危機はいつも唐突に
「ご主人様! どうかお気を付けください!」
戦闘に直面した俺と共に、球形の妖精へとその姿を変えるミント。
ミントが安全な場所へ移動したことを確認し次第に、それじゃあやりますかとブロンズソードを引き抜いた俺は戦闘画面へと移行した。
「ソードスキル:エネルギーソード!!」
現在、俺はダンジョン:忘れられたピンゼ・アッルッジニートの峡谷と呼ばれるステージを攻略中。
渓谷以上に、その急斜面は激しく高度も高い危険なこの峡谷で。モンスターの手によって掘られたトンネルの洞窟を巡りながら。
俺はこのダンジョンの出口を発見するべく、事あるごとに出没するオオカミ人間をあしらいながらその道のりを歩んでいた。
「剣士スキル:カウンター!!」
どうやらこのダンジョン内では、この峡谷へと落ちるキッカケとなったオオカミ人間の特殊な演出は起こらない模様。
そのため、俺はあの化け物を気にすることなく、次々と襲い掛かってくるオオカミ人間の群れを撃退し続けていた。
オオカミ人間との戦闘自体は、難易度が高くなっているというこのダンジョンに落ちてきても尚、レベル差によって容易いものとなっている。
……だが、そんな戦闘面において。戦闘力とはまた別の問題が浮き彫りとなってしまったことによって、俺は異なる困難を極めていたのが現状であった。
……それは――
「戦闘終了です。お疲れ様です、ご主人様」
戦闘を終えたことで、少女の姿を成したミントが駆け寄り次第に薬草を手渡してくる。
それを受け取って独特な苦味を堪能していく俺。それによるHPの増加を感覚で実感し、ふぅっと一息をついたあと、すぐさまに手持ちの確認を行う。
……とうとう、この時が来たか。
どうすることもできないこの現状に。いや、むしろどうすることもできないこの現状だからこそ。
一種の諦めと共に覚悟という言葉を胸に抱き、現状を認識した俺とミントの間にはひしひしとした緊張感が走り出すこととなった。
――回復アイテムが、底を尽きた。
「ご主人様……っ」
「……大丈夫だ、ミント。絶対になんとかしてみせるから」
不安な面持ちで、俺の顔を見遣ってくるミント。そんな彼女を心配させまいと、俺は微笑みながら返事をする。
……だが、実のところはと言うと、この俺自身も相当焦っていた。
オオカミ人間との戦闘は楽だ。だが、さすがに群れを成して襲い掛かってくる複数のヤツらを一人で相手取るとなると、話はまた別なのだ。
ゲームでもよくある、ターン制というこのシステム。このゲーム世界はリアルタイムの戦闘で成り立っているため、ターンという概念は存在していない。
だが、それが関係無いかと問われると、またそうとは言い切れないというのが俺の答えだった。
一度のターンで行える行動は一回だけのように。その一ターンという間にも、複数であるオオカミ人間の群れはそれぞれの意思をもってそれぞれ一回だけの行動を行ってくる。
俺はこの一ターンの間における一度の行動を行っている間にも、ヤツらはそれぞれの一度を複数で行うことによって、俺という一人の標的へ向かって一斉に襲い掛かってくるのだ。
こうして単独という身である以上、事あるごとに発生する戦闘の度に、俺は確定で相手からの攻撃を受けてしまう。
つまり、こうして探索を続けている限りは、着実とHPが磨り減っていく現象が起こることとなってしまうのだ。
そうして減少したHPを回復するために、回復アイテムを消費していたのだが……そんな回復アイテムも、とうとうバッグからその姿を消すこととなってしまった。
今、俺の手持ちにある回復アイテムは、MPの回復という効果を持つ聖水のみ。
「……ミント。このダンジョンには、HPの回復効果がある泉とかは存在しないのか?」
「少々お待ちください……っ! このダンジョンの情報をスキャンします――検索、完了。うぅっ……ご主人様……ダンジョン:忘れられたピンゼ・アッルッジニートの峡谷におけるギミックをスキャンいたしましたが……設置された回復ポイントの在り処を確認することができませんでした……。このダンジョンには、回復を図れるエリアが存在いたしません……っ」
参ったな。これはお手上げだ。
ダンジョンの構造まではスキャンすることができないミント。そんな制限のある彼女の助力も儚く空振りとなり、こうして出口の在り処もわからない今、俺は完全に詰んでしまったと言っても過言ではなかった。
まずい。まずいぞ……。
ふつふつと湧き上がる焦りに、俺は揺さぶられる感情のままに冷や汗を流す。
そんな俺の様子に、更なる焦りの色を浮かべたミント。直面した危機が危機なだけに、彼女の顔色はその銀色のショートヘアと同化していくかのように段々と青白くなっていく。
俺も、内心は真っ青だ。だが、他に手が無い以上、あとは運に全てを委ねるしか他にない。
「……少し休もう」
呟き、俺はゆっくりとした足取りで、道中に転がっていた場違いな灰色の岩石に腰を掛ける。
こんな状況下で休むなんて可笑しい話なのは判っている。だが、そうせざるを得なかったんだ。
探索は続けたいのに。極度の緊張によって震える両足が、まともな前進さえも安定させてくれないというこの状態。
命を落とすかもしれない。あのドン・ワイルドバードとの戦闘において経験したあの戦慄とはまた異なる方向性の恐怖。
未だに体験したことのないそれに直面したことによって、俺は自身の危機的状況に全身の震えを抑えることができなかったのだ。
……にしても、この岩石。なんか、この物体からはやけに振動を感じるというか。妙なことにこの岩石から視線を感じるというか――
「……っあれは……? ――スキャン、完了…………っ!? ご、ご主人様っ!! 至急、そちらの岩石から離れてくださいっ!!」
顔を青く染めたミントが、彼女らしくもない悲鳴交じりの大声を上げて俺に手を差し出してくる。
何事だ? そんな疑問と共に咄嗟な行動でその場から立ち上がった。
……のだが、どうやら俺の反応は遅かったようだ――
「そちらの岩石は、通称『ボムロックン』!! 主に坑道や山道といった山岳地帯に生息し、その景色に馴染むことの無い違和感のある外観が特徴とされておられます、岩石を形取ったモンスターでございます!! そちらのモンスターは岩石という生命を感じさせない外観が特徴ではありますが、そのモンスターの最大の特徴というものが――」
ミントの説明を脇に。俺は彼女の説明を聞くなり、反射的にその場からの脱却を試みる。
だが、ここにきて、唐突の恐怖が走り渡ったこの全身には、緊張という形となって俺の身体に更なる震えを与えた。
それによって、俺は思うような前進を見込むことができず――
「岩石の隙間からその目を覗かせ、付近に生命体の存在を確認したその瞬間に。ボムロックンは本能的に、自身の体を大爆発させるという自爆行動を行ってきますっ!!」
ミントの警告も虚しく空回りし。
衝撃の言葉を耳にして向けた視線のその先では。この峡谷の景色に馴染まぬ灰色の岩石が、その岩石の割れ目という隙間から巨大な目玉をこちらへ覗かせて。
岩石が割れていくその様子と、その割れ目から差し込んでくる猛烈な光という光景を最後に。
目の前で大爆発が発生。
その衝撃が直撃し、俺はこの身体が後方へ吹き飛ばされる感覚と同時にして。
割れた地盤は暗闇で覆われた峡谷の奥底へと崩落。その自然災害に巻き込まれる形で、瀕死となった俺は不幸を繰り返すかのように、その場からの落下運動を始めたのであった――――




