ウェーブ三:全う 1123字
その地点も、もはや神聖とは呼べぬ崩落を迎えていた。
逃げ惑う人々の悲鳴は戦火の渦に溶け込み。人波となって駆け抜けていくそれらの集団を悉くと散らしていく邪悪。"ヤツら"の招き入れる災害を受けて、その地点で命辛々と逃げ惑う人々は、その姿を次々と消していった……。
眼前の光景を嘆き戦慄する悲鳴。
邪悪の力を受けて、運び込まれる数多の災いに身を引き裂かれ響かせる断末魔。それらの光景に発狂する絶叫や、狂人と化した暴徒による喚声が辺りを埋め尽くすその地点は、他地点にて追い込まれた主力の見ず知らずと、阿鼻叫喚の地獄絵図を迎えていたその中で。
右手にダガーを握り締め、この戦火を駆け抜けていた一人の"少年"。この疾風吹き荒れる地にて繰り広げられる阿鼻叫喚を食い止めるべく。少年は、一人でその脅威へと立ち向かっていたものだったが――――
邪悪なる翼は同胞を集めて集団を成し。背から生やしたそれを爪の形、手の形、人間の頭部や両腕といった様々な造形を象り。視界の中を小ざかしくと動き回る小さな存在へと、それらによる攻撃を一斉に仕掛けていく。
束となって襲い掛かってきた邪悪の化身。振り向くその目線の先にも点在するそれらに成す術も無く、だからこそと、高鳴る心臓の鼓動に従うがままに少年は、決死の思いでそれらの回避に尽くしていくものだが……。
素早い身のこなしは多くもの邪悪を避けてきた。
しかし、長時間と"それら"の気を引き続けた少年。スタミナにはとっくに限界が訪れており。ガクガクと震える両足を自身への鼓舞で誤魔化しながらひたすらに走り続けていく。
「ッ、ッ、ッ必ず。必ず、生き残――ッ」
自身に降り掛かる災厄の渦に、常に命の危機を感じ取れてしまえる自身の状況。
極めて昂る緊張の念に心臓が止まる感覚さえも。締め付けられる胸に迸る恐怖の感情に目を見開きながら。少年は今できる限りの足掻きで命辛々と"それら"の注意を引き付け続ける。
少年が働き掛けた甲斐もあってか、その地における生存者は朽ち果てた意味でも逃げ延びた意味でも、ほぼゼロとなり姿を消し去っていた。
この地に住まう皆を守り抜く。それは、"少女"の意思は全うされ、現実となった喜ぶべき結果。
……それでいて。その結末イコールの現在に、"少年"は安堵を。そして――
「ッ、ッ、……ブラートの兄さんっ。ブラートの兄さんっ。ッ兄さん!! ……おれ、……おれ――」
複雑に絡み合う感情に零れ出す涙。
それは、もはや逃れられぬ運命を受け入れたが故の絶望が占める、彼への最期の想い。
感情が昂り、スタミナ切れを起こしてその両足も機能を停止すると同時にして。少年は、後方からの邪悪に一斉と畳み掛けられ、この場から姿を消してしまった――――
【~次回に続く~】




