表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ザ・ゲームワールド  作者: 祐。
四章
262/368

流儀の尊重

 左手を右目辺りに。そして、その左腕とクロスさせる形で右腕を添えて。その、全身に漲る独自のオーラを醸し出しながら。やけに耳に残る軽やかな調子の低音ボイスでそれらを口にする彼。

 その禍々しい様子で歩んでくるトーポにそう言葉を掛けていたものだったが。だが、その後ろでイスに腰を下ろし見つめてきていたこちらの存在に気が付いたその瞬間。言葉を止めて呆然としてしまう。


 暫く見つめ合い。そして、互いに理解が追い付き。……咄嗟にも指を差し合い、驚きを共にする。


「ッ!!? お、お前はあの時の、蛇!!!」


「ぉぉッ!!? お、マ。き、貴様はッ!! 貴様はァァァァァァアッ!!?」


 その邂逅は、互いに予測も付かぬ再会を意味していて。

 今朝にも、命懸けの戦闘を交わしたその彼。又、こちらに関しては、彼の手によってゲームオーバーの画面が目前となるまでの窮地に追い詰められたことから。まさか、そんな危険な相手とこんな形で再びと出くわすだなんてまるで思いもしていなくて。


 驚きで思わず立ち上がる。

 疲労もぶっ飛ぶほどの衝撃を受けて指を差し。向こうもまた驚いた様相で指を差してくるその光景に、周囲のラ・テュリプはポカーンッと。トーポは何だか思考をめぐらせるような表情を見せて顎に手を付けて眺めていき。……直にも、伺うようトーポが尋ね始める。


「知り合いかい? アレウス・ブレイヴァリー。……まぁ、この雰囲気からして、ただ事ではない遭遇であることは容易にうかがえるものだけれどもね」


「なっ、知り合いッ。――ただ事じゃないどころか!! っオーナー、トーポ!! 彼が。目の前の彼こそが、俺があの騒動で出くわし絶体絶命の危機にまで追い詰めてきた傭兵の一員です!! 彼は敵ですッ!!」


 この言葉に察しがついたのだろう傭兵の彼。目の前には主人公アレウスを加えた、イスに座る少女と佇む眼鏡の男。背後には蜜柑色の髪の女性が。そして、更には厨房からひょっこりと顔を出してくる白髪ポニーテールの少女と。それらが一斉と介する自身の立ち位置に、彼は陰りの掛かる顔に良からぬ汗を流し始める。


「んッ。な、なにィッ!!? ッと、いうことととはは!! お、お、お、おおいらはまんまと敵地の中へと入ってきてしまったということなのかァッ!!? い、いいいぁ。まぁ、そうか。そうか!! そうだよな!! よくよくと考えてみれば!! 風国を襲っておいて、その風国の施設を利用なんざすれば、そりゃあこうなるよなァッ!!?」


「ッ逃がさないぞ!!」


 慌てて逃走を試みようとする彼ではあったが、振り返った先に睨みを利かすラ・テュリプに驚いて腰を抜かしてしまい。

 ドカッと食堂にしりもちをつき。驚き戦くそんな彼のもとへと、こちらもまた急ぎで走り出しその身柄をひっ捕らえようと飛び掛かろうとする。


 ……が、その時にも背後から掛かった声に。足を止めてそちらへと振り向くことに――


「待つんだ、アレウス・ブレイヴァリー」


「っ? オーナー、トーポ? ですが……!!」


「まぁまぁ。そう慌てなくてもいいさ。いいのいいの、大丈夫。僕がそう保障をする」


 手を軽く仰ぎ、そう言うトーポに疑念の視線を向け続けて。

 ゆっくりと歩き出す、NPC:トーポ・ディ・ビブリオテーカ。その足取りは至って平然でありながらも。その穏やかな笑みに隠れた本質を知っているがために、その静かな動作の一つ一つに緊迫してしまい生唾を飲んでしまう。


