もう一踏ん張り 5371字
"それ"は、この世界に災厄を招き入れし敵役の命を受けながらも。その脅威を振るうのも、この世界に邪悪の侵蝕を進めるのも、全ては"それ"の存亡を懸けし大博打であるが故。"それ"は、"自身ら"が敵役であることを請け負った。"彼ら"は、『魔族』という存在が滅ぼすべき敵であることに納得した。"それら"は、この世界に巣食う悪の根源として、憎まれ役というイレギュラーとして歩むことを選択したのだ。
邪悪の化身は、首の皮一枚といった絶体絶命の窮地へと追いやられていた。
天叢雲剣という姿を持ち、更にはエリアボス:生命ヲ蝕ム魔族ノ翼という、自然をも我が物として身に付けし邪悪となって、主人公の前に立ちはだかったその存在。それは、風国という領域を支配する異次元な力を見せ付けて、主人公ご一行に苦戦を強いてきたものだった。
しかし、その存在には限界が訪れていた。ゲーム世界を生き抜くNPC達の洗練されし強力な攻撃を受け続けて。そして、強固な防壁を以ってしてもそれを可能としてしまう、唯一の脅威である水縹の輝きを放つ青年の存在によって。邪悪の翼は、今にも邪気を飛散させて散り散りとなってしまいそうになっていた。
その度に、"彼"は自身を鼓舞する。自身が追い詰められたと同時にして、"向こう"はそれ以上に追い詰められている。これは、『魔族』という仇名す敵方がこの世界を侵略するにあたっての、記念すべき第一歩ともなるだろう始めの戦なのだ。これは、"我々"の行方を定めと言っても過言ではないほどの、大事となる重要な戦であると。その大事となる戦にて、ここまでの侵攻を達したのだ。で、あれば、この戦いには絶対に勝たなければならない、と……。
だが、その想いは"向こう"も同じだった。この戦には、負けられなかったのだ。目的は違えども、抱きし想いは互いに同じものだったのだ。
自身は、邪悪なる漆黒の意思を託された期待の彗星。"この世界"を未来へと繋げるべく宿した禁忌の能力を以ってして、自らを犠牲に、漆黒の永劫となる世界を、地を這う真の邪悪に滅亡を。被りし漆黒を振るい、黒き力の猛威で真の敵を滅ぼすべく生まれ落ちた救世主であると信じ続ける――
「ッ……ゾーキンの旦那、ァ。オレは……オレ、は、ァ……!!!」
振るう禁忌が己を蝕む。
全身に迸る代償に身を削られて。強大過ぎるが故の能力が、"眼前の悪"どころか自身をも破滅へと導いていく。
自身の背を後押ししてくれていた漆黒の存在を口にする。迫る敗北に、迫る死に助けを求めるが、その言葉は虚しく空へと溶け往くのみ。
"彼"は、死に物狂いだった。漆黒の暴風を纏う巨体からは、黒く、大きな穴が開き出す。取り込んだ生命が食い破ってきた。所々と空いた穴からは黒の液体が流れ出し、少しして、どくどくと蠢く白が流れ出してくる。
脈打つそれこそが生命であり。漆黒から流れ出したそれは、源であった生命エネルギーの減衰を意味していた。
膨大な邪悪による猛攻を成していたエネルギーが減少していく。これまでの邪悪を繰り出すための切り札が流れ出ていく感覚に絶望を抱き。次第に近付いていく運命に、恐怖が巡り出す。
……孤独という立場も相まって、邪悪の化身には様々な感情が入り混じった。独りでも尚引けをとらない戦闘を繰り広げて。だが、優勢と劣勢を交互に繰り返す互角の戦況に、不安定な状況に揺さぶられる精神は多大なプレッシャーの圧で今にも潰れそうになって。しかし、それでも負けられないと眼前の存在達と相対するその間。……禁忌とも呼ばれし能力を引き出す"彼"の脳裏には、あの漆黒の存在が残した、あの忠告が何度も何度も巡ってきていたのだ――
……天。その身体に宿る天の能力は、この"我々"からしても少々と異なる資質だと言わしめる特異的な力。それを言うなれば……天は、"我々"『魔族』内における、変異体。であるとも言えることだろう。それは、自身も承知の上であろうし。他とは異なるそれを、自身の特徴として前向きに捉えるポジティブな面を、オレは評価をしているものだ。
