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ザ・ゲームワールド  作者: 祐。
四章
331/368

巡り巡る運命の、一つの終着点 8713字

 クイックタイムイベントが終了し、巡る運命が辿り着くべき地点へと到達した。


 邪悪の煌きを見据える。今も加速するダークスネイクの大蛇の背に乗り、主人公アレウスは手に持つクリスタルブレードをより強く握り締め、胸に宿るブレイブ・ソウルを滾らせる。又、この大蛇に同行し、先の危機を救ってくれたラ・テュリプも、前方から降り注ぐ邪悪を火炎纏う二本の短刀で弾き返して主人公アレウスの身を守り抜いてくれていた。


 邪悪の猛攻を軽減してくれる彼女と、エリアボスへの接近を図るダークスネイクの大蛇。二人の協力を得て邪悪との距離を詰めていくその最中にも、この場に流れる行方の風向きをふと感じ取る。それは、数多のフラグの構築によって約束された、巡る運命の訪れを知らせる予感でもあった。

 もうすぐ……いや、この次にもきっと、特異的な存在による水縹(みはなだ)の輝きがあの邪悪の化身を照らし、新たな未来を築き上げる。絶対的な強固を誇る暴風を身に纏い、唯一の敗因であるこちらの接近を決死の想いで食い止めるエリアボスとの戦いに、終止符が打たれるのだ。


 それは、フラグという概念によって既に定まりし物語の行方。主人公アレウス・ブレイヴァリーという特異的な存在が仲間達と共に繋ぎ止めた、新たなる未来への架け橋。

 最終局面の幕引き。次に行うべき、メインクエストの総仕上げ。それは、今も接近を図るが、猛威を振るう邪悪を前にして更なる危険を伴う領域への突入に躊躇いを見せるダークスネイクの大蛇と。無限に降り注ぐ邪悪を前にサブウェポンの限界を以ってして、それでも最大限もの力を尽くすラ・テュリプという二人のNPCの力を借りることでようやくと成せる、最初で最後のコンビネーション。


 ダークスネイクとラ・テュリプという、今回のメインクエストにおけるキーパーソン達と力を合わせることで実現する究極の一手。最後の難関を突破する、その決着に相応しき最終手段を主人公アレウスが提案することによって。その瞬間にも固定されし巡る運命を引き連れた水縹の輝きは、最終局面の幕引きを実行したのだ――――




 漆黒の暴風に加えて眼前から降り注ぐ邪悪の総力。闇の弾が脇を通り抜け、環境生物の頭部がラ・テュリプに破壊され、地上から伸びる漆黒の柱が大蛇の行く先々に現れて進路を妨害し、誘導式の光線が的確な軌道を描いてこの身へと襲い掛かる。


 キリがない。あと少し、もう少しで暴風の防壁にブレイブ・ソウル:ブレイクをぶちかませると言うのに。邪悪の領域に侵入してからというもの、先までの疾走が完全に失速してしまったこの現状。しかし、同時として邪悪の総力もだいぶと弱まり始めていたことから、追い詰められた窮地でありながらも、目を離せるほどの猶予を挟むことができていたものだった。


 だからこそ、チャンスは今しかないと睨んだ。

 このチャンスを活かし、一気にエリアボスへの接近を可能とする手段を即座に探し始めた。思考し、周囲を探り、現状を考慮し、手に持つクリスタルブレード、次に視界へと入れたラ・テュリプの弓を目にして、思わずとそれを閃いてしまうのだ。


 いつの間にか持ち替えていた彼女の武器。弓を構え、火炎を纏った矢を射るその姿へとすかさず呼び掛けた。


「ルージュシェフ!! 俺をルージュシェフの矢に乗せて、"ヤツ"のもとへと思いっ切り撃ち込んでください!!」


 最初は聞き間違いと思ったらしい。

 暴風でなびかれる彼女のサイドテール。それを煩わしそうにしながら向けたこちらへの視線。よく聞き取れなかったと言わんばかりに聞き返してくるのだが、次の時にも聞き間違いと思っていた言葉そのものが呼び掛けの内容であることに気付いたらしく、ラ・テュリプは度肝を抜いたような声音で返してきた。


