戦闘のチュートリアル
「戦闘で大事なことはただ一つ! それは、相手を倒して戦闘に勝利すること!!」
先程、不思議な出会いを果たした少女ユノ・エクレール。彼女は、森林から現れたオークの群れを前にしながらも、人差し指を立てながら背後に佇む俺へ振り向き様に言い放つ。
どやっ。私、今最高にカッコいいセリフを決めたわ。そんな決め顔を俺に見せて満足したのか、ユノは視線を再びオークの群れへと移して右腕を突き出した。
「私の可愛いパートナー、ジャンドゥーヤ! さぁ、アナタの力を存分に見せ付けてしまいなさい!! ジャンドゥーヤ、黒き稲妻ッ!!」
ユノの指示と同時に、その漆黒の体毛と紅の線で彩られた禍々しき獣が構える。
唸り頭を下げた獣。それを引き金として、悪魔を彷彿とさせる枝分かれした二本の巨大な漆黒の角から流れ出したのは、純黒の電流と鮮紅の雷。
充電完了か。遠吠えと共に発せられた赤黒の稲妻。それの準備が整ったと思われるその瞬間、赤黒の稲妻が束になり一斉に角から飛び出す。
その勢いをそのままに。慈悲無きその速度は一直線を描きながら、稲妻に驚いて慌てふためくオークの群れへと直撃。
感電するオークの点々とした悲鳴。その周囲を取り巻く赤黒の煙。
エグい。そんな端的な感想を抱いた俺。それでもって、そんな雷撃の衝撃を受けたからなのか、赤黒の煙の中からなんと一本の剣が我先にと飛び出す。
そして、まるで落下位置が決められていたかのように、唖然としていた俺の足元に落ちてきたのだ。
「アレウス! それを拾って!! その武器はソードというもので、どの職業でも扱える万能な武器なの! アレウスの職業はわからないけれど、その武器であれば絶対に扱うことが出来る! ……はず!!」
「え、あ、あぁ……ッ!」
あまりにも唐突な展開ながらも、俺は慌てて足元のソードを拾う。
うわ、本物の剣だ。今まで触れたこともない代物ではあったものの、俺は感覚として察知した。そう、俺は今、とんでもない凶器を手にしている。
「武器を手に入れた今、これからはアレウスも戦闘に参加する人間の一人よ! いい? それじゃあ、まずはそのソードの持ち主であった手ぶらのオークを攻撃してみて!!」
そして、あまりにも唐突な戦闘の始まり方であった。
指示を受けたので俺は焦り気味にオークのもとへと駆け出す。戦闘の経験なんか今までに一度も無かったため、俺はただただ不安しかなかった。
……だが、そんな心配は、この世界においては何の問題もなかったようだ。
「お、おりゃァッ!!」
剣を振り上げながらオークへ接近し、それっぽい掛け声を上げながら素人の動作で叩き付けるようにソードを振り下ろす。
何も所持していなかったオークは焦りの色を浮かべた表情を最後に、いとも容易く俺に叩き斬られて後方へぶっ飛んでいった。
……あれ、戦闘なんて初めてのはずなのに。何故かこのソードを扱う感覚が既に備わっていて、この体に馴染んでいるように感じられる。
「そう! 中々に筋が良いわね! いい? 戦闘で大切なことは全部で二つ! まず一つは、自身のHPを残して戦闘で勝利を収めること! HPはヒットポイント。つまり体力ね! これがゼロになってしまうと、貴方は倒れてしまうわ! だから、戦闘中は常にHPに気を遣ってあげてね!」
HP。この手のゲームをしている人間であれば、とても馴染みのある言葉だろう。
「そしてもう一つは、相手のHPをゼロにすること! こちらにHPがあるように、相手にもHPが存在しているわ! だから、相手の実力を超えてHPを削り切る! これが戦闘という場面で大切なことよ!! ――って、アレウス! 横を見て、攻撃が来る!!」
完全にユノの説明へ意識を向けていた俺の真横から、俺と同じソードを所持するオークが接近。
マズい。そんな焦りが命取りとなるのだろうなと。戦闘における冷静さの欠如という敗因を、俺はここで認識させられることとなった。
「ぐおァッ――――!!」
ソードで斬り付けられ、後方へ吹き飛ぶ俺。跳ねるように地面を転がり、地面に突っ伏す形で動作が落ち着く。
マズい斬られた。血が出る。切り傷見るの怖い。いや死ぬかもしれない。この一瞬の内で巡る思考でより焦りを感じてしまったものの、すぐに俺は目に見えぬ自身の変化に気付くこととなった。
……豪快に斬り裂かれた胴体の切り傷からは、一滴とも血が出ていないのだ。痛みは多少ともあるものの、この痛みがとても剣で斬られたものだとは思えない。
唯一気になったことはと言うと、自身の中に宿る何かが磨り減った感覚を覚えたことくらいか。