 トーポのオーラを曖昧にも察したのか。しりもちをつく彼も、その様子に顔色をうかがうような不自然な表情を見せながら目の前のトーポを見上げていて。コツッコツッと近付いてくる足音に、口を噤み不穏な空気にどこか恐れを思うのだろう彼へと。穏やかな表情と調子で、トーポはこう口にする。


「立てるかい?」


「ッ……こ、この蛇眼に己の魂を捉えられるどころか。ッこ、この純黒と銀灰の蛇竜を宿す両腕をも恐れぬとはな。な、中々に肝の据わる男だ。だ、だが。その威厳も、わ、我が蛇竜を以ってしては到底敵うまい――」


「立てるかい???」


「はいっ立てますぅ!!」


 強調するトーポの問い掛けに、直立してすぐさまと立ち上がる彼。

 そんな彼をじっと観察するトーポ。何かを見定めるよう、その横線でじーっと見つめていき。……暫しして、そう言葉を口にする。


「傭兵というものは、自身の信念に誇りを抱き活発的に活動を行う、利用する側からすれば最も理想的とされる都合の良い従者なものだ。己の欲も感情も押し殺し、全ては金のために命さえも尽くすことができる独自のプライドは。それが例え敵方であろうとも、自身の思想を一貫に押し通す意思の強さには、心からの賞賛に拍手をしてしまえるよ。だけど、所詮それはただの使い捨ての兵士。それを利用する我々からすれば、彼らの至高なるプライドなんざ実に関係無い。そう。我々からすればね、傭兵なんてただの捨て駒の一環にしか過ぎない。つまり、君の命は、まるで無価値なのさ」


「……ッ。言わせておけば、おいらを侮辱しやがって……ッ」


 恐れを交えながらも、それを凌ぐ憤りに。悔しそうに口を捻じ曲げ睨みを利かす彼の様子に、どこか悪戯な様をうかがわせるトーポの笑みが垣間見える。


「いいね。その感情は死んでいない。傭兵という生き様を選びその道を往く原動力が、自己犠牲を厭わない自暴自棄ではなく、飽くまでも己のプライドであるが故の信念であることをうかがえた。どうやら、君は必要最低限の個を保っているようだ。それが何を意味するか。それは、君こそが、傭兵という気高きプライドを抱くに相応しき人材であることの証明。――合格だ。君であれば、信用することができるだろう」


 そう言うトーポの言葉をまるで理解できない場の全員。

 揃って首を傾げる中で、トーポは尻目にこちらへと声を掛けてくる。


「アレウス・ブレイヴァリー。今回の騒動の鎮圧もまた、君にとってはさぞ苦労を強いられる苦行だったことに違いないだろう。それでいて、彼という傭兵にも出くわして……あぁ、確かに、絶体絶命の局面を迎えてしまったことにも頷けるね。というのも、彼は、傭兵という生き様を心から貫いている。その本質を理解している。良い意味でプライドの高い傭兵が揃う中、彼は相当なまでに秀でた人材だよ。その能力もきっと、この期待通りの目を見張るものなのだろうね。だから、彼に追い詰められたこともまた、君の宿命だったのかもしれない。まぁ、それはいいとしてね。――戦力が不足している現状、我々は一人でも多くの戦士を必要としている。そして、目の前には、傭兵という存在が佇んでいるじゃないか。なんて都合が良いのだろう。……相手が傭兵であれば、こちらもまた、その傭兵の流儀に習った手段で。傭兵という、自身のプライドを至高として掲げる、思想を抱きし勇猛なる戦士を戦力として加えるべく。彼らの望む全うな方法で、彼らの流儀を尊重した互いに気持ちの良い交渉を行うとでもしようじゃないか」


