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ザ・ゲームワールド  作者: 祐。
二章
34/368

親密度イベント:赤っ鼻のワタシ達

「……ん。なんだ、あれ?」


 多大の漂流物が水中を漂流する中。俺は滝つぼの付近で、ある紅い光を目撃する。

 点とした僅かなものであったが、濁った水中という視界不良なステージの中で。その輝きを失せることも尽かすことも無く、まるで落し物がありますよとサインを送ってくるかのような主張っぷりのそれ。


 俺はその紅い光に魅せられたことによって、瀕死という危機的状況下の中でも、ついその好奇心を湧き上がらせてしまった。


「――ブハァッ!! ハァッ……ミント! ちょっと。ちょっと、俺。滝つぼの周辺まで潜ろうかと思ってるんだが……! あの滝つぼの周辺って、もしかしなくとも危険だったりするのか?」


 そもそも、滝つぼへの接近自体が至極危険なものなのだが。まぁ、ここはゲームの世界だ。ある程度のものであれば見逃してくれるだろう。

 

 濁った水を飲み込みながら。俺は漂流物の上に座り込んで休憩を挟んでいたミントへ尋ねる。

 俺の声に反応して振り向かせた視線。折り曲げた両膝を抱えるように座り込み、その疲れ切った表情を浮かべながら。ミントは俺の真後ろで轟々と音を立てている滝を見据えて、その眼差しでスキャンを開始する。


「滝つぼの周辺。ですね、スキャン――完了。はい、それで、このエリアにおけるシステムの確認でありましたね。そちらについてなのですが……はい、特段問題は見当たりませんでした。と言いますのも、そちらの滝つぼには特殊なフラグが張り巡らされており、その条件を満たすまでは滝つぼ本体への侵入どころか接近さえも許可されません。その条件というものですが……こちらは、中盤以降に受注可能なクエストにて解禁されるものですね。よって、滝つぼへの接近を図ったところで、不可視なバリアに弾かれてしまうのみでしょう」


「ほ、ほんとだな……? ほんとに滝つぼへ接近するぞ……?」


 ナビゲーターであるミントが危険の可能性を否定しているものの、やはり滝つぼへの接近を図るだなんて恐怖以外の何ものでもないだろう。

 これで滝つぼに飲み込まれてしまったら、それこそ絶体絶命だからな。


 ……というか、今。ミント、滝つぼへの侵入とか言ってたよな――


「ハァーッ、プッ――」


 大きく息を吸い込んだ俺は、その勢いのまま威勢良く水中へ潜り込む。

 濁った水中はまた泳ぎにくく、正直なところ、生命線であるこの息が浮上までに続くかどうかは全くもってわからなかった。


 だが、そんな俺の心配は不要だった。

 自分で思っていた以上に、自身の泳ぐスピードはとても速いものであった。その速度を保ちながら俺は紅い光を放つそれへと近付いていく。


 水底付近。滝つぼの根元。想像し得ない未知なるエリアへと続く滝つぼの根元に到着した俺は、そこで沈殿していた紅い光の正体を摘み上げる。

 なんだこれは。濁った水中では詳しく確認できなかったため、俺は急ぎで浮上して水面から顔を出すなり大声でミントへ報告をした。


「ブハァッ――!! ハァ――ァ、ハァ……ッ!! ぁぁ、はぁ……はぁ。ミント。ミント! 見てくれっ! ハァ――ッ。なんか。なんか、よくわからんものを拾った!」


「えっ……?」


 まぁ、そんなこと言われたってよくわからんわな。

 困惑を浮かべるミントの元へと泳いだ俺は、彼女が座っている漂流物の巨大な円形のテーブルに乗り掛かって力無く座り込む。

 やっとのことで得た休息と同時に。俺は拾い上げてきたその紅い物体を取り出して、恐怖に打ち勝った証拠の品として自慢げにミントへ見せた。


 そんなミントは俺の手元のそれを見るなり、まるで想像し得ない不可解な物を見る目でその紅い物体を眺める。


「これは……?」


 大きさは、親指と人差し指でギリギリ持ち上げられるほどのもの。その外見は、まるでお手本のように乱れの無い綺麗な球形で。この様子には赤色の透明なガラス玉を思わせられる。

 だが、その触感は弾力を持っており。例えるのであれば、肉質と肌質を持つ生き物の一部のような、生々しい質感と温もりを帯びていた。


 決死の覚悟で拾い上げてきておいてアレなのだが……この物体。触れば触るほど、気持ち悪い。

 終いには、見た目と合わぬこの触感に吐き気まで催してしまう始末。というか、これに触れているだけで何かに呪われそうだ。そんな直感というか、予感を思わせる得体の知れない物体を俺は摘み上げながらミントに見せていて――


「判断できました。ご主人様。こちらは『ナーゾ・チェルヴァ』と設定されております頭装備でございます。別名として、『鼻血家(はなぢか)』という文字でシステムに登録されておられますが……その用途や詳細までは、詳しく調べることができません。こちらはワタシのまだまだ及ばぬ未熟な技量以前の問題であり、そもそものシステムとして、こちらの頭装備には詳細となる設定が組み込まれていないという可能性も浮上してきますね。もしかしたら、これからご主人様が築き上げていく世界観の過程にて、その正体が定まっていくものかと思われますが……。それにしても……これは一体、何を意味しているのでしょうか……?」


 ナーゾ・チェルヴァ。なるほど、確かにその名前の通りに謎だ。

 別名の方もまた、鼻血家という適当さ。だいたい、アイテムの名前が鼻血ってなんなんだよ。


 ……待て。ミント、これについて今、頭装備って言ってなかったか――?