なんだ、大したことなんてないじゃないか。そんな楽観的な思考へと結論を結びつけた俺は、さぁ今度こそとまるで何事も無かったかのように立ち上が――ろうとしたものの、俺はフラつく感覚と共に気力を振り絞りながらその場で立ち上がる。
そう、先程とは違って、体の自由が利き難くなっていた。
「アレウス! 相手からの攻撃を受けると、HPが減るの!! この攻撃された際のHPの減り具合は、自身のコンディションと相手のコンディションで精密に変わってくるから、戦闘はいつでも油断は禁物よ!!」
コンディション……? あぁ、所謂ステータスというものか。
確かに、自分の防御力と相手の攻撃力で、ダメージ量が変わるよな……。そんな自分なりの解釈を挟みながら、目の前でソードを振りかざしてきたオークへと視線を向ける。
「また攻撃が来るわ!! アレウス、よく聞いて! 相手からの攻撃はガードで受けることが出来るの! だから、まずはその攻撃をガードで凌いでみて!!」
ガ、ガード? 確かに、ゲームによってはそういうコマンドもあるが……。手に持つソードでどうガードをするのか。そんな疑問と共に襲い掛かってくる目の前のオーク。
考えている時間なんて無いようだ……もうどうにでもなれ! 俺は完全にやけっぱちな動作で無意識に行動をとってしまったものの、どうやら俺のやけっぱちな選択肢は正しかったようだ。
オークの攻撃を自身が持つソードで防いでやろうと、俺がソードをかざしたと同時に相手のソードが重なる。そして、結果としてはこの行動が功を奏した。
ソードの刃でオークの攻撃を受け止め、俺は相手からの攻撃の直撃を免れることが出来たのだ。
なんだ、攻撃を防ぐのは意外と簡単なんだな、と。安堵でホッと一息をついたのも束の間。俺はこのガードと共に感じた、自身の中の何かが磨り減る感覚をすぐさま察知する。
「ガードは安定して相手の攻撃を受けることが出来る防御方法! ただ、ガードの効果は飽くまでダメージの軽減! つまり、ガードをしても多少ものダメージは自身に蓄積されてしまうわ!! それでも、ガードというものは相手の様子を伺いやすい行動だから、リスクの低い安全策という感覚で使っていくといいわ! 相手の攻撃はまずガード。これを意識してみて!!」
簡単な防御手段であるために、多少ものダメージが蓄積されてしまうとのこと。
それではガードは意味無いじゃないか。そう思えてしまった俺であったものの、こうして相手の攻撃を間近で受け止めれば、それだけこちらのチャンスも巡ってくるというもの。
相手の攻撃をガードして、返しの一撃を当てれば良いのではないか。そう考えると、ガードというものはなんて大変便利な機能なのだろうとも思えてくる。
……最も、これは相手も行えるであろう行動の一部だということを忘れてはならないか。
「アレウス、もう一回攻撃が来るわ! それじゃあ、次は回避をしてみて!!」
目の前のオークが再びソードを振り上げる。これに合わせて、回避というコマンドを選択しろということか。
……え、回避? いまいちピンとこないコマンドに疑問を感じてしまうものの、もうここはなるがままにやるしかないと決心し、俺はオークの行動に合わせた雰囲気だけのサイドステップで攻撃を回避……することが出来てしまった!
「そう、上手い!! 回避はガードと違って、相手の攻撃を完全に避け切る防御手段! ガードのようにHPが減ることもないから、相手の攻撃をやり過ごすことができるの!! ただ、回避というものは百パーセント成功するものではないから、回避に関しては自身のコンディションと相談して行って!!」
要は、確率に全てを委ねた防御手段といったところか。
コンディションとの相談ということから、回避率というステータスがあることを考慮しなければならないのかもしれない。
「さぁ、回避で掴んだチャンスを物にするために、反撃をしちゃいなさいアレウス!!」
ユノの言葉に言われるがまま、俺はサイドステップの動作から地を蹴りオークへ前進。
攻撃が回避されたことで、完全にその隙を晒していたオーク。しまった。そんな言葉が聞こえてきそうな表情のオークへ、俺は斬撃を食らわせた――はずだった。
互いの鉄が打ち鳴る金属音。やはりだ、相手もガードを使用してくる。そして、相手の回避のタイミングも見計らわなければならないというわけだ。さもなければ、こちらが相手の反撃を受けることとなるから。
予想だにしていなかった緊張感。互いの生と死を分ける、命懸けの駆け引き。
それでも、せっかく掴んだこの勢いを緩める間もなく、俺はガードで凌ぎ続けるオークへ次々と斬撃を当てていく。
そう、相手はこちらの連撃をずっとガードで凌いでいる。それはつまり、相手のHPが段々と削れてきているということだ。だから、このままいけば削り倒せる!
