ウェーブ四:出陣 4351字
混沌をもたらす爪痕を、惨く残酷に生々しくと刻み付けてきた邪悪の化身。"それら"は風国という神聖なる疾風の地を穢し、そして今も尚その地に生ける生命を悉くと手にかけていく。
……しかし、その振るっていた残虐の勢いも、とある天運に見放されし出来事をキッカケとして失速の様子を見せ始めたのだ――
先の自然災害によって大打撃を受けた邪悪なる化身の群。風国の全土を占領し、残るは一箇所に密集した人類を滅ぼしさえすれば、"自身ら"の使命を果たすこととなっていたことだろう。だが、世に蔓延る邪悪を決して許さんとばかりに降り注いだ隕石は、まるで疾風の地を守護する自然の怒り。敵うはずもない無限なるエネルギーに満ち溢れた、世界を構築し自然の摂理を生み出したそれに成す術も無く、"それら"は呆気なく、裁きの鉄槌に潰されることとなったのだ。
優勢から一気に劣勢へと陥った邪悪なる化身。確信に近き勝利が手元から遠く離れ。裁きの鉄槌によって士気を盛り上げた風国の勢力に退けを取り始める。
自身が指揮していた"自分達"が、こうもあっという間に窮地へと追い込まれた。自身の種族に宿る能力を以ってして、これほどまでの絶対的な敗北の予感に身を震わせ始めた"その存在"は焦燥のままに飛び立っては、何かを探すかのように風国を飛び回っていくものだったが。
…………しかし、次々と倒れ行く味方の姿に加えて、これまで慕ってきた彼の姿が見当たらない。
募り募る焦りに額や首からだらだらと汗を流していく"その存在"は、パステルなカラーの建物の屋上で膝をつき、頭を抱えてぼそぼそと呟き出していく……。
「……あ、ぁあ……ぁぁ……ッ!!! ぁぁ……なんだ、これは。どうしたんだ、これは? ……一体全体、一体何が起こって何がどうなって何がどうしてこんな状況になってしまったと言うんだよォッ??!」
募る恐怖に決死の形相を浮かべて叫び上げていく。
頭部を掻き毟り、額から汗を飛ばしながら周囲を見渡し、今自身が直面している思い掛けない現実にただ焦燥を隠しきれない。
それは、自身に責任がある故の崖っぷちな立場。自身の采配ミスが招いた、"自身ら"の敗北。己の無力に嘆き悲しみ、瞳を潤せて、色白の肌から浮かんでくる汗に絶望一色に染まる"その存在"……。
「ぁぁ、あぁ……なんでだよ。どうしてだ!? このオレの采配の、一体ドコがいけなかったと言うんだッ!? やっぱり。やっぱり、オレにはこの立場はまだ早かったってか!? っつぅかよォ、どうしてだ、なんでだ? 何故! "このオレ達を散々と追い込んで絶望の淵へと陥れ続けてきた人類の野郎共"が、どうしてこの戦の勝利に近付いているんだって話なんだよォ!! やっぱり。やっぱり、悪が勝つのか?? やっぱり、そういう損を招く邪魔者ばかりが得をする世の中ってことなのかこの世はよォ!!? ふざけんなァァァァァァァァァァァァァァァアアアッッ!!!」
激昂。後悔。悲愴。絶望。ありとあらゆる感情が一気に圧し掛かり、堪らずと叫び上げて屋上を殴り付ける。
振り抜かれた拳の一撃で建物に縦の亀裂がびっしりと走り出し。同時としてその存在の背から現れた邪悪なる翼。それもまた拳の型を生成し、屋上に手をつくよう拳の型の翼を下ろしてその場に待機する。