「や? っ矢!? ちょ、っと。矢?! あ、あたしの放った矢に、貴方が乗っていくとでも言うのっ!!? いくらなんでも、それは無茶というかっ。発想がおかしいよっ!! だって、矢に乗って相手との距離を詰めるって!!? …………それ、アリねっ!!!」


 危機的な状況下の中、ラ・テュリプはものすごく面白可笑しそうな表情を浮かべながらセリフを続けた。


「分かったよ、貴方の意向を呑むわっ! 全く、もう。これが童心というものかな。新米冒険者さんならではの、固定概念に囚われない可笑しな発想よ。なによ、あたしの矢に乗って行く? あたしの射る情熱の一撃は片道切符というわけ? ……なんて面白いことを言えるのだろう。そんな滅茶苦茶で破天荒な提案。それこそ、こんな場面でもないと思い付きもしないかも。――いいよ。それじゃあ、貴方の赴くがままに、あたしへ指示を頂戴っ!! 貴方があたしの矢に乗るように。あたしは貴方の提案に乗るわっ!!」


 彼女は、特異が起こす水縹の奇跡を信じた。


 柔らかな笑みを見せてそう言葉を口にし、ラ・テュリプはすかさずと前方の邪悪を見据えて弓を構え出す。飛行する大蛇の上。不安定な足場に加えて、漆黒の暴風や邪悪の猛攻といった様々な要素が彼女の一撃を妨害するのだが。しかし、それでも彼女は決して揺るがなかった。

 矢を番え、微動だにしない鍛えられた体幹を披露。その姿勢を維持し、弦を引き絞り、弓越しから邪悪との距離を測り、全ての条件を満たすと見なし、ラ・テュリプは踏ん張る低姿勢の状態で青年からの指示を待ち続ける。


 彼女の矢先から情熱の光が集束する様子を脇にして、主人公アレウスもまた彼女の傍を潜り抜けて大蛇の頭へと移動を終える。

 視界に捉えたエリアボスの姿。今もこの水縹の輝きを滅さんと、邪悪を駆使して迎撃を行う"ヤツ"を真っ直ぐと見つめ。この胸に意識を集中させ、自身の内側で溢れ出す魂の力を神経に巡らせて勇気を滾らせる。


 ――心配など不要だった。この心には、前をしっかりと捉えた勇気に満ち溢れていると実感したから。これまでと直面してきた絶望を乗り越えて。希望を託し、託されて。共に紡いできた勇敢なる魂(ブレイブ・ソウル)が織り成すこの前進に、主人公アレウスは巡る運命の行方を信じてゆっくりと歩き出した。




 青年の全身が、水縹の輝きで照らされる。この胸を中心にして、これまでと内側でその輝きを放っていた水縹が青年を護るオーラとなり、邪悪が引き起こした漆黒の暴風を僅かに晴らしていく。

 その輝きに感化されるように、次の時にも後方からは夥しいほどの存在感が鼓動を放ち始めた。それらは一眼となって水縹の輝きへと集い、青年を運ぶ大蛇と並び、その巨大な口を開いて青年からの指示を待つ。


 爬虫類の群れ。事象から呼び起こされし大蛇達は破壊の螺旋となって青年を囲んだ。

 彼もまた、最終局面の幕引きに全てを尽くしてくれた。余力を振り絞り、その夥しい大蛇の群れを以ってして駆け付けてくれたのだ。

 支えられている。幾度となくそれを実感した。そして、それをもう一度だけ、溢れんばかりの水縹に刻み込む……。


「ありがとう、ルージュシェフ。ありがとう、スネイク。……行こう。これで幕引きだ」


 胸にあてがった左手。言葉を終えると同時にして、左手で勇気を掴むようにぐっと握って決意を固める。

 覚悟が決まった。視線を上空の邪悪へと向け、手に持つクリスタルブレードを握り締め。恋情の如き熱情と、銀灰の蛇竜と共に、主人公アレウス・ブレイヴァリーはその一歩を踏み出した。




