メインシナリオ:運命の日
パステルなカラーが立ち並ぶ街並みに吹きすさぶその風は、今日も変化無くその地を通り抜ける。
自然と共存する風の都、風国。この地に蔓延る邪悪との決戦を迎えた神聖なる土地は、この日、襲来のために訪れる"それ"を出迎える。
この地に吹きすさぶ風は、これから引き起こされる戦火の運命を届ける。
勝敗のみが存在するこの天秤に。神聖なる疾風は、どちらへ敗北の錘を運んでくるのか――――
太陽の日差しも差し込まない、早朝の時。
NPC:トーポ・ディ・ビブリオテーカにお使いを頼まれて、風国の中をひとっ走りと駆け抜ける。
パステルなカラーの街並みを、まるで見納めだと言わんばかりに周囲の光景をしっかりと目に焼き付けて。スタミナが許す限りの全力ダッシュで街中を突っ切って。
到着した、とある一つの建物。それは一般的な家の形をした簡易的な木材のそれではあるものの、その内部に隠された地下へのシェルターが、この街に住まう住民を危機から守るのだ。
扉が開かれる。そこからは、百六十三ほどの身長。黒、焦げ茶、暗めの赤という色々が混合するチェック柄のポンチョと。ロングスカートのような七分丈の真っ黒ガウチョパンツ。真っ黒なロングマフラーで口元や鼻を覆い隠して。焦げ茶の運動靴。そのふくらはぎ付近にまで伸ばした、深緑の青みと黒みが強いとても濃い緑色の超ロングヘアー。華奢な輪郭からはみ出る、黒い縁の大きな丸メガネ。その瞳も黒くて、こちらから見た少女の右目の近くにはワンポイントのほくろがぽつりと。
何だか不安げな表情がやけに印象的なその少女。大事そうに、抱き締めるようにその胸に抱えている薄浅葱の淡く薄い青緑色の釜が印象的であるNPC:バーダユシチャヤ=ズヴェズダー・ウパーリチ・スリェッタは、突然の来訪に大いに驚いた様子……。
「……えっと。あの……アレウス、さん? あの、えっと。……どうか、されましたか……?」
バーダユシチャヤの問い掛けに、この腰に手を回してどこからかと分厚い辞書のような本を取り出して少女へと差し出す。
「オーナー、トーポから頼まれたんだ。これ、彼からの伝達。具体的な内容は説明してもらえなかったものだけれども、何かあったらとにかくこの本を開くと良いらしい」
「? ……ありがとう、ございます……」
差し出された本を受け取って。大事そうに、その薄浅葱の釜の中に入れる。
……やっぱり、その釜を使うのか……。
以前の、お盆のように使用された釜の姿を思い出し、ちょっと間を作ってそれを眺めてしまい。……再びと見遣ってきた少女の視線に気付き、ふと、言葉を続けることにする。
「……お菓子。そう! この前は、手作りのお菓子をありがとな! とても美味しかった! あの食べやすかったソフトなクッキーの味を、今も鮮明と覚えているよ! ……また、この風国に平穏が訪れたら。バーダの手作りクッキーを食べたいものだな」
「っ……ありがとう、ございます……。そんなに言ってくれるの、初めてだから……何て言ったら、いいのか……わからない……」
照れくさそうに視線をキョロキョロとさせるバーダユシチャヤ。
――それでいて、とある問い掛けを投げ掛けることにしてみる。
それは、つい先からちょくちょくと気にしていた。そんな少女が抱える釜へと向けての言葉……。
「その釜をいつも持ち歩いているのも、きっと料理やお菓子作りに関する何かのこだわりなんだろう? 料理が好きだから、いつも持ち歩いているのかな? 確かに、その釜があればどこでも料理ができそうだ。それを見るに、バーダはほんとに料理が好きなんだな」
「え? ……えっと、その……」
その言葉に対しては、何だか予想外とも言えるようなキョトンとした反応を示して。
一体どうしたのか。言葉が中々出てこないでいる少女の様子を待ち続けて。……そして、直にも喋り出したバーダユシチャヤから、こんなことを伝えられたのだ――
「あ、の……い、いや。いえ……あの。ち、がいます。この、釜、は……料理のための物じゃなくって。……可愛いから持ち歩いていただけだったけど。……本来は、戦う、"武器"……」
「……っえ??」
目が点。
その釜が、武器?? 丸くなった目で呆然と見遣ってくるこちらへ、バーダユシチャヤは続けていく。
「……ウチ、"アルケミスト"、だから。……アルケミストは、錬金、っていう……釜を使って、物体とか、魔法を生み出す職業で……。あ、それで。アルケミストは、魔力の石や、そこら辺の布や……とにかく、アイテムとかを釜に入れて、混ぜて、新しい魔法や物体を生み出す……から。……だから、これ……料理のための道具、じゃない……です……」
「あ、あぁ。そうだったんだ。……へぇ、アルケミスト、ねぇ。初めて知ったよ……」
常に抱えている釜が、実はれっきとした武器だったことに静かに驚愕して。
……微妙な空気となった二人の間。互いに何とも言い知れぬ表情を浮かべていく……。
