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「あの敵NPCの必殺技は、それを食らった相手を状態異常:猛毒にして。その上でえげつない勢いでHPを減少させるスリップダメージをじわじわと与えてくるやらっしい攻撃だ。微々たる調子でHPが減少していくその関係上、それで即死するという強烈な一撃を一度だけ耐えるといった耐久型のスキルなんかは意味を成さないだろうな。で、オマエはそれを食らい。その必殺技の中に閉じ込められ。猛毒を発症しながら、あの無慈悲な毒ガスによって苦しみもがきながらこれまでの道のりを顧みる回顧も許されぬままじわりじわりとゆっくり死に往く……ところだった」
「ところだった……?」
「簡潔に言おう。オイラが仕方無しに、オマエを助けてやったのさ。うっくくく」
腹から乗っていた三日月を這い回るように、その上でうずうずと動きながら体勢を直していくウェザード。三日月の輪郭に沿うようもたれ、両腕を頭の後ろへと回しながら。姿勢を整えくつろぎの様子を見せながらウェザードはそう答え。
そんな少女の言葉に唖然としてしまう。
そして、こちらの様子に構わずと、ウェザードは爪を弄り出しながら言葉を続けた。
「今ここでオマエに死なれちゃ困るんだ。迷惑なんだよ。しくじるんじゃねェぞこのザコが。まァ尤も、オマエが死んだところで代わりなんて他から持ってくればいいだけなんだがな。でもな、オイラとしてはそれがちょっと面倒なもんでな。っつぅのも、一から進み出したこのゲームの物語や、その世界で生活する主人公がせっかくとそれらしくなってきたんだ。それらがハッキリとした形になってきたんだ。そんな、これからってものを敢えてバラバラに崩してまた一から組み立てるってのは、ただ気だるいし時間の無駄なものだからよ。だから、特別に今回だけはオマエを助けてやった。そう。今回は特別に、助けてやっただけなのさ。だからよ、コイツに味をしめて命知らずの軽率な行動を増やされては堪ったもんじゃねェから、何度でもそう言う。オイラの事情で、今回、だけ、は特別に助けてやったんだ。だからもう、こうした直々のサポートは二度と無いと思え。次に絶命の危機を迎えたその時が、正真正銘のオマエの最期さ」
気だるそうに首を動かしながら、不機嫌にひそめた眉で不敵な表情を作っていくウェザード。
しかし、それらを言い終えると共に視線を向けて。何とも不気味な螺旋の瞳でじっと見据えながら、そう喋り出す。
「ところで、主人公アレウス・ブレイヴァリー。オマエはこの世界に降り立ってから、どれほどと自身の成長を実感することができたもんかな? あァ自分を褒め称える内容も遠慮なんかせずに気遣いなく思ったことをオマエなりの言葉にしてこのオイラに聞かせてみな」
「……この世界での、俺の成長……?」
腰を掛けていた三日月に再びと寝そべり。腹で寝転がるよう横になっては、だらしなく垂らしたモノクロの長髪と、両手を絡ませ顎の下に添えて甘い上目遣いでこちらを見遣り始めてくるウェザード。
そんな少女からの突然な問い掛けに少々と言葉を詰まらせてしまい。なぜ急にそんなことを聞くのかを疑問に思いながらも、暫しと考えをめぐらせて。少女の言うとおりに、思ったことを口にしてみることにする。
「……自分の成長なら、いつも実感しているつもりだ。毎日ってわけではないけれども、ふとした時……そうだな、正に、さっきも敵の集団と戦っていたときなんかにも、自分自身の成長を実感することができた気がしたものだ。……でも、その直後にこの有様だ。俺は成長した。俺は強くなっている。そう信じていた。……だが、それでもやっぱり、実力者であろう少し特別な敵のNPCにはまるで敵いやしない。――俺の様子を観察しているのだろう? だったら、分かるはずだ。俺は毎日のように、寄り道のクエストを消化したり新たな試みに挑戦をしたりしている。それで、それ相応の経験値を稼いでいると我ながら自覚して達成感なんかも感じたりしていて。俺はそれで、自身の成長に繋がっていることを信じていたんだ……」
「っけ。要は、俺、こんなに頑張っているのにそれでも強くなれないんですよーっていう悪い意味での開き直りかい? あァなるほど。それで、こんなに苦労しているのに報われない自分はなんて可哀相なのでしょうと自身の悲運に嘆き悲しむそんな自分のことが大好きな性質だろう? 結局は、弱いままでいる自分が大好きなのさ。そうして、弱いままで嘆いている悲劇の主人公を気取る自身に酔いしれ、それで満足をする。あァそいつを一言で例えるならァ、向上心という上っ面を掲げた構ってちゃん。あァ厄介だよなァ? 面倒だよなァ? 戦闘能力に留まらず、人間性までもがザコそのものだなんてよォ? それで、オマエはこう言われたいのだろう? あァそれは可哀相だったね。と。努力が報われないなんて、酷い話だね。と。同情をしてもらいたいだけなのだろう? 自身の立場に理解を示してほしいものなのだろう? あァそうだな。こいつァ、悲劇の主人公だな。ある意味で。つぅか、悲劇そのものだな。うっくくくく――」
