絶望は希望へ 4168字
エリアボスは、闇の力を集結させて、一気に解き放ってきた。
妖しい光が"ヤツ"の手前で広がると、そこからは闇の弾、魔の手、環境生物の頭部、黒の飛沫といった邪悪のオンパレードが飛散する。
距離も近いことから、絶望に値する邪悪の猛攻を目撃したものだった。……しかし、ここまで来たからには引き下がれない。接近を果たせるチャンスを逃さずものにするために、ラ・テュリプは取り出した二本のダガーで目の前の猛攻を凌ぎ始めた。
スキルによって生成された火炎を纏い、ラ・テュリプの腕から振るわれた剣筋は邪悪を捉えて打ち消していく。
同時に大蛇を護る熱情はより一層と燃え盛り、漆黒の暴風に吹かれても燃え尽きぬ命の灯火を振るうことによって、ラ・テュリプという一人の人物が眼前の困難へとその道を切り開く。
……だが、肝心となる目の前の邪悪を突破することは、彼女の力量には不可能に等しかった。
悔しくも、この燃え盛る火炎が邪悪の本体に届かない。このことを屈辱とし、己の実力を噛み締めてもどかしく思う彼女。邪悪が自然の摂理を身に付けし暴風の防壁を目前にしても、この至らない実力ではその向こう側を貫くことなどもまるで敵いやしない。
……だからこそ、彼女は"彼"に全てを託していた。その水縹を宿す彼が唯一の希望であるから。彼の魂が織り成す、常識を覆す未知なる力を有した彼の存在こそが、勝利への兆しともなるこの戦において。彼女は、無謀などは一切見返らなかった。彼女は、勝利のためであれば命を落とす覚悟を決めていた。
――彼女の内には、とある光景が浮かび上がっていた。それは、言葉にし得ぬ荒れた地が広がる場所。そこでは陽が昇っており、しかし照らされた大地を埋め尽くす陰りが敷かれた異様な光景が。同時にして、それに交じる紅が仰向けとなり、遥か天の彼方へとその手を伸ばしていた。
……光景を目撃すると、その場所に漂っているものと思わしき臭いも感じ取れた。それは、物体が焦げた臭い。血生臭く、泥土に塗れし身体にお似合いの臭いだった。これに交じり、手を伸ばしていた紅から零れた雫と言葉。ただひたすらと謝罪の言葉を口にする紅が、一つ、ポツリと荒れた地に存在している――
たまに思い出し、その度に疑念を浮かべていた彼女。自身にまるで心当たりの無いこの光景を、ふとした際に思い出すものであり。そして、その度に脳裏の光景へと疑念を抱いて、それを思い浮かべ続けていく。
脳裏のこれが一体なんなのかは、いくら考えても判らなかった。だが、そのタイミングは決まって、使命を抱きしその場面にてふと思い出していたような気がしなくもなく。……しかし、結局は完全な理解に至ることはなかった。そして、記憶に無いその場面と定期的に向かい合いながら。解決に至ることのない景色を、彼女はずっと、ずっと脳裏に浮かべ続けていくのだ…………。
戦死も顧みぬ怒涛の進撃は、降りかかる闇を払い退けて目の前に道を切り開いた。
眼前には、"それ"を護る渦巻く暴風。猛者達のプライドをへし折る強固な盾を前にして、ラ・テュリプは地上のダークスネイクへと合図を送った。
「傭兵、ダークスネイク!! アレウス・ブレイヴァリー君をお願いっ!!」
彼女の声が暴風へと投げ入れられ、それは地上の彼へと行き届く。
渋々でありながらも、両腕に魔法陣を纏う彼が禍々しき独特なポージングを決めると同時にして、彼女を運ぶ大蛇は、その口から猛毒ガスを零し始めた。
どくどくと流れ出る紫。器官から生成されし猛毒と破壊のスパイラルが、大蛇からごぼごぼと音を立てて放たれる。
邪悪の化身を前にして、大蛇はその時のために溜めに溜め込んだそれを放つべく。ギリギリまで堪え、口から毒ガスを零し、内部に溜め込んだスパイラルが限度にまで達したその瞬間に。大蛇は吐き出すよう口を広げ、その巨体から溢れ出す猛毒のブレスを放ち出したのだ。
……共にして、ブレスに押される形で姿を現した主人公アレウス・ブレイヴァリー。猛毒ブレスによって状態異常を負いながら。その全身が毒々しい紫一色に染まる中で、突如と行われた行動に思わずと叫び声を上げていく。
事前に知らされることもなく大蛇に一口で食べられたと思いきや、突然と噴き出してきたブレスの勢いで背中から仰け反りながら、再び外界の光に照らされたこの身。勢いが勝っているためか、横殴りの暴風に流されることもなく、この身は眼前のエリアボス:生命ヲ蝕ム魔族ノ翼へと押し出されていく。
そして、ブレスを利用して水縹を発出する作戦には、敵方である魔族ノ翼さえも驚いて声を零していたものだ。
「んなァッ!!? あ、あんな……はァッ!!? んだよ"あいつら"ァ?! んなのアリかよ!? しかも、よりにもよって残しておくべき大事なヤツを、あんなぞんざいに扱うだなんて。"ヤツら"は気でも狂ったかッ!!?」
敵方の大ボスにさえ心配されてしまう始末。
先程から、まるで良い場面の無い主人公アレウス。もはやネタキャラにも走っているだろう状態に主人公としての威厳や風貌が皆無である自身の扱いに、もう情けなくて情けなくて仕方が無いものだった。