「……ということは、バーダにも戦う術があるということだな。それを聞いて、一安心したよ。これなら、これから襲来してくるだろう『魔族』にバーダも対抗することができる。もしも、"ヤツら"がこの避難場所に襲ってきたとしても、その錬金、とやらで返り討ちにもできるし」
「……でも、でも……ウチ、戦いなんて、全くしたことがなくて……錬金のやり方は全然わからないし、戦いは怖くてしたくないし……なんだか、もう……よくわからない…………っ」
その言葉を並べていく内にも、今にも泣き出してしまいそうな不安な表情を浮かべてしまって。そして、溢れ出してきた感情に、釜に顔を埋めて泣き出してしまったバーダユシチャヤ。
……余計なことを言ってしまったかな。
自身の発言に頭を掻き毟りながら。少女を見遣っていたその視線の遣る場所に困ってしまい、あぁ、やってしまったなと複雑な気持ちを抱きながら。……そんな少女の後ろから、静かにじっとこちらを見つめていた長髪の"彼"へと視線を向けることにする――
「…………ミズキ。とにかく、バーダのことをよろしく頼む」
「おまえに言われなくとも、端からそのつもりだ。彼女を、そしてこの場所を守れるのはおれしかいないからな」
ミズキのクールな声音を耳にしたバーダユシチャヤは反応を示し、そちらへとくるりと振り返り。
そんな少女を尻目に、ミズキは腕を組みながら歩み寄り。こちらへと言葉を続けていく。
「おまえは自分の心配だけをしていろ。この薄鈍人間」
「勿論、俺は自分自身のことも案じている。でも、それ以上に、俺はバーダとミズキのことが心配なんだ。あぁ、俺は大丈夫さ。そりゃあミズキからしたら、俺は不安だらけなのだろうけれども。でも、あんたと共に乗り越えたあの時のように、今回も何とかしてみせるから。だから――」
「……もういい。おまえの綺麗事にはうんざりだ。用が済んだらさっさと行け」
呆れてため息を交えた返答と同時にして。バーダユシチャヤの肩に手を掛けて、それを引き寄せて少女を胸元に抱えるミズキ。
少女の顔が真っ赤に染まる。釜を抱き締める両腕が力み出す。
熱を帯び始めるバーダユシチャヤを抱き寄せながら、ミズキは少々と不機嫌な様相で。しかし、その瞳に宿る覚悟を垣間見せながら、それらを口にしたのだ。
「ミ、ミミミミ、ミズシブキ、君 ッ」
「そう。おまえの綺麗事にはもううんざりなんだよ。おれはそれを、あの時に嫌と言うほど聞かされて……無理矢理と聞き入れさせられた。それらの言葉が、今もこの脳裏にこびり付いている。だから、いちいちとそう言われなくともおまえの綺麗事くらいは理解してしまえるんだよ。だから、もう聞きたくない。聞き飽きた。――この薄鈍人間。おまえに言われなくとも、おれの心配は不要だ。おれがここに避難する皆を守る。そして……あの時のおまえがそう言ったように。この戦いから生き残って、また、ブラートの兄さんと再会するんだ」
そのキャスケットと上着の裾から覗く、覚悟の込められた鋭利な眼差しを受けて。この瞬間にも巡ってきた納得の念に、口元を引き締めて頷いた――――
「俺も、この街を救えるように全力を尽くす。……お互い、頑張ろうな。そして、また、生きて会おう」
「当たり前だ」
――ミズキの言葉を最後にして、バーダユシチャヤとミズキの二人と別れる。
避難所の建物を背にして歩むその道のり。
……その中で、ふと、ミズキが口にした覚悟の言葉と見せた表情に。思わず、胸が締め付けられるような想いを抱いてしまったのだ……。
――それは、NPC:トーポ・ディ・ビブリオテーカから預かった、バーダユシチャヤに宛てたお届け物。
至って変哲の無い分厚い書物。……だが、その間に挟まれたしおりに、彼の決死の想いが込められていたのだ……。
……あの時、オーナー、トーポが言っていた。その書物の中には、少女らが平穏に生きていくための、最後の希望ともなるおまじないの魔法と貯金が挟まれている。と。
それは、自身がこの地に朽ち果てた際に。その少女を平穏な地へ逃がすための、自身が行える最後の手立て。そして、その少女を大切な人のもとへと返すための、その少女を預かる責任を果たすための救済である。と。
「……オーナー、トーポ。貴方もまた、貴方なりの覚悟を抱いてこの迎撃戦に望むのですね――」
異なる覚悟を見せられて。それに胸を締め付けられる感覚を覚える。
言い知れぬ、やるせない気持ち。それは、このゲームの世界という名の、殺伐とした世で生きる人々の決意。
戦争を控えた者達の、想いを込めた覚悟を目の当たりにして。どうすることもできないこの気持ちを抱いて。……だからこそ、この世界で生きる主人公として。皆に安息をもたらしたいと切に願い出し。
……次の時にも、走り出したこの足。この瞳に水縹の光を宿らせて。決戦の時を迎えるべく、自身の在るべき場所へと駆け出した――――
【~次回に続く~】




