力不足 4409字
エリアボス:天叢雲剣との戦闘に、ユノが加入した。
イベントを介することにより、こちらのパーティーには心強い味方が一人加わった。ユノを加えた三人パーティーという新たな編成で、主人公アレウスは眼前の脅威へと再び立ち向かっていく。
天叢雲剣もまた、目を細めながら眼前の勢力を見据えた。白く光るその眼光は静かな殺意を滾らせて、自身の行動を邪魔してきた彼女へとヘイトを向けていくものであり。その眼光に狙いを定められたユノもまた、その邪悪の化身が秘める実力を見抜いて、より一層もの警戒を強めた戦闘態勢をとっていく。
互いに様子をうかがい睨み合う、静寂の空間。疾風が通り抜ける清々しい音のみがステージに響くその中。……静止したこの戦況を一気に動かしたのは、天叢雲剣であったのだ――
戦闘の再開を知らせるアクション。眼前のエリアボスが動き出した。
再開と同時に殺気立つ形相で両腕を振り被り、それを思い切り地面に叩き付けて振動を引き起こす。邪悪の波動がステージに伝う中、叩き付けた地点に闇の柱を生成して周囲へと棘を撒き散らし。敵方の行動範囲を狭める自身のフィールドを作り上げたところで、ヤツは伸縮自在の邪悪なる右腕をユノへと伸ばして攻撃を繰り出していく。
その攻撃の軌道上に現れたのは、ユノの召喚獣ジャンドゥーヤ。それは真っ向から迫る拳にどっしりと身構えて、荒々しく猛る二本の角を突き出し、なんとその拳を真正面から受け止めたのだ。
攻撃をふんばりステージを滑っていくジャンドゥーヤ。あの巨体をも押し退ける拳のパワーは正に、破壊という言葉が見合う威力を有していることがうかがえる。
だが、二本の角に黒と紅の雷を生成するジャンドゥーヤ。悪魔の如き雄叫びと同時にして、爆発するよう放たれた漆黒と鮮紅の稲妻はその拳を容易く弾いてしまい、伸びる巨大な右腕が逸れることにより、予想外の一撃にて天叢雲剣は体勢を崩すこととなった。
「ッ……ッ――!!!」
殺気立つ表情から一転として、そこには僅かに冷静さを取り戻した真剣な眼差しが垣間見えた気がした。
ジャンドゥーヤの行動を合図として、一気に駆け出した主人公アレウス。共にしてダークスネイクも召喚獣の大蛇を呼び起こし、それは数匹からなる束を織り成してエリアボスへと飛び出していく。
「ブレードスキル:エネルギーブレード!!」
クリスタルブレードに青白い光源を宿し一気に距離を詰めて。天叢雲剣への接近を果たして飛び込み、攻撃を仕掛けていく。
……が、しかし、ここでもダークスネイクとの噛み合わなさが発揮するハメに。その時にも、真正面を横切った大蛇に行動を妨害されてしまい。それに押し退けられて、空中やられの状態で疾風に流されてしまった。
また彼に注意を……という暇もなく、これは致し方無しと割り切り再び接近を図る。
目の前には、邪悪なる両腕を振るい自身の周囲を飛び回る大蛇を片っ端から殴り飛ばしていく天叢雲剣の姿が。こちらの存在には、どうやら完全に気付いていない様子だった。――で、あるなら、攻撃を仕掛けるならば今だ。接近を図るため、ブレードを構えて再び天叢雲剣へと飛び込んでいく。
……の、だが……。
「我が内に宿りし信念の深遠を根城とする、魔の結界を伝い空間を無辺際と渡り獲物を残酷に喰らう純黒と銀灰の凶暴なる蛇竜よ!! その絶好なる餌に、耐性を凌駕する蛇竜の猛毒を流し込み!! 我らを前に、体質などまるで無意義であることを知らしめる慈悲無き現実をヤツへと突き付けてやれィッ!!!」
天叢雲剣の周囲に充満し出す毒ガス。続けて、牙に毒液を垂らし、その巨大な口を広げて、邪悪の化身へと一斉に襲い掛かった大蛇の群れ。
毒という毒が束となって一点へと集結するその様は、自身がまるで、ヒュドラの巣へと迷い込んだ哀れな鼠であると錯覚さえしてしまえる、毒々しき恐怖が込み上げてきたものだ。
…………で、主人公アレウスは、そのヒュドラの巣に踏み込んでしまっていたものであり。攻撃モーション中であるこの身体は、回避というコマンドを受け付けてくれやしない。……ということで、次の展開は、既に想像できてしまえるものだろう――
「なァッ!!? 好敵手!? 貴様っ何故、我が蛇竜が織り成す猛毒と破壊のスパイラルへと自ら飛び込む!? 貴様はなんだ!? そうまでしてこのおいらに殺されたいのかァ!!?」
「おまえっ、俺が接近戦しかできない剣士であることを忘れていただろ!?」
充満する毒によって、既に状態異常:毒を発症していたその中。空を覆い尽くす大蛇の群れが、大口を広げてこちらを飲み込まんと降り掛かってくる景色が繰り広げられる。それは、血の気が引く生理的な嫌悪感が背筋をなぞるおぞましき景色であったものだ。
攻撃モーション中で止まれない以上、もう今更これをどうすることもできない。だったら、せめてこのスキル攻撃をエリアボスに当ててから、その後を考えてやる!! もはや開き直りの域に達したこの念と共にクリスタルブレード振り上げて、頭上の大蛇へと視線を向けていた天叢雲剣へと思い切り振り下ろしていく。
