危険はいつも突然に
『ワオーンッ!!』
仲間達と共鳴することで、相手への威嚇を強めていくオオカミ人間の群れ。
既に戦闘画面へと移行していたのであろう。この遠吠えという行動によって、相手全体に攻撃のバフが掛けられる。
つまり、自身らの攻撃力を上げるための特技だったというわけだ。
完全に様子を見ていた俺は、自分のターンを無駄にしたことに気付く。
そして、序盤からこちら側へ傾いたこの戦況を好機と見たオオカミ人間の群れが行動を起こし――
『ワオーンッ!!』
オオカミ人間Aが、そのソードを振り被りながら俺への接近を図り出した。
雑なその装備の扱いから見て、オオカミ人間Aは自身の手持ちであるソードという武器に慣れていないことがわかる。
ということは、おそらくスキルまでは持ち合わせていないかもしれない。そう、経験による判断を下した俺は、劣勢から訪れた不意の好機を逃すまいとその行動を起こした。
「エネルギーソード!!」
余裕のある行動で。俺は相手の行動に重ねるようスキル、エネルギーソードを繰り出す。
攻撃とスキルのぶつかり合い。これに関しては、より特殊な扱いを受けるスキル側が優先されるというシステムを、あのドン・ワイルドバードとの戦いで経験済みだ。
そうして、あの決死の戦いで得た経験は、明日を歩む俺の糧となって活きてくる――
『ギャオゥッ――!!』
オオカミ人間Aの攻撃を貫通した俺のエネルギーソードは、見事に眼前のオオカミ人間Aに直撃。
MPを纏う青い光源のスキルを食らったオオカミ人間A。自身の攻撃が破られただけでなく、身に受けた攻撃が大ダメージとして加算されたことで、あえなく後方へとぶっ飛んでいく。
目をバツ印にして。甲高い断末魔を上げながら。なんと、俺はエネルギーソードの一撃でオオカミ人間Aを倒すことに成功した。
『ワゥッ――』
『ワゥッ――』
やられてしまった仲間の様子を目撃した、オオカミ人間の群れ。
一撃で葬られたその光景に、群れである他のエネミー達は一歩退いて俺の様子を伺い出す。
その次には、仲間達と交信しているのだろうか。
こちらへ向いたまま、小さな唸り声で何かを喋るように互いの意思を疎通させて。強張った表情で警戒を解くことなく。
決定を下したのであろう。群れであった残りのオオカミ人間達は、俺から背を向けて一斉に走り去って行ってしまったのだ――
戦闘終了――オオカミ人間Aのみの討伐となりながらも、俺は難なく目の前の戦闘から勝利をもぎ取ることができた。
「ふぅ。思ったほどの強さじゃなかったな」
オオカミの頭部と人間の体という奇抜な組み合わせに警戒をしていたものの、どうやらその問題はレベル差によって解決されたらしい。
序盤に上げ続けたレベルと、ドン・ワイルドバードと交わした戦闘の経験によって。俺は磨き上げられた経験とプレイヤースキルでより一層の自信をつける。
「戦闘終了。お疲れ様です、ご主人様。その落ち着きを払った余裕のある戦闘に。このミント・ティー、安心の念を抱きながらご主人様へのサポートに徹底を尽くすことができます」
安堵の表情を浮かべたミントが。その少女の姿を形成しながらゆっくりと降りてくる。
しかし、その足を地面に着地させたところで、ふと顔をしかめるミント。そして、険しい表情を浮かべながらミントは、一度区切った自身の会話をゆっくりと続けていった。
「そして。ご主人様、ある重大な報告がございます。どうか、そのままの落ち着きを払った状態で、こちらの報告を耳にしてください。ご主人様。どうやらご主人様は先の戦闘で、あるフラグの条件を満たしてしまったようです。こちらの、あるフラグの条件。に関してなのですが……どうやら、こちらはある一つのイベントを引き起こすフラグであるみたいで……。こちらのフラグは、これからご主人様がその身で体験することになりますでしょうサブシナリオとして、この先で展開される未来が確定となってしまいました……っ」
「ある一つのイベントを引き起こすフラグ……?」
ミントからの報告を耳にして、思わず俺も自然と顔をしかめてしまった。
報告の雰囲気からして、いかにもやってしまった感を予期させる不運を感じてしまって仕方が無い。そう、こうして何が起きるのか、まるで想像もつかないのが、このゲームの世界なのだ。
……全く。本当に油断ができないな、この世界は。
「こちらのイベントを解禁する条件についてなのですが……それはどうやら、オオカミ人間との戦闘において、オオカミ人間サイドの戦線離脱が条件となっておられるようです。では、こちらの、オオカミ人間サイドの戦線離脱という条件に関してなのですが……どうやらそちらは、対立したプレイヤーとの圧倒的なレベル差がフラグとなっているようですね。現在のご主人様のレベルは、既にこちらのフィールド:ピンゼ・アッルッジニートの渓谷を遥かに上回るものとなっております。よって、条件を満たしてしまったご主人様の現状は――」
申し訳無さそうな表情を浮かべながら。その先を知ってしまっているが故の、俺を哀れな者を見るような目で。
どんな形であったとしても、ミントは伝え難いその真実を俺へ伝えるために。その口をゆっくりと開いて言葉を繋げていった。
