虚無感 4222字
「…………ッ俺は、一体どうすれば……」
眼前で繰り広げられる光景。闇の爆発と共に、殺意を滾らせ再び姿を現した天叢雲剣と。そんなヤツへと勇敢にも立ち向かう、熟練者のユノとダークスネイクという三人の姿を眺めている内にも、この胸にはある念が過ぎり出してしまう。
……自身の存在はきっと、味方の足枷になっていることだろう。なにせ、あろうことか、敵にさえ邪魔者扱いにされてしまったのだから。
……このゲーム世界の主人公が、こんなにも弱くて、脆くて、か弱いだなんて。これじゃあ、俺はただの厄介者じゃないか、と。自身の存在意義に、疑念を浮かべてしまったのだ…………。
情けない。自身の無力さに、勇敢なる魂であるブレイブ・ソウルの水縹が弱まった気がした。
――邪悪を前にして、力の源としていた勇気が弱まってしまった。目の前の、いくら足掻こうともどうすることもできやしない現実に。強敵という壁を遥かに凌駕する域にて存在する、『魔族』という脅威と対面して。ブレイブ・ソウルという主人公のみが有する特殊なシステムを以ってしても、尚この世界の侵略を目論む連中にまるで敵いやしない。
……自身の成す事全てが、まるで無意味にさえ思えてきてしまう。
俺は一体、何のために冒険をしているのだろう。主人公という特異的な存在であり、このゲーム世界で活躍するハズのその存在が、今も尚仲間達に任せてしまうばかりの非力でか弱いままであるこの現状に、浮かんでくる疑念が止まらない。
エリアボスにも言葉で一蹴され、とうとうヘイトも向けられなくなったこの屈辱。たったこれしきの程度の実力しか持たぬ存在は、もはや敵としても認識されない。……主人公たる特異的な存在が、その存在意義を放棄さえしてしまっている。
――目の前では、相対する戦士達。それは、邪悪に染めし顔面を形相で歪ませて、呪い殺さんと鋭利な眼を向けてゆっくりと歩み出す天叢雲剣。
ヤツと相対するユノとダークスネイクもまた、"それ"に立ち向かう仲間という共闘戦線を張る間柄。その上、職業も互いに召喚士という共通点からその瞬間にも打ち解け合い、二人は目の前の強敵を破るための作戦を思考し始めていく。
「スネイ君! スネイ君の召喚獣は集団式? それとも単体式? 属性は? 耐性は? コンディションはどうなのかしら?」
「……スネイ、君? っふ。それは蛇神帝王に対して軽率な愚問ではあるが、命を灯し存亡を共にする戦友という間柄の付き合いだ。今回ばかりは立場に免じて、我への軽率な行為に目を瞑ろうではないか。――我が蛇竜は、双頭を合わせて一つである、集団式を偽りし孤高なる単体式だ。っふ、我が同類こと純白の召喚士よ、それを耳にして度肝を抜くなよ。双頭を原点として展開される我が術式は、集団式にも匹敵する! それは、独自に発見せし技法を用いた、歳月と血の結晶の末に辿り着きし究極なる秘術!! 単体式と聞いて侮る無かれ。我が双頭の蛇竜が織り成す猛毒と破壊のスパイラルは、世に固定されし概念を容易く超越する、常識を打ち破りし蛇神なりッ!!」
「えっと。言っていることの意味が全くもって分からないのだけれども。その意味が全く分からないことが逆にすごいわッ!! 未知よ!! これは、まさしく未知ねッ!! ――秘術を編み出してしまう繊細且つとても器用な手際は、召喚士としてただただ頼もしい限りよ!! 貴方の蛇さんが織り成すスパイラルに、私も介入させてもらおうかしら」
「ッ――貴様はどうやら、我が蛇竜のスパイラルに適応せし柔軟な能力を持つ人間のようだな。それに、我がスパイラルに介入する、だと? っふ、ッフフフ!! 面白いことを言ってくれるッ!! 貴様のような召喚士と巡り合えたこの運命に、我が魂は底から打ち震えているぞッ!!! …………あぁ、それで属性はそれぞれ、毒と無だ。お前はユノと言ったな。お前が従える召喚獣は、闇と雷であることが見受けられる。相性は良くも悪くも無いが、まとまりの無い微妙な組み合わせで連係は取りにくいことだろう。となると、各行動を尊重する立ち回りが重要となるか。耐性は闇だ。我が蛇竜は相対する存在との相性は良好!! 多少もの強引な突破であれば、我が双頭の蛇竜に任せろ。コンディションは悪くはない。だが、元々病弱なんだ。熱を発症することが多い。薬の投与は数時間前に済んでいるが、如何せんこの過労だ。効果はそう長くも持たないことだろう」
「それじゃあ、私のジャンドゥーヤが先行するわ! こっちにも闇に耐性があるの! 属性は雷だけだから、闇同士で打ち消し合わない貴方の蛇さんと相性は良好よ!! コンディションも万全。魔獣の書で鍛錬もしてあるから、先行して貴方の蛇さんに繋げるだけの連係はお茶の子さいさいなんだから!!」
