エリアボス:天叢雲剣 ② 2791字
気付いたその時には、この身体は上空へと打ち上げられていた。
この腹部に走った、ドス黒く靄がかるような、腹の表面が蝕まれ往く感覚。打ち上げられて疾風に流される中で、その光景を確認する。
……そこに広がっていたのは、エリアボス:天叢雲剣の周囲の足元に飛び散っていた、ペンキのような禍々しき黒の飛沫。主人公アレウスが踏んだのだろう黒の飛沫からは、エリアボスとは異なる異様に発達した筋肉質の右腕が、まるでこちらを殴り付けたかのようにハッキリとした形を模して。それは、本体とは別となる第二の右腕と言わんばかりに突出していたのだ。
突然の攻撃に驚きながらも、その光景を冷静に観察する。
――すると、天叢雲剣が振るう異様な右腕からは、払われる度に腕から黒の飛沫が周囲へと飛散する行動パターンがうかがえたのだ。そして、その飛散する黒からは、振るう右腕に連動してまた新たな右腕が出現し、雨のように襲い掛かる大蛇の群れを悉く迎え撃ってしまっていたというもの。
飛散する黒は宙を飛び、宙から無制限と現れる右腕の数々。一度の攻撃で五つほどの黒が飛散するため、一度の薙ぎ払いで五つの追撃が出現。一度の攻撃で、計六発もの拳が一気に襲い掛かってくるのだ。
行動パターンを見つけたところで、疾風に流されるまま地面に落ちて転げ回り。やられ状態が落ち着いたところで、被弾によるHPを確認する。
……数値となって表れていたのは、満タンからごっそりと磨り減ったHPの残量。若干と赤く点滅するそれは、一度の攻撃の重みを嫌と言うほどに思い知らせていた。
「……くそっ! アグレッシブスタンスで防御力が下がっていたからとは言え、あの一発で半分は持ってかれたぞ……!!」
半分になったHPに焦燥が一気に募り。慌ててアグレッシブスタンスを解いてすぐさまとポーションで回復。
ブレイヴ・ソウルも俊敏へと変えて、再びエリアボス:天叢雲剣のもとへと駆け出そうとする。……の、だが。その時にも、こうして視界に入った戦闘の光景に、ある違和感を抱くこととなった。
……そう言えば、エリアボスのヤツ。絶好の隙を晒したこちらを一切と狙ってこなかったな。
それを思い、目の前の光景を視界に捉えて。同時に、あることに気が付くこととなった。
……それは。エリアボス:天叢雲剣は、ダークスネイクのみに執念深きヘイトを向けていたというものだった――
ダークスネイクの操る大蛇へと注目を向け続ける、エリアボス:天叢雲剣。発見した数々の行動パターンに、次はそれらの行動を起こす法則性を発見するべく、手に持つクリスタルブレードを握り締めて再びと敵への接近を図っていく。
接近にあたって、エリアボスの振るう右腕から飛散する黒が非常に厄介である。それは、飛沫となって周囲の地面や空間へと飛び散った邪悪なる飛沫が、右腕による攻撃に連動してそこから漆黒の右腕の形を成して辺りへと殴り掛かってくる、設置系の攻撃手段。
ただでさえ異常に発達した天叢雲剣の、驚異的な攻撃範囲を誇る右腕に加えての。ほぼ無差別に振るわれる、黒から突出する追加の範囲攻撃。手数によって魔法使い系統の職業をも苦しめて、その範囲攻撃によって剣士系統の職業も近寄らせることを許さない。
……リカバリーが利き過ぎていて、ヤツの弱点や隙がまるでうかがえない。自身の弱みもしっかりとカバーする立ち回りに、意思という思考回路が搭載されしNPCの行動に苦戦を強いられることとなっていた。
「ブレードスキル:パワーブレードッ!!!」
複数に渡る標的であれば、こちらもまた広範囲による攻撃で対抗する。
ブレードに橙の光源を宿して再び駆け付けて。黒の飛沫から現れる右腕を掻い潜り、この一撃を、エリアボス:天叢雲剣へと振り被る。
……のだが。その瞬間にも、視界の横から割り込むように入ってきたのは、例の如くとも言うべき大蛇の頭――
「大気を揺るがせ!! 我が混沌の申し子、数多の天泳ぐ蛇竜の群れッ!! その毒々しく艶やかに放つ鱗の輝きは、蛇竜の往く空間の道に灰のみを残す!! 今こそ! 我と共に歩みし幾多もの歴戦の軌道を描き!! 眼前の邪悪なる存在の運命を絶ってみせよッッ!!」
ダークスネイクの合図をキッカケに、この空間を無辺際と飛び交う複数もの大蛇の口元から流れ出す紫の液体。目にしたその攻撃手段のことを、彼と戦闘を交わしたあの日から、それに含まれる状態異常の効果に厳重な注意を払ってきたものだ。
邪悪なる黒の飛沫とは異なる、この地に辺りへと飛び散り出した毒々しい液体。黒と相まってこの視界に余計と飛び交い出した新たなギミックに、嫌な予感のままに思わずとこの足を止めてしまう。
「ッ?! お、おい、スネイク。危ないだろッ!! この限られたステージの中で、こんな毒までもが飛び交い出したら――づァッ!!」
チームプレイが皆無である彼の戦法に怒鳴るその間にも、飛んできた紫の液体が身体に掛かり、状態異常:毒を発症してしまった主人公アレウス。
HPが紫色になるステータスの変化に意識が向きがちになってしまうものの、こんなもので怯むわけにもいかないとすぐさまに駆け出してエリアボスへとブレードを振り被り。
橙の光源が宿るクリスタルブレードの一撃。広範囲に渡る、渾身のブレードスキル:パワーブレードが今、炸裂する――のだが。その手応えは、あの大蛇の鱗に斬りかかったような気がしなくもない……?
「っんぉィ!! 何度と言えば貴様は理解するんだこの我が好敵手ッ!! このおいらの召喚獣に攻撃をするなと、先程からあれほどと言ってきているだろうがぁッ!!」
「あんたの召喚獣の毒も、俺のもとに降り掛かってきているんだ!! こっちもおかげで毒を発症して、全く別の事に手こずらされている真っ只中なんだよ――ッぐォッ!!!」
向けていた視線とは異なる方向。不意を突かれる形で、腹部に走った衝撃にHPが減少する感覚。
疾風に流されながら吹き飛ぶこの身体。その間にもこの目が捉えたのは、あの黒の飛沫から突出した右腕に殴り飛ばされた事実を知らしめる、禍々しき拳が突き出されている光景。
こんな場面においても、ダークスネイクとはまるで連係が取れず。むしろ、そのあまりにもな息の合わなさで、仲間同士で疲弊し合っているようにも見えなくも無い上に。……エリアボス:天叢雲剣は、容赦無しと振るい続けるその右腕に加えて。漆黒に染まる異様に発達した腕を使用した、新たなる攻撃手段を行い出していく
エリアボスの新たな行動によって、主人公アレウスが今以上もの苦戦を強いられることとなったのだ…………。
【~次回に続く~】




