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ザ・ゲームワールド  作者: 祐。
四章
286/368

ウェーブ三:償い 3815字

 突然の襲撃を受け、瞬く間と邪悪に木っ端微塵と吹き飛ばされてしまった宿屋:ア・サリテリー・イン。

 つい先にも留めていた原型を想像することもできぬ、瓦礫と破片の塊へと変貌を遂げたそれの中から這い出るよう姿を現すその男性。彼の常に穏やかな表情も、この場合に限っては一種の呆れをうかがわせた。


 全身に被った埃や炭に咳払いを行い、眼前の光景を見遣っていく。

 こちらの様子に、地を這う非力な虫を眺めるかのよう軽蔑を込めた顔付きを向ける"それら"。少なくとも十数人ともなる集団を成して、"それら"は男性のもとへと歩み出し。

 ……自身へと歩を進め始めた"それら"をじっと見据えた男性。次の時にも、彼は大袈裟な素振りで頭を抱え、とても高い声音でそう喚き出したのだ。


「ひ、ひぇぇ!! た、頼むー!! こ、この命だけはっ。こ、この命、だけ、はァ!! あぁぁァ~っ!!」


 横線のような目で大きな口を開けて。汗のエフェクトを飛び散らしながら必死な様子で慌てる動作は、ひたすらと振っていく両腕の残像を見え隠れとさせる。


 とても滑稽である彼の姿に、『魔族』は思わず蔑みの笑みを。そして、眼前に蔓延る宿敵の命乞いに、もったいぶるような動作でにじりにじりと近寄り出していく。

 その光景に、男性はより一層と慌て出す。ひぇぇ~と怯えの様相を表へ出していき、無力を思わせる両腕の振る動作からは、必死な様だけはよく伝わってきたものだ。


 宿屋の崩落で巻き上がった土煙は神聖なる疾風に流されて。そこに残る男性へと焦らすようゆっくりな足取りで接近する『魔族』の集団。これまでの鬱憤を晴らすべくと指をバキバキ鳴らしていく者から。既に背から邪悪なる翼を生やし、今にも振り下ろさんと象られた禍々しき悪魔の手を見せ付けて見下す者もそこに存在していて。

 瓦礫を踏みにじり。それを砕き破片を散らしながら。段々と接近してくる"それら"に恐れを成して立ち上がれない男性。しどろもどろな言葉を繰り返し、ばたばたと動かすその足は焦りのあまりに立ち上がれないのはあからさまだった。


 ……その上に、所々と自身の手前に落ちている書物へと手を伸ばす様子も見せており。彼の意図に気付いた『魔族』の一人が悪戯に笑むと、その内の一つの、分厚い書物を拾い上げようと屈み出して……。


 それを見て、男性は思わずと大声を上げた。


「ま、待ってくれっ!! それは! それには触れてはならない!! それは、僕にとってすごく大事な物なんだっ!! だから、どうか! どうかそれには触れないでくれ!! やめろ! それ以上はやめてくれーっ!!」


 必死と手を伸ばし訴え掛けてくる男性。

 そちらへと目を配り。『魔族』は蔑みの表情で下衆な態度を見せて。それを見せしめにせんと、手を伸ばす彼の目の前で、それを拾い上げてみせた。


 ――その瞬間だった。



 『魔族』の指が書物に触れた直後。それに反応を示すかのようひとりでに書物が開き出す。

 それに驚き一歩退こうとする『魔族』。しかし、次の場面では、その動作をも許さぬ展開が待ち構えていたのだ。


 開き出した書物からは黄昏の輝きを解き放つ小さな魔法陣が飛び出し、それに浮き上がる文字という文字ではない記号が浮き上がるのと同時にして。

 魔法陣の中心からは、幻想的な輝きを放つ樹木が現れ。それは急激な成長によって、瓦礫のみしか無いその空間から飛び出してきたのだ――


「魔道書スキル:空間魔法召喚。次元超越世界樹・ユグドラシル」


 男性が唱えたその時にも、成長する樹木が、この場の空間を繋ぎ止めるかの如きギチギチと鈍い音を響かせ始める。

 瞬間にして、十メートルほどの巨大な大木へと成長を遂げた樹木。魔法陣から浮き出るよう絡まりながら瓦礫に根を張る根元と。その立派に育った大木は幻想的な反射光を放つ葉っぱを数百からなる枝から生やしており。そして、その枝の先々には……この場に居合わせていた『魔族』らを悉くと貫いていて、見事にも"それら"の身動きを封じてしまっていた。


 その幻想に包まれた神秘的な光景とは裏腹として、生ける生命を喰らう大木の姿は実に惨く残酷であり。それこそが、彼にとって狙い通りであった眼前の景観で。その横線のような目で、眼鏡を直す仕草を交えながら。穏やかな調子でそう言葉を残していく……。