……震える喉元。潤いから一転として、突然と乾いた瞳。感情に揺さぶられて震え出す全身に、声を震わせて"その存在"は呟いていく……。
「……あぁ、あぁ……クソ。ド畜生が……なんでだよ、どうしてこんなことになっちまうんだよ……。なんでだよ。はァ?? なんでなんだよ……!?」
無気力に項垂れて、頭を抱え記憶を辿り出す"その存在"。
巡るこれまでの場面の中、ふと、とあるセリフを耳にしたその場面が映像となって流れ込んできた。
――数日前の、月明かりがやけに眩しくも思えたその夜。慕う人物を前にして、軽々とそう口にした自身のセリフ。
「んでも、ま、二連王国の連中でもなけりゃあ楽勝かまぁ問題無いかまぁまぁの強さかちょっと手こずるか。でも、まぁどうせそこまででもない連中だろうし? まぁー大丈夫っしょ。ね、旦那?」
その時は、まさかこんな結果になるだろうと微塵に思いもせずに、軽い調子でニカニカと笑んでいた。
だが、そこにすかさずと首を振って否定の意思表示を行い出したあの方。それの動作に少しばかりと驚いてしまう中で、彼はそう言葉を口にしたのだ。
「天、その考えは甘い。何せ、"ヤツら"はそういった僅かな勢力でありながらも最大限のポテンシャルを発揮し、気合い交じりのド根性で不利な形勢を一気に逆転してしまう、ウルトラパワフルな生命力を宿すとてもしぶとい連中なのだ。自身の心のマッスルとハッスル。奇跡というほんの数ミリもの穴に、勝利を想う意図を通してしまう勇敢なるガッツとそれを後押しするラックを発揮する。そんな"ヤツら"の勇姿は、敵ながら実に天晴れ。で、あるからこそ、"ヤツら"との戦争で勝利を収めるには、それ相応となる情報と奇抜な策、漲る戦闘力や奇跡にも動じぬ安定ある事前の準備が必要となる。"ヤツら"を叩くのであれば、それは徹底していなければならないのだ」
彼の、溢れ出す感情を抑え切れなくて拳を握り締め出すその様子は、自身が彼の部下でありながらも、実はどこか滑稽にさえ見えていた。
それもあり、半分は聞き流していたものであり。そんなことないだろーっと髪を毟って、ちょっと眠くなってきたから瞼を下ろしながら、適当に返事をしていく……。
「……"ゾーキン"の旦那の言ってることが難しくてよくわからないですぁ。なんつぅか、旦那、ちょっと考え過ぎじゃないすか? それ」
「その考えも甘いぞ、天。これは、過去の、人類との戦争における過去の惨敗を期した経験に基づいた結論だ。人類というものは、こちらが侮り晒してしまったその瞬間を一瞬たりとも逃さない、隙の無い恐ろしい生命体なのだからな!」
――彼の言葉が、今となって脳裏にこだましてくる。
その声に神経が締め付けられる感覚。次の時にも嗚咽を零し、そして、彼が言っていたあの言葉を、全身に巡り出す痛みとなって思い出したのだ。
その考えは甘いぞ、天。これは、一見するとただの無駄な詮索に見えたことだろう。だが!! 未知数である情報というものは実に侮れない!! どんなことも、まずは地道に。次に、地道に。そして、何よりも地道に! このコツコツの積み重ねが、今後の戦況に響くことはどの物事にも言えることだ! 今回の探りもまた、このように戦力に余裕があるからこそ行える情報の詮索であり! この成果はきっと、この先の未来に繋がることだろう!!