……だが、天。その能力は他の『魔族』を遥かに凌ぐ強力な力を有しており。それすなわち……その力は、"我々"からしても至極危険だ。万が一と窮地に立たされた際にもその能力を解放した時。"無差別と周囲を貪り尽くすその翼"は、敵も味方も構わずとその生ける生物を悉く喰らい、自身の糧としてしまうだろう。――オレは、その、天の能力が……とても恐ろしいのだ。あぁ、そうだ。オレは恐れているんだ。……天の自慢である、その驚異的な力によって。あまりにも強大であるその力を制御することができなくなった天がその力に飲み込まれ、貪り喰われて死んでしまうことを、な。
「……オレの力、は、特異的で……例外中の、例外……!! オレは特殊で、特別な存在で……オレの能力は、あまりにも特殊で、得体が知れなくて……言うなれば、情報が無いもの……!! ッ、く!! オレの、身体が、蝕まれる……ッ!! どう、すれば……どうすれば、この力を自由自在に……ッ!! ッづァ!! オレの、身体が、貪り、喰われていく……ッ!! オレは、このままだと、死んじまぅ……ッッ!!!」
"彼"は、認識した。この全身に巡る邪悪は、己を貪り喰らい尽くす諸刃の力であることを。
同時に、"彼"はそれに至った。それは、"彼"を傍で見守っていたその漆黒は、こうなることを既に予期していたということ。例の無い情報から、既にこの事態を予測して恐れていたのだ。
漆黒は賢かった。誰もが勝ることが無いだろう優れた先見の眼を持つ漆黒からの忠告の意味を、ようやくと理解することができた。
理解に至った"彼"に過ぎる念。……また訪れた、後悔という感情。賢い頭脳さえあれば、あらゆる情報から予測する能力さえあれば。重要視などしていなかった、情報という知識の重みを思い知らされた"彼"は。"自身"の未知なる能力の取扱書を用意していなかった、これまでに怠ってきた己の準備不足に後悔の念を抱き続ける。
まぁ、なんとかなるだろう。行き当たりばったりで臨んだ戦いに、"彼"は今、敗れようとしていた…………。
あの仲間達の総攻撃が炸裂した。
漆黒と鮮紅の稲妻が迸り、紅の一閃が描くその先に存在する光の槍と夥しい大蛇の群れ。一斉に放たれた総攻撃は間違いなく邪悪の化身へと大ダメージを与えたことだろう。
エリアボス:生命ヲ蝕ム魔族ノ翼は全生命エネルギーによる、大気を埋め尽くす猛烈な悲鳴を上げる。共に、その晒した漆黒の図体から響き渡り出したエネルギーの圧が、空中にて落下する主人公アレウスに圧し掛かり。生命達の嘆きが轟く、死した生命を浴びた禍々しき感覚に失神してしまいそうになる。
その体内に取り込んだエネルギーが放出された。……だが、それでも尚目の前の邪悪は倒れる気配を見せず。それどころか、覆い尽くす大蛇を闇の圧で吹き飛ばし、苦し紛れと言わんばかりの唸り声をあげながら、再度と暴風の防壁を纏い出して復活を遂げた魔族ノ翼。
まだ、"ヤツ"との戦闘が続く。中々に終わらぬエリアボスとの戦闘に戦慄が走るその中、先の集中砲火でボロボロとなった図体を引き摺るように滞空しながら、悲痛の込められた雄叫びをフィールド:風国へと響かせた。
――"ヤツ"もまた、必死だった。この戦闘で勝利を収めるべく、たった独りという身で我々へと立ち向かっているのだ。
……その境遇に、敵でありながらも同情さえしてしまえた。そして、『魔族』という種族によって、このゲーム世界で生きる生命が織り成す命の力強さを思い知らされた気がして。だからこそ、『魔族』という存在の脅威により一層もの危機感を抱き。又、『魔族』というNPCの邪悪なる魂を見せ付けられたことで、"それら"もまた、"自身ら"のためにその漆黒の翼を振るっているのだと理解することができてしまえる。
――『魔族』もまた、覚悟を抱きし戦士なのだ。
纏い出した暴風の防壁。そこから僅かに飛び出る、本来の弱点部位である両翼から巨大な魔の手が伸び始め。それらは周辺の地域へと伸びていくと、しばらくして引き戻され、邪悪へと吸収されていく。
魔の手には、あのドラゴン・ストームが鷲掴みにされていた。今あるそれらのエネルギーを補充したのだろうか。それとも、更なる力を求めたのか。何にせよ、あのモンスターさえも燃料としてしまう『魔族』という存在は、ただただ恐ろしく思えるものだ。
だが、そんな『魔族』も自身の限界には身が堪えるのだろうか。先までの様子とは異なり、魔族ノ翼はフラフラと左右へ揺れながら滞空を行う様を見せていく。それは疲れか、HPの限界か。二度も受けた仲間達の総攻撃が相当効いたのか、魔族ノ翼は今にもこの地上へ落ちてきそうだった。
