最終局面の幕引き 6263字
雰囲気でそれを悟った。それを言うなれば、一度の失敗も許されぬクイックタイムイベントとでも言えただろうか。
特殊演出と共に、設けられた制限時間以内にこの画面に現れたアクションの指示を、その目に映った最適解をミスすることなく選んで目の前の困難を乗り越える。その様は正に……"巡り巡る運命"との駆け引き。
運命の分かれ目だ。その行方は全て、この身に託された。
迫る光線の数々。それらに挟み撃ちとされ、完全に追い詰められたことで揺らぎ出した大蛇の異変をキッカケとして。それらを回避し、目指すべきエリアボスのもとへと駆け抜けるクイックタイムイベントが開始された。
落ち着きを払い、目の前から迫る光線を直視する。
次々とエリアボスから放たれてくる光線は、数え切れないほどに生成されて四方八方から大蛇を狙い撃ちにしてきていた。今も前から迫る光線を視界に入れているその最中にも、この左側から、この右側から、この背後からと逃げ場を無くすよう万遍無い包囲網を展開して主人公アレウスを追い詰めてくる。
――瞬間として表示されたコマンドを選択する。
視界いっぱいと迫った光線を前にして、堪らずに回避行動を優先した大蛇の暴走に合わせてこの身体はジャンプを行う。
大蛇から離れ、この身は誘導式の光線が降り掛かる漆黒の暴風へと投げ出された。強大な渦の力に流され、視界が漆黒で埋まり、自由を奪われ回転を始める。抵抗もままならず、その様子はもはや詰みでもあったことだろう。
またとない絶好の機会を晒していく中で、"その運命"を待ち続ける。クイックタイムイベントという場面においては、その巡る運命が必ずこちらにチャンスをもたらす。ゲーム世界の展開に全てを託し、集中する光線を見据えてクリスタルブレードを握り締めた。
その時が来た。次にも、この背へと潜るように飛来してきた大蛇の背へと目掛けて落下を行い、見事その鱗に打ち付けられるように落ちて着地をこなしていく。
続け様に表示されたコマンドを目にして、それを誤ることなく選択した。背の上を転がり、振り落とされそうになる主人公アレウスだったが。咄嗟に伸ばした手で鱗を掴むことによって大蛇へとしがみ付き、落下という最悪の展開を阻止することに成功した。
光線は、まだ降り注ぐ。次々と生成されて放たれる光線に追尾されながら、ダークスネイクの操る大蛇は渦の流れに沿うよう飛行を続けてエリアボスの様子をうかがい出す。
迂闊に近付けなかったのだ。エリアボスへの接近に伴って、まずはあの苦し紛れに放たれる光線を何とかしなければならないらしい。
未だ数を増やし続ける光線。それは、一つ一つが生命エネルギーに満ち溢れた、邪悪の煌き。その大きさは、この身をいとも容易くと飲み込んでしまうほどに分厚いものだった。
あれを食らってしまえば、間違いなく主人公アレウスは一撃でお陀仏になる。それを本人だけでなくダークスネイクも危惧していたため、その最悪の事態を招き入れないためにも慎重な立ち回りを重視していたものだ。
しかし、"ヤツ"から猶予を与えられない。追尾してくる光線へと意識を向けていた主人公アレウスは、"ヤツ"の本体から放たれた闇の弾に気付くことができなかった。
それに対応したのは、ダークスネイクの大蛇。既に着弾ギリギリという距離で行われた大蛇の行動によって、この身は落とされかけたものの闇の弾の存在を知ることとなる。
再びと画面に表示されたコマンドを選択し、クリスタルブレードを握り締めて大蛇から飛び出した。主人公アレウスの離脱と同時にして身軽となった大蛇もまた、闇の弾を回避して双方共に難を逃れていく。
続けて、追尾してくる数え切れないほどの光線が追いついてきた。それらは全て落下した主人公アレウスへと集中して一斉に収束し、中にはぶつかり合ってその場で爆発を引き起こす程の光線が束となって襲い掛かってくる。
