使命感 3959字
主人公アレウスは感化された。それは、自身に宿る水縹とは異なる勇気の魂の目撃によるもの。ラ・テュリプというNPCに宿りし勇敢なる魂の輝きに照らされて、源でもある勇気という感情を分け与えられたのだ。
主人公という特異的な存在のみに宿りながらも、しかし皆の心にて輝きを放つ水縹。生命という全ての生けし魂に宿る勇敢なる魂の力を受けて、主人公アレウスはこの輝きがもたらす影響力を初めて知ることとなった。
……それは、水縹の力を宿す主人公にも影響と勇気を与える、活力とでも言えるだろうか。心の疲労が癒されるこの感覚。心に巣食う恐れが浄化されるこの感覚。その生命の内側で萌える命を活性化させ、力を漲らせる。それこそが、水縹の輝きが織り成す効果なのだろう。…………そんな、生けし生命に与える絶大な影響力を活かせずにして、何がブレイブ・ソウルを宿す主人公だ。
目の前の脅威に恐れの感情を抱き続け、負の感情ばかりを蓄積させてきたこのブレイブ・ソウル。だが、ゲージとなってしまえばそれは自身の力となる。――そう。それが勇気であれ、恐怖であれ、抱いた感情は全て、自分自身の源となる。
で、あれば、この蓄積したゲージを。これまでに蓄積してきた感情とそれらを抱くに至った経験を利用し、困難という眼前にて立ち塞がる壁をぶち破るまでのこと。そして、今も相対する壁を破ることができるのは、このブレイブ・ソウルを宿す主人公アレウスの他にいないのだ。
ならば、あとは自身の全てをぶつけるまでだ。このブレイブ・ソウルから繰り出されるブレイブ・ソウル:ブレイクを、"ヤツ"が身に纏う暴風の防壁にぶちかます。それが、主人公という特異的な存在に課された、成すべき"クリア条件"なのだから――――
ラ・テュリプは戦線に復帰した。状態異常:暗黒の発症によって精神が弱化し、視界も暗黒で塞がれているはずだ。
だが、彼女の勢いは決して衰えない。むしろ、大ダメージを負うまでに振るっていたポテンシャルを今も十分に引き出して、その恋情の如き燃え盛る炎の矢で勇猛果敢に邪悪へと攻撃を行っていく。
全ては、この地を託した青年に繋げるため。安泰のためであれば、自身の命も厭わない。彼女を前へ進めるその使命感に従うまま、その猛威を振るって主人公アレウスを狙う邪悪の棘を次々と破壊していく。
そんなラ・テュリプの勇姿に突き動かされるように、こちらもまた邪悪への接近を開始した。漆黒の暴風吹き荒れるステージの中を駆け出して、仲間達からの支援を受けながらこの足を一歩、また一歩と前進を開始する。
まずは、ダークスネイクが操る大蛇に乗せてもらうことが目標だ。彼の召喚獣に頼らなければ、あの邪悪に近付くことさえもできやしない。このエリアボス:生命ヲ蝕ム魔族ノ翼の攻略において、ダークスネイクとの連係が必要不可欠だった。
ラ・テュリプの猛攻と、ユノのジャンドゥーヤが放つ稲妻によって、主人公アレウスへと降り掛かる邪悪の攻撃はだいぶとその勢いを弱めていた。トーポが展開する光の領域がこの身を包み込み、減少したHPを癒してくれている。――仲間達からの支援が、この主人公という存在を全力で支えてくれているその中で。しかし、欠けている一つのパーツにようやくと気付くこととなった。
……先まで、この空間を泳いでいた大蛇達の姿が見当たらない。
それらは、システム的な意味で主人公アレウスに纏わりついていたギミックであったために、行動の邪魔をしてこない現状に不穏が巡り出す。
ダークスネイクのやつ、一体どうしたと言うのか。彼の姿も見えないことからより一層の不穏を感じ取り、駆け出していたこの足を止めてすぐさまと周囲へ視線を向けていく。
暴風が視界を遮るその光景の中、この主人公アレウス以外の一点へと降り注ぐ邪悪の軌跡。次々とその地点に棘や黒の飛沫、魔の手といったあらゆる闇がそこへと向かって落ちていく光景をじっと見つめる。……すると、漆黒の暴風から垣間見えた蠢く数匹の大蛇と、それらに護られるダークスネイクの姿がそこに存在していたのだ。
大蛇達は降り注ぐ邪悪を受け止めていくのだが、その度にダメージボイスを上げて怯み、ダークスネイク本体の姿を晒してしまう。その隙へとつけ込んで一斉に放たれた邪悪の集中砲火が、回避に専念するダークスネイクのHPを着実に削っていく。
――彼は、手一杯だった。自身の身を護ることに専念をしなければならない、緊急の事態に陥ってしまっていたのだ。
襲い掛かる魔の手がダークスネイクを引っ掻き、彼を吹き飛ばす。それを大蛇が受け止めて場外への落下を防ぐのだが、その大蛇を狙う魔の手の掴みや引っ掻きによって大蛇の体力も消耗させられて……を繰り返す彼の戦闘。