「魔獣の書、だと……ッ?! お、お前。そ、それを一体どこで手にしたと言うのだ――ッいや、今は尋ね掛けているどころではないな。……魔獣の書を取り入れし、漆黒と鮮紅の魔獣か。っふ。我が内に宿りし信念の深遠を根城とする、魔の結界を伝い空間を無辺際と渡り獲物を残酷に喰らう純黒と銀灰の凶暴なる蛇竜に相応しき、第二の螺旋を予感するおぞましくも頼もしい存在だ。さすがは、我がスパイラルに介入すると言い切ってみせただけはある。その実力を、我も認めざるを得ない。……いいだろう。では、我が蛇竜に代わり、先行は任せたぞ。我が双頭の蛇竜もまた、魔獣が織り成す破壊のスパイラルに引けを取らぬ活躍を果たし、眼前から放たれる闇を掻い潜り、見事、邪悪なる化身の魂を貪り喰らい尽くしてみせようッ!!」
「えっと。言っていることの意味が全くもって分からないのだけれども。うん!! それじゃあ、連係を仕掛けるわよ!! スネイ君、私についてきて!!」
掛け声と同時にして、ユノの指示を合図にして悪魔の如き咆哮を上げながら駆け出していくジャンドゥーヤと。駆け出す魔獣に続いて、魔法陣から召喚した大蛇を飛来させて操り出すダークスネイク。
天叢雲剣もまた、一歩踏み出すと刹那となって。その場から姿を消し、次にジャンドゥーヤと大蛇の前に姿を現し、迫り来る召喚獣達を迎え撃つ。
……目の前では、熟練の腕を持つ実力者同士の戦闘が繰り広げられた。召喚獣という能力を自身の手足のように扱う二人と、それに対抗して邪悪なる力を振るう『魔族』という種族の、互いに引けぬ運命を背負いし、負けも許されない接戦が展開されていく。
……そして、その光景を、蚊帳の外でただ見守ることしかできない主人公アレウス。この視界の中で行われるハイレベルな戦いが、自身の至らない実力に、より虚無感を与えてくるのだ……。
「……クソッ、情けねェ。ホント、情けねェな……俺」
向けていたクリスタルブレードが、次第に地面へと向く。
構えを緩め、立ち尽くすよう無気力な姿勢で眼前の戦闘を見遣ることしかできない。
……一方として、ユノとダークスネイクの連係はとても華麗なるものだった。それは、ジャンドゥーヤが天叢雲剣のペースを掻き乱し。そこから生じた隙へと、一気に頭突きを繰り出していく大蛇の群れという。シンプルでありながらも確実に相手を消耗させる、召喚士である二人が互いの職を知り尽くした真っ向勝負の戦法。
実力があるからこそ成し得るその戦法は、ジャンドゥーヤの荒々しくも的確な立ち回りが天叢雲剣の感情を揺さぶり。それでいて、ジャンドゥーヤの一連の立ち回りを可能としてしまうユノの熟練の手腕が、眩しくさえ見えてしまう。ダークスネイクもまた、主人公アレウスとの全く息の合わないグダグダな連係とは打って変わって。ジャンドゥーヤへの指揮に合わせたその丁寧な立ち回りは、空を泳ぐ大蛇を活き活きと操り、ジャンドゥーヤと衝突することもなく天叢雲剣へダメージを蓄積させていく。そんな、彼本来の采配を目の当たりにしたものだ。
……ユノも、ダークスネイクも、あのエリアボス:天叢雲剣と互角の実力であり。そして、その二人のタッグは、あのエリアボスを確実に上回っていた。
消耗するHPに、苦しげな表情を見せ始めたエリアボス。ヤツが倒れるのも時間の問題だろう、そんな確信も抱けるほどの差がある勝負を目撃して。……同時に、その事実に気付くこととなったのだ――
「……そうか。今までの戦闘は全て、俺が足を引っ張っていたんだな……」
主人公アレウスがでしゃばったところで、ユノの操るジャンドゥーヤに助けてもらってばかり。それ故に、魔獣は攻撃にまで手が回らず、一向としてエリアボスに攻撃を与えることがままならなかった。ダークスネイクの時もそうだ。主人公アレウスがでしゃばることで彼のペースを乱してしまい、大蛇の進行を妨害してしまい、大蛇にダメージを与えてしまい、彼自身を邪悪なる攻撃の的にしてしまったり。……これまで上手くいかなかったことの全てが、この主人公アレウスという俺自身が原因であったことに気付かされる。
天叢雲剣の怒れる怒声が響く。邪悪なる闇の柱を大量に生成し、そこから飛散する黒の飛沫や両腕によるラッシュが二人に襲い掛かる。
それらを、回避や、召喚獣による攻撃の相殺を介して互いにカバーし合いながら。エリアボスの攻撃を稲妻で強引に防いでいくジャンドゥーヤの力技と。無数もの大蛇による数の暴力で、着実と天叢雲剣へダメージを与えていくダークスネイクの的確な手腕が相まって。
……なんだよ。これじゃあまるで、俺がいない方が本来の実力を出せるみたいな戦闘を展開しているじゃないか。
「…………クソ。くそっ…………」
込み上げてくる、虚しき感情。ブレイブ・ソウルに蓄積されゆくこの感覚と共に流れ出してきたのは……悲しみも悔しさも含まれない、虚無からなる大粒の涙。
主人公が、なんて情けない。今こうして悔し涙を流す様に、これまでと、まるで良い所が無いまま物語を進めてきてしまった、自身の無力さに改めて直面して。今までも、上手くいかなかったことにも何とか堪えてきたその感情が今、エリアボスを前にしたこの場面で爆発してしまい、収まらなくなってしまった――――
【~次回に続く~】




