ウェーブ三:想いを託した錬金 3235字
力む全身が少女の想いを表現し。少女はただ涙を流し続けながら、これまでと抱いてきた想いの数々を"彼"へと打ち明けていく。
叫び上げると同時にして爆発した感情。涙を散らしながら、胸の内を明かす勇気に押されて号泣を始めたその少女。弱々しく、頼り無さげに佇んでいながらも。だが、その内側に宿る一種の勇気に満ち溢れた少女の背や言葉に。背後で無気力と座り込んでいた少年は、ただただ呆然と彼女を眺め遣っていく……。
呆然と見遣る、少女の背へと向けた真ん丸の瞳。
彼から受ける視線を感じ。また、自身の内から込み上げてくる、恐怖や絶望という感情さえも灰と化し燃え滾る本能の熱情を燃料として。
傷付き疲れ果て、力尽きる背後の彼のために。そして、彼が必要である自身のために。その少女は、熱情からなる気迫の宣言をこの場にて言い放ち。次の時にも、眼前から迫り来る邪悪へと、少女は行動を起こし始めたのだ――
この状況を打開する方法や手順などは知りもしない。そんな、戦闘の知識を一つも持たぬ少女は混乱を引き起こしておろおろと周囲を見渡してしまう。
少女の焦る様子に、思いの外といった具合な表情を見せた"それら"。途端に勝ち誇ったかのように不敵に笑みを浮かべ、にじり寄り始めた"それら"への対策を、焦燥と共に考えることしかできないその少女は。起こしてしまったパニックで、視線をあらゆる場所へと移していくばかり……。
……次第に、視線は抱き抱える釜へと移り。それを目にしては、少女は意を決したようにそう口にした。
「っ……錬金。錬金……!! やったことがないけれど、でも、これしかない……っ!!」
思い立ち、すぐさまと首に巻いていた黒のロングマフラーを取り払い、それを躊躇せず釜の中へと入れていく。
小さな釜に収まり切らないだろうロングマフラーが、不可思議な力で収まる。同時に、釜の内部で形容し難い渦が巻き始め、薄浅葱の淡く薄い青緑色の液で満たされて。ワケも分からずと少女は、焦燥に駆られるがままに右腕を突っ込んでそれを掻き混ぜ始めたのだ。
液体の音が響く中、少女はただ必死と右腕を動かし釜の中を掻き混ぜていき。その影響からか、液体は段々と虹色の光源を帯び出してきたように見えなくもない。
次はどういった手順を踏めばいいのか。これから、この液体でどう錬金を行えばいいのか。そもそもとして、この液体に腕を突っ込んでしまってもよかったのだろうか。目まぐるしく巡る疑心や疑念に更なるパニックを引き起こす少女。ついには、ワケもわからずと釜を抱き抱えて。それを思い切り、縦に振り始めていく。
「っ、っ、わからないっ、わからないっ。でも、でも、これで、どうにかっ、ミズシブキ君を、助けてあげてっ!!」
巡る様々な念で再びと涙を零し出しながら。噛み締めた唇、未だと渦巻くその釜の内部、一向に錬金というものが形とならないその焦り。……そして、眼前から蔓延る邪悪の化身。
――瞬間。釜の中から虹色の光源が複数の線となり天へと上り始める。
……これで良かったのか? 過ぎる疑念を無視してただひたすらと釜を振り続けて。そして、次に脳裏へと過ぎってきた直感の手順に従い。少女は、最後の一振りとして全身で勢いよくと釜を振るったのだ。
「これでっ、これでっ!! これで、どうか……どうか……っ!!!」
最後の一振りと同時に、虹色の光源が弾け出す。
その光景は、これまでと目にしてきた虹色とは異質となる事象だったのか。少女の様子に、若干と警戒を見せ始めた"それら"。態度を一変とさせて、急に緊張を帯びた顔付きを見せて少女の動向をうかがい出す。
虹色という場違いな光景に足を止めて、未知なる事象に備え出す"それら"。同時として、飛沫の上がる液体が釜から飛び出して。そして、錬金によって作り出されたのだろう少女の想いの結果が今、釜の中から現れたのだ――――ッ!!