 そこは、漆黒の侵略が塗り替えた荒野とは異なる、魔の手も浄化される神聖なる緑の地。峰にそびえ立つ巨大な樹木には小鳥のさえずり、はためく虫、小型の動物が侵略を知ることもなく活動を行う。

 枝と樹木に腰を掛け、小鳥を人差し指に乗せていた彼はふと視線を遥か彼方へと向けた。空気の流れを悟ったのだろう、不意に訪れた変化に機敏と反応を示し、若葉色の中折れハットを右手で抑えながら彼方で展開される邪悪の侵蝕を見据える。


 驚いた小鳥が飛び立つ。周囲の生物も樹木から離れ出すその中で、彼方を眺める彼のみは何かに納得をするように小さく頷いていた。


「空虚となる器。近年稀に見る、常軌を逸した逸材だったが。ッフフ、またしても度肝を抜かされた。空虚から輝き出でる、水縹の光彩。そいつは、歴史を持たぬ魂の抜け殻とも表するべきか。だが、その外殻のみが意思を持ち地を歩む空洞の化身から、湧水のように無限なる勇気がもたらされる。――空白から燃え盛る淡い炎が、彼女の無垢の器に。燃え滾る、茜色の器に。毒に染まりし、藍色の器に。影を隠し光を放つ、琥珀色の器に炎を灯す。……奇奇怪怪だ。随分とまぁ、奇天烈なインパクトをボクに示してくれたものだ。七転び八起きを体現し、膨大な活力をおすそ分けする水縹の灯火。キミのような不可解に満ち溢れた存在も、割と嫌いじゃないかもしれない」


 中折れハットの位置を直し、その瞳に映る水縹を真っ直ぐと捉える。その彼方にて漆黒に覆い隠されたその姿をじっと見つめ、幕引きの瞬間も含め、彼はその視線をしばらくと離すことはなかった。


「……彼こそが、このボクに立ち塞がる最後の障壁とでも言うのか。――神様というものは、随分と残酷な運命を好むようだね。何せ、その淡い炎は皆の灯火。吹き消してしまえば、世は荒廃を招くことだろう。ッフフ。ボクに、この手を汚せと。この世界の希望を絶って、明日を手にしてみせろと。神様はそう仰るのかい?」


 葛藤が巡ってきた。脳裏で浮かぶ様々な想いを抑えるようにそう呟き、彼は暫しの時に渡って樹木の上で光景を眺め続けた――


「明日か、未来か。望むものを求めて競う日も、何れ訪れることだろう。勿論、ボクは明日を望むね。だから……その日に備え、もう少しだけキミを見定めさせてもらうとしよう。その勇敢なる水縹を宿せし、運命の申し子クン。ッフフ――――」




 溢れ出す水縹。眼前にて漆黒を晴らすその存在に、邪悪の化身は目を眩ませた。

 

 ――目の前が見えない。視界には確かに、蔓延る"それら"がのさばっているというのに。この手を伸ばし、望んだ先を見据えるが。その光景はまるで、暗転した真っ暗闇の暗黒世界を彷彿とさせる虚無の空間がただ広がるのみ。


 "彼"は悟った。自身は水縹の輝きに盲目となり、その暗闇で満たされた虚無の空間を彷徨い始めたのだと……。


「ッ……結局、こうなるってのかよ。……わからねェ。わからねェよ……。なんかもう、オレ、よくわからねェんだよ……ッッ!! こんな、独りで粘るだけ粘って。もがいて、足掻いて、苦しんで。んで、最後はこんなカッコ悪ィ結末を迎えてハイ終了ってこった……ッ!! んだよ、それ。ッんだよそれェッッ!!! あぁ! 目に見えて分かるぜ。虫食いの穴だらけとなった、腐敗して崩れ落ちるこの世の成れの果てがよォ!!! ――ったく。示しがつかねェな、これじゃァ」


