拠点エリア:風国 ③【心躍る甘酸っぱい空間】 7562字
二人の少女の姿がそこに存在していた。
先の戦争、メインシナリオ:対『魔族』迎撃作戦における功労者として賞褒を受けた、少年もとい少女のNPC:水飛沫泡沫。愛想の欠片も感じさせないほどにクールである少年もとい少女が見つめるその目線の先には、もう一人の少女ことNPC:バーダユシチャヤ=ズヴェズダー・ウパーリチ・スリェッタが存在していた。目の前の少女をじっと見つめながら男らしく座る水飛沫ことミズキの一方で、共に座り込むバーダユシチャヤは薄浅葱の釜を大事そうに抱えながら、えらく顔を真っ赤にしながら正座で俯いていたものだった。
これから何かが起きる。その予測が的中するかのように、直にも二人に動きが見られた。
風が吹くこの空間、穏やかでありながらも肌に擦りつけるような強い風の中にて。長髪をなびかせる二人の少女が起こすそのイベントを、主人公アレウスとミントは遠目で観覧した。
……向き合う形で共に座り込む二人。少女らの間に流れていたのは、一切もの音も生じない沈黙の空気のみ。周囲では風がひゅうひゅうと音を立てる環境音が響き渡っていたものだったが、このイベントに飛び込んだが最後、画面の移り変わりと同時にして、それらが一切と生じない無の空間が広がり出す。
じっと見つめるミズキと、俯いたままのバーダユシチャヤ。少女らに流れる空気はどこか堅苦しかった。圧し掛かる空気で肩が凝りそうになる。その気を紛らわすためにバーダユシチャヤはその輪郭からはみ出た黒縁の眼鏡の位置を直す仕草を交えて間を保ち、そんな少女の様子を、ミズキはただただじっと見つめるばかりだった。
直にも、ミズキから尋ね掛けてきた。眼前の少女が切り出すのを待っていたのだろう。しかし、一向と口を開かずに俯いてばかりで、むしろ目線も合わせようとしないバーダユシチャヤが気掛かりとなったのか。その顔を覗き込むように、ミズキはそう尋ねてきたのだ。
「それで、話ってなに? 用が無いのなら、おれはもう行くよ」
覗き込むミズキの瞳。赤みがくすんだ茶色の瞳が少女の顔を捉えると、それに堪らずと驚いたバーダユシチャヤは突然と慌てふためいて気を動転とさせる。
同時に、身振り手振りで"彼"へ必死に働き掛け始めた少女。言葉にならない声と忙しい手の動きに、ミズキはピタッと動きを止めて様子をうかがい出した。再びじっと見つめる。いや、用件を待っている。だが、それとは一方にしてバーダユシチャヤはパニックを起こしていてそれどころではなかったものだった。
……微妙な空気が流れ出す。ミズキはもう、この場から動き出したかったのかもしれない。そして、一向に話を切り出せないバーダユシチャヤから放たれるもどかしき空気が、この空間により停滞を生む。負のサイクルが完成していた。これ以上もの進展も、とても見られそうにない。
バーダユシチャヤの動けないその状況に思わず、助け船として馳せ参じようとこの足を一歩踏み出した主人公アレウス。だが、その時にもバーダユシチャヤは突然と顔を上げたのだ。先までの慌てようとは打って変わった、意を決したような、真っ直ぐな眼差しで。
「……の。えっと。……お話が、あります。……とても、大事な、話です……。あ、ミズシブキ君にとって、とても大事な話、です……! ――あの。あの時は、ありがとう、ございました。あ、えっと……あの時というのは、戦争、の時のことっで。……えっと、その。あ、ウチはその時のお礼を、ミズシブキ君にしたいなって、その、思っていたから。……あの、だから。その……時間を。あ、少しだけ。今だけ、少しだけ、時間は空いております、でしょうか…………」
あまりものぎこちなさに、もどかしささえ感じてしまう。目が泳いで泳いでまるで落ち着かないバーダユシチャヤの喋り方は、とても不安定だった。しかし、同時にして応援したくなってしまうのだ。少女は今、目の前と向き合っている。中々に踏み出せなかったその一歩を今、少女は踏み出しているその最中だったから。
……だったら、その様子を温かく見守ることが、勇気を振り絞って必死にその言葉を伝える少女に対する礼儀でもあるだろう。バーダユシチャヤは今正に自分と戦っている。己と戦い、何かに打ち勝とうとしている。少女の瞳には、勇敢なる魂の炎が揺らめいていた。その内側に燃やす水縹の輝きが、バーダユシチャヤの魂から解き放たれていたのだ。
ミズキもまた、それを感じ取ったのだろう。少女が喋るその間も全く微動だにせず、真っ向から向き合い続けていた。じっと見つめるミズキの瞳は、とても穏やかだった。