「……弱い自分に満足、か。弱いままの自分に満足なんかできやしない。俺は強くなりたいんだ。そのために、毎日毎日、俺なりの努力を注ぎ込んで全力を尽くしてきたつもりだった。そして、今日の自分は、昨日の自分よりも確実に強くなっていることを信じて、これまでと頑張り続けてきたんだ。……ゲームの世界ならではの手段で努力を積み重ねてきたものだが、それでも、ああして出現する強敵にはまるで敵わなくて。……なぁウェザード。俺、どこかでやり方を間違えているのかな。第三者の視点で俺を見ているウェザードなら、俺の悪い所とかも分かるんじゃないか? もし分かるのなら、教えてほしい。一体、俺のどこが悪かったのかな? 強くなりたいんだ! ウェザードからの意見を訊いて、直すべき箇所を直したいんだ!!」
「…………」
最初こそは、こちらの反応をうかがうような卑しい視線で。悪戯な笑みで意地悪な言葉を投げ掛け面白がっていた少女ではあったものだが。
……こちらの心情を言葉に換えて打ち明けていく内にも。次第と、その表情は緩み無表情を見せ始めていくウェザード。
――面白くねェの。
そんな言葉が聞いて取れるかのような無愛想な顔を向けて。……だが、それは直にも、仕方無さそうに歪めた眉が異なる表情を作り出し……。
「……っふぅ。冗談も通じねェ真っ直ぐなヤツぁ、いじり甲斐が無くてホントにつまらねェ。感性豊かなユーモアも聞き入れられる余裕を身に付けておいた方が、より様々な感情に苛まれて面白いと思うんだがねェ。まァそんなことァ今はどうでもいいんだ。で、なに? 俺の悪い所? オイラから見たオマエ?? 客観的な視点から見た自身の評価だァ??? このオイラに指図をするとァ、いい度胸だなこのザコが。 ――あァいいぜ? そんなに知りたければ、嫌と思うほど知らしめてやるよ。オマエというザコの、客観的視点による評価をよ!!」
身を乗り出し、その少女は狂気のままに歪ませた満面な笑みを浮かべながら。
迫る気迫に吸い寄せられるような感覚を覚えると同時に。その少女は互いの鼻先が触れるだろう距離にまで近付き、渦巻く螺旋の瞳による視界の不快感と暴力的な調子の言葉で圧倒する勢いを纏ってそれらを放ち始めたのだ――――
「自分は弱いだァ???? ッハァ!!! んな、そりゃそうだろこのザコッ!! だってもなにも。オマエはこの世界に降りてきたばかりのド素人のド新人の知識も能力も無い能無しそのもの!! 周りからしたらなァ!! オマエは、この世界に入門したばかりの、たかが産み落とされた赤子と同等である稚拙な存在なんだよォ!!? オマエは一から新たな人生を開始した、経験値も無い単なるクソザコ! なァ? 考えてみ?? 周りの連中が何故オマエのようなザコを凌駕する実力を有していると思うかな?? そいつァな。オマエがこうしてゲームを開始するその前にもな。周りの連中はな、その額に汗を流し、鼻水を垂れ流す体調の悪さにも耐えながら。涎を滴らせ、食料を経験値を住居を戦闘力を、この過酷な世界で生き残る術を手にするために! オマエがこの世界に降り立つ以前から、各それぞれでそれぞれの努力を行ってきた過去が存在しているからなのさ!! そんな中、そんな、ゲームの世界という生き残りを懸けた闘争で覆い尽くされるサバイバルで過酷な世界の中を決死の思いで渡り歩き。生きる術を手にするために命を萌やし決意を滾らせ闘争心を燃やし日々訪れる命懸けの戦闘という苦悩の連続に耐え抜いてきた努力や経験が豊富な猛者の連中の中に、オマエのようなド素人が紛れ込んでみろ??? オマエは劣っていて当ッ然! オマエは、周辺のNPCよりもザコな役立たずであることが一目瞭然であることは至極当然の結果!! ――お望み通り、客観的な視点でオマエの評価をしてやる! あァ、その思考だけで分かる。オマエは阿呆だな!! 強くなるために努力をすることができる行動力だけは大したものだが? その本人が至ってこの程度。所詮、その努力は讃えられることもない虚しい無駄な足掻きとして空回りすることだろうよ?? だがまァ、なにも悪い箇所ばかりを指摘するのが評価じゃねェからな。その、評価という言葉に見合ったアドバイスも添えてやる。オマエには、ある足りないものがある。それは……認識、というものさ。いいか、その耳垢たっぷりな鼓膜を震わせてよく聞いておけ?? 今のオマエに必要なのはな。これは、周りは強くて自分は弱いまま、という認識が誤っていることに気付くことが必要なのさ。それじゃあ、この葛藤の正体は一体何なのか。気になるだろう? そいつァ単純明快な答えさ。それはな。こいつは飽くまでも、周りが平常である、ということ。そうさ。こいつはただ、周りと比べてオマエが劣っているだけ、の問題なんだよ。うっくくく――――」
【~���に続く~】




