絶望と希望、からの絶望と困惑 5363字
集束した、闇の光と透明の気。見るからに大技を予期させる現象を発生させると、それらが絡まり、纏い、渦巻く一つの事象が発生する空間がつくり上げられて。次の瞬間、漆黒の能力が織り成す、破壊的な嵐がその空間から発射された。
このフィールドに吹き荒れる漆黒の暴風をも木っ端微塵と散り散りにする、大気を破る超生命エネルギーの一撃。自然現象を突破する嵐の渦は、大蛇に乗って接近する人類達に瞬間的な死を体験させて。又、青年に限っては、死を予感する浮遊感を得る事態へと陥ってしまっていた。
主人公アレウス・ブレイヴァリーは、あろうことか大蛇から落下してしまっていた。
反撃という大事な局面での失態。迫り来る嵐の圧に吹き飛ばされて、この身は今も漆黒の暴風に流されている。
嵐の一撃は、偶然にも避けることができた。漆黒の暴風がいい具合に運んでくれたおかげで、直撃を免れることはできていた。……だが、現状はよろしくないことに変わりはなく。むしろ、空中という行動を起こすことすらも許されない、またとない絶好の機会をエリアボスへと与えてしまっていた。
尤も、そのエリアボスも先の大技による反動で動けずにいたものだから。互いに動けない自身らを見つめる形で、その瞬間的な静寂が続いていたものだったが。
「うォ、ォォお。ォッ――」
漆黒の吹き荒れる上空に一人取り残されて。風で回転しながら、ただただ流されていくのみ。
いくらブレイブ・ソウルが強力であろうとも、この偉大なる自然の力になど敵うわけがないのだ。成す術も無い今、あとは巡り巡る運命に全てを委ねるしかないと開き直り、回転する身体と、目まぐるしく回る視界の中、クリスタルブレードを握り締めて現状からの解放を待ち続ける。
――だが、"ヤツ"が待ってくれるハズがなかった。
動き出したエリアボス:生命ヲ蝕ム魔族ノ翼。すぐさまにも闇を生成し、弾をこちらへと放ってくる。
降り掛かった邪悪の攻撃に対しては、ブレードスキル:パワーブレードを選択して対抗する。刀身に宿らせた橙の光源。宿すと共に伸びた光源で範囲を拡張し、それを回転する身体のままに振るうことで、広範囲に渡る、隙の無い橙の回転斬りを繰り出せた。
現状を利用した攻撃手段。勢いを帯びた回転による回転斬りは、襲い掛かった闇を悉くと打ち消したことから、即席でありながらも我ながら上手くいったなと自負できる。
しかし、それは飽くまでもエリアボスの牽制に過ぎなかった。この間にも両翼を手前に、力を蓄えていた邪悪の化身。あの妖しい輝きが"ヤツ"の巨体から射し始め、両翼が開かれると同時に放たれた、鮮やかな光線が織り成す煌きの閃光。
飛散するように飛び散った光線は、大気に装飾を飾るような、妖しい光源を帯びた線となって。それはプレゼントボックスから解かれた紐のようにひらひらと揺らぎ、こちらを打ち付けるような不規則な軌道を描き、襲い掛かってきたのだ。
それに対しても、パワーブレードで対抗する。相殺という形で不規則な線を破っていくのだが、相殺と同時に巡ってきた痺れに、ヒットストップも相まっての長い硬直状態でペースを乱される。
HPが減少していた。あの痺れからして、恐らく麻痺属性が含まれているのだろうか。これまでにないパターンの攻撃を繰り出してきた"ヤツ"の手段に、まだまだ隠している技があるのだと、その取り込んだ生命エネルギーが織り成す豊富な行動パターンに戦慄を覚える。
こちらへと打ち付けてくる線をパワーブレードで対抗する間にも、"ヤツ"は次なる行動に移っていた。それは、両翼から出現させた闇の光と透明の気。絡まり、纏い、渦巻くそれは空間をつくり出し。瞬間、その空間からは自然現象を超越するドでかい嵐が放たれた。
先にも死を予期させた、破滅へと追いやる嵐。この攻撃で全てを終わらせる。そんな"ヤツ"からのメッセージを受け取れた惜しみの無い行動に。そして、暴風に流されるままである、隙だらけの現状で目前にした絶大な威力の攻撃に。
漆黒の暴風を突破してくる目の前のそれは、確実に主人公アレウスを捉えていた。
これは、避けようがない必中攻撃だろう。……それと、真っ向から向き合わなければならないのだ。自然と破壊の象徴とも呼べるだろう魔族ノ翼の必殺技と、独りという身で相対しなければならないのだ。
――ブレイブ・ソウル:ブレイクを使わなければ、あの一撃で粉砕される。だが、今ここで使用してしまえば、仲間達に護衛という更なる負担をかけさせてしまうことになる。また、膨大な時間をかけなければ、この水縹の一撃を放つことができないのだ。
でも、そもそもの話として、ここで主人公アレウスが死んでしまったら元も子も無いのだ。だったら……使うべきか……?