しかし、これは絶好のチャンスでもあった。こんな戦法を仕掛けてくるだなんて想定していなかったことだろう。そもそも、この本人でさえこんな手段を講じてくるだなんて思ってもいなかったんだ。
エリアボスは怯んでいた。目の前の滅茶苦茶に気を取られたというのもあっただろうが、同時にして唯一と自身を討ち破る可能性を秘めた水縹が一直線に飛んできたのだ。そんな光景を前にして、恐怖で縮こまるのも無理はない。
そして、ここまで来たからには主人公アレウスの使命を果たさなければならない。ようやくと巡ってきた好機を優位へと持ち込むために、もはややけくその域に達した空元気で雄叫びを上げながら、ブレイブ・ソウル:ブレイクを選択する。
「オォォォォォォォォォオオオオオオオォォォォッッ!!! ウオォォォォォオォォオオオォッ!!! ブレイブ・ソウル:ブレイクゥゥゥゥウウウウウゥッッ!!!」
猛毒ブレスに押されたまま水縹の輝きを身に纏い、それが暴風の防壁へと達すると共にして全力全開の一撃をクリスタルブレードに乗せて解き放った。
水縹の光源を帯びた刀身は、あの暴風の防壁にめり込んだ。この場の誰もがこの防壁を打ち破れないその中で、誰よりも貧弱で誰よりも無力である主人公アレウスのみが、その暴風の防壁に剣先を刺すことができる。
既に、その行動は完了していた。両腕がミンチとなるだろう身を滅ぼす衝撃が伝う中で、ただ一心不乱とブレードを振り抜くと同時にして弾け飛ぶよう四散した暴風の防壁。エリアボスはすぐさまと対応にあたろうとしたが、その邪悪の四肢を晒して弱点を露にしてしまう。
暴風の防壁が取り払われ、邪悪は弱点を隠すべくこの場から飛び立とうとしていた。だが、この時を、目を光らせて待ちわびていた我々はこの好機を決して逃さない。
丸腰となることを予測していたトーポ。彼の迅速な行動によって、その指示が下されるまでに数秒も有さなかった。彼の指示を受けて宙に放たれた仲間達の総攻撃が、暴風の防壁を打ち破った後にも宙に取り残されて落ちていく主人公アレウスの傍を通り抜けていき。強力なスキル攻撃の勢いが肌へと伝うその衝撃を感覚に、目の前では漆黒と鮮紅の稲妻が邪悪の胴体を破壊し。続いて一直線に飛んできた恋情の如き熱き紅の矢が、矢先に光を灯して線を描き、邪悪の図体を貫通していく。
続いて、人工的な聖なる光が槍の形を成したのだろう鋭利な光が複数と傍を通り抜けて、邪悪に刺さるとその場に聖なる領域を展開して闇属性の弱化を図り出す。
そして最後に、あの夥しい数の大蛇が群れを成して、邪悪の図体へと一斉に襲い掛かった。大蛇はその数で頭突きをかましたり噛み付いたりと、攻撃方法は地味であったものだが。その巨体が夥しくと群れで襲い掛かってうねりうねっていたため、数という強みを活かした圧巻な攻撃手段で、その巨大な邪悪を喰らって確実にダメージを与え続けていた。
あの仲間達の総攻撃が炸裂した。集中砲火によって相当なダメージを負ったエリアボスは、全生命エネルギーを混ぜたのだろう大気を埋め尽くす猛烈な悲鳴を上げた。その邪悪に詰まった生命全てが悲鳴を上げたかと思わせるその圧に、狂気的な場面との遭遇で失神してしまいそうになる。
全生命エネルギーが悲鳴を上げるダメージ。それは、エリアボス:生命ヲ蝕ム魔族ノ翼からして致命傷ともなるHPの消耗を受けた証だったことだろう。……だが、それでも尚邪悪は倒れる気配を見せない。それどころか、覆い尽くされた大蛇を闇の圧で吹き飛ばし、苦し紛れに再度と暴風の防壁を纏い出す始末。
……まだ、"ヤツ"との戦闘が続く。中々に終わらぬエリアボスとの戦闘にまどろっこしさを感じながらも、しかし、大ダメージを負ったことによって漆黒の図体をボロボロにしたエリアボスの弱った様子からうかがうに、そのHPはあと僅かであることを把握することができた。
共にして、今こうして相対している敵方の脅威を改めて思い知ることとなった。
というのも、これこそが、『魔族』というエネミーの強さなのだ。これが、『魔族』という倒すべき存在の、希望を想い続け、勝利を望み続ける生命の力強さなのだ。"ヤツ"はしぶとい敵であると同時にして、"ヤツ"もまた、このゲーム世界で決死の想いで生き続ける生命の一部なのだ。
で、あるならば。その生命を、その命をこの手で絶つ運命に愚痴を零しはしないし、決死となる想いを抱きし一人の戦士との戦いにいい加減な気持ちとなって相対することは、ゲーム世界における生命への侮辱であると思えてしまえた。……目の前の『魔族』もまた、生きている。だからこそ、その『魔族』との決闘には、その最後の最後まで尽くすべきなのかもしれない。
落ち往くこの身で、上空の"ヤツ"を捉えていく。苦し紛れの全力を振り絞るエリアボス:生命ヲ蝕ム魔族ノ翼を真っ直ぐと見つめて。決着が目前となったその景色をしっかりとこの目で見つめて。漆黒の暴風吹き荒れる、フィールド:風国というステージにおける最後のもう一踏ん張りへと、主人公アレウスは臨んでいくのだ――――
【~次回に続く~】




