最終ウェーブ:決戦 4580字
階段のその先、風国という地域の一帯を見渡せる地点にて。このステージの背景として広がっていたのは、もはや風国という地域が見る影も無い、荒廃と橙色の暗雲の景色。地形は至って平坦で、障害物が存在しないそのステージは、最終決戦を控えたフィールドであることを示唆していたものだ。
――そして、この平坦の奥に佇む邪悪なる存在。"それ"はこちらの接近を勘付いてか、ゆっくりと振り返り、その黒き瞳が輝く不気味な眼光を向けてきた。
それは、百九十二もの身長の主。上半身と下半身それぞれには、これまでの"彼ら"と同様に黒の一色に染まる薄い上着と余裕のあるズボンを身に付けており。それらには、虫食いのような大きな穴がくり貫かれたように、不規則に点々と空いているデザインが施されている。
足元は漆黒と同様の黒に染まるブーツを。手には黒のグローブを装着しており。黒の下に控えた素肌は、割と筋肉質である肉体とは裏腹となる病的な青白さ。その白さは、長身と屈強な肉体とは相反して今にも倒れてしまいそうな印象を与えてくる。
又、顔は若干と縦長で細く。髪は漆黒に煌く刈り上げた緩いリーゼントで、上へ流れるよう伸びて揺らいでいるのが特徴的。青白い顔に浮かぶ黒の瞳と、両耳に付けられた黒真珠のようなピアスもまた、色白であるその存在に黒と白の対比からなる妖しい雰囲気を作り上げていて。その容貌だけでも人間とは異端であるオーラを醸し出し、その存在を目立たたせていたものだ。
……直に、その邪悪なる存在は殺気を滾らせる。憤怒の様相を見せ、その眼光で前方の存在達を殺さんとばかりに見据え、そう喋り出す。
「…………オレはよぉ、ちょいとこれが不思議に思えて仕方がねぇんだよ。この戦は確かに、"オレら"の勝利で終わるハズだった決定的な戦争だった。"オレら"に下された命令はよ、風国の強奪っつぅもんだったからさぁ。だから、本来ならば、この地をここまでボコボコに傷付けちゃいけねぇ戦争でもあったし。人類という、世界に蔓延る生命を宿すゴミ共が"オレら"に敵うワケがねぇって確信さえもしていたもんだからよぉ。まさかね、まさかね、こんな惨状を目撃する破目になるとぁ、オレは思ってもみなかったのよ」
この地を踏み締めるよう、ゆっくりと歩き出すその存在。
右手の拳を握り締めて。噛み締めた歯から零れ出す黒色の液体……。
「……ゾーキンの旦那の言うとおりだった。人類っつぅ生物をなめちゃいけねぇって、こういうことだったってことかよ。――ッハ!! ふざけんじゃねェぞッ!!! 何が人類だッ!? 自然の加護に護られているだけの、『魔族』に敵いもしねェ能無し野郎共なだけだろうがよ!!! それなのに! なぜだッ!? どうして! "オレら"は毎度毎度毎度毎度と"コイツら"に正義の鉄槌とやらを下されなければならないッ?!! 元はと言えば、"おめェら"がいけねェんだろうッ!? なァッ!? そうだろうッ!? 生存競争という大袈裟な言葉で仕立て上げ地に蔓延る人類共を洗脳し『魔族』を皆殺しにするよう仕向けた先人共の。"自身ら"が気に食わねぇ存在を叩き潰して安心するためただそれだけという"ヤツら"の自己満足のためだけに"オレら"が滅びなければならねェだなんてよォ!! んなの、そんな考えに至り実行し虐殺を展開する、人類という種族こそを狩り尽くし皆殺しにし絶滅させこの世の歴史から屠った方が、余程この世界のためになるとオレはそう思うのだがねェ?!! なァそうとは思わねェか!!?」
紅蓮の如き憤怒を滾らせて、身振り手振りを交えて怒号を散らし始めたその存在。