再びと巡ってきた選択肢。確実に生き残れる試合の延長を選ぶか、賭けに勝てば圧倒的な優位を取れる試合の終了を選ぶか。これは、究極の選択肢だった。前者は確実だが、後者も運命によっては勝利へと直結する絶好の選択となる。
即決の場面だった。ここは、間髪入れずに選択しなければならない場面だった。……だが、主人公という"中身の居るキャラクター"であるために、選択肢という場面を前にして、つい悩みが生じてしまうのも仕方の無いことだったのだ。
「ッ……俺は……っ。俺は、どうすれ、ば――ッ!!?」
眼前から迫り来る、大気をも貫く超生命エネルギーの嵐。自然という概念を抉る一撃が、この、漆黒の暴風に流される身体を追尾するかのような軌道を描いて飛んでくる。
――必然に頼るか、奇跡に頼るか。究極の選択肢に、主人公アレウスは答えを選び抜くことができずにいた。それは、優柔不断という"中身"が引き起こす、どちらも選ばぬ、もう一つの選択肢。
……いや、違う。
ここに来て、主人公アレウスは気付くこととなった。
それは、選択肢ではなかった。これは、既に定められしレールの上を辿る運命による、単なる空白の時に過ぎなかったのだ。
フラグは、とっくに立っていた。この身が迎える運命は、既に目前となっていた。主人公アレウスという人物を導く、フラグというこの世界の摂理によって。それは、選択肢に頼らずとも、この身の行方はとっくの前に、決められてしまっていたのだから――
自身の中で選んだ、勝手な選択肢。
死んでしまっては、元も子もない。試合の延長によって、より敗北の可能性を招かざるを得ないが。仲間達をより疲弊させてしまい、場合によっては死へと追いやってしまうリスクも非常に高いものであったが。それでも自身を優先させ、主人公アレウスはブレイブ・ソウルの欄を開いてその文字にカーソルを合わせていく。
「ッ――ッ、ブレイブ・ソウル:ブレイク…………!!!」
苦渋の決断だった。
だが、最悪の事態だけは避けなければならない。天に任せる勇気を搾り出せず、保守的に且つ安定行動を最優先として、この水縹の魂に蓄積したゲージを消費する感覚が胸の内から巡り出す。
……その瞬間だった。
眼前から迫る超生命エネルギー。目の前のそれに最大限もの意識を向けていたことから、この時にも突如と加わった真横からの衝撃に、心臓が飛び出そうになるほどの強いショックを受ける。
「づォッ!!」
真横からの衝撃で吹き飛ばされて、漆黒の暴風に乗って一段と回転が加速したこの身体。
ぐるぐると回る視界。暴風でもみくちゃな目の前の状況に、思わずと意識が飛びそうになるが。ふと視界に捉えた蛇の姿を目撃したことによって、この時にも現状の理解に至ることができてしまえたものだ。
大蛇の頭の上には、こちらへと手を伸ばしていたラ・テュリプの姿。
……あぁ、なるほど。助けるべくこの存在と近付いたのに、そんな場面にも関わらず、ここぞとばかりに主人公アレウスとダークスネイクの息の合わなさが発揮されてしまい、むしろ助ける目標を大蛇が吹っ飛ばしてしまったのだな、と。
だが、今回にいたってもこの息の合わなさが良い方向へと作用した。この事故によって、またしてもあの破滅的な嵐の攻撃を避けることができたからだ。
吹き飛ばされ、暴風に流される。この時にも、掠めるようにすぐ傍を通り抜けた嵐を紙一重で避けて。嵐を間近で感じ取り、この肌を周囲の空間ごと引っぺがれそうな感覚を覚える。
空中という状況で、こちらにできることなどは限られていたものだが、先のドでかい一撃によって再びと行動制限を受けていたエリアボス。反動で動けずにしており、あの暴風の防壁を打ち破るとしたら、正に今が絶好の機会であった――
暴風に流される中で、大蛇に乗って召喚獣に指示を送っていた彼女へと言葉を投げ掛けていく。
「ルージュシェフッ!! 俺を、お願いしますッ!!」
チャンスに急かされるあまりに、端折りに端折ったセリフではあったが。この懸命な雰囲気で感じ取ってくれたのだろう、ラ・テュリプは大蛇の頭を叩いて指示を行い、こちらへと向かわせて。暴風に流されて回転する主人公アレウスへの接近を果たし、こちらへと手を伸ばしてくる。