 目にした事象とこの先の展開を予期し、その漆黒の図体が原型を崩し始める。

 生物を象る図体はドロドロと溶け出す。この時にも巡ってきた諦観の意が、これまでと辛抱し続けてきた意思を挫いた。

 それは、底の尽きた生命が灯す、最後の灯火。巡ってきたその運命を悟り、受け入れ、招き入れ。戦争の終幕を。最終局面の幕引きを。……終わりの時を、迎える。



 矢先に集束した紅の閃光は、瞬間に周囲へと一閃の光を迸らせる。チャージが完了したのだ。

 地上にいるダークスネイクもまた、大技を繰り出すために禍々しき独特なモーションでポージングを決め出し。それを合図に主人公アレウスの周囲へと並ぶ大蛇達は一点に集束して一つの巨大な群れを形成する。彼の全てを振り絞った、全力パワー。数え切れないほどの大蛇が一斉と口を開き、主人公アレウスを運ぶ大蛇越しから、エリアボスの姿へと照準を合わせた。


 ラ・テュリプの紅は、今にも放たれるその時を待ち望むように光を放つ。ダークスネイクの大蛇が、こちらの行動を待ち望む。

 準備が整った。頷きでラ・テュリプへと合図を送った主人公アレウスは、その瞬間にも大蛇の頭から飛び出して漆黒の暴風へと身を投げ出した。


 飛び出す水縹の輝き。その輝きを追う様に、青年を支える二人のNPCはエールと宣言を言い放った――


「その勇敢なる闘志に、心からの敬意を。恐怖という己を取り巻く心境を克服し、皆に希望という一筋の光を見せてくれたその水縹に武運を。あたしは、貴方という一人の人物と出会えて……なんだか、心から良かったと思えるよ。――行ってらっしゃい、アレウス・ブレイヴァリー君。どうか……あたし達の未来を、お願いっ!!! 弓スキル:(ジュテーム・ド)(ゥ・プリュプロ)(・フォン・ド)(ゥ・モン・クール)ッッ!!!」


「召喚・(我が内に宿りし信念)(の深遠を根城とする、)(魔の結界を伝い空間を)(無辺際と渡り獲物を)(残酷に喰らう純黒と)(銀灰の凶暴なる蛇竜)ッ!! 召喚士スキル:(それは、罪深き所業。)(それは、改心の余地無)(き醜き精神。それは、)(弱肉強食の世を知らし)(める無念を抱き。そし)(て、食物連鎖の名の下)(に成り立つ自然の摂理)(を悟りし一匹の蛇は、)(今日も醜悪且つ下劣な)(鼠を一匹残らず貪り尽)(くす復讐の輪廻を辿る)ッ!! ――我は所望す!! 眼前にて空間を蔓延り、終焉をもたらす魔の翼へと!! それは、我が蛇竜が漆黒の使いである邪気のあらゆるを喰らい尽くし。その水縹の輝きを、到達すべき一つの運命の終着点へと届けることをッッ!!! 存分に受け取れェ! 我が好敵手よッ!! こいつがァ、おいら達のォ、全力ゥ!! 全開のォ!! アルティメット・スペシャル・フルパワァァァァァァアアアアアッッ!!! リベンジ・オブ・ヒュドラァァァァァアッ!!!」


 ヒュドラの姿を覆い隠すほどに充満した毒ガスの塊。生成された猛毒は直にもぶくぶくと泡を吹き出し、次にも濃厚な毒ガスを噴出してエリアボスへと解き放つ。

 同時にして、集束した紅が撃ち放たれた。背にした紅の眩しき閃光がこの視界を覆うと、飛び出したこの身の、両足の真下を一直線の軌道を描いてエリアボスへと突き抜ける。


 水縹の輝きは、迸る紅の閃光の上に存在していた。僅かな足場に補強された恋情の如き熱を帯びたフィールド。それに乗り、放たれた猛毒と合流し。水縹の輝きを運ぶ紅と、勇気と破壊の三重螺旋が今、一つのスパイラルとなってエリアボス:生命ヲ蝕ム魔族ノ翼に立ち向かう。