相手もまた、頭上に気を取られていたのだろう。今となって、こちらの接近に気付いたエリアボス。その時には既に、この一撃はヤツの額に直撃していて。その手応えは、この手元に十分に伝っていた。
クリーンヒット。正面から入ったこの攻撃は、確実にヤツへダメージを与えたことだろう。……と、そう確信を抱いていたその矢先で。力を振り絞っても振り抜けない感覚に違和感を。そして、この攻撃が直撃したはずの邪悪の化身が、呆れ気味にそうセリフを放ってきたのだ。
「ッてめェいい加減にしろよなァ。こんな状況でも飛び込んでちょっかい掛けてきやがって。非力なんだよてめェはよォ。てめェなんかのたかが知れたちっぽけな存在に、オレはいちいちと構っている暇もねェんだよ。てめェなんざ所詮、オレに対して何もできやしねェんだ。自分の立場も理解していねェってのか? 身の程を弁えろってんだ、この雑魚が」
「…………ッ?!」
エネルギーブレード。これまで、エネルギーソードと合わせて数多のモンスターを倒してきた、俺の十八番とも言えるだろう、シンプルながらも手軽に威力を出せるそのスキル攻撃。
確かに、この攻撃はヤツの額に直撃している。……というのに、その攻撃を受けてもヤツは微動だにせず。その邪悪なる漆黒に染まる額に刃を受けたまま、もはや殺意を通り越した呆れた調子でそうセリフを吐いてきたのだ。
――ヤツが軽く頭を振ると、このクリスタルブレードは衝撃によって弾かれてしまう。
加わった衝撃に耐え切れず、手元からブレードが飛んで行ってしまい。武器を手放してしまったこの窮地に、一気に走り出した緊張が感情となってブレイブ・ソウルのゲージへと蓄積されていく。
……まずい。それを思って、反撃を覚悟して両手で防御する構えを取るが。一方として、ヤツはもうこちらに見向きもせず、その視線を、上空の大蛇に交じる黒き獣へと向けていたものだ……。
「召喚士スキル:黒き稲妻ッ!!」
襲い掛かる大蛇の間から姿を現したジャンドゥーヤ。その黒き獣から放たれた漆黒と鮮紅の稲妻は、主人公アレウスごと巻き込む広範囲の攻撃であった。
強力な攻撃に巻き込まれたと言えども、その加減は実に絶妙だった。天叢雲剣へと放たれたその稲妻は、思惑通りと言った具合にこちらを無傷で吹き飛ばして。この身は、眼前の邪悪なる存在から突き放される。
続けて、稲妻から発生した煙に紛れて降り立った黒き獣に拾われる。身に付けている防具に角を引っ掛けられ、くいっと上げられて背中に乗せられて。その鮮やかな一連の行動で、ジャンドゥーヤは大蛇が迫るこの地から飛び立つ。
その直後にも大蛇の密集が天叢雲剣に襲い掛かり、この地は瞬く間と大蛇の毒に塗れたのだ。
群れを成した大蛇が小さき獲物へと群がる、生理的に恐怖する光景を上空から眺める。
その周囲には土埃と毒ガスが漂い、それは地響きと共にもくもくと発生して、疾風に流され行く。そんな光景へと、大蛇は勢いを緩めずに次々と突っ込んでいくものであり。こんなものに襲われたら、俺だったらまず生きて帰ることなんてできないだろうなと、ダークスネイクの実力に改めて戦慄を覚えたものだった。
……こうして眺めていると、黒と紅の電撃を迸らせながら空を駆けるジャンドゥーヤが、突如とこちらを振り落としてきた。
宙に投げ出されるこの身体。それに驚いて、言葉も出せずにいると、その角から放たれた漆黒と鮮紅の稲妻は、宙に投げ出されたこの身へと迸り始める。その発射された稲妻はこの背を掠ると、次の時にもこの身は電撃に引き寄せられて。主人公アレウスはこの稲妻を、滑り台のようにばちばちと音を立てながら滑り落ちていく。
驚きで上げる絶叫。頭を下にした姿勢で落ちていく感覚に、脳天がきゅぅっと締められるような感じがして。稲妻に沿って頭から地上に落ちると、電撃が弾けたその衝撃でバウンドしながら、なんとか無傷で降り立つことができた。
何かのアトラクションを経験した気分だ。ゆっくりと起き上がり、足元の地面に突き刺さっていたクリスタルブレードを拾い上げる。
先にも天叢雲剣に吹っ飛ばされたそれを拾い、再び構えて次の展開へと備えていく主人公アレウス。……ではあったのだが。そんな自身に湧いてきたある感情によって、この身体には無気力な感覚が巡り出すこととなったのだ……。
「…………ッ俺は、一体どうすれば……」
眼前で繰り広げられる光景。それは、大蛇の群れと立ち込める毒ガスを邪悪なる力で一掃し、闇の爆発と共に、殺意を滾らせ再び姿を現した天叢雲剣。平然とした様でユノとダークスネイクのもとへと向いては、その異常に発達した両腕を構えて戦闘態勢をとるヤツの様子と。そんなヤツへと勇敢にも立ち向かう、熟練者のユノとダークスネイクという三人の姿を眺めている内にも、この胸にはある念が過ぎり出してしまったのだ。
……自身の存在はきっと、味方の足枷になっていることだろう。なにせ、あろうことか、敵にさえ邪魔者扱いまでされてしまったのだから。
……このゲーム世界の主人公が、こんなにも弱くて、脆くて、か弱いだなんて。これじゃあ、俺はただの厄介者じゃないか、と。自身の存在意義に、疑念を浮かべてしまったのだ――――
【~次回に続く~】




