巡り合わせ
NPC:ラ・テュリプ・ルージェスト・トンベ・アムルーとの会話を終えた、NPC:トーポ・ディ・ビブリオテーカ。
重い足取りで渋々と赴く彼女の背を見送り。いくつかと設置された食堂のテーブルの複数に渡って広げられている数多くの資料や地図へと視線を戻し、それらへと目を通し思考をめぐらせる様子を見せていく。
『魔族』の襲来に備えて、僅かでも"ヤツら"の情報を入手するべくと働きかけるその姿は。この拠点エリア:風国を想うが故の、その心に宿る勇敢なる一面が垣間見えたような気がして。又、彼はこの地の守護神のようにも見えてきたものだ。
あぁ、この街にたくさんの感謝をしているんだな。と、他人事のようなことを思いながら彼の働きかける様子を観察してしまう。
……何か、手伝えることはないかな。
そう思い立つものの、現状ではこの主人公アレウスにできることなどまるで皆無であり。それに加えての、朝にも出くわしたメインシナリオの疲労が未だと残っていることで。この両足は、このイスから立ち上がるだけでも一苦労であるほどの限界が訪れていた……。
そうこうと考えている内にも、隣にいたユノが立ち上がってトーポのもとへと歩んでいく。
「トーポおじさま。私にも何かやらせてちょうだい!! トーポおじさまやルージュお姉さま。風国という疾風が未知を運び込む素晴らしき土地の力になりたいの! できることがあるなら、なんでもしたい! だから、私にできることはないかしら!?」
「ん、あぁそうだね。それじゃあユノちゃん、君は厨房で夕食の準備をしてくれるかな。本来であれば、この宿の者が行うべきなんだけど~……その者達も、既に避難を終えていてここにいないものだし。シェフであるテュリプ・ルージュも、彼女の、本来の在り方に相応しい任務についてもらっているものだから、夕食を準備できる者がいないんだ」
「なら、どーんと私に任せて!! ルージュお姉さまのようには上手くできないけれど。でも! 料理も人並にこなせる自信はあるの!!」
「あぁ、腕前についてはそれほどと気にしなくてもいいのだけども。いやぁ、ありがとうユノちゃん。実に助かる。それじゃあ、夕食の方をよろしく頼むよ」
トーポから命を受けたユノ。彼女もまた、こちらと同様に朝の騒動に出動して戦地の中を駆け回っていたことから、その身に疲労が蓄積されていたことはまず間違いなかったハズだ。
……そんな少女でも、こうして動けるんだ。で、あれば。ここで、このゲーム世界の主人公であるアレウス・ブレイヴァリーが動かずにしてどうする……!!
ユノの背に感化され。この両足に力が込み上げてくる。
「っオーナー、トーポ。俺も。俺にも何かをやらせてくださいッ」
両手でテーブルを押し付けながら、その勢いで立ち上がってはフラフラの足を引き摺るようトーポのもとへと歩んでいく。
如何にも平然な様相を装って。律儀に佇んで彼のもとへと歩み寄って。
こちらへと視線を向けるトーポ。……じーっと見つめて、そう口にする。
「ふむ。それじゃあ、アレウス・ブレイヴァリーには~…………そこのイスにでも座っていてもらうかな」
「え?」
「確かに、周りの人達が。それも、女性が働きかけている中で男一人休んでいるわけにもいかないことだろう。だけど、君はまだまだ新米冒険者。君は、彼女らとは違う。経験の差が物を言うこの世界、君のような新米にできることには、限りがあるからね。言葉が荒いようですまない言い方にはなるが。今の疲労している君では、僕らの足を引っ張るだけになる。君がその本領を発揮する場面は今じゃない。――今はゆっくりと身を休めて、その時に備える。それが、今の君が最優先にすべきことさ」
「…………分かりました」
なんだか悔しい気持ちにはなってしまったものの、だが、トーポの言うことにも一理あるために。
確かに、この俺にできることは限られている上に。そんな限られている人間がその限りを越えてでしゃばったところで、皆の足を引っ張ってしまうことは確実なのだろう。