「どれどれ……ぬぉっ――」


 ミントの言葉をそのままの意味で受け取り、俺は興味本位でその球体を頭に装備してみる。

 すると、なんということか。その気持ち悪い赤の球体がまるで吸い込まれていくかのように、なんと俺の鼻にジャストフィットしてしまったのだ。


 今の俺の様子は正に、赤鼻の鹿のよう。

 チャームポイントなのかおバカな見た目なのかが、またなんとも言えないこのネタ装備。そんな俺の間抜けな様子に、目の前でそれを見ていたミントは思わず――


「…………っ。ぷ……ぷふっ――」


 仕えているご主人様の間抜けな姿を目撃し、まずいと焦って瞬時に目を逸らす。

 この様子を見るに、ミントは内なる感情にとても耐え切れていなかった。

 

「ミント。今、笑っただろ?」


「い、いえっ……! そんなっ。気のせいでぷふぅっ――!!」


 敢えて逸らしていた視線を向けるなり、とうとう盛大に噴き出したミント。

 ごめんなさい。と、謝罪の言葉をひたすら連呼しながらも。ミントには珍しく、彼女はその目に涙を浮かべながらけらけらと笑い続けていた。

 余程、この俺の間抜けな面が気に入ったのだろうか。にしても、俺としては笑い者にされるのはあまり本意ではないものだが……まぁミントが相手であれば悪い気はしないものだ。


 ……にしても。ミント、また可愛い表情を浮かべながら笑うんだな。天真爛漫にキャッキャと笑うその顔を見るのは初めてかもしれない。


「なんだよーミント。そんなに俺のことを笑うようであれば……この赤っ鼻、ミントにも付けちゃうぞー?」


「えっ! い、いえっ! ワタシは遠慮いたしますっ! こ、このミント・ティー、装備は常に現在の一式で十分間に合っておりますので……っ!」


「なんだよー、ノリが悪いなぁ。ほらほら」


「い、いや~っ! ご主人様ぁっ!」


 なんだかんだで嬉しそう。

 いつもの控えめな表情とは打って変わって、無邪気な女の子の顔を浮かべながら。俺の無理矢理な装着にミントは嫌がるフリをしながらも、遊戯程度の抵抗で俺に赤鼻を装備させられたことにとても喜んでいた。


「ご、ご主人様っ……そんなにまじまじと眺めないでくださいっ……! こんなワタシのあられもない姿をご覧になられても、ご主人様が得られるものなど何もございませんのでっ……!」


 鹿のような赤鼻を装着したミント。

 冷涼感のある真面目な少女を思わせる顔に取り付けられた、その立派な球体に。

 あまりの羞恥によって、ミントはその赤鼻にも負けじと劣らないほどに、その顔を真っ赤に染めていた。


 ……なんだろう。俺のように、全く間抜けに見えない。

 それどころか、この恥ずかしがっている様子を含めて、こうしていつまでも眺めていられるような気がする――


「……ご主人様の行いによって、このミント・ティー、顔から火が吹き出てしまいそうです……っ」


 そう言わずとも。ミントの顔は、既に火の如く真っ赤だ。

 そんなホットなミント・ティーは、それでもと言葉を零して口をパクパクとさせた後、一息をおいてから再び話を続け出す。


「……ですが、こうした一面をお互いにさらけ出すというのも、なんだか悪くはありませんねっ……。しかし……ご主人様はどうしてか、ワタシにこういった不思議な気持ちを、度々と抱かせてこられます。その度にワタシは……何故かこの胸が熱くなってしまう現象に苛まれ、そして、こちらをキッカケとすることで、ご主人様はワタシにある心情の把握を促してまいりました」


 顔を真っ赤にしながら無邪気に笑うその様相から一変して。

 ミントは冷涼感のある、いつもの控えめで真面目な表情を浮かべながら。それでも赤鼻による羞恥で顔を赤に染めて、もじもじとどこか恥ずかしがる様子を見せながら言葉を続けていく。


「……それは、ご主人様は、この形容し難い感情をワタシに与えることで、このミント・ティーを迷わせ惑わせるというもの。しかし、それはワタシを困らせる類のものではなく、優しさによる温もりで、このワタシを温情で包み込もうとする類のもの……。こんな温もりを与えられてしまっては、このままではワタシ、この温もりに心地を覚えてしまい、時折ナビゲーターとしての役割がままならなくなってしまう場面を増やしてしまうこととなってしまいます。……ワタシの知らぬ感情を抱かせることで、このミント・ティーの使命を妨害してくるだなんて……ご主人様は、なんて意地悪なお方なのでしょう……っ」


 

 顔を赤らめながら、自身の内なる感情の困惑を告白するミント。

 それは、外部から受ける優しさによって生じた、人情という自身の知らぬ温もりの心地良さによるもの。

 ミントは、喜びという感情を知らなかった。しかし、そんな得体の知れないそれを認識させられたことによって、ミントはこの役目に支障をきたしてしまうと言い出したのだ。


 ……これでは、喜びという心地の良い温もりの方へとばかり思考を傾けてしまい、本来のナビゲートという自身に定められた目的を忘れてしまいそうになるから。と――


「……赤っ鼻のワタシ達。……また一つ、ご主人様との感情の共有を交わしたことによって。このミント・ティーの脳には、新たにまた一つの場面が記録されました」


 真面目で控えめなその表情のまま。自身の知り得ぬ感情に心が揺さぶられたことによって。

 その方法を知らない現状であるにも関わらず、ミントは無意識にもその温かな笑顔を浮かべて微笑んでいた――――

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