 言葉に一区切りを設けて。目の前の彼をじっと見つめるトーポ。

 ……そして、その空気に何か勘付いたのか。目の前の彼もまた、覚悟を決めたかのような、真剣な眼差しを向けて視線を合わせ始めて……。



 直に、喋り始めるトーポ。


「君、今は"誰"に雇われているのかな?」


「っ。禁止事項だ……」


「なるほど。……で、先の問いに対してまるで身も蓋もない質問なのだけども。……つまり、君の雇い主は、『魔族』、だろう?」


「…………」


 沈黙を貫く彼に、トーポは続けていく。


「君という戦力が欲しいのは当然なのだけれども~。でもね、今回、敢えて僕が目をつけているのはね。飽くまでも、君という立場なんだ。――君の持っている情報には、それ相応の価値がある。それさえあれば、この危機的な状況を切り抜ける希望の兆しも見えてくるかもしれないんでね」


「……貴様らの境遇など、知ったことか」


「ところで、君は今、どのくらいで雇われているのかな? それも口外を禁止されているのかい? きっと、君が口止めされている案件は、飽くまで『その存在』のことであって。契約内容に関する口外までは言及されていないハズだ。例えそれが我々人間の文化を学び出した"彼ら"であっても、傭兵という人間の扱い方には未だと完璧な理解には至っていないことだろうと睨んでいるんだ。というか、この場に関しては、それに至っていないことを祈るしかないんだよね。……で、あれば、どのくらいで雇われているかくらいの口外はきっと、契約の違反にならないはずだ。ということで、その情報であれば、君のプライドに従い口にすることくらいはできるんじゃないかなと思うのだけど。果たして、どうかな?」


「…………ッ」


 穏やかに尋ね掛けていくトーポへと、その彼は掌を見せて指を折り曲げる。

 それを確認して、トーポは頷いて……。


「なるほど。――それじゃあ、こうしよう。今、僕らのもとに付けば、そうだね……それじゃあ。これくらい、で、どうかな?」


 トーポもまた、掌を見せて指を折り曲げていく中で。目の前の彼は思わずと目を見開く。


「ッ??! …………気が狂ったか!? 自身の折り曲げている指をよく見ろ!! いや、それは。いくらなんでも、それは、あまりにも過払いだッ! とても、傭兵に貢ぐものだとは思えないッ!!」


「ん? そうかい? 僕は、とてもそうとは思わないな。というのも、君の有している情報には、軽く見積もってもこれくらいの価値はあると僕は思っているんだよ。だから、君を雇う分と、その情報を買う分。それらを足すと、これくらいになるのも妥当なものだろう?」


「分からない。まるで理解が追い付かない!! にしても、それは値が張り過ぎている……ッ。そんなのを提示された時にゃあ、例えそれが真であろうとも変に勘ぐってしまうに決まっている……ッ」


「悪いかい? むしろ、君にとっても良い条件のように思えるんだが? ……あぁ、それと、ここに前払いも追加で。――今の契約に違反する要素はきっと無いはずだ。だから、さぁ、これで契約を更新するというのも一つの手段だと思うのだけども。果たして、君の真意は如何なほどかな?」


 トーポの指を見遣り、暫しと考えをめぐらせていく彼。

 そんな二人のやり取りを静かに見守る中で。……彼は若干もの躊躇いを見せながらも、深く息をついて。――次第にも、こくこくと頷き始めた。


「……現在の契約に対して、違反する内容は……うむ、無いな。で、あって、これほどまでにウマい話なんて、この先を生き長らえる中で二度と出くわすことなどないだろう。……こんな話を蹴るだなんて正に、傭兵として愚の骨頂! ――契約成立だ。この時を以って、契約期間の間、おいらはお前の傭兵としてこの生き様を貫き、喜んでこの命を捧げようじゃないか」


「どうやら、運はこちらに味方をしてくれているようだ。あぁ、よろしく頼むよ。君には期待をしている」


 同時に差し出された双方の手は握り締め合い。強い握手が交わされた後にも、トーポがそう高らかと食堂に言い渡したのであった――――


「というわけだ。この時を以って、彼は我々の仲間となった。今朝の敵は今夜の友。皆、『魔族』との徹底抗戦の間、傭兵である彼と仲良くやってくれたまえ!」



【~次回に続く~】

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