 漂っていた邪悪の総力。闇の弾、魔の手、環境生物の頭部、闇の柱、生命エネルギーの光線その全てが降り掛かり、三重螺旋を消滅へと追いやる。

 しかし、分裂した猛毒のブレスがそれらを悉くと破壊し、相殺の爆発、邪悪と猛毒の衝突によって生じた爆煙の中を一直線と迸った紅。その揺らぐことの無い軌道は勢いを緩めぬまま、見事、乗せた水縹を邪悪の化身へと届けたのだ。


 二人の全力全開を受けて、皆の想いを背負って暴風の防壁と直面した主人公アレウス・ブレイヴァリー。紅に乗るその状態からブレイブ・ソウルを発動し、手に持つクリスタルブレードを構えてその欄から技を選択する。

 眼前へと迫った水縹に、邪悪の化身は大いに笑った。とうとうと迎えたその結末に、堪らずと溢れ出した感情のままに暫しと笑い続け。……そして、自身に巡りし運命に静かな笑みを零してから、おどろおどろしい声音で突如と喚き始め、そのセリフを残したのだ。


「っハハハ。ッハハハハ。アッハハハハ。ッハハハ!! ハッハハハ!!! アァーッハッハッハッハッ!!! アァァーッハッハハハハハハハハッッ!!! …………ァアアアァァァァアッッッ!!! あぁそうだな!! おい人類共ッ!! いいか!! よく聞いておけッ!! こいつはなァ。この戦いはなぁ。飽くまでも、始まりに過ぎねェんだよッ!! それも、ただの始まりじゃァねェ!! "てめェら"の、終わりの始まりさッ!! 何事もなァ、まず終わりから始まるんだよ! 何事も、終わりという一つの終焉を介することによって、新たな始まりを迎える! こいつはなァ、始まりの合図なのさ!! 新たな運命の始まり。"てめェら"という人類共の滅亡の始まりであり。新たな創世の始まりでもある! "てめェら"はな、所詮、新たな世の始まりを迎えるための、足掛かりに過ぎねェんだよ!! こいつぁ、まだまだ序の口だッ!! これからはなぁ…………オレなんかよりも、ずっと、ずっと強力な『魔族』魂が"てめェら"を滅ぼすべく襲来すっからよォ。だから……今回はその『魔族』の創世を見届けるための特等席。この世の新たな始まりを目撃することができる、歴史的瞬間の立ち合いを特別に許可した最前列チケットを"てめェら"に譲ってやる。この"オレら"を倒した褒美さ! この世に蔓延る害悪共。――そいつを握り締めて、再び『魔族』の戦争へと訪れろ。そん時にァ、"オレら"は、"てめェら"を手厚く歓迎してやるぜ…………」


 漆黒の暴風に充満する、邪悪と猛毒の相殺による爆煙。破壊のスパイラルが引き起こした毒々しき靄の中を迸る一筋の紅がスパイラルを突破し、彼の撒いた大技による猛毒を発症することで、その全力全開を共に引き連れた水縹の輝きは力を解放する。

 殺戮光線の突破と同時にして、眼前に捉えた目的をしっかりと見据えてクリスタルブレードを構える。邪悪を前に、自身の瞳にこの胸にて宿る勇敢なる炎を揺らめかせ。漲る活力を全身に纏い、光源を放ち、主人公アレウス・ブレイヴァリーは渾身の一撃となるスキルの名を宣言した――



「ブレイブ・ソウル:ブレイクッッ!!!」


 左手で刀身を隠し、握る手元から剣先へと左手をずらす。ゲーム世界に存在する魔力が付与される効果音を響かせて、バリバリと飛沫を散らして刀身にブレイブ・ソウルの特殊能力を付与していくことによって。その陰から姿を見せていく刀身に、水縹の光源が宿り始めるのだ。