それは、ダークスネイクを狙うというよりも、危機に晒された本体へと誘き出した大蛇を優先して攻撃しているように見えた。彼に敢えて召喚を行わせる余裕を与え、生成した魔法陣から現れた大蛇めがけて放たれる邪悪の猛攻。それらを受け流すよう指示して操る見事な采配をダークスネイクは振るうのだが、しかし大蛇へと注がれた意識は周囲への感覚を鈍らせ、這い寄る邪悪は気付かれぬままじわりじわりと彼へ近付いていき……。彼はそれに驚き、咄嗟に下した命令で大蛇を自身へと寄越すのだが、むしろその邪悪は寄越した大蛇へと襲い掛かるという光景を目の当たりにする。
何故、彼ではなく大蛇を狙うのか。それを考えた時に真っ先と思い至ったのが、大蛇がこの水縹の魂を運ぶ係りを担っているからというもの。大蛇がその重要な役を担っているため、エリアボスはその役を潰すことに取り掛かり始めたのだ。
敢えてダークスネイクを瀕死へと追い詰めない理由。それは定かではないが、"彼"はダークスネイクを裏切り者と呼んでいた。過激な発言で、ユノを含めた彼の処刑方法を思考していた。きっと、それらが関係しているのだろうか。
主人公アレウスは、ダークスネイクの危機に目を付けた。そして、仲間達もようやくとダークスネイクの危機に気付くこととなる。
漆黒の暴風で遮られるこの視界。遠くにて僅かながらと蠢く大蛇を、目を凝らして発見する仲間達は抱いた焦燥と共に次なる行動を起こし始めた。
真っ先に動いたのは、ユノのジャンドゥーヤ。魔獣は暴風を打ち破りながら宙を駆けてダークスネイクへの接近を試みるが、魔族ノ翼から放たれる邪悪の猛攻がジャンドゥーヤにも降り掛かり、それへの対処に手間を取って中々と前へ進めずにいた。
トーポは、ちょうど魔法の詠唱中だった。手に持った本がひとりでにページがめくれていく中で、彼の周囲へと次々に出現する巨大な光の魔法陣がそのスキルの強力さを物語っていた。だが、莫大な隙を生むモーションなのだろう、それを中断することもかなわないといった具合に、トーポはその場から全く動けずにいたものだ。
ラ・テュリプもまた、この主人公アレウスの往く道を切り開くことで精一杯だったようだ。ジャンドゥーヤが離れた今、こちらへと降り掛かる邪悪の猛攻を彼女一人でこなさなければならなくなったため、その表情には険しさが浮かび上がる。
……皆が、ダークスネイクを助けられる状況ではなかった。
――と、なると。残るは、主人公アレウス・ブレイヴァリーのみ。
強力な力を持つ仲間達からの支援によって、この青年のみが唯一と自由だった。つまり、この主人公アレウスという存在にしか、彼を救うことができなかったのだ…………。
考えるよりも先に、この足はダークスネイクのもとへと駆け出していた。
一瞬、怖気付いた。自分には、誰かを護る力なんて無いものだから。至らないこの実力が、何度も何度も自身を、仲間達を窮地へと追い込んでしまったから。
……自身が干渉することを恐れた。それこそ、主人公だからと出しゃばり、その先で大切な仲間を喪ってしまったらと、主人公という立場がもたらす強大な影響力に恐れをなしたものだ。
しかし、その思いとは相反して、この足は漆黒の暴風の中を一気に駆け抜けていた。
いつの間にか発動していたブレイブ・ソウル。水縹の輝きを纏い、加速を促す効果を付与して光速のダッシュを繰り広げる。
その速度は、ラ・テュリプの援護さえも振り切ってしまった。それに費やしたゲージは、本来であればブレイブ・ソウル:ブレイクのために温存していなければならないものだ。
色々と思う念が脳裏を過ぎり続けるが。しかし、目の前の、眼前で窮地に立たされた仲間の姿を目にして。この想いが、この魂が使命感を促してくるのだ。
……ダークスネイクを救いたい。なんとも不思議な使命感だった。あれほど気が合わず噛み合わずの、それも、一度は絶命にまで追い込んできた因縁とも呼べる相手のことを、どうしても護りたくて仕方が無かったのだ。
それは、ポジションで言えば現在は味方であり、しかし何時でも敵へと移ることができる不安定な存在。しかし……何故だろうか、それがたとえ、自身に害を及ぼす存在であろうとも。主人公アレウスはそんな彼と、本当の仲間にでもなれたらどれほど楽しいだろうかと、その短期間でのやり取りや交わした言葉を思い返し、使命感のままに、彼のためにこの命を尽くすことができてしまえたものだったのだ。
もうこの際だから、彼が敵か味方かなんてどうでもよくなっていた。俺はただ、ダークスネイクというNPCを護りたい。ただ、それ一心のみだった。
これから迎えるとあるイベントは、ただ、その想いのみに突き動かされたが故に引き起こされた特殊な掛け合い。
……待っていろ、ダークスネイク。今、俺が助けに行ってやる。彼のもとへと駆け出した主人公アレウスは、その先で彼とのイベントを繰り広げる――――
【~次回に続く~】