「……ぁぁ、ぁあ……ッゾーキンの旦那ァ……!! やっぱり。やっぱり、旦那の言っていたことは正しかったんっすね……!! オレ、そんな、考え過ぎだろうよホントみっともねェとか思っていたっすけど。でも……ゾーキンの旦那は、こういうことになることを見越して……事前にもオレに忠告をしてくれていたということっすよね……ッ?! あの隕石も、実は人類共の秘策かなんかで……! それはきっと、もっと情報を集めさえしていればきっと判っていたハズなんだ……ッ!! ――ぁぁ、ぁあ……あぁぁぁぁぁぁぁあああッッ!!!」
"その存在"は絶望に打ちひしがれ、その場でうずくまった。
これ以上と声に出来ないのだろうほどのショックを受けて。常にヒントを与えてくれていた彼の言葉を思い返すばかりの思考をめぐらせて。
……言葉にならない。一気に圧し掛かってきた感情の中でも、後悔とされる手遅れにどうすることもできない虚無感に押し潰されて涙を零し出す。
……嗚咽を漏らす中、震える両手を握り締めて。力の入る上半身、ゆっくりと持ち上がる頭。涙に塗れた顔を戦火へと向けながら、その存在は振り絞るようにそれを口にしたのだ――
「……だったら、もう。やってやりますよ。……やってやりたいですよ。やってやりてェよォ!! ふざけんじゃねェぞぉ人類のクソ野郎共がァァァァアッ!!!」
拳の型をした邪悪なる翼が、屋上に叩き付けられる。
衝撃で真っ二つの亀裂がばかりと開き、瞬間にも崩落を始める建物。
轟音を響かせて瓦礫へと変貌していく建物の姿。破片や埃が散り散りと舞う豪快な崩落の中、視界を遮るそれらの奥から一つの漆黒の塊となって上空へと飛び立つ邪悪なる翼。
崩落から現れた、黒き存在。塊となっていた翼が掌の形となって開き出すと、中から姿を見せたその存在は殺伐な眼光を前方へと向けて、湧き上がる憎悪に口を捻じ曲げながらゆっくりと喋り出す――
「…………全ては"ヤツら"だ。こうなっちまったのも、全ては"ヤツら"がこの地にのうのうと居座ってふんぞり返っているからだ。だったらよぉ……簡単な話だよなぁ? あれにもこれにもそれら全てにたった一つの元凶が存在しているっつぅのならよぉ……だったら、その元凶を潰しちまえばよぉ、あれやこれやと悲しんだり悩まずに済むってもんだよなぁ? ――ここから先は、このオレが出る。ゾーキンの旦那。貴方に託された指揮官という役職もろくにこなせやしないオレですがぁ。そもそもの話、オレには指揮官というものが向いていなかったってことなんですぁ。……やっぱり。オレ、こうして"他の連中"とちょっと違う能力をぶちかます特攻隊長の方が似合うんすわ。っつぅことなんで、この自身の不始末を、自身の身体と能力で取り戻してきますよ。見ていてください、ゾーキンの旦那。この、天叢雲剣が、この世に蔓延る人類をこの翼で貪り尽くしてやりますから。…………だから……」
掌状の翼は大気を掌握せんと広げられ。大気を蝕む漆黒はその侵食を続け、色白の本体をより一層と際立たせる。
白色の身体を中心にして、大気を這うよう侵食した邪悪なる翼は蝶の羽の如く。
あらゆるものを蝕み生命を貪るその事象は、不気味にもどこか生気をうかがわせて。その光景を目撃した者は、一目で不吉な予兆の象徴として嫌悪を抱くことだろう。
――その不吉な予兆は、本能が訴え掛けし絶対的な予感であった。
「……だから。覚悟しろよ、人類共」
この地に蔓延る、"自身ら"と酷似する生物への復讐に燃える"その存在"。
邪悪なる翼に迸る、脈打つ禍々しき線。中心である"その存在"から無数と伸びるかのようどくどくと蠢き、液体と思わしき泡を翼へと送り続けるそれの様子は、正に生ける邪悪。
邪悪なる翼は更なる拡大を見せて。掌の原型を崩して一つの円形の羽を形成し。それと同時にして、"その存在"は復讐を果たすため。自身が赴くべき運命の場所へと、一直線と飛来する漆黒の彗星となって、その地へと飛行を開始したのだ――――
【~次回に続く~】