相対する"彼"に安心感を覚えたのだろうバーダユシチャヤ。ふぅっと息を吸って吐いて、落ち着きを取り戻して。一つ頷いてから、薄浅葱の釜を抱える両腕にぐっと力を入れて、セリフの続きを口にしたのだ。
「……ウチ、いつもミズシブキ君に支えられてばかりで……でも、ウチはミズシブキ君に何もしてあげられなくて……。その度に、ウチは後悔するばかり。……こうして距離は近くにいるのに、何だかミズシブキ君がとても遠い存在のように思えてきて……そして、何もできない自分のことを、責めてばかりだった。……でも、それでもウチはミズシブキ君の支えになりたい。戦争の時に、それを強く思った。だから……ミズシブキ君。……少しだけ、ウチに時間をください。ウチは、ミズシブキ君のためになることを、これからしたいから…………」
「あの時、バーダがいなければ間違いなくおれは死んでいた。最初は避難もせずに何故かついてくるその姿に苛立っていたけど、あれはおれの考えが安直だっただけだ。バーダの可能性を信じることができなかった。おれは一人で戦っていると思い込んでいた。けど、それは違ったことをあの戦いで十分と思い知らされたんだ。――おれはバーダを信じる。だから、バーダがおれを支えると言うのであれば、おれはバーダに支えられることを望むよ。やることはあるけれど、バーダに支えられる程度の時間はある。それで、バーダはおれに何をしてくれるんだ? 何せ、あの時に形勢逆転の一手を召喚したバーダの支えなんだ。おれはそれに、とても期待をしている。楽しみにしているよ」
ミズキのセリフに、バーダユシチャヤは顔を真っ赤に赤らめた。が、すぐにも首を横に振り出すことで頭のてっぺんに上った思いをすぐさまと断ち切り。再びを改めた表情を見せた少女は、抱えていた薄浅葱の釜をドカッと置いてそのセリフを口にしたのだ。
「……ミズシブキ君のトレードマークを、錬金します……!」
そのセリフに、ミズキは呆気にとられた表情を見せた。
それでいて、既に気持ちが定まっている少女はもう止まることを忘却していた。そんな"彼"にお構いなしと釜から飛沫を上げる液体を生み出してから、バーダユシチャヤは自身の周辺に置いてあった作業道具や医療器具といった目についた物を端から拾い上げては、ありったけに釜へとぶち込み始めたのだ。
突然見せたバーダユシチャヤの機敏な動作に、思わずと後ずさったミズキ。一方に、バーダユシチャヤは次から次へと釜に物を注ぎ込んでいっては、直で釜に右腕を突っ込んで豪快に掻き混ぜ始めていく。
あらゆる物が投入された危険な釜の中身。手を入れただけで傷だらけになってしまいそうなそれを、躊躇も見せずひたすらに掻き混ぜ続けるバーダユシチャヤ。中からは液体の混ざる音とガラガラと物がぶつかり合う音が響き渡る。混ぜる勢いが強いことから飛沫が上がって周囲へと飛び散って。同じく釜の中身を気にしていたのだろうミズキは何かを悟ったのか、堪らずと距離を置いてしまう始末。
そんな"彼"のドン引いた様子に目もくれず、バーダユシチャヤは混ぜ合わせるその動作中にも一心不乱となった想いをその勢いだからこそと叫ぶように唐突に打ち明け始めたのだ。
「ウチは今、すごく生きている実感がする……!! それは、こうして想いに馳せる大切な人が存在していて。ウチはそれにワクワクすることができて……ドキドキすることができる……! 大切な人のためにできることがあるって分かってから、ウチはこの一日一日の過ぎ去る時間の一分一秒がとても愛おしく思えてきたの。でも、過ぎ去る時間が自然と流れ往くのを感じると、すごく悲しい気持ちになったりもする。ウチはこの一分、一秒、その時を大事に生きていきたい……! ――これまで、ただ時間を潰すために本を読んできていた前までのウチを叱りたい……! もっと。もっと、もっとやるべきことがあったでしょうって! ウチが、こうして本当にやりたいと思えることに時間を使うべきだったんだって。ただ悲しんでばかりで、嫌がってばかりだったウチは、時間が過ぎ去ることだけを望んでいた……! でも、違う。時間は有限なんだって! こうして、大切な人のために尽くせる時間は限られているの! 一緒に居る時ただその時だけじゃない。時間自体は、次に会う時、その次に会う時、その次の次に会う時。この先にも、心が躍って、その時が本当に楽しくって、ずっと、ずっとその時間を過ごし続けたいと思える時間が訪れる。でも! そんな幸せな時間も、いつかは必ず終わってしまう……! ウチはその、終わってしまう、という言葉の意味をあの戦争で理解した……! ミズシブキ君が死んでしまうかもしれない。ミズシブキ君と過ごすことができる時間が終わってしまうかもしれない。その瞬間と出会ったから、ウチは分かったの……! こうしてドキドキできるのも、ワクワクすることができるのも。全部、全部、生きているから。生きているからこそできるんだって! だから、ウチはこの生きている時間を大切にしていきたい! ウチはこの大切にする時間の中で、大切だと思う人に尽くしていきたいと思ったの……!!」