 両手で力強く握り締めたクリスタルブレード。その剣へと全力を注ぐように持ち上げてから、紅の速度を纏ってエリアボスの真正面から突撃した。



 王手。接近を許した唯一の脅威を前にして、その純粋からなる邪悪は最後に言葉を残した。



「……すんません、ゾーキンの旦那。ごめん…………"皆"。オレぁ、ただの力不足でした。今も信じられねェっす。こうして直面している現実が嘘のようで、とても受け入れられません。……オレはもう、終わりです。オレも、この場で共に戦った"皆"と共に、その先で待っています。……だから。だから……最後に…………。――ぢぎじょオォオォォオォオオォッッ!!! ぢぎじょォオオオォオオォォォッ!!! このォ、畜生がァァァァァァァッ!!!! 畜生めがァアァァアアァアァッッ!!!」


 響き渡る断末魔と同時にして、その水縹は暴風の防壁を破壊した。

 無効化にされる暴風の防壁。絶対的な強固の盾を破られ、漆黒の暴風が止むと共にしてドロドロと溶け往く漆黒の図体を晴天に晒す。


 水縹を運び、邪悪を貫いた紅からは一人の青年が落ちた。

 振り抜いた剣。全力の末である前のめりのモーションで宙に投げ出される。今もその最中で、振り切るモーションはその持続を続けていた。


 その視線は、既に遠き地上へと向けられていた。宙で一回転し、邪悪を背にしながら主人公アレウスはゆっくり、ゆっくりと落ちていく。

 次の時にも、この背に伝った衝撃。それは、滞空する邪悪へと一斉に繰り出された集中砲火によって引き起こされた大爆発によるものであった。


 見なくても、分かった。今も、漆黒と鮮紅の稲妻が。不死鳥を象った火炎の矢が。神聖なる光が生成した数十もの槍が。怒涛の勢いで突撃する大蛇の大群が。この時を待ち望み、そして自身らの役割を遂行するため放たれた仲間達による、第二の全力全開が邪悪へと炸裂する。

 おどろおどろしい音の漆黒の大爆発が、フィールド:風国の上空で巻き起こった。この全世界を覆うように広がった漆黒の衝撃。それを背で受けて、それが"彼"の悲鳴に聞こえたような気がしなくもない感覚を覚える。


 同時に、実感が巡ってきた。それは、『魔族』というエネミー……いや、『魔族』というNPCの最期を通して。俺は、NPCをこの手で討ったのだという自身の行った行動に対する複雑な心境によるもの。



 ……背後の光景に目を向けることなく、ただ落下していく。その最中にも、この懐からは球形の妖精が現れた。

 球形姿の少女が寄り添ってきた。少女は涙ぐんだ声で、その報告を行ったのだ。


「……ぐすっ。……エリアボス:生命ヲ蝕ム魔族ノ翼の撃破が確認されました。ッこの時をもちまして……ぐすっ。メインシナリオ:『魔族』迎撃作戦における最終ウェーブの終了と。提示されたメインクエストのクリアを達成いたしました。――波乱万丈な戦場を駆け抜け、とうとう辿り着きましたね。この時をもって、風国陣営の勝利でございます……ッ!! ぐすっ。この、ミント・ティー、ご主人様の勇敢なるお姿と。ご主人様が苛まれし感情、遭遇した場面の数々、そのあらゆるを乗り越え、自身の糧としたご主人様の成長に……この、うれしい、という感情が目まぐるしくと巡り出しております……。そして何よりも……ご主人様の無事に涙が止まらないかぎりでございます。……お疲れ様でした、ご主人様。お疲れ様でした……皆様。お疲れ様でした…………ぐすっ」


 妖精姿の少女を左手で優しく包み込み、胸元へと寄せていく。

 落下するこの背の先で広がる爆煙を背景として、主人公アレウス・ブレイヴァリーは巡り巡る運命の、一つの終着点を迎えた。


 ……エリアボス:生命ヲ蝕ム魔族ノ翼との戦闘に、勝利を収めることができたのだ――――



【~次回に続く~】

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