そこに表示されたのはコマンドではなかった。次に求められたのは、タイミングが重要であるアクションの部。
「ブレードスキル:エネルギーブレード!!」
青白い光源を宿してブレードを備え、迫ってきたエネルギー光線を迎え撃った。
ギリギリにまで引き付けた光線をスキル攻撃で次々と相殺していく。暴風で遮られた視界の中、妖しい煌きのみを頼りにタイミングを計らい的確な場面でブレードを振るい。その一つ一つが恐ろしいほどまでに上手くいく中で、最終的には好成績を収めることができた。
場面は切り替わり、最後の〆として振り被った大振りの一撃。その刀身に橙の光源を宿し、広範囲に渡る強力なスキル攻撃を惜しみなく放っていく。
「ブレードスキル:パワーブレード!!」
その場で横に回転し、左右前後とあらゆる方向から迫ってきた光線を一網打尽にした。
それを最後にして、静かな間へと突入する。先までの怒涛なアクションのラッシュとは打って変わって、不気味なほどに静かとなった暴風に流されるこの間。それは……ただならぬ予感を思わせる、不穏の兆しでもあった。
……何も起こらない。そろそろ、次の場面へと移行しても良い頃合いなのに。巡る運命の訪れを、胸を打ち付ける心臓の音と共に待ち続ける。今もこの身は暴風に流されて、抵抗もままならない無防備そのもの。だが、先まで一斉と襲い掛かって来た光線も。先まで主人公アレウスを運んでくれていた大蛇もその姿を一向に現さず。この空間はまるで、一人取り残された静寂の束の間。……嵐の前の静けさであると畏怖する。
――瞬間。後頭部辺りから響き渡ったエネルギーの音に思わずと振り返った。
そこには、生命エネルギーの分厚い光線が一つ。こちらへと迫り、その距離を縮め、被弾を決定付けていた。
もう、それを避ける術は無い。既に目の前、この視界いっぱいと広がった光線を目撃して、神経が一気に心臓へと収束する感覚を覚える。
同時にして、この視界を遮るようにして現れた大蛇の姿。それも、紫と黒の斑の、彼との戦闘で最初に相対したあの大蛇が、その巨体でこちらを隔て、なんと光線に直撃してきたのだ。
悲鳴の音を上げる大蛇。その巨体を貫いてきた光線の真下を擦れ擦れで落下した主人公アレウスは、髪を掠らせながらもその奇襲を無傷で突破する。
……しかし、またしても仲間に護られてしまった。
身を挺して、こちらを庇ってくれた大蛇が力無く落ちていく。あの大蛇の防御力を貫通する強烈な一撃を受けたのだ。それがこの身だったら、まず即死も免れていなかったことだろう。
場面が移った。その奇襲をキッカケとして、再度と誘導式の光線が無数となって視界へと入ってくる。
漆黒の暴風に流されるこの身が、深手を負った大蛇と切り離されるその中で。犠牲にしてしまった大蛇の痛々しい姿に胸を締め付けられる感情で苛まれ、しかし、だからこそその勇姿を無駄になどしないためにも、主人公アレウスはクリスタルブレードを握り締めて次なる場面へと臨んだ。
刀身に青白い光源を宿して、再びアクションの部に臨む。
迫り来る光線の数々をスキル攻撃で相殺していく。打ち消す度に飛散する光線からは白の欠片が飛び散り。それに包まれると、自然とこの全身に活力が漲ってくる感覚を覚えるものだった。
これこそが、生命エネルギーなのかもしれない。その欠片に包まれるだけで力が漲るのだ。それを源として猛威を振るっていたエリアボスの、圧倒的パワーの根源を知ることができた気がしたものだ。
続けてと左右から挟み撃ちで来た光線を、ブレードスキル:パワーブレードの橙で一網打尽にして。回転斬りの軌道を描き、暴風にその跡を残す。
……だが、場面が終わらない。それどころか、迫り来る光線は着実とこちらとの距離を詰めていき、それらは直にしてブレードの剣先に届くまでの至近距離にまで迫ってきていた。