……あと、もう一踏ん張り。勝利は目前だ。
落ち続けるこの身体。エリアボスの復活に伴って再び吹き荒れ出した漆黒の暴風は、この身体を流し始めていく。
壮大な自然の力を前にして、主人公アレウスには成す術が無かった。羽も無いこの身体で、空中という状況で一体何ができようか。ただその流れに任せて主人公アレウスは空中を漂っていると、そんな青年のもとへと飛来してきた一つの存在が、風に流されて回転するこの視界に入ってくる。
それが横切ると、次の時にもこの全身に巡ってきた、熱いほどの温かな温もり。
召喚獣の大蛇。その上に乗るラ・テュリプに拾われた。抱えるようにキャッチされたこの身は、お姫様の要領で彼女に抱き締められていたものだ。
本来ならば、立場が逆なのでは……。
役割の違いに疑念を抱いてしまう中で。そんな主人公アレウスを遥かに凌ぐ実力の持ち主であるラ・テュリプがこちらへとウィンクするなり、そのセリフを口にしてくる。
「ナイスだよナイスっ!!! アレウス・ブレイヴァリー君っ!!! ……そして、ごめんなさい!! せっかくの貴方の勇敢なる行動を、ふいにしてしまった。命懸けで貴方がつくり出してくれたチャンスで、あたし達はあの『魔族』を仕留めることができなかった……っ!! ごめんなさい、アレウス・ブレイヴァリー君。……あと、あともう一回。もう一度だけ、その大役を引き受けてくれないかしら……っ!!」
抱き締める腕の力が強くなる。申し訳なさと、青年を再び危険へと晒す行いに彼女は罪悪感を抱いてしまっているのかもしれない。
……とは言え、こちらからしてみれば、この結果は当然と言えば当然だった。とでも言えるだろうか。――と言うのも、こういう系統のゲームはだいたい、決められた弱点部位に攻撃を三回当てなければそのボスを撃破することができないから。中には、二回攻撃を当てると次の形態へと移ったり、四回で倒せたりとその定義こそはそれぞれで曖昧なものではあるが。こういうゲームの攻略手段には、回数というものが関わってくるものだ。……そして、この戦いは、今回のボスはおそらく、三回という回数が決められているだろうと睨んでいる。
あのエリアボスの様子だ。もう一度でも、あと一度でも仲間達の総攻撃を繰り出すチャンスをつくり出しさえすれば、間違いなく倒せる。
これは、皆からすれば命懸けの行為だったかもしれない。だが、メタな視点で言ってしまえば、これは主人公という特異的な存在がこの世界で成すべき、云わば、攻略という手段の一部に過ぎないから。これは、主人公という物語の中心人物がこなすように設定されている、ステージのクリアに必要となる行いの一つに過ぎないから。
こちらからすれば、あの強敵を前にした命懸けの大役も、飽くまで攻略の一環に過ぎない。これは、既に定められたレールを辿っているだけのことであるために、そのことで彼女に罪悪感を抱かせるのも可哀相だなと思えてしまえたから。彼女の罪悪感を取り払うためにも、主人公アレウスは渾身のガッツを交えた勇猛な表情で、その言葉を返したものだ。……お姫様だっこをされた状態で。
「俺は何度でもいけます! こんな俺でも役に立てることがあるのであれば、俺はそれを何度でも全力でこなすまでです!!」
こちらの返答を耳にして、笑みで応えたラ・テュリプ。次にも、ありがとうと温かい声音で告げられて、ようやくと彼女に下ろしてもらう。
ダークスネイクの操る大蛇に足をつける。その瞬間にも揺れて、落ちそうになってしまいながらも。クリスタルブレードを握り締める手を力ませて踏ん張って、なんとか留まることで落下を防いでいく。
漆黒の暴風が吹き荒れるフィールド:風国。その上空にて、ラ・テュリプと肩を並べて邪悪へと向き直る。
漆黒の交じる暴風からしっかりと見据えた防壁。渦巻くそれを打ち破るため。残り一回であろうこの回数をこなすため。そして、残りHPが僅かなのだろうエリアボス:生命ヲ蝕ム魔族ノ翼を撃破するため。
取り出したポーションを口に含んで回復を図るその間、苦し紛れの全力を振り絞って再び立ち上がった魔族ノ翼との戦闘を終わらせるべく。この戦争に終息をもたらすべく。主人公アレウス・ブレイヴァリーは、このメインシナリオにおける最後の展開へと臨んでいく――――
【~次回に続く~】




