ウェーブ三:制裁 2416字
――何が起こったのか、まるでさっぱりわからない。
呆然と佇む少女。同時に、突然の脅威に晒されたことによって、仲間達を一掃とされた残された"それら"は。これまでと見せていた嘲笑から一転とした、怒り狂う獰猛な形相を見せて。呆然と佇む少女へと、一斉に飛び掛かったのだ。
「??? っ??????? ……っ!!!!? ぇ、っと。えっと!! ど、どうしよぅ。どうしようっ!!!?」
次こそは迎えてしまった、自身らの運命の時に。少女は更なるパニックで錯乱を引き起こす。
抱えた釜。背後の少年。抱えるモノが多い少女は、それに加えてこの釜へ何を入れるべきかも気にしてしまい。眼前の光景とめぐる思考で情報量がいっぱいいっぱいとなり、それらを行動へ移すことがままならなくなってしまう。
……が、その突っ掛かった思考の中から、"とあるその場面"を思い出し。悟りに近い感覚で巡ってきた思考を参考に、少女は"それ"を取り出すために腰へ手を回してアイテムを掴み取る――
――手に持っていたのは、つい先程にも青年から渡された、分厚い書物。
「……何かあった時、これを開く……? 使う……? といい。って言ってた……」
それは、とある青年が頼み事を請け負って少女へと届けた。ページとページの間に挟まれた想いが詰まる、少女らを未来へと導く最後の切り札。
……が、次の時にも。少女はその書物を、抱える釜へと躊躇い無く突っ込んだのだ。
釜から輝く金色が溢れ出し。その液体を右腕で掻き混ぜていく――
「っお願い、お願い、お願い、お願いっ!!! お願いお願いお願いお願いッッ!!!」
右腕を引き抜き、釜を抱えて全力で縦に振って中身を混ぜていく――
「助けて、助けて、助けてっ!! お願い助けてどうかこれで助けてお願いしますお願いしますお願いします!!! どうか、これで、これで、ミズシブキ君と、ミズシブキ君を。ッミズシブキ君。ミズシブキ君。ミズシブキ君っっ!!!」
背から邪悪なる翼を生やし、この世界に存在する限りのあらゆる鋭利な刃や鈍器へと変形させて少女達へと襲い掛かる邪悪の化身。
束となって一斉と襲い掛かる前方の光景。もはや助かる未来も描けぬ希望無きそれを前にして。
全力の末に、最後の一振りとして釜を振り下ろす少女。
歯を食い縛り、最後の抵抗として。無限の可能性を秘めし釜から、最後の最後となる少女の想いが今、発出されたのだ――――
ポンッ。
ビンの栓を抜くかのような、空気が抜ける軽い音が響く。
薄浅葱の釜から飛び出してきたのは…………ちっちゃくて、ひょろひょろと天高く真っ直ぐ飛んでいく"橙色の光の玉"。
あの釜から出てきた攻撃を目にして。その瞬間にも、"それら"は皆、飛び掛かる動作中の空中で緊急停止。眼前の光に、最大限もの警戒を注ぎ込んで注視する。
……一方で、その光の玉は。特に何が起こるというわけでもなく、ただひょろひょろと弱々しく天高く飛んでいくだけであり。
……これ以上と、何も起こらなかった。
「…………あっ、あ…………ッ」
天を仰ぎ、絶望に打ちひしがれた少女。
戦意の喪失。最後の望みがひょろひょろと弱々しく儚くと離れていく光景に、巡ってきた心理的な衝撃に涙さえも止まってしまう。
――そして。停止していた"それら"は動き出した。
禍々しき翼を構えて少女らへと接近。
殺伐な凶器が象られた邪悪なる造形を前にして、少女の手は完全に停止して。
……終わった。
巡る諦観。唖然とも呼べる放心状態の中。少女へと降り掛かる、邪悪。
…………ではなく――――
少年は、ふと天を仰いだ。
「…………あれ、は?」
弱々しく上って行く橙の光は暗雲へと消え去って。
……だが、その光が消え去った地点を中心に、陰りの暗雲の一帯へと伝い出す橙の波紋。
次に、その目にした衝撃の光景。それは、陰りの暗雲を貫き、大気の中を計り知れない勢いで落ちてくる巨大な隕石の目撃。
それも、一つと限らずに次々と暗雲を貫きながらと落下してくるものであり。しかも、その落下地点は。それらが一直線と落下する軌道から容易に想定することができてしまえた――
"それら"が襲い掛かった数秒後の出来事。
一つの巨大な隕石が少女の目前に落下し、瓦礫塗れの荒廃にクレーターを作り出す。
予想することも不可能な緊急の事態に驚愕を隠せない"それら"。一方として、ただ呆然のまま、放心状態で目の前の光景を眺め遣る少女と少年。
――そして、暗雲たち込める天空からの制裁が今、この地に蔓延る邪悪の元へと加えられたのだ。
それは、無数となる隕石が次々と風の都に降り注ぐ地獄絵図を繰り広げた。
大地を揺るがす大災害。隕石はその地で活動を行う黒き存在を、悉くと散らしていく。
大気を押し潰し大地を抉る大自然の轟音が鳴り響き、又、風国全土に渡って鳴り響いた慈悲の無い阿鼻叫喚の声音。それがしばらくと続いた後にも、最後の一つが落ちたことで一旦もの静寂を迎えることとなったのだが……。
少女らの前方に広がっていたのは、隕石による大規模のクレーターが数え切れないほどと形成された……それは風の都とは呼べぬ、月の都とも呼べるだろう大自然が残した脅威の跡形と。それの脅威が如何であるものかを知らしめんとばかりの、邪悪の化身だったものが転がり落ちている無残な光景……。
真ん丸な白目。三角の口。息も止まる衝撃に、ただ、呆然と佇む少女。……と、呆気に取られて言葉を失う少年。
……これまでと響いていた戦火の交わる音さえも埋め尽くすその静寂。むしろ、これまでと響いていた戦火ごと葬ったのだろう大災害を前にして。真っ白となった頭で、眼前の光景を見遣り続けて……。
……ハッと、我に返る少女。
そして、薄浅葱の釜を抱えたそのまま振り返り。少女は、そこで呆然のままに無気力に座り込んでいた彼へと、手を伸ばしたのであった――――
「……あ、の。ミズシブキ、君。……大丈、夫…………?」
「っ、えっ? っあ。う、うん…………」
【~次回に続く~】