トーポなりの気遣いを受けて、素直に引き下がって元にいたイスへと腰を下ろす。
疲労困憊なこの身体は、腰を下ろすときも思い切りドカッとイスに落ちて。自身の体重にも耐え切れない両足の限界を改めて思い知らされながら、はぁっとため息を一つ零してぼうっとする。
……隣に目を移す。
そこには、同じくイスに腰を下ろしているミント。テーブルの上に乗せられているお皿とドーナツに手を伸ばし、それを音も無く吸い込むようにもきゅもきゅと貪っている。
……なんか、ハムスターみたいだな。
次々と口へとドーナツを運び込んで食べていく少女の様子に、そんな感想を抱きながら。見遣るこちらにお構いなしと、どんどんとドーナツを喰らっていくミントをただ眺めて――
……いたところで、ラウンジに通じる扉が開き。そこからは、拷問へと向かったはずのラ・テュリプの姿が――
「トーポさん!」
「? テュリプ・ルージュ、何をしているんだい? ……まさか、この先に控えた尋問に怖気付いたなんて滑稽なことを抜かすんじゃないだろうね――」
「このタイミングですが……宿泊客が訪れました」
「っ??」
『魔族』が襲撃を控えているこの不穏な時期の、突然の来訪。
宿泊客の訪れに、トーポは一瞬と静かに驚き入る様子を見せて。眼鏡を直す仕草を交えて、取り敢えずとそちらへ歩んでいく。
ラ・テュリプもまた、後方にいるのであろう宿泊客を食堂へと通して。
これらの様子を、イスに座ったまま眺めていたものであったのだが…………。
――彼女の後ろから現れたその姿。
身長は百七十八くらいだろうか。その上半身をゆったりと覆う大きなローブはふくらはぎまでの長さを誇っており、若干もの埃っぽさや着古した雰囲気を醸し出す銀灰色の一色に染まり、その不敵な羽織りを頭ごと被っていることで、より不敵な雰囲気を演出している。
その上半身のゆったりさに加え、足もまた自身の体格と不釣合いである大きく広がる銀灰色のサルエルパンツを身に付けて。それら上半身と下半身の銀灰色にアクセントを付け足した黒のシャツとブーツが、それら灰と相対して個性を強調している。
又、何よりも彼の特徴として。ローブによって覆い隠された顔は、その鼻から上は陰りの黒に塗り潰されており。素顔は下部の自信有り気な口元と。陰りの上に貼り付けたような、瞳の小さい簡易な目が浮き出ているのみ……の……顔…………???
「蜜柑色の髪を束ねる女人に導かれた、宵闇の落ちた神聖なる風の地に僅かと灯る活気の灯火。それは、陽の射す聖域と似付く白に染まりし安息の宿。この、神聖なる加護に包まれし古を受けて。邪悪が浄化され魂の安らぎを覚える。…………つまり。案内、どうもありがとう。それにしても、ここはとても良い雰囲気の宿屋だな。不穏な空気が漂う風国の中で、ここは、この地本来の自然の力を感じることができる。ちょっとだけ古い宿屋というのも、この自然の力を感じる要因なのかもしれない。とにかく、ここは気に入ったぞ。今日一日、ここに宿泊をさせてもらいたいものだ。そして、早速ではあるが夕食をいただきたい。腹が減ってしまって、もうどうすることもできな――っ」
左手を右目辺りに。そして、その左腕とクロスさせる形で右腕を添えて。その、全身に漲る独自のオーラを醸し出しながら。やけに耳に残る軽やかな調子の低音ボイスでそれらを口にする彼。
その禍々しい様子で歩んでくるトーポにそう言葉を掛けていたものだったが。だが、その後ろでイスに腰を下ろし見つめてきていたこちらの存在に気が付いたその瞬間。言葉を止めて呆然としてしまう。
暫く見つめ合い。そして、互いに理解が追い付き。……咄嗟にも指を差し合い、驚きを共にしたものであった――――
「ッ!!? お、お前はあの時の、蛇!!!」
「ぉぉッ!!? お、マ。き、貴様はッ!! 貴様はァァァァァァアッ!!?」
【~次回に続く~】