パフッ。
間抜けに響く軽い音。それは空気に馴染む、とても軽くて……何も無い音。
虹色の光源と液体の飛び散る飛沫と共に釜から出てきたのは、小さくて白いちっぽけな煙。それは間抜けに音を立てて、疾風に流されて消えてしまう……。
この光景に絶句する少女。
対して、"それら"は安堵の様子を。直にも、勝ち誇り見下す視線を向けて、再びと少女への進行を開始し。
その光景に焦りを隠せない少女、心底から湧いてきた恐怖に囚われて息切れを引き起こす――
「ひっ、ひっ、っあ、あっ。ど、どうしよ、ぅ。ぁ、ぇっと。えっと、ど、どうすれば、どうしたら、いいの?? イ、イヤ。このままじゃ、このままじゃ、っ!!」
目前にしたその運命に、首を横に振り続ける。
涙がボロボロと零れてくる中、少女は焦燥のままに周囲を見渡し。そして、自身の足元に、想い続けている"彼"のキャスケットがポツリと、崩壊した瓦礫の破片に挟まって風になびいているのを発見して……。
……咄嗟の行動。少女はすぐさまとそれを拾い上げては、錯乱にも近い思考のまま手に持つキャスケットを釜へと入れて再びと右腕を突っ込んでいく。
液体で満ちた釜を再びと混ぜ始めるが、その行為は実に虚しいものであった。それを例えるならば、儚く散り往く生命の最後の意地。自棄に近しい無駄な行為……として見受けることもできるだろう。
釜の中へとボロボロ落ちていく涙の雫。それが眼鏡のレンズに付着してろくに前も見えない状態で、少女はただ決死の想いで釜を掻き混ぜていく……。
「イ、イヤァ……!! お願い、お願い。どうか、どうか、どうか、どうか。お願い、助けて。助けて、助けて、助けて、助けて、助けて、助けてっ!!!」
絶望と泣き顔でしわくちゃとなった表情でそう喚きながら掻き混ぜ続ける。
眼前からにじり寄る邪悪に急かされて。少女は右腕を引っこ抜いては釜を抱き抱えて縦に振り始めていく。
――直にも"それら"の距離は、やろうと思えば、背に生える邪悪なる翼を少女に届けることなどは容易いだろう。今にも絶命を迎えかねない至近距離へと迫っていた。
とうとう迫ってきた邪悪の存在に、絶望に打ちひしがれた表情を。そして、涙をボロボロと零す少女の表情に堪らない衝動を感じたのか。むしろ、怯える少女を眺め出して、観察さえも始めてしまった邪悪の化身。
"それ"が面白半分と腕を伸ばす度に引き起こされる絶叫交じりの悲鳴に、周囲の"それら"は軽蔑の目で嘲笑し。そして、少女はパニックのままに、最後の一振りとして釜を振り下ろしていくのだが……。
「イヤァァァッ!!! イヤアアァァァァァッ!!! イヤだッ!! イヤだッ!! イヤだァッ!!! イヤアァァァァァアアアッッ!!!」
絶叫と同時にして釜から弾け飛んだのは、先とは異なる色の、黒ずんだ赤の光源とその飛沫。
――と、見るからに巧みな機械で形成された、一発のロケット弾。
『ッッ??! ッウギェェェアアアアァァァァァッ!!!』
瞬間、少女ごと巻き込んだ大きな爆発。
その様子に、途端に警戒を見せ始めていく"それら"と。爆発の黒煙から吹っ飛んできた、真っ黒焦げの変わり果てた一体の"それ"。
モクモクと立ち込めた爆煙も疾風によって払われて。そこから姿を現したのは、爆発に巻き込まれていながらも全くの無傷であった少女の姿と。火力の音を鋭く響き渡らせながら、釜から次々と飛び出してきた無数ものロケット弾。
……次に繰り広げられたのは、飛び出したロケット弾の数々が"それら"を認識し、真っ直ぐと飛来して着弾しては爆発へと巻き込んでいく理不尽な光景。
追尾式なのだろうロケット弾は確実に"それら"を狙い撃ち。付近にまで接近していた邪悪の化身達を一掃してしまったのだ。
――何が起こったのか、まるでさっぱりわからない。
呆然と佇む少女。同時に、突然の脅威に晒されたことによって、仲間達を一掃とされた残された"それら"は。これまでと見せていた嘲笑から一転とした、怒り狂う獰猛な形相を見せて。呆然と佇む少女へと、一斉に飛び掛かったのだ――――
【~次回に続く~】