どこか弱々しい調子でありながらも、その芯を保ち大事にするバーダユシチャヤの想いがそのセリフにしっかりと込められていた。
次第に涙を流し始めた少女。釜の中を掻き混ぜながら雫を零し、その雫が釜の中へと落ちていくその度に淡い光が天へと上る。それがポロポロと零れて光が絶え間無くと差し始めて。その光に少女の顔のみが飲み込まれては消え失せる光で再び顔を出してを繰り返して。その間にも想いをぶちまけていくセリフを続けていく少女の弱々しい声音。その声音ごと飲み込む強い光が何度も何度も天へと上り続けて少女の顔を飲み込んでいく。
……なんというか、すごい絵面だった。一言で言ってしまえば、シュール。少女の成長が垣間見える重要なシーンではあったのだが。なんというか、その光景というものがまた、言葉にし得ない複雑な心境にさせるどこか可笑しなシーンであったものだった。
少女の動作はエスカレート。掻き混ぜていた右腕を引っこ抜き、その釜を抱き締めてはすぐさまと縦に振り始めたのだ。
釜の中身が一気に飛び散り出す。淡い青色の飛沫が周囲へと、少女へと降り掛かるその中で、バーダユシチャヤはその想いを更にぶちまけていたものだった。……尤も、釜を混ぜる音と、涙が零れる度に天へと上る光の効果音が合わさることによって、少女のセリフが一切と聞こえなかったものだったが。
その様には、さすがにミズキはドン引いてしまっていたものだった。口をあんぐりとさせて、ただただ少女の様子を眺めていくばかり。あのクールなミズキが呆気にとられるというシチュエーションは今までに見た事もなかった。つまり、今目の前で繰り広げられている光景は正に、想像を絶するものであったということだった。
……バーダユシチャヤは自分の世界に入り浸ってしまっていた。何か言いながら釜を縦に振って光を放出させるそんな少女へとミズキは声を掛けるのだが、その"彼"の投げ掛けも虚しくと空を切る……。
「バーダ。バーダ……もういいよ。よくわからないけど、もうなんかいいよ。気持ちはよく分かったよ。だから、もういいよ。止まろう。休もう。落ち着こう。そのままじゃあ、バーダ、なんだか怖いから――」
「ミズシブキ君に支えられてばかりだったから!! ウチはミズシブキ君がいないと何もできなかったから!! でも、そんなミズシブキ君にも支えになる物があった!! あのミズシブキ君を支えてくれていた大切な物!! それをウチが勝手に錬金に使っちゃって。ミズシブキ君に嫌われでもしちゃったらウチはもう生きてなんかいけない!! ウチは償わないといけない!! ウチがミズシブキ君の大切だった物を取り戻さないといけない!! じゃないと、ウチはミズシブキ君に嫌われちゃうから!! ミズシブキ君はウチを助けてくれたのに!! ウチはミズシブキ君のために何もできていなくって!! これじゃあウチはただの厄介者になっちゃうから!! ウチは絶対にこの錬金を成功させないと!! この錬金を成功させないと!! ミズシブキ君!! ミズシブキ君!! ミズシブキ君ミズシブキ君ミズシブキ君ミズシブキ君!!!!」
名前を挙げる毎に、釜を振る速度が段々と早まっていく。その挙句に、最後は"彼"の名前を連呼してしまったものだったから、もはや目の前のそれは錬金少女の暴走とも言い例えることもできるであろうほどの凄まじき光景を繰り広げたものだった。
止まらないバーダユシチャヤは、その錬金に全力を注いだ。激しく振り続ける釜からは光の栓が伸び始めた。黄金色の光源であるそれは、とても神々しい音を放っていた。
それが、発生源でもある振られる釜によってガクンガクンと揺れていたものだった。それは、一目で見ればただのバグであるとも判断できてしまうだろう。落ち着かない動きで目立つに目立った光の栓は天に達し、同時にして少女が抱えていた釜が薄浅葱色に輝き出したのだ。
その変化に思わずと動作を止めたバーダユシチャヤ。包まれた眩き光に目を晦ませる様子を見せ、次第にもその光に飲み込まれて姿を消してしまう。周囲へと放たれた光に飲み込まれたミズキもまた目を瞑り、その場に留まるままにその姿を消した。
