお礼の言葉を掛けて一礼をした主人公アレウス。隣のミントも律儀に礼をして、トーポはそれに仕草で応える。穏やかな様子を依然として崩すこともなく、トーポは疲れを一切見せないままここから立ち去ろうとした。が、その直前にも、ミントへと振り向いては次は少女の要望を叶えようと宣言し、少女への義理を果たす約束を交わして、トーポは何処とも無く絶崖エリアから姿を消したのだった。
……最後の質問。NPCに関することで更なる謎が深まった。それに頭を傾げて悩み始めた主人公アレウスではあったが、それと同時にして一気に開けた視界に、イベントの終了を実感して一気に自由を得られた気分となった。
すぐにも、この場からの移動を開始した。ナビゲーターのミントを率いて、主人公アレウスは宛ても無く歩き出す。その足は無意識にも、昼食を求めて"彼女"が配置されている食堂へと向かっていた――――
【~次回に続く~】