幸いにも、暴風に流されるその勢いによって光線から距離を置くことができていた。しかし、それでも光線が距離を詰めてくるということは、その速度は暴風の勢いを僅かにも上回る速度であるということ……。
再びと相殺を開始する。この身体が自動で動き始めた。
だが、光線は一向として数を減らさない。それどころか、その数を増やして、より距離を縮めて、その妖しい煌きで視界を埋めて、目を晦ましてくる。
……触れる。光線が剣先を飲み込み。それは焦らすように主人公アレウスのもとへと迫る。
それも、剣先を飲み込んだことでブレードの位置を固定。このブレードを振るうことができなくなってしまう。
まずい。着実と迫る煌きに、目を瞑り掛ける。生命エネルギーの滾る、空間に伝う鼓動が耳に響き。それが次第にも近付き、この顔に伝い出す。
そして、その光線が鼻先につく。……というその瞬間だった。
瞬間として巡ってきたのは、背に伝った衝撃だった。突然と加えられた衝撃で身が跳ねる感覚が巡り。画面がシルエットに遮られて一瞬と視界が不良になる。
次の時にも、視界は晴れていた。先までの光線はこちらを追尾する点となって、この高速の中を揺らめく光景の一部となっていた。
肌触りで気が付いた。いつの間にやらと高速移動する巨体に乗せられていて。それは、遥か上空の、その彼方へ上り出す。
紫と黒の斑が目についた。……先の、身を挺して庇ってくれた大蛇だった。その口から紫の液体を流しながら、表情は至極苦しげで、今にも気を失ってしまっても何らおかしくなどない重傷でこの身を運んでくれていたのだ。
……今、主人公アレウスは再びエリアボスへと向かい出した。それは、巡る運命を体感し。同時に、仲間達に支えられている自身の立場に決意が漲り出す。
「……ありがとう、皆。……ありがとう、スネイク。――すまない。あと少し……あともう少しだけ、この俺に力を貸してくれ……ッ!!」
鱗にしっかりとしがみ付き、主人公アレウスは大蛇の加速でエリアボスとの距離を一気に詰めた。
水縹の輝きがすぐそこに。激烈な迎撃を以ってしても尚挫けぬ唯一の敗因が迫り来るエリアボス:生命ヲ蝕ム魔族ノ翼は戦慄した。
次なる一手。いや、最終手段だろうか。魔族ノ翼は雄叫びと共にして図体を邪悪で光らせ。瞬間と一斉に解き放たれた邪悪の飛沫。その一粒一粒が闇の弾、巨大な棘、環境生物の頭部、漆黒の柱、そして更なる光線と、これまでの技全てを一気に解き放ち、主人公アレウスの迎撃へと臨んだのだ。
――これで、最後だ。
続けて、合流した無数もの大蛇達。ダークスネイクも最後の追い込みとして数を召喚し、こちらへと寄越してくれた。
無数もの大蛇と共にして臨んだ最終局面。画面に表示されたコマンドを入力して暴風へと身を投げ出し、その先に姿を現した大蛇がこの身を受け止め、どんどんと突き進んでいく。
先まで乗っていた紫と黒の大蛇は、背に乗っていた主人公アレウス目掛けて集中した邪悪の猛攻を浴びて漆黒の爆発に包まれる。その大蛇の行方は定かではなかった。
次にも表示されたコマンド。それを入力して再び暴風へと身を投げ出し、また異なる大蛇に受け止められてを繰り返すことで着実に前へ前へと進んでいく。
同時にして、大蛇達が次々と犠牲になっていった。主人公アレウスを運ぶ使命を終えて、皆は邪悪の猛攻を食らい、悲鳴を上げながら落ちていく。
心が痛くなるクイックタイムイベントだった。犠牲を乗り越えながら前へ進まなければならない戦争の残酷さを、今もこの飛び移る足を以ってして思い知らされる。
とうとう、あの光線が降り掛かってきた。誘導式の生命エネルギーがこちらの姿を捉えて一斉と迫り来る。