……彼は、とても悔しそうだった。それは、戦争に敗北する"自身ら"の行方を案じるものではなく。"自身ら"という種族の行く末を案じた、種族の存亡に関わり巡り巡るこの運命に成す術も無い、自身の無力さに嘆く様に見えなくもなかったものだ。
一瞬と訪れた静寂。疾風の吹きすさぶ音だけが流れる、戦中とは思えぬ静かな空間の中。間を置いて、再びとその存在が口を開き始める。……その視線を、この隣に佇むダークスネイクへと向けて。
「……てめェ。裏切ったな? "オレら"の情報を全て流したのがてめェということか? つまり、てめェが"オレら"の約束されし栄光の勝利をおジャンにしやがった元凶ということなんだよなァ?? ……その裏切りの代償に、どれほどの値が付くと思っての愚行だと思っていやがる? ただの処刑じゃぁ済ませやしねェぞ。この腐れ脳みそ野郎が」
"その存在"の言葉に対抗するかのように、ダークスネイクは禍々しい独特なポージングをとりながらそう言葉を返していく。
「裏切るだと? それは違うな。おいらはただ単に、彼らと新たに契約を結んだだけだ。傭兵という生き様を貫く我々の信念のからくりをよく理解していた彼らは、"貴様ら"の契約の穴を突いてこのおいらの信念を納得させた。――そう!! 人間の彼らには、知恵があったのだ! このおいらを取り込まんとする人間達の知恵が、"貴様ら"を上回っていたのだ!! ……尤も、この結果は至極当然なことだっただろう。なにせ、その脅威で力ずくに脅す手段しか頭にない"貴様ら"の行いは。それがたとえ主の駒となり使命を尽くす傭兵であろうとも、ただ失望を招かざるを得ない野蛮な手段であることは一目瞭然! ただ力のみを振りかざす輩は、知識を持つ者に勝つことなどは決してできない。残念だったな、『魔族』よ。このおいらを逃がしてしまったのも、全ては"貴様ら"の未熟で半端な知識が招いた失態に過ぎないのだ」
「っへ。んだよ、結局は情報じゃねェかよ。……やっぱり、ゾーキンの旦那が言っていた通りだ」
右手を額にあてがい、何かを悔やむ様子を見せる"その存在"。
噛み締める口元。悲しみの目つき。悔やみの感情に苛まれるその姿は、敵でありながらもどこか虚しさを思わせるものであり。その表情からは、彼が如何に自身を責めているかが、容易にうかがえてしまえたものだ。
……しばらくして、その右手を握り締める。次にも何かを振り切ったかのよう顔を上げて。その存在は自身に言い聞かせるよう呟いてから、突然、怒号と共にこちらへと叫び上げてくる。
「……こうなっちまったのも、全てはこのオレの責任さ。ったくよ、旦那はホントにすげェよ。……オレは、周りからちょいと特別な扱いを受けていたからよォ。それに気持ち良くなっていたオレの感情を、オレの性質を、ゾーキンの旦那はしっかりと見抜いていて。それでいて、こんなヘマを犯さないよう、きちんと対策を用意して。このオレに慎重になるよう様々なアドバイスを授けてくれていたっつぅのによぉ。なのに、オレはその旦那からのアドバイスを。オレは、自分には関係のねぇことだと判断して軽く聞き流しちまっていたものよ。……だがよ。今になって、ゾーキンの旦那が伝えたかった言葉の意味を。オレは、ようやくと理解することができた気がするぜ。――こっから先の戦いは、加護や恵みといった単なる偶然の事象で片付けられるものじゃねぇぞ、人類共。そういった偶然は、このオレが全て取っ払ってやるからなァッ!! そんな"おめェら"に残るものはあと一つ。それは実力さ。……ッククククク。ッハハハハハッ!!! 実力ゥ!? 元はと言えばなァ!! 『魔族』の実力さえありゃあなァ!!! あんな、大災害といった事故さえ無けりゃぁなァッ!!! "てめェら"みてェなちっぽけな存在如きィ!!! 