侵攻
パステルなカラーが立ち並ぶ街並みに吹きすさぶ風は、今日も変化無くその地を通り抜ける。
自然と共存する風の都、風国。この地に蔓延る邪悪との決戦を迎えた神聖なる土地は、この日、襲来のために訪れる"それ"を出迎える。
この地に吹きすさぶ風は、これから引き起こされる戦火の運命を届ける。
勝敗のみが存在するこの天秤に。神聖なる疾風は、どちらへ敗北の錘を運んでくるのか――――
太陽の日差しも射し込まぬ、早朝の時。
風の都と掛け離れた自然の高台に佇むその漆黒は、陽の零れぬ薄暗い景観を眺め遣っている。
真っ直ぐと向けられた視線のその先。蠢く人影に、腕を組んだ姿勢のままに険しい表情を浮かべていく……。
「……やはり、人類という生物は実に侮れんな。それは本能からなる危険信号を感じ取ったのか。はたまた、"我々"の動向に勘付いていたか。宵闇に紛れ暗躍をこなしてきたその甲斐も、これほどの想定外となる光景を見せられては、まるで意味を成してなどいないようにさえ思えてしまえる。…………いいや! これまでと行ってきた暗躍は、確実に"我々"のためになっている!! 大丈夫だ!! 大丈夫だ。うむ。例えこの襲撃を悟られていようとも。勝利の兆しは常に、この"我々"へと訪れている!!」
マッスルポーズを決め、その勢いで思い切りと頬を叩き。
バチンと鳴り響く高台。気合いを入れて筋骨隆々の上半身を曝け出し。後方から歩み寄ってきたその存在へと、漆黒は振り向いていく。
「天。報告を頼む」
「報告と言ってもですねぇ。まぁ、旦那の想像通りだと思いますよー? ――勘ぐられています。"ヤツら"、完ッ全に"オレら"の行動を把握しているっすね。やっぱり、傭兵とかいう種族を利用したのが裏目に出たんじゃないすか? ほんとゾーキンの旦那って、これまでと大体上手くいっていたその出来事の最後の最後で、なんか余計なことをしてしまって掻き乱しますよね」
「…………」
お手上げといった様子で喋る、軽い調子のその存在。
言葉を言い終え、それじゃあ次に返される言葉へと意識を向けようと漆黒の様子をうかがうものの。その意とは反する、俯き考え込み出したその漆黒の姿に、その存在はなんとも拍子抜けな様を見せていく。
「……ありゃ。ガチで傷付いた? いや、その。すんません旦那。こんな、いつものノリで口にしたものっすから、そんなつもりなんてとてもなかったんすけど――」
「天」
短く言い切り。その高身長の存在へと視線を向ける漆黒。
一瞬と引きつる表情のその存在。ちょっと顔を背ける素振りを見せていくものの、対する漆黒は不器用に微笑み出して……。
「……問題は無い。天は気にせず、その調子でどんどんと意見を提示してくれ。それが、オレのためにもなるからな」
「……? ……うっす」
遣り辛さを思わせる、少々とぎこちのない返答のその存在。
漆黒は納得したように頷いては視線を背け、風の都を直視しながらと何か吹っ切れたかのよう突然と大声を上げ出すもので……。
「"我々"の動向は、もはや筒抜けだ。さすがに、この手の内までは悟られていないだろうが……尤も、だからなんだ、というのがこの場における満場一致の答えだろう! それが例え、"我々"の動向が勘ぐられていようとも!! この、『魔族』の手に掛かれば人類の軍団の一つや二つ、どうってこともないわッ!! それは、事前の情報で既に実証済み!! で、あるからには、あとはもう! ひたすらと前進あるのみよッ!!」
「ゾーキンの旦那。それ、前にも言っていた、慎重、を重視とした立ち回りを無視していますよね。そんなこと言ったら、これまでの行動が元も子もありませんっすよね」
「天!! 『魔族』というものは、その大半が戦闘民族!! 目の前の敵を倒したくて仕方の無い、戦わなければ倒れてしまうほどの血気盛んな輩の集いなのだからな!! 慎重や徹底さを追求したところで! 『魔族』にはそれが意味を成さない!! 見よ! この筋肉を!! どうだ!! 実に惚れ惚れとする美しい盛り上がりだろう!? 一度と人類に敗北を期した『魔族』には、ただ猛進あるのみ!! よって!! この力を以ってして、目の前の忌むべき生物の群集を打ち砕くのみよォッ!!」
「あ、開き直りましたね」
目の前の漆黒に一言を沿えて。次の時にも、鼻を擦りその存在は笑みを浮かべる――
「じゃあ、そろそろっすかね? なんだか、俄然とやる気が湧いてきましたよ。さぁ、早く指示をくださいっすよ!! この、天叢雲剣が、ゾーキンの旦那に。そして、この『魔族』に貢献をいたしますっから!!」
「心強いな!! さすがは天だ! ……だが。そんな天に、オレは忠告を下すことにする」
振り返りながら、そう言い渡す漆黒の言葉に首を傾げるその存在。
直にも、漆黒は真っ直ぐな視線を向けてそう続けたのだ――
「……天。その身体に宿る天の能力は、この"我々"からしても少々と異なる資質だと言わせる特異的な力。それを言うなれば……天は、"我々"『魔族』内における、変異体。とでも言えることだろう。それは、自身も承知の上であろうし。他とは異なるそれを、自身の特徴として前向きに捉えるポジティブな面も、オレは評価をしているものだ」
漆黒からの言葉に、照れくさそうに頭を掻くその存在。
……しかし、次の時にも。漆黒は少しと間を空けてから、それを続けていく。
