巡る運命と共に―― 3181字
「っ――――ブレイブ・ソウルのゲージが、足りない……ッ」
それは、初歩的で痛恨のミスだった。ヤツの言葉に感情的となって勝手に乗せられた挙句の、ならば度胸が無いということを否定してやると、真っ向からの勝負を挑んだその矢先で犯してしまった重大なミスであった。
……これから回避を行おうとも、あの強大なエネルギーを避ける猶予は既に無い。それは、加速を以ってしても、既に間に合わない距離にまで引き付けてしまっていたからだ。
もっと、冷静に自分の足元を見なければならなかったか。自身の管理を怠っていたがために招いてしまった絶体絶命の場面に、後悔の念ばかりが募り始める。
――もはや、これまでなのか。
幾度と無く抱き続けた諦観の念。事ある毎に付き纏うこの感情は、何度と経験を介しても尚一向に慣れる気がしない。……諦め切れないのだ。目の前の現実を認めたくなんか無いんだ。その、もはやどうすることもできやしない場面に何度と何度と幾度と幾度と遭遇しようとも、この心は決して挫けることを止めたりなんかしないのだ。
――前を見据える気持ちを介して、これは、一つの確信へと変わった。
俺はまだやれる。まだ前へ進める。こうした絶体絶命で精神が挫け、身も崩れ散ってしまいそうな時でも。この、抱きし想いを信じることができる限りは、必ず何かしらの運命が巡り、こちらに手を差し伸べてくれる運命が存在するのだと……。
「召喚・黒き獣ッ!! 召喚士スキル:黒き防壁ッ!!」
視界いっぱいに広がった、黒と紅のエネルギーが織り成す巨大な防壁。
黒と赤の交じる、鼻をつんざく法撃の臭いがこの意識を覚醒させて。目の前で起きた出来事に、これまで支え続けてくれた"彼女"がまた、こうして現れてくれたのだと希望が溢れ出す。
「ユノッ!!」
眼前の防壁は、放出されたあの巨大なエネルギーを何とか食い止め続ける。しかし、あの彼女の法撃を以ってしても、それは少しして防壁は砕け散り、壁が破られる形でエネルギーの束が再びと視界に現れ出す。
だが、眼前の防壁が破れると同時にして加わった、横からの衝撃。次にも、上空を飛ぶこの身体。もふもふなのか、ざらざらなのか。黒と紅の毛並みに触れている現状に、視線を下へ向けていくと。この身はいつの間にか、ジャンドゥーヤの背中に乗っていたのだ。
「召喚士スキル:黒き稲妻ッ!!」
地上からの宣言が聞こえてくると、ジャンドゥーヤに生える二本の荒々しく猛る角から、漆黒と鮮紅の稲妻が放出される。その稲妻は、こちらを見上げる天叢雲剣が作り出した闇の柱と棘を粉微塵と粉砕し消滅させていく光景を繰り広げた。
邪悪なる能力で追撃したその本体は、稲妻の攻撃を避けたのだろう。稲妻を避けてその場から距離を置き、周囲に探りを入れていく素振りを見せていく。そして、新たに乱入してきたユノの姿を捉え、より漲り出したのだろう殺意に形相を歪ませ、不愉快そうに唾を吐き捨てる様子を見せていく天叢雲剣。
一連の流れの中で、ジャンドゥーヤに下ろしてもらい。地上に降りるなり、主人公アレウスはユノのもとへと駆け付けた。
「ありがとう、ユノ!! ホント、俺は毎度と助けられてばかりだな」
「そんなことは気にしなくてもいいの! アレウスはまだ新人の冒険者さんなんだから、こういうすごく大変な荒事は、経験豊富な先輩達に任せなさい!!」
胸を張り、自信満々にそう言い切ったユノ。言い終えると共に、天叢雲剣と向かい合うのだが。……相対する存在の異質な雰囲気を感じ取ったのか。その自信満々だった表情は、その時にも薄れて真剣味を帯びた顔つきとなる。
「……あれは? ……"彼"は何? なんだか、すごく、嫌な感じ……」