弱ェくせにデカい顔をしてさもあらゆるものを知っているかのよう生意気にも世を語り続ける"てめェら"のような陳腐な下等生物如きにはなァッ!!! この、『魔族』様に敵うハズも無く無残に絶滅していたことに何ら変わりもねェんだよッ!!! そいつをぉ。単なる自然の災害のことをぉ。さも、"自身ら"の実力のようにでけェ顔をして悠々と戦場に突っ立っている"てめェら"の姿を見ているだけでぇ!!! オレはァ。オレはァァ……オレはァァ、胸糞が悪くて悪くてただこの本能の赴くがままに滅多矢鱈にぶっ殺してやりたくなってくるんだよォォォォォォオオオオッッッ!!!!」
憤怒に塗れた怒号が鳴り響くと同時にして、その存在は周囲に邪悪なるオーラを解き放つ。
純黒のそれは疾風に流されることもなく彼の全身を囲い始め。それは意思を宿す闇の如く蠢くよう彼の身を包み込み。触れるだけでも蝕まれ飲み込まれてしまいそうな、表面に滾る漆黒のオーラに身を隠すこと暫しして。それは突如と弾け出し、同時にして、彼は変貌を遂げて再びその姿を現した――
――百九十二もの身長は変わらずとして。だが、割と筋肉質であった肉体の表面は、先の病的な青白さから一転とした、闇そのものである禍々しき悪魔の如き漆黒に覆われている。一方として、身に纏っていた薄い上着と余裕のあるズボンは、漆黒とは正反対となる、純白とも呼べるだろう白の色に染まっていた。
漆黒であったブーツやグローブまでもが無垢を思わせる白に染まり。一方として、顔は邪悪なる漆黒に。漆黒に煌き刈り上げていた緩いリーゼントは、淡い輝きを放つ純白となって揺らいでいる。又、漆黒に染まりし顔に浮かぶ真白の瞳からは、その透き通る色とは思えぬ静かな殺意を汲み取ることができてしまえて。
全ての色合いが逆転した、新たな姿を披露しながら。憤怒のままに大声で叫び上げ、こちらへと戦闘の構えを取り始めたのだ。
「忌まわしき歴史を見ず知らずと。"自身ら"が行ってきた所業を忘却しのうのうと平穏な日々を送ってきた"てめェら"の面が、ただただと気に食わねぇッ!!! "てめェら"に歴史の深遠へと追いやられ、記憶と忘却の狭間へと突き落とされた『魔族』としちゃぁなァ。人類が正統な生物であると、この命を賭してでも絶対ェに認めるわけにはいけねェんだよォオッ!!! "てめェら"人類の時代の終焉はすぐそこにまで迫ってきている。これからは、『魔族』という新人類が正統となりこの世を引き継ぐ世へと変化してきているんだ!! おめェらは、『魔族』の起死回生からの永劫となる繁栄を築く礎となる、『魔族』が新人類となって世に必要不可欠となる正統な存在へと成り上がる踏み台にしか過ぎないッ!!! 人類共ッ!! "てめェら"の時代はもう終わりだ!!! これからは、この新人類が。"てめェら"悔し紛れの抵抗の末に絶滅を迎えた人類の魂を率いて、この"オレら"がこの世を統治してやっからよォ!! だから! 先人達の無念を晴らすためにも。オレら『魔族』の能力に屠られてさっさとこの世から消えていなくなってしまえってんだこの腐れ脳みそ野郎共がァァァァァアアアアァッ!!!!」
ぶくぶくと膨れ上がる彼の両腕。怒号交じりの咆哮と同時にして、彼の腕は筋肉質とは異なる異常な発達を遂げて。それは一気に肥大し、今にも破裂し四散しそうなその両腕を振り被りながら。完全な戦闘の態勢となって、"その存在"は構え出す。
……ただならぬ能力を思わせる、周囲の『魔族』とは明らかに雰囲気の異なる邪悪なる化身の姿を見据えて。主人公アレウスも、NPC:アイアム・ア・ダークスネイクも構えて戦闘態勢へと移行し。
彼の変貌をキッカケとして。このメインクエスト:対『魔族』迎撃作戦における最後の締め括り、エリアボスとの戦闘が幕を開けたのだ――――
【~次回に続く~】