「やれやれ。だから、触れてはならないと言ったはずだし、きちんと忠告をしたはずなんだけどね。全く、人の話も聞かない血の気だけの木偶の坊が。身動きもできぬ衰弱した弱者をいたぶることしかできない、たかが小心者の分際で。この僕をなぶり殺そうとでも言うのかい? 笑えないね。"君ら"には僕を微笑させるほどのジョークの才能も無い。そして、"君ら"はその軽率な思考で、この地を破壊し尽くしている。……"君ら"は知っているかい? 愛する地を破壊される気持ちは分からなくとも。愛するものを破壊される気持ちというものは、多分"君ら"にも理解することが――むしろ、"君ら"の方がよく知っているはずだよ。で、あれば……この時点で、今の僕の気持ちを察することくらいはできるよね? そうだろう? ね?」


 悠々と立ち上がり、呆れ気味にそれらを口にしながら大木の方へと歩き出し。自身の生成した大木に手を掛け、そう言葉を口にする――


「僕は"君達"を絶対に許さない。だから、加減なんて生温い慈悲を決して与えたりなんてしないよ。――そうだね。……この街を破壊し尽くした"君ら"には、それ相応となる償いをしてもらうとしよう。ほら、"君達"は破壊を遂行した。で、あれば。次は、破壊した物の修復の遂行だよね。壊したものを片付けなきゃ、だよね…………」


 瞬間。"それら"を貫く枝は生命を得たように伸縮自在と動き出し。それは、突き刺さる"それら"の身を再び貫き始める。

 "それら"を貫き、通り抜けると共に枝分かれを始める大木。二本に分かれた枝は折り返して再び"それら"を貫き。次に三本へと増加してはまた貫いていき。


 当然、身に走る苦痛に大木のあちこちからは悲痛な悲鳴が響き始めて。

 それでも尚、むしろ数を増やしては縫うかのように折り返し折り返し、身を貫き苦痛を与え続ける大木は止まることをまるで知らず。動き続ける枝は動作を繰り返し。――そして、身を貫かれ続ける"それら"と大木は、柔らかな光を帯び始める……。


 "それら"から伝う柔らかな光は枝を通じて大木の根元へと渡って。根元を通じて瓦礫の上を伝い。導火線のように伸びる根っこは、今も命を懸けて戦火へと身を投げ遣っていく仲間達のもとへと光を纏いながら進行していく。


 柔らかな光を発生させる、生命を喰らう大木。残忍的且つ幻想的なその光景の中を歩き出す男性。

 ふと、大木の根元付近に、大木に取り込まれるかのようめり込んでは枝に串刺しとされ続ける、直と魔道書に触れた"それ"へと視線を送っていき。頭上で枝に串刺しとなっている"仲間達"と同様に、何十箇所と枝に貫かれ苦悶の表情を見せる"それ"の肩へと、男性は優しく手を乗せる……。


「それじゃあ"君達"には破壊したそれらを治してもらうから。だから、それ相応の覚悟をしてもらおうじゃないか――」


 瞬間、置いていた手を引き、高速の裏拳を"それ"の顔面にぶちかます。

 鈍い悲鳴が上がり。そして、裏拳の衝撃によって更なる光を発生し始めた大木は、"既に捕らえている恰好の獲物から、より多くもの養分を吸い取り始めた"。


 次第に、後方から甲高く響き渡り始める悲劇の喚声。全身に巡る痛覚に虚しき悲鳴を上げることしか許されない"それら"へと振り返ることもなく。空間へと伝う、苦痛を伴う嘆きに満足そうな笑みを浮かべながら。彼は眼鏡の位置を直す仕草と共に、その横線のような目を僅かながらと開いていく……。

 そこから覗くのは、淡藤色の淡く薄い青紫の鋭い眼光。穏やかな表情から垣間見えたのは、それは悪魔の所業を意ともせずに容易くとこなせてしまう。非道という、道理から掛け離れし行いに躊躇いなどを見せない無残なる瞳の光――


「やはり、"あの頃"にしでかしてきた事柄の反省を踏まえて、"それ"から身を退いた後は受動的な技を中心としたスキルの構成にしたものだったけれども。まぁ、こうして実践で扱うとなると、やっぱり色々と不都合な場面が多いこと多いこと。前線で気兼ねなくと魔法を振舞うことができないというのは、これほどまでにもどかしく苛立つことだったとはね。……こういうことは実に久々だったよ。そして、思い出すね。……あぁ、そうとも。思い出す。まだまだ現役だったその時の光景を。懐かしいね。魔道士――ならぬ、非道士のトーポと呼ばれていた"あの頃"が……」




 見るも無残となった風国の坂を悠々とした足取りで下り始めるその男性。

 背にした大木からは未だと悲鳴が響く中。彼は思考をめぐらせる様子でその坂を歩いていたものであったが。


 ……ふと、街中のとある箇所から立ち上ってきた"一つの弱々しい橙の閃光"に、男性は思わずとそちらへ視線を向けていく。


「…………あれ、は……」


 めぐらせていた思考を停止させ。彼は、立ち上っていく"一つの弱々しい橙の閃光"を釘付けと言わんばかりに見据え続けて。

 それが暗雲たち込める陰りへと天高く上り。……そして。直にも、覆い尽くさんばかりの暗雲から、その橙の光が迸る光景を。そして、"この直後にも起こるイベント"の一部始終を、彼はその目でしっかりと捉え続けたのだ――――



【~次回に続く~】

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