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ザ・ゲームワールド  作者: 祐。
二章
31/368

ダンジョン:忘れられたピンゼ・アッルッジニートの峡谷

「ご主人様……っ! ご主人様っ!」


 ふと映し出された、ぼんやりと霞がかかった視界。それには、こちらを覗き込んでくるミントの顔と、薄暗い空間の中で轟々と音を立てている滝の水飛沫がちらほらと見えてくる。

 現状に対する記憶が曖昧となっている中で、俺は仰向けで寝そべっていた姿勢からゆっくりと上体を起こして。

 現在の状況を確認するためにも、俺はミントの問い掛けに手で応えながら辺りを見渡した。


 簡潔に言えば、奇跡的な状況だった。谷の奥底へと続く急傾斜という側面の光景が広がる中、俺は唯一急傾斜ではない平坦な岩棚という地形で寝そべっていたという絶命からの免れ。

 次第に思い出していく記憶。脇で流れ落ちていく滝と向き合う岩棚を見て、俺は飲まれた激流と一致するであろうこの滝から、その勢いのまま放り投げ出される形でここに着地したのだな。と、判断する。


「ミント……心配を掛けてすまなかった。俺は大丈夫だ」


「ご主人様……っご無事でなによりです……っ!」


 薄暗い空間の中で、こちらに寄り添うミントの肩に手を置きながら。俺は今の状況を把握するために、周囲の光景へと視線を向けて眺め遣ることにした。


 側の急傾斜から足元に広がる地面にまで、錆びのような銅色が広がるその光景。渓谷の奥深くであろうこの地点には、まるで生気というものを感じさせない。

 次々と流れ込んでくる滝は束となって、更なる奥深くの底へと飛沫を上げながら落ちていき。この地を照らす光源は遥か天の彼方に浮かび上がる星の数々のみという、夜の谷という閉鎖的な暗闇の空間に取り残された俺とミント。


 奇跡的にも俺が着地したのであろうこの岩棚は、道を形成して左右へ伸びている。これは他のエリアへ行くための道標となるだろう。

 そして、俺の足元。俺が着地した地点には、まるでこの展開が想定されたものであるかのように、衝撃を和らげる役割を果たす枯れ葉のクッションが作られていた。


 ……なるほど。どうやら俺はあのイベントの成り行きによって、片道切符のショートカットを利用してしまったらしい。


「ミント。このフィールドの情報を教えてくれないか」


「現在地の情報ですね。スキャン――完了。はい、それで、こちらのフィールドの情報でありましたね。ご主人様の現在地でありますこちらのフィールドは、『忘れられたピンゼ・アッルッジニートの峡谷』と名付けられたダンジョンとなっております。こちらのダンジョンは、フィールド:ピンゼ・アッルッジニートの渓谷に設けられた深部となっており、フィールドからダンジョンとしての扱いとなっているために、この地に足を踏み入れた探索者を阻む様々な仕掛けや情報が配置されております。また、先のピンゼ・アッルッジニートの渓谷を凌ぐ実力を持ち合わせたモンスターが多々と生息しておられるため、ご主人様のレベルでありましても、行く先々にその姿を現すモンスターの数々には手を焼いてしまわれること間違いありません」


 ユノと別れてしまったあの渓谷を、更に奥へ進むことで進入できるダンジョン。というわけか。

 割と初期のフィールドやダンジョンに設けられた、意味有り気な扉や門をゲームで目にする機会があるだろう。そこにはだいたい、適正レベルかなんかの表記がされていて、その数値がまた現在とは比べ物にならない程の高レベルであったりするものだが。


 どうやら、この忘れられたピンゼ・アッルッジニートの峡谷と呼ばれるこのダンジョンも、それの一つとして考えても良さそうだ。

 つまり、俺はまたしても難易度の高いゲームシステムと直面してしまったというわけか。


「それにしても真っ暗だ。これじゃあ何も見えないな……」


「システム:暗闇による視界不良によって、現在のご主人様には下方の掛かったステータスが存在しております。主に、周辺の確認の困難。回避率の低下。まともに見えぬその視界で受けるダメージ量のアップ。など、どれもモンスターとの戦闘において不利となる下方が多く加わっておられています。戦闘の場面への突入には、こちらへの懸念もお忘れずに」


 参ったな……。

 これでは迂闊に探索もできやしない。まさかこんな目に逢うなんて想定をしていなかったため、俺はこの暗闇を照らすランタンなどといった、灯りを生み出すアイテムを用意していなかったのだ。

 こんな状況で。こんな不安定な地形でモンスターと出くわしてしまったら、それこそ俺はゲームオーバーまっしぐらに違いない。


「……ですが幸いにも、こちらのエリアである『滝も滴る良い峡谷』はセーブポイントと設定されているため、このエリアにモンスターが侵入してくることはまずありません。このダンジョンに存在する唯一の安全ポイントでもありますので、この地に留まりさえおられれば、この夜間における戦闘を避けることが可能となるでしょう」


 不幸中の幸いとは、正にこれのことか。

 暗闇による絶望の中で見出した僅かな希望によって、俺は多少なりともこの心に余裕を生み出す。


 ……にしても、峡谷という険しい地形ともなると、滝でさえ滴るという表現をしてしまうのか。自然というものは、とても偉大なものだ。

 