クリスタルブレードを構えて、青白い光源を宿したスキル攻撃でそれらを相殺した。次々と降り掛かる光線を、大蛇の背の上で打ち消していくその最中。加速した大蛇の速度がその相殺のタイミングを不規則なものへと変化させたことで、クイックタイムイベントの難易度が跳ね上がり出した。
しかし、水縹の輝きで胸が満たされた主人公アレウスは失敗をしなかった。全てを相殺し終えて、この水縹を乗せた大蛇は更なる加速によってエリアボスとの距離を一気に詰めていく。
――が、次の瞬間、その勢いを以ってする逆転の場面が、更なる逆転を迎えた。
死角から迫り来た光線が、大蛇の巨体を貫いたのだ。
それは、主人公アレウス狙いだったのか大蛇狙いだったのかは定かではない。加速による速度で周囲を見過ごし、足元に巡ってきた衝撃で身体の位置をずらしたその時にも、つい先にまでいた場所を光線が貫通していたのだ。
「つァ――ッ!!」
主人公アレウスは落とされた。そこからは次の大蛇が現れることもなく、この身は漆黒の暴風に流されるのみ。
エリアボスから放たれた邪悪の総力が、こちらへと襲い掛かって来た。漆黒の雨が降り注ぐその光景を前にして、クリスタルブレードを持つ手に緊張が走り出す。
落下を続けるこの身体。漆黒の螺旋にもみくちゃとされ、回転する視界は画面を揺るがし、目の前の状況をはっきりと捉えることもままならない。
世界が廻る。漆黒に染まった世界が廻る。この時にも向かえた静寂に、水縹の魂は回顧を辿り出した。
それは、仲間達の存在。この存在を興味本位で拾ってくれたユノの、太陽のような温もりを帯びた暖かな存在感。その眼鏡の奥から向けられた、オーナー・トーポの真っ直ぐな瞳。今も必死な形相を見せながら、両腕の魔法陣を振るうダークスネイク。懐に伝う微かな感覚、それは球形の妖精姿のミントがこの身を持ち上げようと必死にくっ付いていたのだ。
……皆は、この俺に託してくれていたのだ。皆は、俺というこのゲームの主人公を信じることに全てを賭けてくれた。
……そして、全てを託された主人公という特異的な存在は、その世界に巡り巡る運命――世界に張り巡らされた、フラグというシステムを構築するほどの強い影響力を宿す。
その特異的な存在は、皆から支えられ。その特異的な存在は、皆に影響を及ぼす。そして、互いに分かち合った想いからフラグが生まれ。出会いと交友を通して、その特異的な存在は、未来を築き、皆を導く――
「アレウス・ブレイヴァリー君ッ!!!」
呼び掛けに応じて、この左手は廻る世界の何処かへと差し伸ばしていた。
巡る運命を悟った。"それ"の訪れを待ち望んでいた。必然となった運命を迎えて、主人公アレウスは左手に伝った衝撃と温もりでその意識を覚醒させる。
この身は、なびかれるように飛行していた。
引き寄せられ、ぐっと力が加えられる。加速を纏った暴風の抵抗の中、それに引き寄せられて恋情の如き熱情の温もりに包み込まれた。
黒と灰の斑。紫と黒の大蛇と共に最初の戦闘を交わしたもう一匹の大蛇。それの背に乗るNPC:ラ・テュリプ・ルージェスト・トンベ・アムルーは主人公アレウスを巡る運命の輪廻へと再び引き戻し。彼女の支えを受けて大蛇の背へと乗り、感謝よりも先に上空の邪悪へとこの視線を向けていく。
巡り巡る運命の、一つの終着点。
クイックタイムイベントが終了した。これは、巡る運命が辿り着くべき地点へと到達した合図。
もうすぐ。いや、この次にも。水縹の輝きは、"ヤツ"を照らす。
暴風を身に纏い、こちらの接近を決死の想いで拒むエリアボス:生命ヲ蝕ム魔族ノ翼を見据え。ダークスネイクの操る大蛇に乗り、ラ・テュリプと共に並び立ってクリスタルブレードを握り締める。
……固定されたフラグ。メインイベントの行方が既に定まりしこの運命の中で。主人公アレウス・ブレイヴァリーは、仲間達と共に最終局面の幕引きを実行した――――
【~次回、決着~】