「……条件の達成による、特殊な場面への移行。つまり、ご主人様のシナリオ進行度に分岐が発生したことによりまして、これからの展開はサイドシナリオの進行へと移ってまいります。そして現在、ご主人様は半ば強制的なイベントへと突入したことによって――」
「アレウスー!! ミントちゃーん!!」
緊張を帯びたミントの声を掻き消すかのように。
こちらへ呼び掛けてくるユノの大声が、帰るために歩いてきていた道から渓谷の急傾斜にこだまし始める。
そして、その先からは――
「ハァ、ハァ、あぁよかった……! どうやら、二人とも無事のようね……!」
額から汗を流しながら。焦った表情を貼り付けて。
全速力で走ってくるユノの姿を確認し、俺はミントと共にユノの方へと視線を移した。
「無事って……。ユノ、一体何があったんだ?」
俺達に近寄るなり、安堵して俯きながら乱れた息を整えていく。
次に俺とミントの姿を上目遣いで相互に確認するユノ。そんなユノの様子に唖然としていた俺達の顔をその目でしっかりと確認したのか。ユノは一安心の笑みを浮かべながら一息をついて胸を撫で下ろした。
「さっき、この辺からオオカミ人間達の遠吠えが聞こえてきたから、もしかしたら誰かがこの渓谷にいるのかなと思って……! それで駆けつけてみたら、その先でアレウスがオオカミ人間達と戦っていたところを発見したの! ねぇアレウス! もし、あのオオカミ人間達を追い払ったのであれば、今すぐにでもここから離れなきゃいけないわ! 多分、アレウスの実力だと、あのモンスターの逆鱗に触れると思うから――」
そう言って、ユノが俺の手を掴んで引っ張っていこうとしたその瞬間であった――
『グオォォォーンッ!!』
大気を喰らうかのような、押し寄せてくる圧力を纏った遠吠え。
その喚声に含まれた声量が、この声の主の図体を容易く想像させ。その遠吠えから伝わった大気の振動が、この声の主との距離を明確にさせる。
瞬間――ユノの背後から、藍色の毛並みが揃えられた巨大な獣が突如飛び掛ってきたのだ。
「――ッ!?」
オオカミの頭部であるそれは、悠に二メートルを超える体格の良い人間の体を持つ、巨大な化け物。
獲物を捉えた凄まじい鋭さの眼光を対象に向けながら。餓えているのであろう、胃液と思わしき液体を悪魔の如く広げた巨大な口から垂らしながら。あらゆる生物の骨を粉砕するべく盛り上がった筋肉とその豪腕を振り上げて。
最初の標的として捉えたのであろう、ユノの後ろ姿。そんなやわな彼女の後頭部に目掛けて、こともあろうかその化け物はその驚異的な豪腕を豪快に振り下ろして奇襲を掛けてきたのだ。
「ユノッ!! 頭を下げろッ!!」
「えっ!? って――キャッ!!」
唐突な指示に反応が遅れたユノ。そんな彼女を不意の危機から救うべく、俺はユノの頭を左手で鷲掴みにして思い切り振り下げる。
そんな悲鳴を上げるユノの様子を尻目に。その勢いのまま俺は咄嗟に身を乗り出し、右手に握り締めるソードに青の光源を宿しながら目の前の豪腕に目掛けて振り被った。
「エネルギーソードッ!!」
奇跡的にも、相手の選択は攻撃。
スキル攻撃で相手の攻撃を凌駕したことによって、俺の行動は相手を上回ることに成功。目の前の巨大なモンスターの豪腕をエネルギーソードで強引にねじ伏せて、その勢いを殺すべく下方の地面へと盛大に叩きつける。
相手の豪腕が直撃した地面はその周囲を隆起させ、あらゆる方向へとその地割れを発生させる。
その衝撃波で吹き飛ばされたユノの姿と、突然の戦闘で球形の妖精へと変形するミントの姿。
彼女らがそれぞれの行動を移していく中で、俺は眼前の化け物と対峙するために次なる行動を起こそうとしたその時――
『っ――』
本能の危険信号が敏感に訴えてくる、驚異的な威圧感を漂わせる眼前の化け物。
捕食の対象である俺を見据えた化け物が、次に移した行動。
――それは、その場から後方への跳躍という、この地からの脱却であった。
意外な行動に俺は唖然としていたその瞬間に。
この戦闘を強制的に終了させる特殊なイベントが、フラグによってなんとも都合良く発生してしまったのだ――
「ッ――!? うぉァ――」
隆起した地面が形を崩し始め。固まっていた地盤が粉砕しながら。
俺が立っていた地点。つまり、あの化け物の攻撃が直撃した俺の足元は、なんと崩落という形でその地形を変えていたのだ。
「アレウスッ!!」
揺らぐ足元に身動きが取れない俺。
ただ喚くことしかできなかった俺は、こちらへ手を伸ばしてくるユノの姿を最後に。
ユノの手を掴むために伸ばした腕は宙を切り、重力と浮遊感を交えた感覚と共に見上げた先で、悲鳴を上げているユノを見送りながら。
球形の妖精の姿となって懐に飛び込んできたミントと共に、俺は渓谷の奥底へと落下していってしまった。
奈落の暗闇への落下に。恐怖と浮遊感に包まれて。
寄り添ってきたミントを労わりながら。この状況に俺自身は成す術も無く。
遥か底で波打っていた、激流の川へ着水することとなる。
途端に打ち付けられた衝撃と同時に沈むこの身体。
流れの激しいそれに全身という全身の神経がかき回されてしまい、俺はあえなくこの意識を途絶えさせてしまう。
そして俺は、この激流の勢いに、ただただ我が身を任せることとなってしまったのであった――