「その直感は正しいよ、ユノ。守護天使のミントがこう言っていた。あの敵を倒せば、今回の戦いは終息する。って」
「つまり、この戦争の元凶と見ていいのかしら。――それなら、一刻も早く倒して風国の再建に取り掛かりましょう!!」
セリフと共に、右手の甲に魔法陣を浮かばせて戦闘態勢へと移行するユノ。天叢雲剣もまた、殺意に満ちた眼光を彼女に突き刺すよう、そのヘイトをユノへと向けていく。
――そして、ふと、感じ取った背後の気配へと振り向いて確認する。すると、そこにはボロボロになりながらも、真っ直ぐと前方の邪悪なる存在を見据えるダークスネイクの姿があったのだ。
「スネイク!! あれだけ攻撃されても平気だったのか……!?」
「っふ。この蛇神帝王を見くびってもらっては困るな、我が好敵手よ。回復薬という傷付いた心と身体に癒しの効果を付与させる神器さえあれば、このダークスネイクは何度だって立ち上がる!! ……それにな、我が蛇神帝王としての魂が疼くのだ!! この、我が蛇竜の毒牙にてかの鼠を狩らなければ、この蛇神帝王の名が恥じると訴え掛けるのだ!! かの敵こそが! 我が蛇竜が求めるに相応しき、上質なる餌であり!! かの存在を喰らいしその瞬間こそが! 我という存在、ダークスネイクという存在が、あの、次元の超越という言葉を想起させる貴様の従者に追い付ける、唯一無二となる卓抜な勝利を演出することができると。そう、我の魂が使命感として訴え掛けるのだッ!! ――で、あれば! この疼く魂を抑えるなど愚行の極み!! 我は絶対に、貴様の従者を越えてみせる!! …………このおいらの存在意義を証明するためにも、この戦いには、決して負けられないのだ……!!」
それは、彼がこのボス戦に臨むキッカケともなったのだろう、ミントへの対抗を思わせる意識から生じた彼の意思。傭兵という、強い信念の持ち主が織り成す、眼前の脅威に決して引けを取らないその姿勢は。あまり気の合わない同士であるこちらからしても、この胸に訴え掛けてくるものがあった。
そこからは、彼の強い意思を感じ取れた。ミントに負けられないといった、彼の譲れぬ想いに、彼がとても頼もしく思えた。……だが、そんな彼に、この事実を伝えなければならないだろう……。
「……あー、スネイク。その毒牙のことなんだけれども。……あいつ、あらゆる状態異常が効かないらしいんだ。だから、その、スネイクが得意とする毒は……一切通用しない、死にスキルになっている」
「っふ。それがどうした。余計な心配であれば不要だ。それが例え、我が蛇竜の毒牙を無効にする体質を宿していようとも、我が蛇竜の毒牙に潜みし猛毒を以ってしては――――って、何ィッッ!!?」
驚愕のあまりに、反射的に禍々しきポージングを決めていくダークスネイク。
……まぁ、驚くのも無理も無い。メインウェポンである毒が、その敵に対してはまるで意味を成さないということは。実質、天叢雲剣というエリアボスは、彼の天敵と言っても過言ではないのだから。
ダークスネイクもまた、ユノと並ぶ実力の持ち主であることは確かなことだった。だがしかし、メインウェポンを封じられてしまっては、そのポテンシャルを発揮しようにもその手段が無く、苦戦を強いられることは確実であったものだ。それを考えると、ここでユノに合流してもらえたことは、それこそ、巡る運命による救いの手であったのだ。
――会話を交わすその最中にも、その邪悪の化身は拳を握り締めて動き出す。
それに伴い、ユノに続いてダークスネイクと共に戦闘態勢を構えていき。この瞬間にも、ユノを加えた三人のパーティーで、眼前にて猛威を振るうエリアボス:天叢雲剣との戦闘に再び臨むこととなったのだ――――
【~次回に続く~】