「……だが、天。その能力は他の『魔族』を遥かに凌ぐ強力な力を有しており。それすなわち……その力は、"我々"からしても至極危険だ。万が一と窮地に立たされた際にもその能力を解放した時。"無差別と周囲を貪り尽くすその翼"は、敵も味方も構わずとその生ける生物を悉く喰らい、自身の糧としてしまうだろう。――オレは、その、天の能力が……とても恐ろしいのだ」
「? ……らしくないっすね、旦那。ここは、いつもだったらオレを褒めるところじゃないっすか? ……でも、今回はそうしない。っってか、旦那の口から恐ろしい、なんて言葉を聞くとは思いもしなかったっすね。……アッハハハッ!! あ、もしかして? ゾーキンの旦那、オレの力にビビっています?? オレが他とはちょっと違っていて。他には無い面白可笑しいその力に、味方でありながらもついついビビっちゃっているんでしょ??」
「あぁ、そうだ。オレは恐れているんだ。……天の自慢である、その驚異的な力によって。あまりにも強大であるその力を制御することができなくなった天がその力に飲み込まれ、貪り喰われて死んでしまうことが、な」
「ッ――――」
漆黒の真剣な声音と言葉に、その存在は息を詰まらせ黙りこくってしまう。
「…………ッハッハハハ。大丈夫っすよ。まぁ、そんな? そもそも、オレがそんな窮地に立たされることなんてありませんし。というか、そもそも"我々"があの人類に負けるとでもォッ!? だって、オレですよ? だって、"オレら"はあの『魔族』っすよ!? そして! オレは、この『魔族』の中でもちょっと変わった存在として特別視してくださっている天叢雲剣!! そんなオレが、自分の力に飲み込まれて死ぬとかいうダサい最期を迎えるわけが――ッ」
「…………」
眼前の鋭い視線に、その言葉を止めては視線が泳ぎ始める。
……黙りこくり。暫しと考えをめぐらして。直にも、その存在は口を開き始めて……。
「……本気で心配してくださって、ありがとうございます。ゾーキンの旦那。……へへっ。あーぁ、やっぱり、旦那って何か違いますよね。強がっている奴ほど期待の注目を浴びる"この中"で。でも、旦那は"オレら"を見る目の付け所がちょっと違う。そう言った意味では、旦那も変わっていますよ。っつぅか、そうだった。旦那って、"その家系"を継ぐ誇り高き『魔族』の戦士。……なんか、どこか抜けていて、ちょっと頼り無い場面も垣間見える旦那ではありますが。でも、その本質が、旦那の中にもしっかりと宿っていることを、この時にもオレは改めて感じました」
この地において、その存在が初めてと見せた緩い表情。
目の前のお方には敵わないな。そんなセリフをうかがわせる冗談染みた呆れで軽い笑みを浮かべるその存在は、お手上げといった調子で手をひらひらと振りながら踵を返し、そう漆黒へと告げたのだ。
「――つーことで、オレの仕事。いつものように、敵地の偵察へと行ってきますわ。……ふんどしを締め直してくださって、ありがとうございます。ゾーキンの旦那。その本気な瞳に。その、マジな意気込みにしっかりと応えられるよう。ゾーキンの旦那に次ぐ司令塔。副指揮官である天叢雲剣、この場を以って、一足先にと出撃をいたしますぁ。…………行ってきます。旦那。……どうか。ご武運を」
瞬間、その存在の背からこの世の大気を蝕むよう邪悪に伸びる大きな影。それは翼の形を象ってははためき、一瞬とその存在の姿を包み込むよう邪悪な音を立てて折れ曲がっては。次の時にも、大地に漆黒の爪痕を。大気に羽を散らしながら。邪悪は天高くと飛び上がり、瞬時にその姿を消し去った――
彼の飛び立つ様子を無言で見送り。その組んでいた腕をゆっくりと崩しながら。目線を風の都へと向けていく漆黒――
「人類と戦火を交えるこの戦。これは、オレだけに留まらず、先人の魂を継いで現世に生まれ落ちた"我々"にしても再びの挑戦であることを意味する。これは決して、初陣などではない。これから目撃する、惨たらしく交わる戦場は。これから繰り広げられる血みどろの戦争は。人類という因縁の種族との決着を着けるたぐいまれた機会であり。忌むべき生物を排除し、"我々が新人類として世を統治する"歴史的な第一歩でもあるのだ。――血の気に溢れているな。血気盛んに盛り上がっているな。今にも、その殺気によってその身が四散してしまいそうだな。それでは、そろそろと"反撃の狼煙"を上げるとしよう」
眼前に控えた"その時"に、これまでと抱いてきた心中を唱えるよう静かに口にして。
次の時にも、大気を殴り付けるよう右腕を払い。そして、振り下ろし前方へと向けていく――
「――総員、ならえッ!! これは! これまでと駆逐してきたモンスターの群れとは異なる、因縁深き生命との決戦なり!! それを決して見くびるな! それに一瞬もの隙を見せるな! 我が『魔族』に、栄光あれぇェイッ!! 総員、突撃ィィィィィイッ!!!!」
気迫を纏いし漆黒の合図と同時にして。その背後から突如と禍々しき黒の翼が邪悪な音を立てて現れる。
空間が歪み。"それら"が飛び立つ衝撃で一面の大地が黒く染まり。
その光景は、悪魔が降り立ちし邪悪なる領域。次々と天高く姿を消していく邪悪はその大気をも黒く染めていき。純黒の羽が散り散りと漂う悪夢のような光景の中、その漆黒は再びと腕を組み。背後から次々と飛び立ち眼前の景観へと溶け込んでいくその様子を。真っ直ぐと、見遣り出した――――
【~次回に続く~】