しかし、相手も倒れるわけにはいかない。よって、この連撃の合間を縫うように、どこかで回避を挟んでくることだろう――!
「――ッここだ!」
敢えてこちらの手を緩めたその瞬間に、オークは回避を行う。そう、オークは回避を空振りした。ふむ、なるほど。これが回避の弱点なのだろう。
そォい!! 予想外にも上手くいった相手との駆け引きに、気合いを込めた渾身の一撃で俺は見事にオークを倒すことに成功した。まぁ、まだあと一匹が残っているのだが。
「すごいすごい!! 戦闘の技術あるじゃないのアレウス!! とってもカッコいい!!」
まるで自分のことのように、ユノは飛び跳ねながら大喜び。その隣で禍々しい獣が、律儀にお座りをしながら尻尾を振っている。
へへっ。そんな得意げな独り言をこぼしたその脇で、残りの一匹が俺のもとへと襲い掛かってきた。
よし、それではまずはガードで様子を見て、隙あらば回避と攻撃だ。
完全にこの世界での戦闘に慣れた。もう大丈夫だ。そんな自信と共に俺がガードの行動を取ったその時であった――
「……え?」
橙色に光り出す、オークが所持するソード。その光源を帯びた一撃をガードで受け止めた瞬間、内に宿る何かがごっそりと磨り減った感覚と共に、俺の体は後方へ吹き飛んでいた。
「うぁ――ぐェッ」
強力な一撃を受けた俺。予想外な展開に愕然としたまま、俺は立ち上がることもままならず地面に突っ伏したままという危機的状況。
一体、何が起こった……?
「あのオーク……スキルが使えるのね! アレウス! 相手の攻撃があまりにも強力であったり、スキルという特別な効果を持つ攻撃だと、ガードが破られることがあるの!! 相手のスキル攻撃は回避でやり過ごした方がいいわ!!」
それをもう少し早く言ってくれ!!
……と言っても仕方ない。これはゲームにおける、序盤のチュートリアルのようなものだろうから。いずれはこうなる運命だったに違いない。それにしても、いてェ……。
「アレウス! 実はさっき貴方の治療を施した際に、そのアイテムポーチに薬草を入れておいたの!! 今こそアイテムを使用する場面よ!! その薬草をかじってHPを回復して!!」
アイテムポーチ? なんだそれは。
浮かんだ疑問と共に、背面の腰辺りに手を伸ばしてみるとあらビックリ。なんと、どこからともなくあの苦い薬草を取り出すことが出来たのだ。
うわぁ。すげぇシュール。
そんな目を瞑るべき部分を目の当たりにしながらも、俺は素早く薬草を噛んでHPを回復。内に宿る何かが増幅する感覚と同時に、俺は飛び上がるように跳ね起きた。
「一つ一つの飲み込みが早いわね! さすがアレウス!! それじゃあ最後の仕上げね! では、こちらもスキルを使って相手を倒しましょう! 今、アレウスはソードを所持しているから……それじゃあ、初期で使用出来るソードスキル:エネルギーソードを使ってみて!!」
エネルギーソード……? シンプルな名前であることから、いかにも初期で扱える序盤御用達スキルと見受けられる。
スキルの使い方なんてわからないぞ。再度浮かび上がった疑念と共に、エネルギーソードという技名を脳内で思い描いてみたその瞬間。
なんと俺が所持するソードに青白い光源が宿り始めたのだ。
「うわっ! わわっなんだこれ!?」
「それがエネルギーソードよ!! いいわね、すごい順調ね!! そのスキルは、自身のMP、マジックポイントをソードへ付与することによって、相手に攻撃した際の攻撃力を上げるという技なの!! 通常の攻撃よりも高くなっている上に、スキルは相手のガードを破りやすくなる!! さぁ! そのパワーアップした一撃を、目の前のオークへおみまいしちゃいなさい!!」
ユノの指示と共に、俺は地を蹴り出してオークへ接近。
防御の行動で構えるオークの姿を中心に。俺は見据えた目標めがけて、この手で持つパワーアップしたソードの一撃を思い切り叩き込んでやった。
ガードが割れる際の、弾けるような独特の機械音と共に。目の前でガードをしていたオークは貫通を伴った攻撃に直撃。悲鳴をあげながら後方へ吹き飛んで戦闘不能となる。
……勝った。
今までに感じたことのない、命懸けの戦闘に初勝利を飾った魂の安堵。それには、もはや達成感というものは感じられず、あぁ、俺は生き残ったんだな、と。自身が生きていることへの奇跡に感謝の念を送ってしまえるほどの、切羽詰った現状がそこにあった。
……まぁ、だからと言って喜べないというわけではない。むしろ、勝利できてすごく嬉しいくらいだ……!
「……勝った、勝った。やった……! 勝った。俺、勝ったんだッ!!」