真っ白となった画面が、ゆっくりと世界を映し出す。
……そこには、光に飲み込まれたはずのミズキの姿があった。瞑っていた目を、うかがうようにゆっくりと開いていく。おそるおそると開いた目は前方を微かに覗き込んで。それを確認するなり、ミズキはしっかりと目を開いては息を切らす少女を見つめた。息を切らし、汗をダラダラと流すその姿。厚着の服装からは熱がモヤモヤと浮き上がっており、少女の必死な様が容易にうかがえたものだった。
バーダユシチャヤは、右腕を釜の中へと突っ込んだ。中から液体の音を響かせて、少女はその手に伝う感触を吟味するようにゆっくりと右腕を引き上げていく。
――停滞した空間。続く沈黙が緊迫感を演出する。様子をうかがうミズキと、右腕を引き上げ続けるバーダユシチャヤ。その腕は直にも、釜から引き抜かれてその全容を晒していく。
……右腕の、その先。強く、強く握られた右手に握り締められていたのは……この目でよく見慣れた、あの白色のキャスケットだった。
それは、ミズキの私物であり。元々は、今も流している煉瓦色の長髪を隠すために被っていたミズキの男装アイテムでありトレードマークであるとも呼べるだろう水飛沫泡沫のファッションの一部分。ミズキはこの帽子を常に被っているイメージが根強いキャラクターであったために、今のような帽子の無い長髪のみの姿というのは至極珍しいものであった。この数日間とその帽子を身に付けていなかった要因が目の前で判明し、あぁそうかと主人公アレウスは静かに納得する。
当人であるミズキは、とても意外といった表情を見せていた。失った私物が、このような形で戻ってきたのだ。先までクールだったりドン引いたりしていた様相とはまた異なる顔を見せていたものだった。
そして、錬金が上手くいったと具合にバーダユシチャヤは達成感に溢れた表情を浮かべた。手に持つキャスケットに一つ頷いて、それを前方の"彼"に差し出したのだ。
それを確認し、ミズキは歩み寄った。手を伸ばし、差し出されたキャスケットを受け取る。
次に、少女の様子を確認する。未だに息を切らし、汗だくとなった姿で熱気をホカホカと浮かべているバーダユシチャヤ。そんな少女から催促の視線を受けて、ミズキは無言でそのキャスケットを被ったのだ……。
……長髪とキャスケット。クールな女の子にも見えなくもない中性的な容姿となった"少年"は、その被り心地にしっくりとくる柔らかい表情を見せた。帽子のつばで位置を探り、固定し、納得のいく位置にセットして。ミズキはふと笑みを見せながら、その期待を上回る少女の働きかけへと礼の言葉を投げ掛けたのだ。
「もう戻らないと思っていた。やっぱりこれがあると落ち着くよ。――その……ありがとう」
声音からして、とても言い慣れないといった具合のぎこちないお礼の言葉だった。だが、バーダユシチャヤにとっては十分過ぎる言葉だった。"少年"からのお礼に一瞬で顔を真っ赤にした少女は、続け様にプシューッと蒸気を噴き出して恥ずかしさのあまりに俯いてしまう。
そんなバーダユシチャヤの変化を目にして初めて、自身が口にした言葉の意味を理解したのだろうミズキ。顔を真っ赤にする少女を前に、ミズキもまた気恥ずかしそうに視線を逸らし始めては泳ぐ目が落ち着かなかったものだ。
そんな二人の様子を遠目で眺めていた主人公アレウスとミント。この、どこか甘酸っぱい空間に心が躍る感覚を覚えたものだったが、しかし、同時にして外部の人間が存在していても仕方が無いという空気を自然と悟り、動くタイミングも同時にして音も無く踵を返す主人公とナビゲーター。二人の姿を完全に視界から外し、その空間に少女らのみを残していく。
「さて、俺達はオーナー・トーポのいるエリアへと向かうとしようか。こなしてきたサブクエストの報告をして、今日のノルマを達成してしまおう」
「了解いたしました、ご主人様。このミント・ティー、ご主人様のご意向に賛成いたします」
二人で、微笑を零した。それは、共にしてなんだかちょっと照れくさいような心躍る気持ちを抱いたからかもしれない。
一通りのイベントを観覧し、用が済み次第にその地点からそそくさと離れた。イベントの発生源を避けるように遠回りをしながら上り坂へと向かい、さり気無くと通過した。
ああいったイベントもあるのだな。ミントと感想を残し合い、他愛もない会話を交わしながら。主人公アレウスはナビゲーターのミントを率いて、続くトーポとの次なるイベントへと顔を出していく――――
【~次回に続く~】