「――そして、ご安心くださいご主人様っ。今回のお話におけるミント・ティーは、今までとは一味違いますっ」


 ……なんだなんだ、急に。

 暗闇の空間でも見分けがつくほどの、自信満々に張り切る表情を浮かべながら。ミントは急にふんすと鼻をならして何かに意気込み出す。


「ようやく、物理的にご主人様をお支えできる場面がやってまいりました。で、ある以上。ワタシことミント・ティーはこの場面を介することによって、今後を見据えた更なるサポートとナビゲートを可能とした万能なナビゲーターへとその変貌を遂げることとなるでしょう。見ていてください。今までとは一味違ったミント・ティーを、ぜひ味わってくださいね……!」


 いつもの控えめな様子をまるで感じさせない、気合い十分な一味違うミント。

 おもむろにその場から立ち上がり、ふぅっと一息をついて。精神を集中させるために沈黙の空間を作り出し、気力を高めると同時に深呼吸を始める。


 確かに、これは一味違うミント・ティーだ。そんな予感を感じさせる、このただならぬ緊張感。

 ナビゲーターという異質な存在である、この少女。その実体は、主人公であるこの俺でさえも把握し切れていない謎ばかりのキャラクターなのであったが。

 そんなミント・ティーは急に意気込み出す。そして、これから彼女は、どんな能力を発揮してくれるのだろうか。


 そんな期待が込められたミントの次なる行動が、今、炸裂する――!!


「こめかみに手を当てて――スイッチ、オン……っ!」


 こめかみに当てられた両手に力が加わると共に、カチッと鳴り響くスイッチの音。

 それと同時に。なんと。


 ミントの両目から、照明が灯り出したのだ――!!


「おぉっ! ……お、おぉっ!」


 お、おぉ。そうか。なるほど。そうきたか。


「ご覧くださいっ! こうしてワタシ自身が照明となることにより、ご主人様は暗闇という問題から解放されますっ! これによって、夜間や洞窟といった視覚不良な場所であっても、ご主人様はその手を煩わせることなく普段通りの快適な冒険を巡ることが可能となりますっ! ねっ!」


 と言いながら、自信満々な表情を浮かべてこちらへ振り向いてくる。


「って、眩しいなおい!!」


 ミントの照明がモロに直撃。

 視界を良好にするどころか、視界を眩まされるというフレンドリーファイアを食らう俺。


「……も、申し訳ありませんっ!!」


 そんな俺の様子に、謝罪の言葉と共に必死な表情で謝ってくるのだが。如何せん、それはあまりの申し訳無さにミントは目を瞑ってしまっているから――


「って、真っ暗で視界がよく見えねぇ!!」


 瞬く間に暗闇が広がって、一味違うミントがいつものミントと変わらないというコントが繰り広げられることとなってしまった――



 結局のところ、特に変化の無い場面の数々ではあったが。

 それでも、ミントという少女のおかけで。俺は危機に対して抱いていた緊張感を解すことができた気がした。

 

「ありがとな、ミント。おかげで少し身軽になった気がするよ」


「? ワタシに対しての、お礼のお言葉……ですか? で、ですが……ワタシはご主人様に何もしておりませんので……その、ありがたきお言葉を受け取るには到底至りません……」


 先程の失敗で、申し訳無さそうな調子のまま控えめに言うミント。

 それでも、その調子からはどこか喜びを感じることができた。


「いや、こうして一味違ったミント・ティーを味わえたからこそ、こうして俺は気力を回復することができたんだ。これも、ミントのおかげだよ。ありがとう」


「ご、ご主人様…………っ」


 照れ隠し。

 気恥ずかしい想いによって。暗闇の中でも容易に判別できるほどの赤らめた顔を背けながら。

 それでもミントはこくりと頷いて、その顔に笑みを浮かべた。


「……まぁ、ここがセーブポイントである以上は安全地帯ということだもんな。なら、無理してこんな暗闇の中を冒険するよりは、しっかりと休息を取って日が射したその時にでも探索へ出るとしよう。ユノとアイ・コッヘンにはより心配を掛けることになると思うが、ここで力尽きてしまえばそれこそ迷惑を掛けることになるしな」


「ご主人様の選択は賢明なものかと、このミント・ティーはそう思います。このダンジョン:ピンゼ・アッルッジニートの峡谷などに出没いたしますオオカミ人間には、夜という時刻に限り全パラメータの上昇という特殊な効果が付与されるという仕様もありますので」


 なんだそれこわい。

 現状を含めての、ミントからの衝撃的な情報を聞いて戦慄を感じざるを得なかった俺。これを知らずに、今からでも探索に出ていたら間違いなく危なかったよな、これ。


「じゃあ、尚更ここで休むに限るな……」


 そう言って、俺は足元の枯れ葉を敷布団にして寝転がる。

 すると、付近で律儀に佇立していたミントも俺の傍へ寄ってくるなり、おもむろにその腰を下ろしてきた。


 一緒に休もう。その場の雰囲気と共に休息を挟んだ俺とミント。

 暗闇という孤独を思わせる閉鎖的な空間の中でも。俺は一人の少女という隣の存在感に支えられながら。

 俺は安心することで深い眠りへと誘われ、次なる冒険に向けての気力を蓄えていくのであった――――

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