「掴まって!! ブレイヴァリー君っ!!」
ラ・テュリプの先導もあってか、ダークスネイクとの息の合わなさが緩和されたことで、彼女の手をとって合流を果たすことに成功する。
彼女の手をとるなり、大蛇の接近の勢いで身体がもっていかれる。彼女の手を掴んでいながらも、反動の衝撃で動けずにいた邪悪へと近付く大蛇の速度で体勢を直せずにいた主人公アレウスは、まるで風に吹かれるこいのぼりのようになびいてしまっていたものだ。
彼女の手という僅かな繋ぎで、大蛇の速度と、横殴りの暴風でもみくちゃにされる勇気の魂。これが、この戦争におけるキーパーソンと言える人物であり、このゲーム世界の主人公であるだなんて、口が裂けてもそんな自己紹介を行いたくなどなかったものだ。その、あまりにも恰好の悪い様を晒している自分自身に、ただただ恥じ入るばかり。
声も、なびかれていることで言葉にならない音を出し続けていた。
扇風機の前で声を出しているあれを、より大規模な暴風の中で行っているような感覚。正直、自分でもよくわからない例えを出してしまっているものだが、そんなことを考えてしまえるくらい、今の主人公アレウスは凄まじい状態だったとも言えるだろう……か?
接近まで、あと僅か。手を伸ばしていればきっと届きそうだというその距離で、エリアボスの硬直が解けてしまった。
迫り来る水縹に戦慄する邪悪。"ヤツ"からすれば、敗北が形を成して迫ってきているのだ。そんな光景を目の当たりにしてしまっては、どんな生命であろうとも対処へあたるに決まっている。
エリアボスは、闇の力を集結させて、一気に解き放ってきた。
妖しい光が"ヤツ"の手前で広がると、そこからは闇の弾、魔の手、環境生物の頭部、黒の飛沫といった邪悪のオンパレードがこちらへと向かって飛んでくる。
距離も近いことから、その光景は絶望だった。しかし、ここまで来たからには引き下がれない。接近を果たせるチャンスを逃さずものにするために、ラ・テュリプは相殺するために二本のダガーを取り出す。……のにも、如何せんなびく主人公アレウスを掴んでしまっているために、手が封じられていて武器が取り出せない。
目の前の光景も相まって、慌て出したラ・テュリプ。熟練の戦士である彼女であっても、さすがにこんな場面などと出くわしたことなどなかったのだろう。経験も無い出来事と相対して、視線を前と後ろへと何度も移して移して必死に思考をめぐらせる様を見せていく。
――そして、悩みに悩んだ末に。ラ・テュリプは、あろうことかそんなことを口走ってきたのだ。
「傭兵、ダークスネイク!! アレウス・ブレイヴァリー君を、お願いっ!!」
瞬間、こちらの手を掴んでいた手を振り上げて、手前へ思い切り振り下ろしてきたのだ。
叩き付けられる感覚で振られたその手。なびかれて、持ち上げられてより暴風に晒されて声を震わせる主人公アレウス。――そして、大蛇の口元にこの身体を叩き付けられると、目の前でがぱりと開き出した大蛇の巨大な口……。
猛毒の液が滴る鋭い牙がよく見える。赤黒い口内に充満する毒ガスが、この神経に痺れを与えてくる。
自身に一体、何が起こっているのか。それでいて、自身に一体、何が起きるのか。眼前から臭ってくる爬虫類独自の湿り気が嗅覚をつんざく中、大蛇の口内を目の前に、この身の行方を案じて困惑する主人公アレウス。……充満する毒ガスがこの身を包み込み。状態異常:毒を患い、HPの磨り減る感覚で困惑に危機感が交じる。
この状況を前にして、どのような感情を抱けばよいのだろうか。自分自身が迷走する類を見ない展開に気を取られているその間にも、閉じられた口に陰りが入りだして。……次の瞬間、ぱくっと完全に閉じた口の中に取り残される。
…………あれ? これから反撃という想定を遥かに上回る斜め上の展開に呆然としてしまい、あろうことか、主人公アレウスは大蛇に丸呑みにされてしまったことに気付かされて。
この次の時にも、そんな展開にあたふたとキョロキョロと大慌てとする主人公アレウスの身に、物理的な意味で更なる衝撃な展開を迎えることとなるとは、まるで思いもしていなかったものだ――――
【~次回に続く……?~】




